17.採取指南する影勝(2)
影勝は適当な木に背中を預け上を向いて大きく息を吐く。
「ダンジョンの方が安全とか、ありえねーだろフツー」
キラービーは倒せば光になるがダンジョン外のモンスターは消えない。その死骸が他のモンスターを呼び寄せる。あらかたモンスターを倒せば、別なモンスターを呼び寄せる。その一帯のモンスターを倒しきらないと戦闘が終わらないのだ。
座り込んだついでにリュックから水を取り出しまた飲む。
「……幻じゃねーんだよなー」
リュックの中にある風切羽に触れる。手触りも良く弾力もあって指の感触が心地よいが、ともかくデカイ。まーたギルド長が遠い目をしそうだなごめんなさいと今のうちに謝っておく。
「そっちにキラービーがいったぞ」
「うわ、こっちこないでー」
「騒ぐと余計にいくぞ!」
「痛ッ!」
少し離れたところから複数の女性の声がする。キラービーと戦闘になっているようだ。
「もたもたすると仲間を呼ばれる!」
「「こここわいってばー! くるなー!」」
どうやら苦戦しているようだ。影勝は弓を持って立ち上がる。知らない探索者とはいえ見捨てるのは気分が悪い。たぶん寝られなくなる。
それに今の影勝は傷薬はあるがポーションを持たず、大きなけが治せない。仲間を呼ばれる前に仕留めないとまずい。
スキルを解除してわざと枝を折り、音を立てて近寄る。
「キラービーがいるのか?」
「誰かいるのか! 仲間を呼ばれた! 危ないから来るんじゃない!」
救助ではなく避難を呼びかけるあたり、悪い探索者ではないと影勝は判断した。なら助太刀だ。
「手伝う!」
影勝はリュックから普通の木の矢五本を抜き弦に当てながら突入した。
森が開けた場所に女性が四人いた。ひとりは地面に横たわっているが意識はあるようで苦痛に顔を歪ませながら影勝を見てきた。ひとりは金属製の鎧を着て大き盾を左右にふたつ持ち、キラービー五匹と相対している。その後ろに顔がそっくりなふたりが短剣を構えているが、足がガクガク震えている。地面に倒れてるのはキラービーの毒にやられているのだろう。時間的に余裕はない。
影勝はキラービーがホバリングしているあたりに矢五本を放つ。距離が近すぎるために【誘導】はできなかったが三匹を射抜く。
「感謝する! うらぁぁシールドバッシュ!」
両手に盾を持った女性は唸り声を発し右手の盾で空中を殴る。ゴォンと鐘を突いたような音が響くとキラービー二匹が破裂した。五個の魔石が地面に落ちるが、他にも落ちているので結構な数のキラービーを倒していたようだ。
影勝はリュックから毒消しを取り出して足をがくがくさせてる女性に放り投げた。リニ草のエキスに水あめを加えて飴にしたもので、飲まなくても口に含んでいるとだけで効果がある椎名堂オリジナルで非売品だ。
女性のみのパーティーに対して男である影勝が口に含ませると揉めそうなので放り投げたのだ。
「早く解毒を」
「「ありがとってナニコレ?」」
「良いから口に入れて!」
「「は、はひぃ!」」
言葉をユニゾンにした女性ふたりは倒れている仲間の口に毒消しを持って行った。倒れている女性は飴が口に入るともごもごと舐めていたが、そのうちガリっと噛んで砕いた。苦痛の顔が穏やかに変わる。
「……甘い毒消しなんて初めて」
倒れていた女性は起き上がってそんなことをつぶやいた。影勝は周囲に気配を探り、モンスターがいないことを確認する。
「キラービーはもう来なさそうだな」
盾をもった女性が歩いてくる。背が高いベリーショートの女性で、歳はおそらく影勝よりも上で工藤と同じくらいだ。
「助力感謝する。その、君は、あの『森のエルフ』か?」
「……森のエルフって? 俺のこと?」
儀一の店で『エルフ殿』と呼ばれた記憶はあるが森のエルフと呼ばれたのは初めてだ。ベリーショートの女性は大きく頷く。
「弓を巧みに操り森を得意とし、しかも長身。どこからともなく貴重な薬草類を採取してくる新人に癖に凄腕の探索者で、ついたあだ名が森のエルフだと」
とうとうと語られる内容は間違ってはいない。いないが、知らんがな。
「あー、本人は全く知らないんですがー」
「あだ名は他人が付けるものだ。おっと我らの紹介がまだだったな。クラン【花冠】所属の大盾だ。職業は盾騎士だ」
「えあ、よろしくです」
