17.採取指南する影勝(3)
「ドカン茸がある。迂回しよう」
前方の茂みの隙間から大きなキノコの一部が見える。おそらくリニ草もあるはずだ。この人たちがいなければ採取するんだが、と影勝が考えていると飯島がぼそりとつぶやいた。
「リニ草が取れればお金ががっぽりなんだけどな」
飯島は寂しそうにドカン茸を見つめている。佐藤双子も同じ顔で見ていた。なにやら訳アリの様子だ。
「そいうえば、庭師ってダンジョンではあまり聞かないですけど、珍しかったり?」
「庭師は、まぁダンジョンには潜らないよねー」
飯島が苦笑する。飯島曰く、庭師は植物栽培のスキルが多く、農業バイオ関係、園芸家になる人が多いのだとか。探索者としては外れだが職にはあぶれない、割と勝ち組の職業らしい。
「お父さんがダンジョン病になっちゃって、お母さんも働いてるけどそれだけじゃ足りなくってさ。あ、でもすっごい薬ができて、お父さんの意識は戻ったんだけどね。でも生活は苦しくって」
飯島の言葉に影勝の胸が痛む。ここにもダンジョン病の被害者がいた。病気の被害は本人にとどまらないのだ。
「……リニ草、採取出来るとしたら、取って帰りますか?」
影勝はそう言ってしまった。全員が影勝に振り向く。
「取れるって、ドカン茸が爆発するぞ?」
「まぁそこは企業秘密でなんとか」
「取れるなら持ち帰りたい!」
飯島が叫ぶと佐藤姉妹が慌てて彼女の口をふさぐ。ダンジョンで大声を出せば殺意満点のモンスターが寄ってくるのだ。
「もがもがっももがが」
「法螺とは言わないが、そんなことが可能なのか?」
大盾がずいと挑むように寄ってくる。信じられないのだろう。当然だ。影勝はリュックからリニ草を取り出した。ダンジョン外で採取したものだが彼女らに区別はつかない。
「これがリニ草です」
「……これが?」
「ももももががもが!」
大盾がモガモガ言っている飯島の顔を見ると、彼女は激しく頭を上下させる。
「本当のようだが」
「だいぶ訳ありそうなので協力するだけですよ」
「もががが」
「とりあえず飯島さんは黙ってください。黙らなければここに置いていきます」
影勝が目つきをきつくし脅すように言うと飯島は黙った。佐藤姉妹も口から手を外す。
「「わー、唾でべっとり」」
「ほら水だ。で、どうやるんだ?」
「採取は飯島さんにやってもらいます。俺は補助で」
「わわわたし!?」
「持ち帰りたいんですよね?」
「う、うんそうだけど」
「言う通りにしてもらえれば安全に採取できます」
影勝はスキルは隠密系とぼかして説明する。
「わたしの肩に触れるだけ、だよね?」
「俺の体のどこかに触れてればいいんだけどそれじゃ片手が塞がって採取できないでしょ?」
「むぅ、本当かなぁ」
どうやらスキルを使ってあれこれいたずらするのではと疑われている。可愛すぎる彼女がいるのにそんなことしない。
「まぁ試すのが早いか」
影勝はすっと動いて飯島の肩に手を置きスキルを発動させる。全身が膜に覆われた感覚になる。
「おい、消えたぞ!」
「「消えちゃったよ!」」
大盾と佐藤姉妹が騒ぎ出す。騒ぐとモンスターが寄ってくるのにと影勝はため息だ。
「ほぇ、ナニコレ?」
飯島のほうは未体験の感触に疑問符を浮かべている。妥当な反応だ。
「この状態ならドカン茸は反応しない。モンスターが寄ってきそうだからさっさと採取しよう」
影勝は飯島の肩をつかみながら押す。うぇうぇうえぇ?とオットセイのような声を上げる飯島だがドカン茸に近づくと影勝の腕にしがみついた。それでも離れる気はないらしい。執念だ。
影勝は散歩のようにドカン茸に近づき、その横を通過する。
「ばばばくはつしないぃぃ!?」
ドカン茸の傘に隠れるようにリニ草が生えている。
「リニ草があった。ほら採取採取」
「にょえぇぇ!」
