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20.首を突っ込む影勝(4)

 天原啓二はアマテラス製薬を一代で築いた父の長男として生まれた。小学生の時から成績は優秀で、無長男として、製薬会社の跡継ぎとして期待されて育った。期待されて順風満帆だった天原だが、製薬会社を継ぐにあたって薬師か錬金術師の職業があればいいと思い探索者をしたところ、デカルセンという職業と【味のわかる男】というスキルを得た。

 このスキルは食べたものの()()()()()()というものだった。父の顔はすぐれなかった。名持ではあったが、そんなスキルを持つなら料理人にでもなれと言われた。天原はショックだったが、職業などなくても製薬会社に就職できると考え大学の薬学部に進学した。幸い、学資は出してくれた。そこまで落胆はされていなかった。だが、出してくれたのは学資だけで生活費は自分で稼いだ。バイトを掛け持ちしながら勉学に励みつつ自身のスキルの理解を深めていった。


「スキルの内容はわかりましたがどんな風に使えるかは試行錯誤でしたね」


 飲食店のバイトで賄いを食べているときに味で成分分析ができることを見つける。対象は何でも、だった。手短な割りばしや紙などを食べてみた。飲み込むのが大変だったが、材料の産地まで判明した時には、天原は戸惑いと嬉しさに揺れた。


「これはすごいスキルなんじゃないかと、思いましたね」


 薬に手を付けたのは、ポーションの分析だった。ダンジョンの薬草でしかできないポーションはどんな成分で構成されているのか。地上の物質でも再現が可能なのか。ダンジョンの薬草からしか、そして錬金術師のスキルからしかできないが傷が治るなど科学を無視する薬は需要が高い。同じか似たような成分で作れれば画期的であるし、人の役に立つ。

 天原はのめり込んだが、結論は、事業が成り立たない、だった。

 スキルで分析した結果、ダンジョン外の物質でも、スキル抜きでも可能ではあったが作成するためには大掛かりな設備が必要で、到底割に合うものではなかった。だがこのことが彼を認めるきっかけとなった。

 この力で人を救いたい。

 天原はこの頃から強く思うようになった。


「ダンジョンの植物を食べたりモンスターのドロップ品を齧ってみたりダンジョンの土を口に含んだり、考えついたとこは何でもやりましたよ。僕と一緒にいるあのふたりは、ダンジョンに行く際の護衛として雇った探索者ですが、もう十年近い付き合いになります」


 天原のおかげで薬開発においてもより効果のある正解に近い物質で開発が可能になった。在学中ながらいくつもの特許を取得し、アマテラス製薬の経営基盤は盤石となった。その功績で彼は副社長の座にいる。

 親の七光りではない。むしろ光はなかった。光は自ら作り出したのだ。


「特殊過ぎるスキルを恨みもしましたが、おかげで今の僕があります」


 だからこそ、薬師として誉れ高い椎名堂が羨ましく、その技術と知識に惚れ、欲していた。特に、職業が薬師ではないのに薬師として活躍する葵には憧憬の念すらある。

 自分は口にしないとわからない情報が見ただけで理解できるのだ。うらやましい思いと嫉妬の思いがごちゃ混ぜになって葵に向いている。

 だが、その葵とて、やすやすと今の彼女があったわけではないだろう。葵の家は薬師の家だ。しかも母親は霊薬を生み出した真白である。当然比較される批判されただろう。自分と同じか、それ以上に。

 職業の適正もなく知識のない葵がそんな思いで薬師になったのか。薬師になれなかった自分と重なる。相当の苦労をしたことが、自らの経験からわかるからだ。


「もっとも、葵さんという道しるべがあってこそ、ですが」


 天原がどこか遠くを見ているように目を細めた。葵の姿を思い起こしているのだろうか。あこがれるのはいいけど葵さんは未亡人で結構なお歳だぞ、と言いかけたが寸前で止めた。口に出したらこの世から存在がなくなっていたかもしれない。あぶないあぶない。


「なので、碧さんの作り出す薬類を分析できれば、より多くの人が救えるのではないかと、まぁ勝手に思っているわけです」


 天原は苦笑する。青臭い理想だと本人も思っているのだが、薬で人を救うという信念は捨てられないのだ。

 話を聞いていた影勝は、最初に抱いていた「冷たい」という印象が大きく覆された。

 影勝は霊薬を。天原は理想を。

 普通に考えたら絶対に手の届かないものを求めているのは一緒だった。未知の物を口にするのはイングヴァルだが。


「めちゃくちゃ使えるスキルじゃないっすか!」


 影勝は興奮を隠せないまま叫んだ。通行人がびくっと体を揺らす程度には大きな声だった。未知のものは何をおいてもともかく食べるというイングヴァルの行動にも似ており親近感がわく。


