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19.平穏なふたり(7)

 開き直った影勝はシャツから脱ぎ始める。碧が息をのむが気にせず上半身裸になった。鍛えられて程よく絞られた肉体はまさに細マッチョだ。腹筋も割れている。


「カ、カッコイイ」


 ため息とともに碧の声が聞こえたがスルーして下も脱ぐ。「ひゃぁぁぁぁ」といいう悲鳴が聞こえるがこれもスルー。男は度胸とやったもん勝ちだ。十八歳健康優良男子のプリケツさ!


「先に行ってるから」


 影勝はタオルを肩にひかっけて露天風呂に向かった。


「へうぅぅぅ」


 脱衣所で碧がへなちょこになっていた。

 先に入ることで落ち着いた影勝は一つしかない洗い場で洗髪を始めた。洗い方はいろいろあれど彼は上から洗う派だ。今の若者らしく効率的だとの考えもある。


「早く洗わないと碧さんが来ちゃうな」


 焦って洗う影勝の背後にはタオルで体を隠しつつも顔を真っ赤に染めた碧が立っている。酔いも醒めたのか少し足が震えていた。


「おおお背中流しましゅ!」


 勝負どころで噛んだ。


「へ?」

「しししつれいしましゅ!」


 碧は返事を聞く前にボディーソープを手にため、影勝の背中を洗い始めた。慌てる影勝だが、洗髪の泡が顔に垂れていて目を開けられない。背中がこしょばゆくて「おひょぉ」と声を裏返した。


「ぐぐぐあいはいかがでしゅか!」

「く、くすぐたいですー」

「あわわ、背中がダメなら前でしゅ!」

「それはもっとだめぇ!」


 碧が背後から抱き着く形でお腹を洗い始めたので影勝は叫んだ。碧のたどたどしい手がこそばゆく、また視界零故に背中にあたる胸の感触をわかってしまった関係で非常に元気なのだ。

 鹿児島の風呂で碧さんのって大きいとか聞いちゃたけど確かに当たる面積が大きいんだけどマズイこれ非常にマズいそこから下に行っちゃだめぇ!!

 振りほどくのは簡単だがそれは碧の頑張りと勇気をぶち壊すことになる。据え膳は食う派なのでこの機会を逃すつもりはないが、これは想定外だった。


「わ……元気」

「そそそれは男の子の生理現象で意識とは別物なんです!」

「だだだだいじょうぶ、恵美ちゃんから、あああ扱い方を教えてもらってるから!」

「あいつなにおしえてくれてんだぁぁぁ」

「ももちろん、麗奈さんもだよ!」

「もっとダメじゃねえかぁ!」

「こうしたりね」

「ちょ、まっ! おっぱい押し付けないで!」

「これ、とか?」

「あああああ」

「き、きもちよくない?」

「あの、すごくすごいんだけどびんかんなでそのあぁぁぁ」

「あ……」


 だって人にやられるのは初めてだもの。なんて言い訳を心で叫びつつ、影勝は憤怒した。かくなる上は碧さんも道ずれだ、と。

 石鹸のぬるぬるを利用し、ぬるっと体を入れ替え碧と正面から抱き合う。耳元で「みぇぇぇ」と碧が叫ぶが影勝は背中に腕を回しがっちりホールドだ。そのまま壁ににじり寄り片手でシャワーを探し当てた。


「ふふふ、必殺の武器を手に入れた」


 シャワーボタンを押せば勢いよく泡を流していく。顔の泡が綺麗に落ち、濡れそぼった碧の顔が目の前にある。アワアワして焦点が定まらず、赤く上気した碧の顔は色気が満点だ。影勝はそんな碧をじっと見つめる。


「……綺麗だ」


 超至近距離から心をぶつけたら碧の顔がさらに赤くなる。


「ど、どうするの、恵美ちゃん教えてくれてないよぉ……」


 責め続けるはずだったのか想定外の事態に碧は半泣きだがそんな顔もイイ。影勝の我慢も限界である。そろそろモンスター影勝になりそうだ。影勝は碧の頬に手を当て、唇を重ねる。


