18.栽培計画に巻き込まれる影勝(3)
「おかあさんおかえりなさい」
「葵さんお疲れ様です」
「ただいま。おふたりさんに進展はあったのかは後で聞かせてもらおうかしら。まずは綾部ちゃんに報告ね」
葵がカウンターに行けば、綾部がすでにそこにいた。
「葵さんお疲れ様」
「疲れたけど、もっと疲れるのはこれからよね」
葵は小さく息を吐く。そう、新しく有望な問題が勃発したのだ。そんなやり取りに気が付いた芳樹が慌てて駆けていく。
「鹿児島ギルドから来ました高田芳樹です。短い間ですがお世話になります」
「うむ、仕事というほどでもないが、君も彼女もここはよく知らないだろうから、栽培の記録をお願いしたい」
「承知しました。あとこれを」
芳樹がマジックバッグから肉の塊をとりだした。ドスンドスンとカウンターに積み上げていくと「おぉぉ」と職員から歓声が上がる。
「うちのギルド長から旭川ギルド職員の皆さんにと。鹿児島自慢の黒豚肉です」
「うむ、ありがたくいただく。誰か、これを職員でわけてくれ」
「ありがとうございます!」
「いただきます!」
複数の職員がいそいそと黒豚肉をマジックバッグに隠していく。それとは別に受付嬢が芳樹にすすっと歩み寄る。
「お疲れ様です、旭川ギルドの内木と申します。おふたりの宿はここを取ってあります」
「お疲れ様です、鹿児島の高田芳樹です。痛み入ります」
「食事などはどうされますか? 色々リストアップしてありますが」
「あ、それは椎名堂さんが教えてくださるそうですがそのリストも頂きたいです。お土産とか購入したいですし」
「ふふ、いっぱい買ってくださいね」
「ぜひ!」
カウンターでは芳樹とギルド職員が諸々の打ち合わせをしている。麗奈は花冠に囲まれていて身動きが取れない状況だ。
「麗奈さま、わたくし採取クランの花冠代表の冠華子と申します。遠路はるばる旭川迄ありがとうございます! ぜひ、我がクランに遊びにおこしくださいませ!」
「む、兄さん」
冠のごり押しに麗奈は芳樹に助けを求めた。誘いを断るのは簡単だが、麗奈はなるべく他者とのコミュニケーションをと兄に言われているためにどうしようかと答えを出せないでいる。
妹の困惑に気がついた芳樹はちらっと葵に視線をやる。予定では椎名堂と食事でもとなっていたのだ。葵は手でオッケーサインを返す。今日明日で終わる作業でもないし、今日以降でも食事の機会はある。ここはファンサして交友関係を広めるのも良いだろうという判断だ。
「楽しんでおいで」
芳樹の返答を聞いた麗奈はひとつ頷く。
「わかった。では、よろしく」
「ありがとうございますありがとうございます! さぁアナタたちは先に戻って準備なさい!」
「「「イエスマム!」」」
笑みをこぼしながら花冠の女性らは麗奈に手を振りギルドから駆けていく。
「麗奈さん、明日ね!」
「碧! 明日! 必ず!」
碧が大きく手を振ると、麗奈も振り返す。焦ることはない。椎名母娘と影勝は椎名堂に向かい、芳樹はギルドで打ち合わせの予定だ。
ギルドを出た一行は椎名堂に向かう。どことなく浮ついているように見える門前町を三人は歩いていく。少し考え事をしていた影勝が口を開いた。
「今日は宿に帰りますよ」
「あら、今日も泊ればいいのに。なんならコレからずっとうちにいてくれて貰った方が碧も喜ぶしうちもより安全で助かるんだけど?」
「いやいやそんなわけには」
裏がありそうな葵の提案にグラッと来た影勝だがここはサラッと断るつもりだ。寝る寸前まで碧といられる上に朝の寝ぼけている姿は眼福であり幸せでしかないがずるずる流されてしまうのは良くないと考えている。どうせ納品などで椎名堂には毎日お邪魔するのだ。
とはいえ今の宿のままでよいかという問題はある。ビジネスホテルなので部屋は狭いし新しく何かを買うことも躊躇する。ベッドも狭い。資金はあるのでマンションを買うなり借りるなりできるし、そうすれば必要な家具や家電も揃えられる。悩みどころである。
「まぁそれとは別にクランとしてちょっとお話し合いもしたいのよね」
「じゃあ今日はお邪魔させていただきます」
今日のところは押し切られた影勝だった。
さて、花冠に招待された麗奈はというと。
「狭苦しいところで大変申し訳ありませんが麗奈さまどうぞこちらへ!」
花冠がクランハウスとして購入したマンションの共有スペースであるラウンジのソファーに座らされていた。マンションとはいえ三階建てで十五部屋しかなく、アパートのようなものだ。
ラウンジといってもいくつかのソファーとローテーブルくらいしかないスペースで、普段はクランの打ち合わせで使用されている程度だ。そこに仮のテーブル椅子などが持ち込まれている。
ローテーブルには料理が並ぶが、野菜炒めやから揚げなど庶民的なものばかりだ。ただ、普段から何かと高級フレンチなどをごちそうになる麗奈にとって家庭料理のほうが好みだった。麗奈の口元も嬉しそうに弧を描いている。
「おっほん。では、麗奈さまが我らがクランにお越しになられたという慶事に、乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
