18.栽培計画に巻き込まれる影勝(5)
その日の夕方は儀一の店で高田兄妹の歓迎会だ。昨晩の予定だったが麗奈が花冠にお呼ばれしたので今日になっていた。夕食時では混むので早めに開催だ。高級料理店もあるが、大人数でワイワイやりたいという麗奈の意向があった。
出席は主賓の麗奈と芳樹、椎名堂の三人、ギルド長の綾部、受付嬢代表の工藤、東風ら四人の計十一人と、儀一の店の半分以上を占拠している。なお、受付嬢枠の血みどろの争いは工藤が口で制した。恵美と香織を呼ぶのはお互いの進み具合確認なので必然的に彼氏も来るのでこうなった。
「ギルドちょー、なんで昨日麗奈さまが来ることを教えてくれなかったんですかー」
「お前に教えたらしゃべりまくるからだ。ギルドが人で溢れかねん」
「うう、ギルド長がひどいー」
工藤が始まる前からしらふで管を巻いていた。まだ乾杯をしていないのでしらふである。
「あたしも麗奈っちさんがくるって今日知った! 何ならついさっき!」
「サプライズ成功」
麗奈がどや顔だ。
「麗奈っちさんが元気でよかったー!」
「昨晩、たくさん友達ができた」
「わ、麗奈っちさんすげーじゃーん!」
「がんばった」
麗奈と片岡は「うぇーい」と片手ハイタッチをする。そんな麗奈を、芳樹がほほえましく眺めている。
工藤と片岡は似た様な性格に見えるが、工藤はちょっとひねた北風陽キャで、片岡は完全な太陽タイプである。麗奈が砕けているのは片岡あってこそだ。
「やっぱり恵美のコミュ能力はすごいわね。わたしにはできないよ」
「自慢の彼女ですから」
「堂々とのろける賢一も大したもんよねー勇吾?」
堀内ののろけをうらやましく聞いていた陣内が東風を睨む。東風は堂々といちゃつくことはしない。堀内の杖が東風にもあればいいのに、とは陣内の秘めたる思いだ。
「ぎゃー、どこもかしこもアオハル!」
工藤が切れた。
「おら、騒いでねーで料理運ぶの手伝え」
儀一が両手に料理を持っているがカウンターには料理の皿がいくつもある。
「はい」と芳樹が腰を浮かせば「主賓はどっしりしてほしい」と綾部に待ったをかけられ「あ、はい」と座りなおす。芳樹はギルド職員で腰が軽いのだが同じ職員の工藤は横綱級のどっしりである。お前は反応しろと綾部に小突かれていた。
テーブルには定食メニューの大皿版が広がっている。ご飯は自由によそえるように炊飯器まである。各自にドリンクを配れば乾杯だ。
「今日は麗奈が兄さんのお世話する」
「自分でやれるから大丈夫だよ」
「お世話したい。だめ?」
「……そうだね、から揚げと、回鍋肉もおいしそうだし、どれも旨そうに見えて迷っちゃうね」
芳樹が嬉しそうに言うからか麗奈がトング片手に小皿におかずをのせまくっている。手に持っているのは即席に錬金で作ったトングだ。なければつくる、は錬金術師の合言葉のようなものだ。
アピールする絶好の機会と考え、トング片手に甲斐甲斐しく動く麗奈だが加減がわからずおかずが載った皿を量産していた。
「麗奈、そろそろ皿が置けなくなっちゃうからね」
「む、やりずぎた」
麗奈がしょんぼりする。
「じゃあ一緒に食べようか」
「うん。兄さんと一緒」
麗奈がにぱっと笑った。
この場に冠がいたら悶絶しているだろう、そんな貴重なシーンだ。
「料理はまだあるからな! うちの料理はどれもうまいぞ!」
「ラーメン以外はね!」
「工藤、お前だけ特別にわさびトッピングにしてやるぞ?」
「えぇぇー儀一さんのいけずー」
工藤は相変わらずだった。
そんな雰囲気の中、店のテレビが急にニュースに切り替わった。皆がそちらに顔を向ける。
「ここで防衛相迷宮探索庁からの記者会見を中継します」
画面にはテーブルを前して四人のスーツの男性が並んでいる。どこかの会場だろうか、多数の記者とカメラマンが映し出されている。
「防衛省迷宮探索庁長官の二瓶です。本日は鹿児島ダンジョン内にて討伐されたモンスターについて説明をさせていただきます」
二瓶以外の三人がボードなどを用意してテーブルに載せた。岩場に横たわる火龍の全体イラストがあり、記者らがどよめいている様子が映し出されている。片岡が何かを叫びそうになっていたので堀内が後ろから抱き込むようにして手で口をふさいだ。
「このモンスターは鹿児島ダンジョンにいたもので、鑑定では火龍とされています。全身は硬いうろこで覆われ、頭頂から尾の先まで二〇〇メートル。羽を広げた大きさも同じくらいです。世界に目を向ければドラゴン種の目撃討伐例はありますが、ここまで巨大なものは記録にありません」
