20.首を突っ込む影勝(2)
今まではイヤな奴としか認識していなかったが、喫茶店の常連なんておしゃれな大人だなと、影勝は天原に別な印象を持ち始めた。影勝は高校を卒業したての、社会を知らない若造でしかないのだ。
「あの人も元探索者ですか?」
「あぁ、見ての通り目をやられてましてね、現役から退いて趣味の珈琲に没頭している毎日、だそうです」
「良いですねぇ」
「生き残れたからこそ、ではあるのですけどね」
「おっと、俺の辛気臭い話はそこまでにして珈琲を味わってくれ」
話をぶった切るように田畑が珈琲をテーブルに置く。影勝は接近を感じ取れなかったことに驚く。
「まったく、客商売なんだから気配を消すなと何度も言っているでしょう」
「こんな顔だが隠形が得意でね。こっそり人の背後に立って脅かすのが楽しくってな」
「だから不気味がって客が来ないんですよ」
「そりゃーしかたねぇ。止められねえもの」
がっはっはと笑いながら田畑はカウンターに戻っていった。その背中を、影勝は見つめる。
隠形……自分の持つスキルはその最上位だろうが、気がつくことができなかった。うぬぼれてはいけない。実戦が足りないと影勝は心を引き締める。
「さて、本題に移りましょうか。餃子の話でしたね」
天原は鞄から名刺とメモを取り出した。名刺を両手で持ち、影勝に渡す。名刺には天原啓二と書いてあり、肩書はアマテラス薬品副社長だった。肩書に驚く影勝。
「父が立ち上げた会社でして」
少し寂しそうな顔をした天原だが、すぐに素面に戻った。跡継ぎとして期待されているだろうにしてはその表情は何なのだろう。影勝はふと疑問に感じる。先ほど田畑に坊ちゃんと言われていることがその答えだろうか。
「近江影勝です。四月に探索者になりました」
「四月になりたてとは信じられない実績ですね」
「そこは色々あるんで」
職業などの個人情報は全て伏せた。これ以上話をするとボロが出そうなので本題に入る。
「順序だてて話します。用事があって札幌に行った時に美味しいと話題の中華屋で餃子を食べた時、御俺と碧さんがおかしいと感じ実物を持ち帰りました用事が住んで旭川に戻ってから葵さんに調べてもらったら、大麻成分が入っているとわかりました。それと、三階の森を探索しているときに大麻畑とそこにいる数人の探索者の姿も確認してます」
影勝の話を聞きながらペンを走らせていた天原が手を止めた。
「ダンジョン産の大麻……それが餃子に。にわかには信じられませんが、葵さんが視たとなれば真実でしょう。店の名前はわかりますか?」
「名前……確か……あったあった【麺屋道鉄】て名前です」
影勝はスマホにとってあった看板を写真を見つけ天原に見せた。天原はすぐにスマホで検索する。お目当てが見つかったのか目が文字を追っている。
「店ができたのが去年の様ですね。アマテラス食品が卸しているかは会社で伝票を調べないとわからないですが、食品に大麻を混入するなど言語道断な行為で到底許すことはできません」
天原の目には怒りの炎が揺らめいている。影勝は意外だと感じた。難癖付けてられている思っていたのだが。
「そんなに意外でしたか? 僕だって製薬会社で薬関係の仕事をしていますからね」
天原は苦笑いだ。天原は製薬会社の幹部だ。大麻の悪影響は良く知っている。
「ともかく、明日にでも現地で餃子を食べてみましょう。貴方も一緒に来てください」
「俺も!?」
「貴方が振ってきた話です。僕が不正をするかもしれませんよ? 絶対にしませんけど」
天原はにやりと笑った。
話も終わり連絡先を交換した影勝は佐原武具店に、天原は事務所に戻るために店の前で別れた。天原は護衛にメールを送りながら門前町を歩き、ギルド近くの三階建て雑居ビルに入っていく。このビルがアマテラス製薬旭川支店である。
