20.首を突っ込む影勝(3)
「そういえば、アマテラス食品について、わかったことってありました?」
電車が出発してふたりがおのおの飲み物で一服したあたりで影勝が声をかけた。特に話すことも共通の話題があるわけでもないのでこのままだと何も話さずに札幌に着きかねない。
天原は社内を一瞥し、口を開いた。
「食品の帳簿を調べましたが、取引先としての【麺屋道鉄】はありませんでしたね。取引のある食品卸から買っている可能性があるのでリストアップはしてきました」
「別なところから買ってるんですか?」
「メーカーが直接小売りに卸すことは少なくて、よほど大口でないと直接取引はしないものです。食品卸を通して取引する形です。メーカーも製造に集中したいですしね」
「へぇ、そうなんですね」
「製造業が作ったものを運ぶのに運送会社に依頼するのと同じです。餅屋は餅屋という考えですね」
「そんなもんかー」
影勝はそのあたりは全く知らないので面倒だなと感じる。直接売り買いすればいいじゃんと。社会経験がないと理解できない部分ではある。
「なので、できれば納品する場面でも視れればとは思うのですが、難しいでしょうねぇ」
「段ボールにはアマテラス食品って書いてあるだけでしたけど」
「配送の車のナンバーがわかると調べることができますので。そこから食品卸を突き止めてようかと。取引先がわかれば、そこ向けの製品を調べることができます」
「推理小説めいてきた」
「あはは、僕はその手の話が好きでして」
天原が少し照れていた。
「あ、でも俺がとった写真には車のナンバーも映ってた、かな?」
影勝がスマホの写真をあさる。碧を映した写真が多いが、お目当ての写真を見つけて天原に見せる。
「鮮明に映ってますね……よく取れましたね……貴方のスキルなら問題ないのでしたね。これなら、いけるかもしれません」
「なんか昔の刑事ドラマみたいだ。ネットの動画配信でやってた」
「何とかにほえろ、とかですか?」
「あー、そんな感じです」
おやつを食べながら話をして、札幌に着いたのは十時半。開店直後に突撃する予定だ。まっすぐ【麺屋道鉄】に向かえばすでに行列ができている。その最後尾に並ぶ。
「行列ができるほどですか。中毒が広まっていなければいいのですがね」
天原の顔が優れない。大麻中毒による害を良く知っているからだ。
大麻中毒自体はハイテンションになるなどが主だが、これがきっかけで麻薬や覚せい剤を求め始めてしまうことが(ゲートウェイドラッグ)一番の問題だった。若年層のとっかかりになってしまっているのだ。
待つこと三十分ほどで順番が来た。ふたりなのでカウンターの端に案内された。ちょうど厨房が良く見える位置だ。
「運かいいかもしれません、ここだと厨房の動きは良く見えます」
天原の目が光る。
注文はタブレットなので各々好きに頼む。影勝はバターコーン塩ラーメンで、天原は味噌ラーメンと餃子だった。せっかくの北海道なので違うラーメンも食べてみたいのだ。ラーメンには大麻はないし。
頼んだものはすぐに来た。餃子などラーメンよりも早かったくらいだ。良く注文が入るからだろう。
「見たところは普通の羽根つき餃子ですが……」
天原は外見をさっと確認して躊躇なく餃子を食べた。普通にラーメンを食べようとしてた影勝は「うぇ?」と変な声を出す。そんな影勝に眉を顰める天原だが租借していくたびに眉間にしわが寄る。呑み込んだ時にはこの世の地獄を見たかのような顔になっていた。影勝の顔もつられて苦くなっている。
「……よく、わかりました」
天原は口直しとばかりに勢いよく味噌ラーメンをすする。すがすがしいほどの食べっぷりだ。
影勝は中の人がいるからわかったが、天原はどうわかったのだろうか。個人情報とはいえそういえば何も聞いてない。後で聞いてみよう。
