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19.平穏なふたり(8)

「で、これっておいくらですか?」

「鋼鉄製ですので少々値が張りまして、二千万になります」

「じゃあそれで。支払いは探索者カードでです?」


 影勝が表情も変えずに即決するのにおばちゃんはやや驚くがそこはプロなのですぐに平静に戻る。


「はい、カードにてお支払いとなります。ただいま裏に現物があるか確認いたしますので、こちらでお待ちください」


 おばちゃんはふたりを商談スペースに案内する。ソファーにローテーブルのセットに自販機もある。ふたりは並んで腰かけた。


「麗奈さんに補強をお願いしようね! ベッドはダブルがいいな。一緒に寝れるし! あ、スポットエアコンを買っておくと快適だよ?」

「色々いるなぁ。必要なら買うけど。てか電気ってどうするの? 小型魔石発電機?」

「それはまだ普通には売ってなくて手に入りにくいって聞いたから、大容量ポータブル電源をたくさん持ち込むとか」

「なにそのものっそな力技……」


 探索者って金がかかるなと、影勝は唖然とした。以前クラン三日月の相川に言われたが、上級探索者になれば金がかかるというのを実感した。しかもかかる金額の桁が違う。ダンジョンの奥へ行くのは物理的にも資金的にも大変だと思い知った。公式にも一〇階までしか行っていないのがよく理解できた。椎名堂のような金があるスポンサーがいなければ無理だ。

 ふたりが小屋についてあれこれ意見を言い合っていると、先ほどのおばちゃんとスーツ姿の中年男性を伴って戻ってきた。おばちゃんの上司だろうか。


「椎名堂様、ご来店いただき誠にありがとうございます。店長の俸手と申します」


 俸手が深々と頭を下げる。特徴的な緑まみれの白衣で分かったようだ。探索者相手の店なので当然といえば当然だ。


「倉庫に現物がございました。本日お持ち帰りでしょうか?」

「も、持ち帰ります」


 俸手は碧を見ている。買うのは椎名堂と思っているのだろう。持ちかえるのは碧なので間違ってはいないが。


「領収書のあて名は椎名堂様でよろしいでしょうか」

「あ、俺が買うのであて名は俺の名前でお願いします」


 精霊の秘薬の収入が入った際に青色申告についても説明されたので領収書をもらわねばならない。クランがあるとはいえ、探索者は基本的には個人事業主なのだ。


「そ、それでは探索者カードを」

「これで」

「拝借いたします……二級。しかも……初めて拝見いたしました。大変失礼いたしました」


 影勝のカードを見た俸手は絶句して、再起動した。若さと探索者としてのクラスに齟齬を感じたのだろう。その後は冷静に対処し、機械で読み取り、決済が完了する。


「決済は完了いたしました。商品の受け渡しの間に領収書はこれから発行いたします」

「倉庫にありますので、ご案内いたします」


 おばちゃんが方向を腕で示し案内する。誘導されるまま店に繋がる倉庫にはいった。天井などの内装は店と同じであり清潔感がある。空調も完備されているのか、空気のよどみも感じられない。

 厳つい鉄製の小屋がいくつも並んでいるが、キッチンやトイレブースなど、普通のホームセンターと同じような建築系の商品も置かれている。ただ、あるのは大きなものばかりだ。


「倉庫って聞いたけど、店の中と同じだ」

「埃かぶってる品物は買いたくないから、たすかるね」


 ふたりはおばちゃんの後について緑色で塗られた通路を歩いていく。影勝はトイレブースを見ながら「これの処理はどうするんだろう」とつぶやく。ダンジョンで水洗トイレはないだろうし、どうするのだろうかと疑問は尽きない。必要な情報はやはりクランなどに属して先達から学ばないとダメなんだなと知る。やる段階で初めて疑問が浮かぶようでは遅いのだ。


