18.栽培計画に巻き込まれる影勝(1)
内容が内容なので場所は旭川ギルドの会議室に移された。飯島は当事者なので残ったが残りの三人はかん口令を申し付けられ帰された。その代わりにクラン花冠のクランマスター冠華子が椅子に座っている。スレンダーな体格にベリーショートの青い髪に青いつなぎと、どこかで色違いを見た記憶があるいでたちだ。化粧も青系で統一されており、青い地雷系だ。
「急にすまないな冠君」
「いえ、綾部ギルド長に呼ばれるなど、まして麗奈さまも参列なされている場とくれば、我が人生で最高の誉です。冠華子三十九歳、地味ながらも生きていてよかったと心から感激しております!」
綾部に呼ばれた冠の第一声だ。握り締めたた拳を天高く掲げ、どこのぞ世紀末覇王だ。どこが地味なのだろう。
スマホでは小さいので大型モニターに切り替えられ、その画面に映る麗奈を見て冠はうちわを掲げ「麗奈さまぁぁぁ」と涙をほろほろ流している。
冠は錬金術師で麗奈の信奉者を自認しており、クラン花冠には麗奈のファンが多いというかほぼ全員だとか。まともな人材はいないのかと影勝はドン引きであるが、残念なことに君もそのお仲間だ。
旭川は綾部、影勝、冠、飯島。鹿児島が玄道、葵、高田兄妹の結構そうそうたるメンバーである。一番の新人で下っ端なはずの影勝はど真ん中に座らされている。諸悪の根源席だ。
「緊急で会議を開催させてもらった、旭川ギルド長の綾部だ。今回も、非常にセンシティブな内容なので、ご内密にお願いしたい」
綾部が仕切り始めた。
「議題だが、そこの飯島君が持つリニ草の栽培についてだ。リニ草の栽培ができるのではという近江君の問いに彼女がスキルにてリニ草に尋ねたところ肉を要望された。その肉は魔力を帯びていなけれなならず、かつ魔力が強いほうがより良いということで火龍の肉を考えた」
「あの、ギルド長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「冠君、気持ちはわかる。理解できないのだろう? そこの近江君が絡んだ案件は常識を捨てないと対応できない。常識は捨ててくれ」
綾部は常識は不要と切り捨てた。なかなかひどい。
「まず、リニ草の入手経路は彼のスキルに関することなので口外禁止だ。三階で偶然手に入れた。そうだね飯島君?」
「ハハハイ!」
綾部が目線で飯島にくぎを刺す。これは、彼女の身の安全を考慮したうえでのことだ。リニ草が入手できると勘違いされると飯島を拉致るなどの暴力行為が発生する可能性がある。
「巴君、まぁまぁ落ち着きましょう。これがうまくいけば人類にとって福音なのですし」
玄道が年の功でいさめ役になる。すかさず冠が挙手する。
「あの綾部ギルド長? リニ草は栽培できるものなのですか? いまだってヒール草ですら栽培ができていないのに?」
「うむ、冠君の疑問はもっともだが、可能性を言い出したのは近江君で、機密に抵触するので詳しくは言えないが、植物に関しての知識は我々には到底達せない高みにいるのだ。その彼ができるというのなら、できるのだろう。そうだろう近江君?」
綾部の顔がぐるりと影勝に向く。なんとなく綾部の目が座っているのは気のせいだろうか。気のせいだ。ごめんなさい。
「実は、誰にも言ってないのですが、三階の森が終わる場所にリニ草が群生してまして、そこにはドカン茸がありませんでした」
「…………三階の森に終わりがあることは今回は無視しよう、うん。三階にリニ草の群生地があると。しかもドカン茸がないと。このふたつは必ずセットであるのが常識だったのだが……無視しよう」
綾部は目を強くつむり、精神が乱れないようにした。隣で話を聞いている冠と飯島は「なに言ってんのこいつ」という顔である。
「リニ草は、ドカン茸の毒胞子で腐敗した肉がしみ込んだ土から栄養を得ています。そこにドカン茸がないということは、それに代わる栄養源があればリニ草は繁殖するということです」
「……初耳なことばかりでいろいろ聞きたいのだが敢えてスルーしよう。それが栽培可能だと判断した根拠か」
影勝の説明に対し綾部は大きく息を吐き、理解を放り投げた。彼女の頭には「おそらくは殿下の言うことだからそうなんだろうな」という感想しかない。
腐敗した肉を栄養とする、と聞いてしまった飯島は腕を伸ばして両手で持っているリニ草をなるべく体から遠ざけようとしている。どこかに置かないだけ偉い。
「つまり、すごく簡略化するとですよ? リニ草を栽培するのに肉が必要、ということでしょうか? それなら難しいことではないと思うのですが。それこそ庭師である飯島ちゃんならうってつけでしょう」
「それが普通の肉であるなら簡単かもしれない。だが、魔力を帯びていて、となると状況が変わる。つい先日うってつけの肉が手に入ったのだ」
