18.栽培計画に巻き込まれる影勝(2)
「こうなると近江君にも栽培についてのアドバイス依頼をしなければいけなくなるな。これもギルドからの依頼にしようではないか」
「えぇぇ……」
お金よりも時間が欲しい影勝であるが、それを阻止しようとしているのか、綾部はやたらと影勝に首輪をつけたがっている。中の人の経歴がそうであるし、これだけしでかしているのだから当然ではある。
「影勝くん、チャーターの予約がとれたわ。明後日朝出発で夕方にはそっちにつけそうね」
「麗奈も一緒」
「ふふ、親がいない夜も今日と明日しかないからね」
画面の向こうで葵と麗奈がサムズアップしている。親がおぜん立てしちゃダメだろと影勝は頭痛を覚えた。
「飯島、聞いたわね?」
「はい冠マスター!」
「明後日夕刻にギルド集合、これはマストよ! 全員に連絡なさい!」
「イエスマム!!」
こっちはこっちでおかしなテンションが収まらず。
「栽培レポートはこちらでまとめて各ギルド長あてに送信する。ではこれにて散会とする」
綾部が強制終了させた。高田兄妹と葵は二日後の夕刻にギルドに到着予定となり、影勝も、おそらく、碧も集合になるだろう。
解散となり椎名堂に帰った影勝は採取した薬草類を取り出しながら碧に顛末を説明した。もちろん葵が帰ってくることも。
薬草類は、ギルドに売るものと椎名堂に持ち帰るものは分けてある。ギルドに売った分は錬金術師に優先されるからだ。ポーションは最優先だが傷薬も求められている。
「おかあさんが返ってくるのは予想よりは早かったかな」
碧は手慣れた動作で薬草を水洗いしていく。影勝が取り出し碧が洗って下処理をする流れ作業だ。影勝はいつのまにか椎名堂の調薬ラインに組み込まれていた。
「葵さんが帰ってこないと店が開けられないし。まぁ売る薬もなさそうだけど」
店の中の棚に残っている薬はだいぶ少ない。まずは薬の補充が先だ。
「おかあさんが帰ってくるまではふたりっきりだーって思ってたのにもう終わっちゃうー」
ぶーと碧がアヒル口をする。影勝的には碧と一緒に入れてうれしい反面、天然な面もある彼女が肌を露出することが多く、元気な下半身が本能に正直になってしまうのだ。風呂上がりに薄着で出歩くのは目の保養だが悶々として寝られなくなってしまうので勘弁してほしい。女所帯ゆえの無防備だろうが男子には刺激が強すぎる。同居しているとひとりで処置もできない。
「ま、まぁ、一緒にダンジョンに行くこともできるだろうし、それに門前町とか札幌にお出かけとかもできるしさ」
「さささ札幌デート! 札幌にね、おいしいラーメン屋さんがあるんだよ! 野菜たくさんで、あと餃子がおいしいって有名なんだよ!」
碧がすすっと影勝の横に移動する。腕を腕がぴったりくっつくレベルだ。これも天然だから困る。だが影活はここぞとばかりに碧の感触を楽しんでしまう。直接伝わる体温が心地よい。自然と顔も緩む。
「へーそりゃ楽しみだ」
「えへへへ」
影勝がニッと笑えば碧のほほも緩む。
「温泉もあるから、お泊りも、できちゃうね」
碧は上目遣いで影勝を見つめる。碧がこれをつかえば影勝は断れないことを知っている。メガネの奥の瞳は期待感一色だ。
「温泉いいな! お、お泊り……お泊り……」
影勝の頭にはあられもない碧の姿が可視化されているのか、焦点が合っていない目をしている。
「楽しみだなー楽しみだなー」
碧に煽られたが穏やかに夜は更けていった。
翌日の午前中、影勝はやはり薬草集めに奔走した。霊薬のヒントを求めて十三階には行きたいが今優先すべきはそれではない。それにそこまで行くとなると往復で数日はかかる。下手すれば一週間かそれ以上。その準備も必要で、今は我慢の時だ。葵のおぜん立て通りには行っていないがふたりの親密度はマシマシになった。
午後、影勝と碧の姿はギルドにあった。花冠からは飯島が来ている。冠はクランマスターとしてい多忙である。翌日に麗奈らが来る前に栽培用の畑を作り、かつヒール草は植えてしまうつもりだ。
「どのような用意をすればよいのかは近江君が一番知っているだろう」
綾部のこの一言で決定されたが影勝に異論はない。ないのだがなぜか碧が緑まみれの白衣に麦わら帽子をかぶり鍬を持っている。影勝は汚れてもいい上下ジャージに麦わら帽子と同じ恰好をさせられている。作業には恰好から入るスタイルだ。
「ふたりでやれば早いよね!」
碧は眩しい笑顔を向ける。碧としてもヒール草の栽培は興味津々だ。成功すれば薬草の安定供給にもつながる。なにより、薬草大好きな自分が薬草を育てられるかもという期待が爆発していた。
「わたしは植える係だねー」
飯島はリニ草を植えた中くらいの植木鉢を抱えている。畑に移植するまでの仮住まいだ。愛着がわいたのか持ち歩いている。