大盾が右手を差し出してきたので影勝は握手で応える。名は体を表すというが盾騎士の名前が大盾とは、と影勝は驚く。
盾騎士とは、盾を武器として扱う異色な戦い方をする騎士で、上級職と呼ばれる「勝ち組」職業だ。
戦士や魔法使いなど、一般的に戦闘職とされる職業を基本職と呼ぶ。上級職とは、基本職をふたつを兼ね合わせた職業を指す。盾騎士とは戦士と騎士のハイブリットで、防具である盾を武器として扱う、守り寄りの戦闘職と認識されている。ちなみにだが、騎士は基本職である。
他には賢者、魔法戦士、魔法騎士、忍者なんて職業もある。
なお、生産職には上級という概念はなく、例えば錬金術師でもポーション作製、武具作製、魔法道具作成など得意な分野で区別されており、まれに複数の分野が得意なものも出てくるが、それでも錬金術師は錬金術師だ。例外は【名持】くらいである。あれは、職業ではなくスキル持ちというべきだろうか。
影勝は初めて見る上級職にちょっとビビったのは内緒だ。
「同じく花冠の飯島です。解毒剤、ありがとう。助かっちゃったー。職業は庭師でーす」
倒れていた女性が元気に立ち上がる。飯島は茶髪ボブで、なんとなくもっさりな印象だ。影勝よりは年上だが大きな差はなさそうだ。
「佐藤姉。花冠で錬金術師やってるよ!」
「佐藤妹。花冠で錬金術師やってるよ!」
「「双子だよ!」」
「「ポーション作製が得意だよ!」」
膝をガクブルさせていたふたりは双子で佐藤で錬金術師という。ふたりともポニーテールで顔も服装もそっくりで見分けがつかない。ともかく、佐藤と呼べば間違いない。
「えっと、通りすがりの近江影勝です。あの、怪我とか大丈夫ですか?」
「あぁ、それは大丈夫だ。うちは採取クランで錬金術師を多く擁してるからね」
大盾がバッグからポーションの瓶をチラ見せした。余裕はあるということだろう。花冠という名は影勝も聞いた覚えがある。オークションの時に旭川の有名クランとして名が挙がっていた。
「採取クランでも錬金術師がいるんですか?」
「はっはっは、うちは採取しつつポーションも作ってしまうんだ!」
「でも、錬金術師って戦闘にも採取にも向いてないとは思うんですが」
「それなんだがね、ギルド長からの薬草要求のプッシュが強くって、クラン員全員で採取をしているってわけさ」
大盾は苦笑する。大盾は盾を使ったスキルで攻撃していたが本来はタンク役だろうし、錬金術師が二人もいて、さらに庭師という「YOUはなんでダンジョンに?」という飯島もいる。本当に総出なのだろう。慣れない戦闘に四苦八苦している様子が思い浮かぶ。
「エルフ殿が来てくれて助かったというところだ」
「偶然ですけど、役に立てたようで何よりです」
「そろそろギルドに戻る頃合いだが、エルフ殿はまだ採取かな?」
大盾は窺うように影勝を見ている。彼女の顔には、可能ならばギルドまで一緒にいてくれると助かるなーと書いてある。モンスターとの戦闘に不安があるのは理解できる。今もそうだったし、影勝も彼女らが心配ではある。
「俺も戻る途中でした。一緒に戻りません?」
影勝から誘うと大盾らは明らかにほっとした顔になる。さぞかし不安だったろう。
「うん、助かる。強請ったようですまないね」
「旅は道づれってやつですね」
「はっはっは、探索だがね!」
大盾はさっぱりとした性格らしく話しやすい。とどまっているのも危険なのでギルドに向かって歩き始める。先頭に大盾、殿に影勝だ。
「あの、エルフさんは、どれくらい採取できたんですか? ギルドは、薬草をとって来いってみんなに言ってるみたいであまり残ってなくて取れてないんですよー」
前を歩く飯島が聞いてくる。
「俺のことは近江で構わないんだけど。そうだなー、六〇束くらいかな」
「そ、そんなに!?」
飯島が大げさに驚くが、影勝にはイングヴァルがいるので苦も無く薬草を見つけているのだ。いわばズルなのでばつが悪くなってしまう。
「はぁ、いいなぁ。それだけ見つけられればお金もがっぽりでしょ?」
「うーん、あまり気にしてないけど、そうなのかな」
影勝はリニ草のおかげで金銭感覚がマヒしてしまっているので返答に窮した。今日もそのリニ草が追加されている。本当にどうしよう。家でも買うか。孤児院に寄付しようか。
そんな雑談をしていると先頭の大盾が立ち止まって腕を横に伸ばし制止した。