「トイレはね、水洗式だよ。マジックバッグに水を大量に入れておけばいいからね。あと、発酵成分が入った容器に溜めて、最終的には肥料にするんだよ」

「へぇ、昔の肥溜めみたいだ。でも水洗トイレは助かる」

「助かるよねー。ってことで、後でいろいろ買おうね!」


 笑顔の碧を見てがぜんやる気になった影勝だ。何のやる気なのかは本人のみぞ知る。


「お求めの商品はこれになります」


 倉庫内の奥のほうに小屋はあった。カタログと全く同じの鋼鉄製のメルヘンチックな小屋だ。扉が開いているので中を確認する。


「わかってたけど、何もないとさみしいな」

「いっぱいおいて賑やかにしようね!」

「置く場所も考えないとな」


 うれしそうな碧に影響されて影勝のテンションも上がる。


「モンスターの襲撃を考慮しますと、寝具は中央に置かれる方が多いです。壁側ですと、万が一もありますので」

「あ、そっか。そうするとテーブルの置く場所も考えないとだめだな」

「部屋の模様替えみたいで考えるのが楽しいね!」

「楽しいな!」


 当初の目的から離れつつある気がするが碧が嬉しそうなのですべてヨシな影勝だ。

 鋼鉄製の小屋を碧のポシェットに格納し領収書もゲットしたふたりは家具売り場に直行した。愛の巣、もといダンジョン攻略小屋に誂える家具を買うためだ。だがそこには麗奈と芳樹の姿もあった。麗奈に引きずられる芳樹な形ではあるが。


「れ、麗奈さんも何か買うの?」

「大きなベッド買う」


 麗奈がおなかを撫でつつそう答える。麗奈の(旅館)にあるのは布団だったので違和感があるが。


「そ、そっか、あの薬を使ったんだ」

「来月にわかるはず」

「ふふ、楽しみだね!」


 碧と麗奈が怪しい会話をしている。影勝の耳にも入ったがスルーを決め込んだ。芳樹が胃のあたりを抑えているが、見なかったことにした。

 家具はほぼ碧が選び碧が購入した。今後も使いたいとかいろいろ理由をつけてきたので影勝が折れた格好だ。順調に外堀が埋められていく影勝である。

 買い物を終えた一行はまたあの中華屋に向かった。ちょうどお昼時というものあったし、麗奈と芳樹が餃子を食べたいと言ったからである。ふたりには朝方解毒剤を渡してあるので服用したはずである。


「やっぱなんかあるな、あの餃子は」

「個人経営みたいだし、自家製なのかなぁ」


 影勝と碧がこそこそ話をする。どうせ札幌にいるなら調査がしたい。

 店につくと、やはり行列が形成されている。ここに並んでいるのは麗菜と同じく餃子目当てなのだろうか。とするならば、被害は結構な規模になる。


「ちょっとトイレに行ってくる」


 影勝はそう言うと行列から離れた。近くの公園のトイレに行くふりをして【影のない男】を発動させた。


「正面からは無理だから裏口を調べてみるか」


 影勝は店の従業員用の入り口に向かった。ちょうど食材の納品があるようで、配送のトラックが横付けされていた。


「いやー、餃子が売れて笑いが止まらねーっすわ」

「うちの餃子はうまいからねー」

「焼いても焼いても追っつかなくってさ、うれしい悲鳴だよ」


 店員と納品業者が会話をしている。トラックに社名は書かれていないがナンバーは白いので社有車なのだろう。影勝は納品されている段ボール箱を見た。


「アマテラス食品? どっかで聞いたことがある名前だな」


 スマホを取り出し録画する。さすがに現物を持っていくと窃盗になってしまう。


「この餃子を作ってる会社が怪しそうだな」


 ついでなのでスマホで検索する。すぐにヒットし、旭川に本社があることが分かった。


「アマテラス製薬の子会社か……あそこって、あいつの会社だよなぁ」


 影勝の脳裏には天原の顔が浮かんだ。

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