18.栽培計画に巻き込まれる影勝(4)
そんなことがあった翌朝。旭川ギルド試験畑には目の下にクマを作った冠と飯島、やたら機嫌がいい麗奈と口をもにょらせている芳樹、四人を見て首をかしげる影勝と碧の姿がある。
「じゃあ始めよう」
遅れてきた綾部が一同を見渡す。
「一部元気がないようだが?」
「い、いえ、大丈夫ですわ!」
冠が慌てて否定する。何かあるのだろうが口にしないので綾部も追及はしない。
「ヒール草に変化は、なさそうだな」
綾部がヒール草エリアに目をやる。雑然としていて良く得わからないのが実情だが実際に変化はない。植えた次の日ではそんなものだ。
「ふむ、ではリニ草に移ろう。まずは肉だ」
綾部が麗奈に向く。麗奈は赤いつなぎの後ポケットに手をやり大きな肉の塊を取り出した。一〇キロはあろうかという肉肉しい塊で、白い脂肪など全くない赤身オンリーの男らしい肉だ。火龍なの肉のは内緒だ。
「で、これをどうするかだが」
綾部の視線は影勝に向く。言い出しっぺなのだからやれという視線だ。
「肉をミンチにして土に巻いて撹拌すればいいかと」
「ミンチか……」
影勝の返答に綾部がうなると冠が挙手する。
「僭越ながらこの冠にやらせていただければ」
冠の手には真新しい赤いサバイバルナイフがある。どこかで見たことがある色と光沢に「まさかなぁ」と影勝は麗奈を見る。綾部も目だけ彼女に向けている。麗奈がふふっと笑っているのを見て確信した。
やったなこれ。
綾部が小さくため息をついていた。
麗奈から肉を渡された冠が地面に置くと飯島がサバイバルナイフをあてがう。ナイフの刃がサクサクサクっと肉を切断していく。そこに冠も加わる。地面が俎板代わりだが食べるわけでもなく土と混ぜるのだからこれでいいのだ。
「えーーーい」
懐から二本目のサバイバルナイフを取り出した飯島が二刀流で叩いて肉をミンチにしていく。結構なお点前だ。
「庭師じゃなくて料理人でもいいんじゃ?」
「庭師でいいですー」
影勝のつぶやきに飯島が叫ぶ。集中してるから聞こえないと思ったら聞こえてたようだ。
いい具合にミンチになったところで飯島が顔を上げる。視線の先はもちろん影勝だ。良さげなので頷く。空気が入ったせいかミンチになった肉が小山になっていた。
「じゃあまいてすき込みましょうか。すごい量ですけどー」
ひと仕事やり切った顔の飯島が額の汗をぬぐう。きらりと光る汗がさわやかだ。
「リニ草一株に対して多すぎる気もしますが」
「大好物があればリニ草がわんさか増えるかも」
「レッツやるのですわ!」
冠が疑問を持つも影勝の返答でテンションが上がっていく。ミンチ作業でトリガーハッピーになっているようだ。
力仕事なら影勝の出番だ。冠と飯島がばらまいた肉を鍬を使って土中に埋めていく。影勝の頭にイングヴァルのご指導が響いているのはもちろんだ。
おおよそ畳三枚分のスペースに一〇キロもの肉をすき込んだ。まき終えた飯島は鉢に入っているリニ草を抱えている。
「どこに植えよっかなー」
飯島がリニ草の鉢を目線で掲げると≪肉肉肉肉肉肉肉≫と伝わってくる
「この子が我慢の限界みたいだからど真ん中に植えちゃえー」
リニ草のエリアのど真ん中に手で穴をあけ鉢からリニ草を移動する。周りと同じ高さになるように土を盛り、完成だ。
「できた! さーてどうかなー」
飯島が屈んでリニ草を凝視すると≪肉肉肉ubyoryukeru!!!≫と伝わってきた。
「うっわー、喜んでるみたいだけどなに言ってるかわからんし、こっわー!」
飯島が後ずさりして畑から出た。よほど不気味だったようだ。
「……喜んでるなら成功、だとは思うけど」
「近江君、なんで植物が肉食なんだ?」
「俺に言われてもですね。まぁ、ダンジョンですから」
「すべてがその一言で片付いてしまうのは悔しいな」
影勝と綾部が並んでリニ草を眺めている。心なしか、風もないのにリニ草が揺れているように見えた。
「さて、今日のところはこれくらいか。芳樹君、定期的な観察をお願いしたい。それと、冠君と麗奈君はギルド長室まで来てくれ。拒否はできんぞ」
綾部がぎろりとふたりをねめつけた。
連行された冠と麗奈が尋問を受けているお昼時。影勝は椎名堂でランチという名の説得を受けていた。
「影勝くんは副マスターなんだからクランハウスなここに住むのは普通だと思うのよ、おかあさんは」
「クランマスターが葵さんと言うのは当たり前だと思うんですけど、副マスターが俺なのはなんでです? 碧さんだと思うんですよそこは」
「碧はお金に弱くってね」
葵が視線を碧に向けると、彼女はふっと顔を逸らした。影勝にも心当たりがある。椎名堂が金に困っていないどころかビリオン長者なので碧の金銭感覚がバグっているのだ。弱いというか、適正価格がわかっていない。オークションでよぉく分かった。