「そっか、それで食べたらわかったのかーすげーなー」

「食べないとわからないのが玉に瑕ですがね」

「わかるんだからすごいですよ。俺なんて食べたって美味しいかしかわからないのに」


 イングヴァルは興味と調査のために食べたのだろうが、見ても食べてもわからない影勝から見れば神業だ。影勝が大麻の存在に気が付いたのはイングヴァルあってこそ。碧のようなスキルがあったわけではなく、自分の力ではないのだ。


「ま、まぁ。その力も僕ではなく職業のデカルセンあってのことですけど。おっと、そろそろ旭川に戻らないといけません」


 照れ隠しか、天原は急ぎ立ち上がった。

 帰りの電車内で、影勝は自らの職業とスキルを説明した。自分だけ知ってしまったことが許せなかった。が、影勝の能力は、あらかた知られていたようで「おおむね調査と同じですね」とにべもなく返されてしまった。くそぅ。

 旭川に戻ったふたりは駅で別れた。影勝は門前町へ。天原は旭川の本社へ。餃子の出荷先を調べるがすぐに判明するかは不明だ、と天原に言われていた影勝はその旨を葵に説明する。夕刻だが、碧は麗奈のところにいるらしい。果たしてどうなっているのやら。


「天原君のところは大きな会社だからね。調べる量も膨大だろうし、時間がかかるのは当然ね」


 葵は理解を示す。そういえば、と影勝はアマテラス製薬を調べてみた。


「年間売り上げ二〇〇〇億円!?」

「関連企業も合わせたら二五〇〇億を超すんじゃないかしら」

「巨大企業だ!」

「影勝くんはその半分くらいを一か月足らずで稼いだわけだけど?」

「う……」


 影勝は黙りこくった。ニッコリ笑顔の葵がコワイ。金づる、とは思っていないだろうが、逃がさないわよ?と言われているようだ。


「そ、そういえば、葵さんは天原さんのスキルを知ってたんですか?」


 苦し紛れに話題を変える。口座の中には莫大な金を持っているのは事実だが実感がないので見ないふりをしたいのだ。身に覚えのない金に等しい。


「そうね、彼がダンジョンに入って具合が悪くなったときにわたしが気付けを渡したからよく知ってるわよ」

「旭川ダンジョンの生き字引がここに!」

「あらー、おかあさんは()()そんな年じゃないのよー?」

「やっべ! あの、碧さんを迎えに行ってきます!」


 迂闊なことを言うものではない。

 そんなコメディじみたやり取りをしている頃、会社に戻った天原は影勝から教えてもらった車のナンバーを調べていた。


「……まさかとは思いましたが、アマテラス食品の社有車だったとは……」


 本社の副社長室で頭を抱えていた。

 てっきり食品卸を通して大麻入りの餃子を売っていたと思っていたら、まさかの帳簿外での持ち出しだったのだ。業務上横領罪であり、れっきとした犯罪であり、割と重い。


「所属は製造部ですか。まさか生産部門自らが薬物汚職に加担しているとは……許しがたい」


 製造部とは、製造業において中心部署でありモノづくりの最前線だ。

 ノートPCを前で項垂れていた天原だが犯人を突き止めるべく復活した。車の所属が分かれば、影勝が札幌に行って食べた日の車両運行記録で運転者が判明する。規模からするに運転していた人物だけが犯人ではないが、その人物との繋がりで関係者がわかるはずだ。


「運転者は商品開発課のようですね。なるほど、商品開発という言い訳で外出は簡単そうですね。顧客の意見を聞くという体で社有車を持つことも容易ですね。製薬業のわが社でもチェックせねばなりませんね。ここの部門長も黒と考えたほうがよさそうですが……」


 天原は商品開発課の所属員のリストに目を通していく。ある人物を見つけ、眉をひそめた。製造部商品開発課課長、時貞哲郎、五十八歳。


「彼は、確かアマテラス製薬で反社組織との癒着があって食品に飛ばされた人物ですね」


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