冠が音頭を取った乾杯で始まり、麗奈はさっそく箸をつける。まずは野菜炒めだ。強火で炒めたのかシャキシャキ具合が心地よい。
「うん、おいしい」
「大したおもてなしもできませんが」
「麗奈は料理ができない。できるのはすごい」
眉を八の字にする冠に、麗奈はから揚げに箸をつけ毅然と答える。揶揄っているのではなく本心だ。麗奈に腹芸はできない。
「恥ずかしながら大した料理ではないので」
「その大した料理も麗奈はできない」
大した料理ではないといわれ、麗奈はしょんぼりしてしまう。料理ができれば芳樹にも手料理をふるまえるのに、できない。そうすれば麗奈の気持ちにも気が付いてくれるかもしれない。だが、麗奈は錬金術ですごい武具は作れるがそれ以外はほぼ全滅だった。
「ま、まぁまぁ、麗奈さまはとても優秀な錬金術士なんですから、プラマイでトータルプラスですわ! わたくしなどポーションしか取り柄がありませんもの」
「あたしもそうです!」
「わたしも!」
慰めだろうか、冠が自身を下げる発言をすれば同調者が声を上げる。
錬金術はポーション作成、武具作成、魔道具作成、スクロール作成、金属加工など範囲が広く、その中でも何が得意かがはっきり分かれる傾向がある。麗奈は武具で冠はポーションというだけだ。そこに貴賤はないはずだ。
麗奈は箸を置き冠に顔を向ける。
「桜島が噴火したとき、麗奈の錬金術ではけが人を救えなかった。助けたのはポーション。命を助けるものを作れるのだから「しか」なんて言わないで。すごいこと」
鹿児島ギルド職員の子供が大けがを負い病院にいたが手当のしようもない時、ハイポーションに命を救われた。碧が増やしたハイポーションである。
「麗奈はポーションは苦手。まともに作れない。あなたたちは麗奈をすごいという。すごい麗奈が作れないポーションをあなたたちは作れる。それはもっとすごいこと。ちゃんと誇ってあげないと、ポーションが可哀そう」
静かに、言い聞かせるように麗奈は語る。兄芳樹に諭されたように。
錬金術は成果としてモノを残す。麗奈は錬金術で武具を作る。その武具に対して、麗奈は自信を持っているし誇りもある。武具を渡した相手は例外なく喜びの笑みを浮かべる。麗奈はそれが好きだ。
同じ錬金術師ならそう思ってほしかった。
虚を突かれたのか、冠らは黙って聞いている。麗奈が冠の手を取る。
「人を救えるのだから」
麗奈がほほ笑むと冠の目から涙がこぼれた。
「あ、ありがとうございますぅぅぅぅぅ」
冠華子は大学受験に失敗してやけになって十九歳の時に探索者になった。職業は錬金術師だった。いろいろ試したがポーション作成しかできなかった。しかたなしにポーションを作っていくかと思ったがここは椎名堂が一強の土地で、ポーションを作る錬金術師の立場は弱かった。冠は運よくポーションの腕はよかったが生活は大変だった。
ポーションよりも椎名堂の傷薬のほうが効果があり、またその原料たるヒール草も椎名堂に流れていく。今のギルド長が現役の時に冠のポーションを率先して買うようになって生活が安定してきた。冠はこの恩をずっと忘れていない。綾部に呼ばれてテンションが上がっていたのはこのこともある。
継続してポーションを作ることで探索者としてのレベルも上がり、そのうちハイポーションも作れるようになったのが一〇年ほど前。
探索者に男も女もない。職業とスキルは平等だ。だが、荒事の多い探索者生活において女性は侮られがちで、陰で泣いている若い女性も多かった。
ある程度稼いで余裕もあった冠は若手女性生産職のためにクランを立ち上げた。それが花冠だ。魔石を求めるでのはなく、あくまで採取で錬金術師に薬草類を供給するのが目的だった。
クランを立ち上げて一〇年。錬金術師だけではなく、個人的問題を抱えた女性を受け入れるようにもなっていた。綾部が何かと目をかけているものあるが、あまり余裕はないがクラン員を養っていけている。
「すごい、がんばってる」
「うぅ……」
花冠の女性らはみな泣いていた。
「今日のお礼」
ふいに麗奈は立ち上がり、後ろのポケットから赤い大きな鱗を取り出した。
「麗奈さま、それは?」
「内緒」
麗奈はラウンジを見渡す。入り口から入った正面に壁に、月桂冠の上にユリなどの花が咲いている紋様を見つけた。クラン花冠のシンボルだ。
麗奈は大きめなテーブルの上に鱗を掲げ「錬成」とつぶやく。うろこが小さくちぎれ、形を変えていき、刃と握りが一体化したサバイバルナイフになった。女性が握れるように小ぶりだが刃渡りは十三センチある。メタリックレッドなサバイバルナイフがテーブルにゴトゴト積まれていく。四〇ほどはあるだろう。
「みなに」
麗奈がそう言うが誰も手を伸ばさない。そのうちすべての視線が冠に集まる。仕方ないと覚悟を決めた冠が手を伸ばす。手に持ち「軽い」とつぶやいた。サバイバルナイフを矯めつ眇めつ眺め。
「あ、刃に花冠のシンボルがありますわ! 裏には炎、ですか?」
「炎は麗奈。麗奈も花冠にはいる」
「はい?」
「麗奈も手伝う」
「「「「えぇぇぇっぇええええ!!」」」」
麗奈の唐突な思い付きに、冠はじめ花冠の面々が絶叫した。