19.平穏なふたり(4)
午前九時、旭川ダンジョンの門前町のギルドの建物前に四人が集まっている。相変わらず真っ赤な麗奈と黒のスラックスに薄い青のジャケットを羽織った芳樹兄妹とモスグリーンのワンピースに緑まみれの白衣姿の碧とジーパンにブルーのフード付きブルゾン姿の影勝だ。麗奈と碧が目立つので探索者らの視線を浴びている反面地味な男性陣は通行人に紛れていた。
「あの恰好で街中かぁ……」
ちょっと嫌な予感がする影勝だ。ダンジョンで探索者が多ければ問題はないがあのふたりは色々な意味で視線を独占するだろう。
「昔から麗奈は他人の視線を気にしない子だから」
「まぁ、碧さんもそんな感じですけども」
「我々はお姫様の付き人でいればいいんじゃないかな」
「そうですね」
影勝と芳樹は覚悟を決めた。
一行はハイヤーで旭川駅まで行き、特急ライラックのグリーン車に乗る。関東のグリーン車と違い一両の半分程度のスペースでシート数も少なく、のんびりできそうだった。
影勝と碧が二列席に座り、その前に麗奈と芳樹が座る。席に着くなりさっそくおやつタイムになった。まだ発車もしていない。
「札幌まで約九〇分くらいだって」
「碧さんの風呂の時間くらいか」
「ぶー、影勝くんが意地悪だー」
ポテチをかじりながら雑談をしていれば発車のベルが鳴る。グリーン車は四人しかおらず貸し切り状態だ。まさか全席買い占めた?と思うが碧にそんな気配はない。
「えっとね、札幌についたら時計台を見て、その近くにショッピングモールがあって、その中にダンジョンでも使えるアウトドアのお店があるの」
「札幌に着いたら時計台に行く。そしてアウトドアの店に行く」
碧と麗奈がそれぞれ説明を始めた。もちろん説明相手はそれぞれの相方だ。
「時計台は行ってみたかったんだよね」
「兄さんと行くのはうれしい」
「あはは、麗奈に彼氏がいればそれを言ってあげたら喜ぶだろうね」
「麗奈は兄さんがいればいい」
影勝は前の席で交わされる会話を聞いている。
「麗奈さんと芳樹さんって、血はつながってないんだって」
碧が影勝に顔を寄せこしょっと話す。
「そうなの?」
「麗奈さんは拾われたって言ってた」
「そっかぁ。確かに似てないとは思ったけど」
影勝と碧はこしょこしょを続ける。
「でね、この旅行で仲良くなってもらおうかなって」
碧の眼鏡の奥が小悪魔的に光った。仲良くとは、文字通りの兄妹仲良くでは男女の、だろう。
「仲良く、ねぇ……」
影勝は鈍感な振りをした。関わると火の粉が凄そうなので。
昼過ぎに札幌についた一行はまず昼食をとることにした。行く先は碧おすすめの中華料理屋だ。電車を降りたとたん、麗奈と碧に周囲からの視線が注がれる。麗奈は美人で碧はかわいい系なのだが、それにもましてファッションが独特だからである。
「あれ、コスプレかなんか?」
「モデルってわけでもなさそうだけど」
漏れ聞こえるのは困惑した声だ。探索者なら誰でも知っているだろう麗奈ですら、一般人への知名度はないに等しい。ぶしつけな視線にもふたりは気にした様子もなく、それぞれ影勝と芳樹の手を掴み、ズンズン歩いていく。
「あれって彼氏?」
「彼女と違って地味だね」
容赦ない意見がぐさぐさ刺さってくる。自覚はしているがあからさまに言われると厳しい。だが碧も麗奈もニッコニコなので男ふたりは黙って耐えるのみだ。突き刺さる視線と意見に耐えながら、目指す中華料理屋に到着した。
【麺屋道鉄】という看板ある。ごく普通のラーメン屋の店構えだがかなりの人気店のようで、昼の時間を過ぎたとはいえ行列ができている。ざっと一〇人ほどが待っていた。もちろん彼らの視線も独占だ。
「結構待ちそうだし、先に買い物に行く?」
視線もあるが時間もかかりそうと感じた影勝は碧に相談する。一〇人となれば三〇分以上は待つだろう。
「宿は三日間とってあるから時間なら大丈夫だよ。延長もできるって」
にこやかに返され、一泊だと思っていた影勝は固まった。急に決まったし予定を聞いてなかったなと思い出す。
「今日はここで食べて時計台を見たら旅館に行っちゃお?」
碧の笑顔にほだされた影勝は「YES」の答えしか持ちえなかった。
待つこと三十五分で案内された。店の中はカウンターに数席と四人掛けのテーブルが三つしかない狭い空間だった。内装は凝っていて、きれいな木目がわかる壁材に有名人が訪れた時の写真もある。これなら行列もやむなしである。
流行っているからか混雑している店内はカップル、もしくは友人同士の若者が多い。平日なので働いている大人がいないせいもあるだろうが。