ギルドを出た敷地内の端の方で日当たりがよさそうなところが栽培試験場とされた。他の探索者にいたずらされないように囲いで見えなくされている。敷地内ならギルド職員でも観察ができるという利点もある。
「今からやって夕方までに終わるかなぁ」
鍬を片手に碧が不安そうだ。作業可能時間は三時間ほどしかない。夕方に終わらせないと夕食の準備ができないので帰らなければという思いがある。外食でもいいのだがふたりでゆっくり食べたいのが碧の希望だ。
「試験的な栽培だから一畝(約一〇〇平米)あればいいでしょ」
「そんな小さくていいの?」
「試験だし。それに野菜じゃないから小石とかもそのままにするし」
「そっか。畑じゃなくて草原とかにするんだね」
「そーゆーこと。さーて、さっさとやっちまうか」
ロープでヒール草とリニ草の区画分けをし、ふたりは鍬で耕し始めた。常人の数倍の筋力となっている探索者二級のふたりにとって耕すことは造作もないことで、ザクザク土をひっくり返していく。
「なんか楽しー」
えい、やー、とぉーと碧は謎の掛け声で耕していく。土起こしは三〇分もかからずに終わった。
「やっとわたしの出番ー」
飯島が雑草とヒール草を抱えて畑に入っていく。栽培素人の影勝と碧ではなく職業庭師の飯島の方がどうすればいいかをスキルで理解している。ちなみに、雑草もヒール草も午前中に森で採取した活きのいいピチピチのものだ。
「わざわざ雑草を植えるっておかしいよねー」
碧がふふっと笑うので影勝もつられて頬を緩ませる。砂糖濃度が高い空間だ。
飯島は集中しているのかそんな空気をものともせず、一心不乱にヒール草と雑草を交互に植えていく。植え方だが、別に直線でなくともよく、生息地の再現をするのでスキルに従ってランダムに植えていく。
飯島がえっしょほいさと移植を完了し額の汗をぬぐう。腰を伸ばし「しゅーりょー!」と叫んだ。農家が見たら呆れるであろうバラバラ具合だが育てるのは野菜ではないので無問題だ。如雨露を使って水をたっぷり撒く。生命力が強い雑草なので明日には根付いている可能性が高い。
「いやー、ダンジョンに潜るよりこっちの方が楽しいー」
飯島は頬に土をつけながらも満面の笑みだ。飯島は顔が素朴なこともあって、農業女子のようで、それが何とも可愛い感じになっている。
「これが成功したら、職業【庭師】の価値が爆上がりだな」
「いまでもバイオ企業とかが募ってるのに、奪い合いになっちゃうね」
「……またギルド長に睨まれそうだ」
影勝がそうぼやくが、すでに各ギルドでは庭師のリストアップが始まっている。情報が公開されればとりあえずダンジョンに来て職業を授かる人も増えるだろう。探索者になるかはその人次第であるし。
「やった、そしたらわたしの給料も上がるかな!」
飯島が嬉しそうに笑った。
クランにもよるが、大抵は給料制だ。クラン所属員の稼ぎをひとまとめにしてランクを基準に貢献度を加味して金額を決める。給料は魔石や素材などの物納で、それをギルドで売ることでランクアップにつなげている。稼ぎの少ない低ランクの探索者救済でもあるが、余剰金で住居を一括で刈り上げクラン員を無料で住まわせたりをボーナスなどで所属探索者に還元したりする。
椎名堂もクランを設立したが設立しただけで詳細は決まっていない。金に困っていない三人なので気にしてもいないが。
翌日、予定の夕刻前、影勝と碧はギルド内にいた。夕刻なのでそれなりに混んではいるが、その大半はクラン花冠の探索者だ。花冠は二〇人ほどのクランで全員女性だ。年齢も服装はまちまちだが全員が麗奈の顔写真がプリントされたうちわを持っている。
「麗奈さんの人気がすごいな」
「モデルみたいに綺麗だし錬金術師としての腕前もすごいしねー」
「歌って踊れて鍛冶もできるアイドルか」
影勝と碧がそんな無駄話をしていると外からざわめきが聞こえてきて、ギルドの入り口に葵の姿が現れた。続けて赤いつなぎの麗奈が入ってくると花冠の女性らから「キャー」と黄色い悲鳴が上がる。一斉にうちわが踊り、さながらアイドルの出待ちだ。兄の芳樹は目立たないようにこっそり入り込んでいた。
「な・ま・麗奈さま!」
「あぁ、もう死んでもいい!」
「キャーステキー!」
青いつなぎ姿の冠は「わが生涯に悔いなし」と滂沱し、某歌劇団ばりの声援がギルドに響き渡る。ギルド職員にもガタっと立ち上がる者やうちわを掲げる者もいた。ちなみに工藤には知らされていないので彼女は非番である。知らせるとそこら中に言いふらすので。他の探索者もなんだなんだと周囲の様子を窺って麗奈を見つけ驚いている。
そんな黄色い空気の中、影勝と碧は葵を出迎えた。