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19.平穏なふたり(2)

 薬草集めに奔走した影勝のおかげで椎名堂の棚には薬が戻ってきた。細々と営業はしていたが、ようやく本営業だ。


「影勝君が採取してくれてもギルドに納品する分が減るから、結構時間がかかっちゃったわね」

「在庫を出し切ったポーションの補充が最優先でしたし」

華子ちゃんのとこ(クラン花冠)も特需だって騒いでたし、栽培事業も期待できそうだし、うんうん、回ってきたって感じねぇ」


 開店前に店の掃除をする葵と影勝の会話だ。碧は調合室でひたすら調合をしている。


「影勝君もうち(椎名堂)には慣れたでしょ」

「えぇ、まぁ……」


 影勝は言葉を濁す。結局、影勝は二か月ほどお世話になった宿を出て椎名堂に下宿している。主に葵の圧力が強かったからだが。

 名残惜しむ支配人だったが、森のエルフといわれるまでの探索者が門前町では初めてかつ唯一宿泊した宿としてちょっと鼻高々だった。


「影勝君も少し休日を取ったらどうかと思うの」

「休日、ですか?」


 影勝は「うーん」と考える。日々無理はしていないのと若いので疲れはない。モンスターとの戦闘もできるだけ避けることにしているので精神的な疲労も少ない。休め、と言われても、なんだか申し訳ない気持ちが強い。


「若いうちから休むことを覚えておかないと、年を取ってからだと大変よぉ?」


 葵はこぶしで肩をトントン叩く。思わず「肩たたきしましょうか」と言いそうになったが年寄り扱いすると機嫌が悪くなるのですんでのところで止めた。葵の気持ちは常に若者なのだ。


「そこらへんはまだわからないんですけど。っとそうだ、ぼちぼち本格的に連泊でダンジョンの先に行こうかと思ってるんですけど、どんな準備が必要かわかります?」

「どこまでの予定?」

「二泊三日で行けるところまで、ですかね」

「うーん、考え方が逆ね。どこまで行くからこの日数がかかるって計算しないと、持って行った食料が足りないとか、やらかすわよ」

「うっ……まったくもってその通りです。甘く見すぎてました」


 考えの甘さを指摘され、ショボーンとなる影勝。だが素直に意見を聞けることは生き残れる大事こと。葵は影勝をしゃがませると、彼の頭をいーこいーこと撫でまくる。


「なんというか、俺、高校卒業してるんですけど」

「あら、千恵さんがこっちにこれないんだから私をお母さんと思って欲しいのよね。あー、早く孫の顔が見たいわぁ」


 ニコニコの笑顔だが圧が強い。

 影勝だって将来を考えることはある。遊んで暮らせる金はある。そのうち碧と結婚も、などと妄想をするがそれを飛び越して孫などと言われた。現実として感じられず、ぼんやり「孫かぁ」と思う程度だ。というかまだ二十歳前だぞ。


「あぁぁぁお母さんずるいー!」


 休憩がてら影勝とお話をしようとやってきた碧が叫んで小走りで駆ける。葵と相対する位置で止まり影勝の頭を撫でる。


「影勝くんは背が高いから頭をなでる機会がないんだから!」

「一緒に寝ればいくらでも撫でられるでしょ?」

「いいいいいいっしょって、まだ、まだ早いよ!」

「お母さんがあんたの年には結婚してたんだけどねぇ」

「時代が違うもん!」


 頭の上で交わされる母娘の会話に出てくる本人がここにいるんですがーと思う影勝だが口をはさめないでいる。関係ないことだが、椎名家は代々婿を取り、そしてかかあ天下である。そーゆーことだ。

 その後、三人でお茶をしている時、影勝が今後の話を切り出した。栽培もとりあえずの成果は出たことで頑張って集める必要もなくなることと本来の霊薬の原料を探しに行くことを。


「え、三日もいないの?」

「いや、すぐってわけじゃないけど、十三階に行くとしてもいきなりはいけないからダンジョンの中で連泊する訓練もしておかないとって」

「じゃあわたしも行く!」

「いや、危険が危ないよ? 俺だけならスキルで隠れながら寝るとかできるからさ」

「行くったら行くの!」


 ぷくーとフグのようにほほを膨らませた碧がごねる。いつもならここまで我を通すことはない。譲れない何かがあるのかと影勝は考える。

 霊薬を求めてダンジョンの十三階を目指していることは知っている。日帰りが無理なことも知っているはず。行くことに反対はしていない。近くにいないのが嫌だから、は違う気がする。

 では何だろう。


「さて、おかあさんは買い物にでも行くから。三時間くらいは戻らないと思うわよ」


 何かを察知したのか葵が逃げるように店から出ていく。これから開店なのだが営業はどうするのだ。困った影勝は店前の看板をクローズに変えた。碧はぷりぷりしてるし無理。葵が帰ってきたら開ければいいのだ。

 さりとて碧の機嫌が直らない。何が悪いのかさっぱりな影勝は碧の前に座った。対話をしなければ。


「俺が行くことに反対ではないんだよね?」

「わたしも一緒に行くからね」

「そこに拘る理由って、聞いてもいい?」


 なるべく抑揚を抑え、やさしく尋ねると碧は影勝の手を両手で包む。碧はじっと影勝の目を見て口を開いた。


「……おじいちゃんもおとうさんも、普段通りダンジョンに行ってくるって言ったまま帰ってこなかった。待つのはもうイヤ。だから一緒に行くの!」


 叫ぶように言葉を発する碧の目が潤んでいく。碧には譲れない、もう見たくないものがある。ヒグマとまで呼ばれた祖父も、探索者としては強くはなかったが薬草を見つけるのがうまかった父も、行ってくるといったまま帰ってこなかった。墓はあるが中は空だ。大切な人がダンジョンに呑まれていく。そしていま、大事な人がダンジョンの奥へ向かう。また、またやるどころのない感情に支配されなければならないのか。

 彼の希望はダンジョンにしかなく、それを止めることはできない。彼の望みを叶えるためなら、やりたくないことだってやる。


「だから、だから連れて行って。死ぬときは一緒、なんて言わないから……」

「そっか……」


 唇を強くかむことで涙をこらえている碧に、影勝は次の言葉を告げないでいる。影勝も探索者であった父をダンジョンで亡くした。遺骨もない。碧の気持ちは十分理解できる。思えば境遇も似たようなものだったなと思う。

 影勝はそっと碧を抱き寄せる。もう離さないと言わんばかりに碧がしがみついてきた。震える背中を撫でれば「えぅぅぅ」と嗚咽が漏れてくる。

 碧を連れて行くのは簡単だが、大事な人を危険にさらすのか。逃げる手段だけはいくつも持っているが戦うすべはあまりない。特に多数に対しては脆弱だ。

 まぁ逃げればいいか。影勝は強さを求めていない。求めるのは霊薬のみだ。

 問題は睡眠をどうするかだな。儀一さんにでも聞くか。

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