紙のメニューはあるが注文はタブレット方式の今風だ。影勝は碧と、麗奈は芳樹とメニューを眺めている。
「北海道だったら味噌ラーメン一択だなあ」
「北海道のラーメンは三種類だよ? 旭川ラーメンは醤油だし、函館ラーメンは塩だし」
碧の指摘に影勝は「え」とこぼす。麗奈と芳樹も同じだったようで、大きく開いた目で碧を見ている。
「じゃあなおさら味噌ラーメンじゃん。札幌だし」
「じゃあわたしも」
「麗奈もそれで」
結局皆味噌ラーメンだ。
「ここの病みつき餃子はホント病みつきになるよなー」
「週一で食いたくなるもんな」
「俺なんて昨日も食ったぜ」
隣の席の男子たちの会話が聞こえてくる。大学生くらいだろう、どうやら餃子がかなりおススメらしい。
「餃子も名物みたいだ、四人分頼もうか」
「いーっすねー」
会話を聞いてそそられた影勝と芳樹の男ふたりがタブレットで注文をする。碧と麗奈はスマホをいじっていてお任せモードだ。
料理が来るまで暇なので影勝は、芳樹を頼れる先輩と認識しここぞとばかりに質問をぶつけることにした。旭川で仲が良いのは新人の東風たちで先輩探索者とは縁がない。縁があるのはギルドの上のほうの人ばかりで当たり前だろうと思われることは聞けないのだ。
「芳樹さん、ダンジョンで泊まるときにあったほうがいいものってあります?」
「そうだね……小屋は買いに来たんだよね。食料水は言わずもがな、ゆっくり休めるようなベッドは必須だね。小屋は鋼鉄製で頑丈な奴を買えばそれを突破できるモンスターはあまりいないからね。連日の探索では疲労が一番怖いよ」
「ベッドかー。買わないとないないなぁ」
「あとは記録できるようなものかな。近江君のことだから未踏のフロアとかダンジョン外に行くかもしれないだろうから、ギルドとしてもその情報が欲しいところだね」
「あー、ハンデイカムとかですかね。碧さんに借りるかいっそ買うか」
「そうそう。でもSNSとかに流すのはやめたほうがいいよ」
「そうなんですか? いい情報だと思うんですけど」
「合成だとかインチキだとか、ともかく文句を言いたいだけの奴らが集ってくるから」
「あーーーーーなんとなくわかります。大抵そいつらは探索者じゃないってオチですよね」
「そうそう、まさにそれ」
男同士で意気投合していると注文のラーメンが来た。
「はい、おまちー」
ぼわっと湯気が立ち上るラーメンどんぶりがテーブルに乗せられてく。茶色い味噌ベースのスープにはバターとコーンがたっぷりトッピングされている。分厚いチャーシューも顔を覗かせており、おいしそうな匂いが空腹を刺激しまくる。
「んーーーいい匂いだ腹減ったー!」
一番若輩の影勝はいそいそと割箸を配り、自分の箸をパキっと割る。すぐに餃子も運ばれてきた。こんがり焦げた羽が大きめで、こちらもおいしそうだ。
「「「「いただきまーす」」」」
皆の声がそろう。影勝はまずはスープを味わう派だ。レンゲですくって一口。濃い目のスープが食欲を五割増しにする。アツアツなのでフーフー息をかけてからずずっとすする。太めの麺に味噌スープが絡んで旨い。四人とも黙々と食べる。麺が半分ほどに減ったところで餃子に手を伸ばす。餃子の羽がパリッとしていて明らかにおいしそうな気配だ。醤油とラー油を混ぜたたれにつけてパクリ。中に閉じ込められていた汁がじゅわっと口に広がる。
「うまッ……んん?」
影勝は複雑な味の奥に違和感を覚えた。まずいわけではなくむしろおいしいのだが、どこか違うのだ。中の人も食うなと叫んでいる。ふと顔を上げれば、妙な顔をしている碧と目が合う。
「なんかおかしい」
「……おかしいね」
影勝は一口かじった餃子を皿に戻す。碧は食べかけの餃子をさっとポシェットに投げ入れた。そして食べたふりをして残った餃子もポシェットに入れてしまう。影勝のマジックバッグはリュックなのでまねできない。碧の行動力は、薬師として見過ごせない何かがあったのだろう。すごいなと思い直す影勝だ。麗奈と芳樹はおいしそうに餃子を食べているが大丈夫だろうか。
「はーくったくった」
ラーメンは食べたが餃子を残すと怪しまれるのでおなかをさすって満腹の演技をしてごまかした。会計を済ませて時計台に向かう。
「影勝くん、これ飲んで」
影勝の横を歩いている碧が白い錠剤を口元に運んできた。有無を言わさない目をしているので碧の指ごと食いつく。指を唇でもにもにすると碧は「ひゅぉー」と妙な声で悶えた。
「これは?」
「解毒剤」
「了解。ふたりには?」
「宿で渡すつもり」
仲良く手をつなぐふたりはまったくもってそぐわない会話をしていた。