アマテラス製薬本社は旭川駅前で、工場は東川や美瑛にある。北海道を拠点としているため本州に工場はない。製薬会社の規模としては小さいが旭川ダンジョン産の薬草などを使用しているからか効果が高く医師からの高い支持を集めていた。
雑居ビルに入った天原は三階にある副社長室にこもった。デスクにあるパソコンを立ち上げ財務の【極秘】ファイルを調べていく。【極秘】とは、社内の機密文書でも一番目に機密性が高い文書を示すもので、財務関係や新製品などの文書が該当する。これを調べることで子会社であるアマテラス食品の売り上げ先などを調べるつもりだ。
「ふむ……【麺屋道鉄】という売り上げ先は見当たりませんが……とはいえ彼が嘘をついているとは考えにくいですが。この辺は彼に確認しましょう。それはそれとして餃子を卸している商社のリストアップは必要ですね。ここが起点な予感がします」
パソコンで書類を作りプリンターで印刷した。売上金額の記載がなければ極秘文書ではないので持ち出せる。数社ある商社の売り上げ順くらいは記載したが。
「資料はこの程度でいいでしょう。後は現地での情報と僕の分析しだいですね」
天原は書類を無造作に重ねて折りたたむ。重要な書類ではアリマセンヨというポーズだ。いわゆる監視カメラがこの部屋にもある。監視よりも危機管理の度合いが強いが、カメラがあることには変わりがない。日が暮れたころ、天原の準備は終わり、彼はぐーっと背を伸ばす。
「さて、明日のためにもう上がるとしましょう」
天原は事務所を後にした。
その頃、影勝は椎名堂に帰っていた。葵と碧に説明をしているところだ。
「明日、また札幌に行ってきます」
「天原君を引きずり出すなんて、やるわねぇ。おかあさん、優秀な子は大好きよ」
葵が頬に手を当てにっこりとする。なんだか裏がありそうでコワイ。
「わたしは、麗奈さんのとこにいって買ってきた休憩小屋の改造をしてるね!」
碧はダンジョンに挑む準備をしてくれるらしい。そういえば家具も何も準備していない。きっと彼女好みの部屋に改造されるのだろう。影勝に異論はないが、碧は暴走しがちなので少し不安なだけだ。ダブルベッドは間違いだろうなとあきらめてはいるが。
翌朝、影勝は旭川の駅にいた。九時発のライラックに乗るためだ。天原はすでにホームで待っていた。今日はビジネスではなくお忍びなのでスキニージーンズに長袖シャツというラフな恰好だが細身の体形によく似合っており、影勝は心で「チクセウ」と呪った。ちなみに影勝はカーゴパンツにピチピチの長袖Tシャツだ。探索者になり肉体を駆使することが増えた結果筋肉が育ち、持ってきた服が皆ぴちぴちになってしまっていた。碧がカッコいいというのでそのまま着ているが彼女のセンスもお察しだ。
「さて乗りましょうか。おっと飲み物は買いましたか? 新幹線とは違って車内販売はないので」
「先日も乗って知ったのでちゃんと買ってきました」
影勝はリュックをポンと叩く。飲料だけではなく泉の水も、なんならリニ草も入っていた。金塊よりもよほど高価で希少なものがたんまりの、ありふれたリュックだ。
若い男ふたりがグリーン車に乗り込む。車内には誰もおらず、またも貸し切りだ。話をするにはちょうど良い。
「今日はついてすぐに中華屋に行く感じですか?」
「えぇ、そうしたいんです。休みが今日しか取れないので、夕刻には旭川に戻ってきたいんですよ」
「割と、激務ですか?」
ちなみに本日は木曜日だ。勤め人なら仕事の日が多いだろう。
「休みは月に一回くらいでしょうか。経営陣には三六協定がありませんからね。有休もありませんし」
「なんか、すみません」
「謝る必要はありませんよ。大麻が食品に混入されているなんて、許せませんから」
天原はさわやかに笑う。影勝にはない爽やかさに、ちょっとイラッとした。碧がいなくてよかった、とも思った。自分も割と心が狭いなと、苦笑いだ。
電車が動き始め、滑るように加速していく。流れていくホームを見ながら、旭川に来てから移動が増えたなと、感じる影勝だった。