「んんん」


 碧の口から喘ぎ声が漏れる。影勝の精神はここで野獣にバトンタッチされた。呆然とする碧をお姫様抱っこし、そのまま風呂を出る。階段を降り寝室に向かってから先の記憶は定かではなかった。

 ともかく、いっぱいした。

 翌朝。碧は悩んでいた。昨晩は湯舟にも入れなかったので朝風呂を決めているのだが、現在緑は影勝に亜頭を洗われていた。昨夜はお姉さんらしく主導権を握るはずだった。そのために片岡に教えてもらったあれやこれやで影勝を翻弄するはずだった。だったのだが、なんでこうなった。


「痛いところはない?」

「えっと、大きな手で洗われて気持ちいです」


 碧は小さいときに父親と一緒にふろに入った際に大きな手で頭を洗ってもらったことを思い出していた。今の影勝と同じで、ごつごつとした手だった記憶がある。

 美容院で洗ってもらったときとは違うんだよね。大きな動きでわしゃわしゃーて洗ってもうらうのがね。

 ぽやーっと思い出に浸っている間に、いつの間にか影勝の泡だらけの手は碧の体を撫で始めていた。肩から背中へと泡を立てるように。脇の下から腕が伸びて前へ。


「まま前は自分で洗うから!」

「俺も昨晩はそう言ってたんだけどねー」


 容赦なかった。


 「にゃぁぁぁ」という碧の絶叫が森に響いてから一時間後。宿の手配したハイヤーで札幌市内へショッピングへ出かけた。影勝と碧はさほどでもないが、高田兄妹は目の下に隈を作っている。麗奈はにこにこで芳樹は魂が抜けた顔をしていた。碧と麗奈は小声で何かを話しているがよく聞こえない。影勝はうなだれている芳樹に声をかける。


「詳しくは聞きませんが、昨晩は大変でしたね。お互いに」

「…………近江君は知っていた?」

「いえ、昨晩知りました」


 影勝は半分くらい嘘をついた。頑張ってくれと祈願しておく。

 一行を乗せたハイヤーは札幌中心部からは少し外れた場所にあるホームセンターのような建物に着いた。広大な敷地に平屋の建物で、探索者御用達エクスプローラーデポ、と書かれた看板があり、その周囲にはデフォルメされて可愛らしくなったモンスターらが描かれている。牙イノシシがだいぶファンシーになっていて、まるでうりぼうのぬいぐるみだ。


「モンスターはあんな可愛いもんじゃないぞ」

「まったくだね」


 影勝と芳樹が憤りを感じているが、ただの看板だ。それにデフォルメすることで子供らの興味を引き、探索者を増やすことに繋がるかもしれないので、広い心で受け止めてほしいところである。


「ここは探索者用品が一番揃ってる店だよ」


 碧が自慢げに言う。が、影勝としては何でダンジョンがあり探索者がいる旭川にないのだと疑問がわく。


「やはりダンジョンのそばにはないんだね」

「鹿児島も、遠くにある」

「理由があるとはいえ、国も不便なことするよね」


 芳樹と麗奈が交わす言葉を影勝は聞いたがイマイチ納得できない。無駄なことだと思ってしまう。


「札幌に店を出すことで探索者がこっちに来てお金を落とすようにしてるんだって」

「なるほどねぇ」

「ダンジョンはね、北海道の大事な産業のひとつだからね」

「経済のことはよくわからないけど、わけがあるってのは分かったよ」


 碧に説明されて、なんとなくわかった気がした影勝だ。

 店内に入れば、高い天井と壁のない広い空間がまるで倉庫のようだった。商品は棚に置かれてて、大きなものはパレットのようなものの上に陳列されている。周囲に武器は防具類は見当たらないが、売っているのかも。