「あとわたしのことはおかさんって呼んでくれていいのよ?」
「唐突な呼び名変更の理由は何ですか?」
「あら、碧、まだなの?」
テレビを見ている風で聴き耳をそばだてている碧に葵が向く。なんとなく察している影勝は「おいおい」と戸惑いを隠せない。
そりゃね、性欲モンスターな若い男子なのであれやこれや妄想は止まらないけど付き合い始めたばかりでそこまで一気にはいけないですよ葵さん、という言葉は呑み込んでいる。
「お父さんなんかすぐ押し倒してきたけどねぇ」
「あの、順番は大事だと思うんです。もちろん碧さんは魅力的ですけど」
話がファールボールになってしまってどこに行ってしまったのか。クランの話をしているのではなかったか。このままでは今日も泊まりになってしまう、というタイミングで影勝のスマホが鳴る。
ビデオ通信の着信で相手は母親だ。葵はもちろん碧も振り向く。
すみませんと断って通話を開始すると液晶画面には母千恵の顔が映る。血色も良くなりあの時よりも少しふっくらしてきた。背後には広い空間が見え、病室ではないことがわかる。
「もしもし、いま大丈夫?」
「かあさん、体調はどう?」
ふたりで同時に話し始めた。そして同時に苦笑いだ。
「あらお母さんなの?」
「影勝くんのおかあさん?」
葵と碧が画面を見るために影勝の背後に回り込む。
「あら椎名さんもいたのね。その節は大変お世話になりまして」
「いえいえ頑張ったのは影勝くんですので」
「影は真面目にやってますか?」
「昨日も今日も薬草集めにダンジョンに行ってくれてすっごく助かってますわ」
薬師と患者、母親同士の挨拶になってしまった。
「あ、邪魔しちゃったごめんね」
葵がすすっと下がる。
「影、しっかりやりなさいよ」
「やれることをやってるよ。それより体調は?」
影勝としてはともかく母親の経過が気になるのだ。妖精の秘薬では完治はしないが、どこまで回復してどのくらいで効果がなくなるのか。まだ投与して大した時間も経っていないが、気になるのだ。
「ようやく病院内を自由に歩いていいって許可が出たわ。病室だと退屈でね」
千恵はうんざりという顔だ。好きに歩けるまで回復したことに影勝をほっとする。
「先生が言うには、一週間たったくらいだとほぼ変わらないけど、ほんのすこーしだけ数値が下がったって。体調的には変わらないんだけど、一ヶ月経過したときに量を減らして追加投与してみましょうかって仰ってたわね。そうやって適正なバイタルと投薬量の関係を探っていくんだって」
自覚する体調は良いけど検査結果と合わないからか不満が表情にも出ている。
「そっか。でも元気そうでよかったよ」
「元気なんだけどお酒が飲めないのがねー」
「一応闘病中なんだしそこは控えようよ」
影勝はハハハと笑う。軽口を言えることに胸が熱くなる。
「影、そっちはどう? 迷惑をかけてない?」
「あーーーーまぁ、たぶん、大丈夫」
「なんか怪しい言い方ねぇ……」
千恵にジト目で見られた影勝は乾いた笑いでかわす。綾部を困らせている実感はありすぎるが、さすがにそれを母親かつ元探索者に言うことはできない。激おこ案件だろう。
「あ、あのおかあさま、碧です、こ、こんばんは!」
碧がいつの間にか隣に座っていた。
「はいこんばんは。碧ちゃんは今日も可愛いわね。影がお世話になっちゃってごめんね。迷惑かけてない?」
「い、いえいえ、影勝くんにはいつも助けてもらってます!」
「やらかしたらガツンと頭を叩いていいからね!」
千恵の視線は影勝に向かっている。やらかしているのを察知しているのかもしれない。
碧はちらっと影勝の顔を見て、姿勢を正した。
「あ、あの、影勝くんと、その、お付き合いすることに、なりまして、その、と、年上ですが、よろしくお願いします!」
「あーーーー、こんなやつでいいの? 碧ちゃんならより取り見取りでしょうにって、影! またあんた碧ちゃんに言わせちゃって恥ずかしくないのかい?」
「いきなりの電話で、報告とかすぐには思いつかなかったんだって!」
「そんなんじゃ呆れられちゃうよー?」
「そ、そんなことはありえないので大丈夫です!」
「碧ちゃんは優しいわねぇ」
画面の向こうの千恵はにっこにこである。そのうち「娘が欲しかったのよねぇ」と言い出しかねない雰囲気だ。影勝は顔が熱いのとバツが悪いので情緒が大騒ぎだ。
「影、悪いんだけど葵さんとお話がしたいのよ。この電話借りていい?」
「了解。葵さん、かあさんが話をしたいっていうんだけど」
「はいはいかわるわよー。メールでやり取りしてるからお久しぶりって感じでもないけど、体調はどう?」
葵は影勝からスマホを受け取ると千恵としゃべり始めた。影勝は、メールでやり取りしてるとか聞いてないという顔をした。