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19.平穏なふたり(1)

 リニ草の栽培開始及び麗奈が旭川に来てから一週間が経過した。冠と飯島、それに綾部が様子を見に来ている。


「冠マスター、リ二ちゃんの横に赤ちゃんリニちゃんが!」

「飯島、良くやり遂げました!」

「これは麗奈さまにも褒めてもらえる案件ですよね!」

「当然ですわ!」

「「ばんざーい!」」


 飯島が植えたリニ草は「リニちゃん」という愛称で呼ばれ、ちょぴり大きくなっていた。そして少し離れた場所に双葉のリニ草が出ていたのだ。この双葉が四枚に変わり、次の双葉が出る。それを繰り返し成長していく。

 綾部はマフラーが畑に着かないようぐるぐる巻きにして屈み新しい双葉の眺めている。


「新しい芽がどの程度の時間で採取可能まで育つかだな」

「リ、リニちゃんを採取するんですか!」


 綾部の独り言を聞いた飯島がいきり立つ。リニ草を「ちゃん付」で呼ぶほどにかわいがるあまり感情移入してしまっていた。ちなみに植えた一株はマザーリニちゃんと命名され、最後の最後まで採取されないことになった。そのうち始祖に格上げされるだろう。


「……採取が目的で栽培しているのだが……ある程度まとまった数になるまで採取はしない」

「よ、よかった」


 飯島が安堵して額の汗をぬぐう。何のために栽培しているのだと説教したくなった綾部だがやる気になっている飯島の意気を折ることは避けた。一朝一夕には成し遂げられないのだから焦っても仕方がない。


「ヒール草は、生命力が強いのはさすがだな」


 ヒール草は一緒に植えた雑草を駆逐する勢いで増殖していた。だが増えすぎると雑草が減り土中の魔素が足りなくなるので定期的にヒール草を採取して間引く必要がある。とは影勝イングヴァルの論である。

 ヒール草を見ている綾部に、飯島が近づく。


「ヒールちゃんは増えすぎてるので昨日からちょこちょこ間引いてます」

「ふむ、安全かつ定期的に採取できる目途は立ちそうだな」

「もっと畑を大きくしても大丈夫だと思います。ヒールちゃんたちの機嫌が良いので」

「うむ。ではギルド近くの森を切り拓いてヒール草の大規模農場の計画を考えねば」


 こちらも順調だ。土地利用計画や資材などを防衛省と詰めねばならないなと綾部は一人ごちる。ここからは綾部の領分だ。大型重機などは自衛隊を巻き込んでしまえ、などと黒い笑みを浮かべる。


「冠君、ヒール草の栽培を大規模にした場合の人員はどうする?」

「花冠から募ろうかとは思ってます。ギルドの敷地には探索者のほかに自衛隊の方もいますし、生産職でも安全は確保できるかと」

「うむ、なるべく信の置ける人選をお願いしたい。強力なスポンサーがついてる。費用については気にするなと言っておく」

「おまかせください」


 まるで時代劇の悪代官と商人のようにこそこそと言葉を交わす綾部と冠。スポンサーとは国ではなく影勝だ。

 そんな栽培畑を隠すように赤いメタリックなプレハブ小屋ができている。麗奈が錬金術で作成した高田製作所旭川支店だ。床面積は約一〇畳、柱と天井はあるが奥にしか壁がない風通しの良い小屋だ。

 事務用の机とノートPC。頑丈そうな鉄製の長テーブル。中にいるのは麗奈とその兄芳樹だ。メールで注文を受けつつ、ここで武具に関する相談などを受け付ける予定だ。が、高田製作所という名前に恐れをなしてかビビッてか探索者が来ない。開店して一週間だが客は未だゼロであった。

 その旭川支店に三十路に見える男性が訪れていた。狩猟クラン【明王】の総長、(ぜん)明人(あきと)だ。

 一九〇センチの長身と筋肉で築かれた砦のような体躯に剃り上げた頭。巨大なバトルアックスでモンスターをなぎ倒していく様からゴリマッチョ明王と言われている探索者だ。 

 その筋肉ダルマが麗奈の前にどっかと座っている。


「善と申します。ダンジョンより戦士を拝命しております」

「麗奈。錬金術師。よろしく」


 深々と頭を下げる善に麗奈も応ずる。善は両手を合わせ拝むようなしぐさをした。


「某、防具に迷っておりまして。武器はバトルアックスが最良と自認しておりますが長いこと防具が定まりませぬ。重い鎧を着てもしっくりこず、かといって動きを重視した軽装備は戦い方に合いませぬ」

「スキルを聞いても?」

「問題ありませぬ。某のスキルは【怪力無双】【調伏】【憤怒】であります」


 【怪力無双】は【怪力】の上位スキルだ。【怪力】が加算だとすると【怪力無双】は乗算になる。【調伏】は敵と認識したものに対してダメージが乗算される。【憤怒】は【身体強化】の上位スキルで怒りによって身体能力が乗算されるスキルで、力だけでなく素早さも増幅される。善は怒れる明王を具現化させた存在と言えた。


「武器は両手?」

「両手であります」

「武器に聞いてもいい?」

「は? 今なんと?」

「武器に気持ちを聞く」

「武器の、気持ち……」


 善は釈然としない顔をしながらもマジッグバッグから身幅が一メートルを超える両刃の斧(バトルアックス)を取り出した。重量は一〇〇キロに迫るのではなかろうかという存在感だ。