ここで火龍のイラストから鱗の写真に変わる。赤いメタリックな鱗とその横に立つ二瓶の写真で、鱗の大きさがわかるようにしてある。「でけぇ」と儀一がつぶやいた。
「火龍は一般的なモンスターと違い魔石を残さず、そして消えることなく存在しています。現在防衛省が関係省庁及び研究機関と連携して素材としての利用を研究しております。素材としては鱗を予定しております。武器や防具、または魔道具などに使用できると思われますが、詳細はまだ決定しておりません。牙や爪等の部位は数が少ないのでまずは研究用に使用いたします」
鱗の写真から爪、牙、羽なのど写真に変わっていく。そのたびに「おぉ」などの感嘆の声が上がる。
「モンスターが魔石にならなかった原因はわかっておりません。現在過去の事例などを探していますが該当するものはありません。もし、情報をもっている探索者がいれば、我々にお知らせ願いたい」
二瓶が深々と頭を下げると「ここからは質問を受け付けます」と脇に控えていた女性がアナウンスした。一斉に手が上がる。頭を上げた二瓶が男性に手を向けた。
「ガセヒテレビです。火龍ですか、それが討伐されたことと桜島の大噴火の関連性について。またダンジョン内でも火山が噴火したとの情報もありますそのことについてお伺いします」
「関連性については現在調査中です。また過去の噴火についても調査中ですが、当時のダンジョンにおいて火山噴火の目撃例がないのでその情報をお持ちの方はギルドまでお知らせください」
「もし火龍の討伐が噴火につながっていたら、大問題ですよ! 人が亡くなっているんですよ!」
「仮定の話にはお答えできません」
「無責任すぎませんか?」
「こちらの責任を問うのであれば、まずあなたの仮定の話の責任の所在を証明ください。責任が発生しないのであればこちらには返答する義務はございません」
二瓶は即答する。あらかじめ答えは決まっているし、感情に訴える輩は無視するに限る。
ガセヒテレビの男が食い下がろうとするも二瓶は無視して次に女性に手を向ける。
「フリーランスです。火龍の素材についてお伺いします。先ほど鱗の使用を検討とありましたが、鱗の強度や特性などはわかっているのでしょうか。また加工する手段はあるのでしょうか」
「鱗の強度についてはタングステン並みであるのは検証いたしました。特性についてですが火属性が主ですが錬金術師の加工次第では様々な特性がつくことが分かっております。加工手段ですが、錬金術師である高田製作所に依頼したところ加工が可能であると判明しました」
「高田製作所以外の錬金術師はどうでしょうか」
「鹿児島ギルドの錬金術師数名に依頼しましたが鱗の加工ができませんでした」
「ということは、高田製作所のみが加工可能ということでしょうか」
「現状ではその通りです」
「最後にひとつ。加工された武具はどのようなものでしょうか」
「武具ですか……ロングソード、杖、小型の盾、矢、ナイフです」
「ありがとうございます」
その後何人かの質問を受け付け、会見は終了した。SNSでは好き勝手な憶測が飛び交っている。
会見をほけーっと見ていた工藤が再起動し、影勝や東風らを見る。
「あれ、近江君とか東風君って鹿児島に言ってたよね? もしかして火龍を見ちゃったりする?」
「なんかでっかいモンスターがって話は聞きましたが見れてないです」
「桜島の噴火でダンジョンに入れなくなったので、残念ながら見れてないです。見たかったですね」
影勝と東風は落胆した風にすっとぼける。これも打ち合わせしていた。自身の身の安全のためである。
「麗奈さまが加工できるって言ってましたよね!」
「できる。でも素材はギルド管理」
「まぁそうですよねー」
工藤も無念という顔で肩を落とした。綾部は「お前には関係ないだろう」という顔で工藤を見ている。
「あの、綾部ギルド長。ちょっとお願いがありまして」
芳樹が前傾姿勢で綾部を窺う。ふむと綾部はマフラーに触れた。警戒するときの癖だ。
「うむ、なるべく希望は聞くが。してなんだ?」
「兄さん、麗奈が言う。ギルドの横で製作所の支店を建てたい」
「支店か……それは旭川に滞在している間、ということか?」
「そう。鹿児島のお礼をしたい」
「であるならば断る理由はないな。芳樹君、委細は任せるがあれは出すなよ?」
「わかっております」
「ありがとう」
ということになった。