影勝は飯島の体から離れないように肩を掴み、彼女をリニ草の前に座らせる。
「ナイフを使って株の根っこごと採取が原則な?」
「いいいいえっさー」
飯島はあたふたしながら腰に差していたいナイフを抜く。
「リニ草を中心に直径二〇センチくらいの円にそって地面にナイフを入れる」
「こ、こう?」
「そんな感じ。焦らずゆっくり確実に傷をつけないように」
「焦らず、慌てず!」
うんしょうんしょと口に出しながら、飯島はリニ草の周囲にナイフを入れた。その間も大盾らは飯島を探している。モンスターが寄ってこないうちに終わらせたい。
「で、できた!」
「そうしたら両手を差し込んで土ごと持ちあげる」
「うんしょ! と、取れた!」
自分で採取できたのがよほど嬉しかったのか、飯島は勢いよく立ち上がってしまい、その肩から影勝の手が離れてしまう。飯島の姿が露になり、ドカン茸が反応した。
「クソッ!」
影勝は飯島の胴に腕を回し小脇に抱え跳躍する。その瞬間、ドカン茸が爆発した。白い猛毒の胞子の煙が拡散する。
数メートルの高さに到達した影勝は【空中歩行】の魔法で足場を作りさらに上空へ跳躍する。
「リニ草を手放すな!」
「うわわわわ!」
跳躍すること数回。最後は大きくバク宙して大盾らの背後に降り立った。ドカン茸のあたりは真っ白に煙っており、大盾と佐藤姉妹が飯島の名を叫んでいる。影勝はスキルを解除し、小脇に抱えていた飯島を地面に落とした。
「ぎゃふん」
「はぁ、なんとなかった」
影勝のため息に気が付いた大盾らが振り返る。
「あれ、いつの間に背後にいるのだ? 一瞬飯島の姿が見えたと思ったらドカン茸が爆破して」
「「飯島っちがいる?」」
「と、取ったよ!」
飯島がうつぶせで転がりながらリニ草を掲げる。影勝に落とされ地面に転がりながらも落とさなかったようだ。大したもんだ。
「とったどー!」
「リニ草だと!?」
「「ほんとに!?」」
よっこいせと立ち上がった飯島に、三人が駆け寄る。「本物?」「「すっごーい」」「えっへん!」など騒いでいるので影勝の気配察知に感がある。いまだドカン茸の爆発が収まっていないのでこちらには来ないが早々に立ち去ったほうがよさそうだ。
「盛り上がってるとこ悪いけどモンスターが来てる。離れた方がいい」
影勝がちょっとお怒りの気配を出せば四人の肩がびくっと跳ね上がる。新人だが影勝のレベルは四〇近く。彼女らから見れば脅威なのだ。
「す、すまない、浮かれすぎたようだ」
「「ごごごめんなさい!」」
額の汗を拭う大盾と足をガクブルさせる佐藤姉妹。三階の森は厳しいんじゃないかと影勝は感じるがギルドが煽ったのも悪い。綾部ギルド長にはラ・ルゥの風切羽を渡してまた遠い目をしてもらおうそうしよう。
一行はそそくさとモンスターとは逆方向に歩き出す。戦闘になっても負けることはないが非戦闘職ばかりなので戦わないに越したことはない。無事に家に帰るまでが探索だ。
「あの、騒いじゃってごめんなさい。でも、採取を手伝ってくれてのは嬉しかった」
リニ草を大事に抱えて歩く飯島がしおらしく謝罪する。ちょっと涙目になっているのはスルーした。
「俺のかあさんもダンジョン病でさ。他人事とは思えなかったんだ」
「「ダンジョン病!?」」
「そそそそうなの!?」
「笑うかもしれないけど、俺が探索者になったのは、霊薬を探すためだ」
「霊薬!? 本気で!?」
「本気も本気だ。手掛かりは得たし、何が何でも見つける」
「霊薬か。突拍子もない話だが、エルフ殿ならやってしまう気がするな」
そんなことを話していれば森を抜け、二階へのゲートが見えた。揃ってゲートをくぐれば、そこは草原だ。ここまでくれば一安心。時折襲ってくるツインクロウを矢で撃ち落としながら一階へのゲートまで歩き、トロッコ電車に乗ってギルドに戻った。