「えっと、キャンプ用品は、あっちだね」


 商品の巨大なポップが天井からぶら下がっており、碧はそれを見て指でしめした。遠めでも明らかに小屋があるとわかる。もちろん平屋だが、とんがり屋根で異国情緒が感じられるものもある。目立たないように緑色をしているが。


「なんとかの物置がかわいらしく見えるレベルだ」


 寝泊りできる大きさなので当然ではある。売り場にはカタログと小屋がいくつか置いてある。材質は木やらプラスチックで、あくまで見本だ。ちなみに麗奈と芳樹は別行動なのでこの場にはいない。別な買い物をするようだ。


「実物を置いてるとマジックバッグを持っている探索者なら盗っていけちゃうからね。盗んだら逮捕されちゃうけど」

「あー、マジックバッグ持ってたらねー」

「小屋を買いに来る探索者なら持ってるはずだからお店も警戒してるんだ」


 そんなことを話していると、店員が寄ってきた。よくある制服姿のおばちゃんだ。


「いらっしゃいませ、小屋をお求めですか?」


 営業スマイルで声をかけてきた。

 碧の白衣姿を見ても動じないあたり、すごくベテランなのだろう。もしくは椎名堂と知っての上か。


「一〇階以降でも使える頑丈な小屋を探してます」


 明らかに若造の影勝が答えるが店員のおばちゃんは驚きもせずに「そうですかそうですか」と返してくる。碧は影勝の横に控えており、購入は任せる方針のようだ。


「ところで、その小屋を収納するマジックバッグはお持ちでしょうか?」

「そ、それはわたしのがあるので大丈夫です」


 碧が口をはさむ。影勝以外ではやはりどもりが消えないが、落ち着きつつある。


「休憩用の小屋ですが、一〇階以降でも使用可能となりますと、かなり頑強なものになって値もはりますが」

「予算は大丈夫です」


 影勝は即答する。ありがたいことに金には困っていない。


「でしたら、展示品はありませんが、こちらなどいかがでしょう」


 おばちゃんがカタログを開き該当するページを見せる。鉄の塊と表現するしかない無骨な円柱型の小屋の写真があった。とんがり屋根で武骨さを無視すればファンシーな形だ。窓はモンスターの攻撃の場所になってしまうのでひとつもない。その代わりにとんがり屋根の先端が煙突のようになっている。

 扉は、イメージとしては新幹線の扉だ。スライド方式なのか、蝶番は見当たらない。


「広さはおおよそ一〇畳です。キッチン機能はありませんがトイレがついております。壁と屋根は厚さ十五センチの高張力鋼製で一〇〇トン近くあって動かすのも大変な重さです。旭川ダンジョン一〇階までのモンスターの物理攻撃は防げます」

「物理攻撃」

「はい。例えば酸の攻撃ですと腐食は致します。もっとも十五センチの壁に穴を開けるまでには相当の時間はかかると思いますが」

「その間に対処すればいいと」


 寝てるところを起こされるが無防備なところを襲われるよりは断然いい。それだけでも買う価値はあるだろう。いずれにせよ購入しないと十三階にはたどり着けないのだから。

 とすればこれで良いのではないか。十畳もあれば布団もベッドも荷物も置ける。なんならテーブルセットもタンスも置ける。ワンルームと思えば広いものだ。


「ダブルベッドでも置けるね。あ、入れ物だけだから家具とかも買わないとだめだよ?」


 考え事をしていると碧が口をはさんできた。部屋を借りるのと同様で中身はなにもないのだ。


「つまり、これだけじゃダメだってことか」

「うん。購入してからさらに補強したり断熱材はったり内装を凝ったものにしたりとかするんだよ!」

「……金はともかくとして時間がかかりそうだな」

「使い勝手を良くするためには手間暇かけないとだめだよ!」

「わかりました先生」

「うむ、よろしい」


 影勝と碧の茶番劇場を、おばちゃんは生暖かく見守っていた。

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