冠の疑問に綾部が答える。わざとらしく影勝を見ながらだが。
「理解した。麗奈は今から旭川に行く」
「ちょっと麗奈待ちなさい! 相手の都合も聞かないうちに先走っちゃダメだって言ってるよね?」
「むぅ」
立ち上がる麗奈と手を掴んでそれを窘める芳樹。子供っぽく口をとがらせる麗奈の姿に、冠と飯島は上を向き鼻を抑えた。
「麗奈さまの『むぅ』が見られるなんて!」
「生きててよかった!」
「でもでもでも飯島、麗奈さまが旭川に来るとおっしゃってましたよ?」
「ワンチャン、お話も可能かもですよ!」
「飯島、この栽培のお話は絶対に成功させるのですよ!」
「もちろんです!!」
ばぁんざーい!と盛り上がってしまっている花冠のふたり。影勝はそのノリについていけずドン引きだ。彼に推し活の嗜みはない。
「何の肉かは黙っていたほうがよさそうだな」
「巴君の言う通り、ですね。麗奈君と、ギルド職員兼連絡係として芳樹君も送ります。ふたりともいいですね? 椎名さんも一緒に戻られますか?」
「玄道ギルド長、ご配慮ありがとうございます。店も閉じたままにはできないので、そうさせていただきます」
「ふむ、では芳樹君麗奈君、鹿児島ギルドの職員として、探索者として恥じない行動をお願いしますよ? 芳樹君はあちらのギルドで手伝いをしてください」
「承知しました。綾部ギルド長、短期ですがよろしくお願いいたします」
「宿等はこちらで手配させてもらおう。よろしくたのむ」
別世界にいる花冠のふたりは放置して、行動指針は決定された。
「あの、これって自分からの依頼ってことにはできないですかね」
影勝が挙手すると彼に視線が集まる。
「ふむ、それはどんな意図が?」
横にいる綾部がマフラーを整えながら影勝に向く。何をしでかすかわからないので警戒している。
「えっと、現状ですね、リニ草は俺しか入手できないんですけど、栽培が成功すれば、俺以外にも入手経路ができて、本来俺がやりたかったことに時間を費やせるようになるんです」
「確かにそうだが。近江君がそうしなくともギルドとして依頼をするし費用も負担するつもりだぞ?」
「できればですね、ヒール草も栽培でいきればなーって。そうすると俺も楽になるなーって」
「…………ここにきて更なる爆弾を投下されるとは思ってもみなかったな」
綾部ががっくり肩を落とした。画面の向こうの玄道が憐憫のまなざしを綾部に送っている。花冠のふたりは目を瞬かせて「まーたなに言っちゃってんのこいつ」という顔をしていた。
ヒール草の栽培は、当然何十年も前から試されている。地上での栽培も試されたが環境が違うだろうとの理由でダンジョン内の栽培に切り替えられたが世界のどの国も成功していない。移植はできたが増えないのだ。増えなければ栽培の意味はない。人類はこの段階で長いこと足踏みしている。
「君が言うのであれば、可能なんだな?」
「俺の中にいるやつが「できるぞ」って言ってるので。あいつ植物オタクなんで」
「あぁ。それは十分知ってる」
綾部の口が弧を描く。懐かしい何かを思い出している顔だ。
「ヒール草と一緒にダンジョン内に生えてる雑草を植えてやればいいだけらしいです」
「そんなことなのか? なぜ雑草と一緒に?」
「雑草がダンジョンの魔素を空気中から吸収して土に戻しているって言ってます。ヒール草には土中の魔素が必要なんだとか」
伝聞形だが影勝の言う内容に冠がパンと手をたたく。
「そうですわ、いままでヒール草の栽培を試みた記録では、すべてヒール草単独での栽培でした。飯島、ちょっとヒール草の気持ちを聞いてみなさい」
「うぇぇ、そこでわたしに振りますー? ヒール草ですかー? 持ち合わせがないですよー」
「あ、俺のでよければ」
体よく断ろうとした飯島だが、こんなこともあろうかと的に影勝が採取したばかりのヒール草を差し出す。ぐぬぬとうなりながらも受けとった飯島はヒール草を目線に掲げる。
≪……足りないの……足りないの……≫
「何が足りないの?」
≪……足りないの……足りないの……≫
「ダメだ、この子も同じことしか言わないや」
飯島がお手上げのポーズをとる。
「飯島、この子は何を言っているの?」
「足りない足りないって。なにが足りないのか言ってくれないんですよー」
「そうなのね。その足りないものがないから栽培できなかったというわけね」
「なるほど、それが魔素というわけか」
飯島と冠の会話から綾部が納得している。
「これがうまくいくと、ダンジョン内に施設を建設して大規模にヒール草の栽培が始まるかもしれませんね。我が鹿児島ダンジョン一階は岩ばかりで栽培には向いていないのが残念です」
「うちは特殊で唯一ダンジョン内にギルドがあるからな。しかも森を切り拓けばいかようにも広げられるし管理も簡単だ」
ふふふと綾部が悪い顔をした。