「これですが」


 差し出されたバトルアックスを麗奈は片手で目線まで持ちあげた。座ったままバトルアックスを持ち上げる善もだが麗奈の力も人外だ。


「あなたは、どう?」

≪こいつは仲間のために前に出やがるくせに防具がしょぼいんだ≫

「なにが似合う?」

≪でけえ盾だな。こいつはオレの重さくらいなら片手で扱える。ならば壊れない盾があれば城になれる≫

「なるほど、城」

≪オレはな、壊れない相方が欲しいんだよ。そうすればコイツもうひとつ上に行けると踏んでる≫

「壊れない」


 武器と会話する麗奈を善は訝し気に眺めている。それはそうだろう、武器の気持ちを聞くなどというセリフはまともな神経の持ち主からは出てこない。


「壊れない……」


 麗奈はちらっと芳樹を見た。使っていい?と言いたげに首を傾げる。


「麗奈のやりたいようにやるといい」

「ありがとう。さすが兄さん」


 麗奈は立ち上がり後ろポケットから大きな黒い金属の塊を取り出す。【錬成】スキルで塊を厚く伸ばし、麗奈が隠れてしまえるくらいの長方形にした。その厚さ一〇センチ。凹凸のない完全な平面。善はそれを見てピンときたようで、ぐわっと立ち上がる。


「もしやこれは、盾、ですかな?」

「まだ持ち手を作ってない」

「ふむ、少々よろしいですかな?」


 善は筋肉を軋ませながら盾の上部に右手を当て支えた。


「この大きさならば地面に圧しつけつつもバッシュが可能か。そうするとこのあたりに持ち手があれば……」


 善は左手を動かし丁度良い場所を探っていたが、最終的に盾の真ん中あたりで手が止まった。満足そうに頷くと麗奈に顔を向ける。


「そこ?」

「うむ」


 決まったようだ。麗奈はまた後ろポケットから物を取り出す。赤くメタリックな薄いアレだ。善の目が大きく開かれた。


「む、それはッ!」

「善さん、つい最近似たようなものを見かけたことがあるかもしれませんがそれが本物という確証は全くないということをご理解いただきたく」

「む、むむ、むむむ」


 何かを言いそうになったが芳樹の早口説明に遮断された善が唸っている。「む」が無限に増殖しそうだ。

 そんなやり取りなど聞きもしない麗奈は鱗を盾に重ねた。


「【融合】」


 麗奈のスキル発動で盾がまばゆく光り、その光を遮るように善は「むむむ」と目の前に手をかざした。

 鱗は盾に染み込むように消え、善が希望した場所には一体化した取っ手がついた。籠手を着けていても十分握れるほど大きい。黒かった金属はやや赤みを帯びていた。

 盾というには品がない。無骨にもほどがある。ただの板だと揶揄る輩も出よう。


「うん、できた。どう?」


 麗奈は善よりもバトルアックスに聞いた。望む相方になっているのか。


≪おおおいいじゃねえかいいじゃねえか! コイツには意匠なんてどうでもいいんだよ。硬くて重くて強くて、そいでもって仲間を守れればな!≫


 バトルアックスは大興奮だ。麗奈もよかったと安堵の笑みを浮かべる。放置された善は憮然としているが麗奈が顔を向けるとピシっとキオツケの姿勢になる。


「これ。きっとみんなを守れる」


 麗奈は倒れないように支えている盾を善に見せた。盾というには単純すぎる造形に苦笑いを浮かべそうになった善だが、その盾から放たれる名状しがたい圧を感じ口もとを引き締めた。

 盾の取っ手を掴みフンと持ち上げる。

 予想以上に重い。が、これくらいなら振り回せる。怪力無双をもってすればちょうどよいかもしれぬ。

 善の口もとは、自然と吊り上がっていく。


「ありがたく頂戴する……これは、いかほどになるのだろうか」


 盾に意識を持っていかれた善だが、気が付いてしまった。これはいくらになるのだろうか。まかり間違ってもタダなわけはないだろう。

 善の記憶が正しければ、あの赤い金属のようなものは鹿児島ダンジョンで討伐された火龍の鱗だ。現状では高田製作所しか加工できない特別な素材だ。果たして値が付くのだろうか。

 狩猟クランである明王は魔石とドロップ品を納入することで成り立っている。二級探索者である善を筆頭に四級までの探索者一五人で構成される。収入は多いがその分出費も多い。余剰の資金はあまりない。

 頂戴すると言ってしまった手前不要とも言えず、また正直に言えばこの盾が欲しい。すごく欲しい。

 おもちゃにも見える盾だが、放たれる圧はけた違いだ。

 善の剃り上げた頭から汗が流れていく。その様子を見た芳樹はご心配なくと声をかける。


「善さん、材料代で三〇万円ほどです。ベースとなった金属はハイマンガン鋼とダンジョン鉄との合金で、少々値が張るものとなっております」


 ハイマンガン鋼板とはマンガン含有率が十一%以上の合金を指す。硬くて衝撃に強いという特性があり、盾の素材としては適している。


「三〇万……安すぎるのではないか? 余裕があるとは言えないが、某とて一〇〇万二〇〇万は払えるのだが」


 善は不機嫌さを隠さない口調だ。クランを率いる立場からすると馬鹿にされたと捉えてしまう。


「あくまで材料代です。今回麗奈が錬金した盾は前例がないものになります。ですので、使用感、問題点などの情報をお代としていただきたい」

「ふむ、人柱ということか」

「言葉は悪いですが、まぁそうなりますね」

「……もし買うとするとす――」

聞かないほうが(値付けは)いいと思いますよ(不可能です)


 芳樹は素早く、にこやかな笑顔で返した。善はその真意に気が付き、黙って盾を手にした。

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