餃子を残すと怪しまれると考えた天原は全てを食べた。無表情でひたすら食べていた。先ほどの天原の顔を見ている影勝は、相当嫌なんだろうけど食べるのは根性あるな、と感心した。自分はあきらめたし。
店を出たふたりは大通公園のベンチに腰掛けた。影勝はリニ草から作った万能毒消しを差し出す。いぶかしむ顔をした天原だがそれが何かわかったのだろう、素直に受け取りすぐに口に含んだ。
「……これがリニ草から作った幻の毒消し、ですか……ふむ、似たような薬は再現できそうですが、原料はどれもダンジョンでないと手に入らないものですね」
天原は手帳を取り出し、鬼気迫る感じでガリガリと殴り書きをしていく。時折ペンで額をかいたりペン回しをしたり、しかし顔は嬉しそうににやけていた。新しいおもちゃを買ってもらった子供のように。
「あ、いけません、貴重な万能毒消しをありがとうございます。対価は後程で。すみませんね、知らないものを食べると分析してしまって、周りが見えなくなるもので」
天原が恥ずかしそうに後頭部を掻いた。なんだか思っていた人物とは別人のようだ。もしかしたら本当に別人かもしれない、などと思ってしまったほどだ。
「口直しですが、いかがです? 昨日の喫茶店の豆を使った珈琲ですが。ブラックなので無理はしないでくださいね」
天原はどこからか蓋つきタンブラーをふたつ取り出した。
「今、どこから出しました?」
「僕の服のポケットは魔法鞄に改造してあるんですよ」
「いいなぁ、俺も欲しいなぁ。普段入れるのはリュックでいいけどすぐに使うような小物はポケットとかに入れたいよなぁ」
「旭川にも錬金術師はいますからね。葵さんに聞けば教えてくれると思いますよ」
あくまで自分で調べろということだ。探索者になったのなら当然である。影勝はそこに天原のやさしさと厳しさを感じ、小さく頭を下げた。だが。
「それを聞いた碧さんが暴走するまでを予想できるので躊躇してるんですよ」
「仲がよろしいことで」
天原が呆れた。
そんなことを言いつつ、ふたりはタンブラーの珈琲を飲む。あの喫茶店で飲んだ酸味のある珈琲の味が餃子の嫌悪感をうち消してくれるようで心地よい。無意識に「ほぅ」とため息が出る。
「天原さん、さっきの餃子、よく全部食べましたね。俺は無理だった」
「味は良いと思うので残すと目立ちますしね。それに大麻入りとはいえ残すのはもったいないなと。まったく、貧乏性ですね」
天原は苦笑いした。金には困っていないだろうが、過去には苦労していたのかもしれない。影勝と同じだ。
「大麻入りってわかりました?」
「えぇ、餃子の味を壊さない程度ですが混入してますね」
ふぅと大きく息を吐いた天原は項垂れた。
「まだうちの関連企業からのものとは確定していませんが、大麻入りの餃子の存在は明らかになりました。非常に残念です」
タンブラーを握る天原の手に力がこめられる。相当な怒りなのだろうが、そこまでの怒りの理由と、天原がなぜ大麻入りだとわかったのかがわからない。影勝は疑問をぶつけてみた。
「あの、天原さんはなんで大麻入りだとわかったんです?」
「あぁ、僕の職業とスキルを言ってませんでしたね」
「あいや個人情報まで聞くのは、その」
「いえ、僕の職業とスキルを聞いていただかないと、僕の言葉など信用できないでしょう」
「それは、そうだけど」
影勝は及び腰になってしまう。自分だって特殊な職業とスキルをあまり知らない人物に伝えるのは避けたい。自分を悪用するかもしれないし、自分に不信感を持つかもしれない。影勝のスキルはそれほどまでに特異だ。今まで知り合った人は良い人ばかりだったが、それは恵まれているのだ。
だが、天原はそんな影勝の躊躇など鼻で笑う。何ら問題ないと言わんばかりだ。
「僕の職業は【デカルセン】で、固有スキルは【味のわかる男】です」