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16.北に帰る影勝(3)

 黒豚パーティーの翌日は鹿児島観光に充てられた。団体行動ではなく三組のカップルに分かれての行動だ。

 影勝と碧は鹿児島フラワーパークで一日過ごした。北海道にはない植物に興奮する碧と見知らぬ植物に雄たけびを上げるイングヴァルに挟まれた影勝は大変だったが、彼女が楽しそうなので苦労に対する癒しの収支は大幅な黒字である。碧成分を十分に蓄えた影勝だ。

 東風と陣内は妥当に鹿児島市と姶良市を観光し、堀内と片岡はおいしいものを求めてあっちこっちに行っていたようだ。


「おいしかったー! あたしも()()()()()()()()し、だいまんぞーく!」


 満足そうにお腹を押さえる片岡の言葉がおかしいので東風と影勝が堀内を問いつめたところ、隠れて大人の階段を上ったことを白状した。ショックを隠せない東風と影勝だ。

 翌五月十五日。鹿児島は快晴だ。今日は旭川に帰る日だ。鹿児島空港は復旧したもののプライベートジェットの離発着は許可されておらず、葵がきた熊本空港に向かうことになっていた。


「私は何日かここにいるから、影勝くんお店の留守番お願いね。影勝くんが泊まるんだから碧もみっともないところを見せて呆れられないようにね。起こされる前に起きるのよ? 下着はちゃんと洗濯ネットに入れないと見られちゃうからね?」

「わ、わかってるから。ここで言わなくってもいいじゃない!」

「影勝くん、この子、朝が弱くってね」

「あー、麗奈さんの家でも、朝ご飯の時はむにゃむにゃしてましたね」

「いやぁぁぁ!」


 葵が影勝と碧にあれこれと言伝る。ふたりが付き合うことはその日のうちに報告していたので、葵は終始にやけている。念願の年下彼氏だ。娘のであるが。


「みんなもありがとうね。気を付けて帰ってね」


 葵が東風らに顔を向ける。


「あの、本当にいただいていいんですか?」

「報酬がそれでよければいいわよ? 現金でなくって大丈夫?」

「いえ、こちらの方がありがたいです!」


 東風は肩掛け鞄を触れる。貸してもらっていた魔法鞄で容量は五立米。買えば数百万はするものだ。葵が「報酬はどうする?」と聞いたところ東風が恐る恐る提案したのだ。

 一度魔法鞄の便利さを味わってしまうとそれなしでは探索者としての活動が考えられなくなってしまう。食事も大きさや量を気にする必要もなく、水も大量に入れておける。なんならイスやテーブルも入れておける。モンスターの魔石やドロップ品も持ち歩く必要がない。何よりも、ダンジョン探索時に手が空くのだ。


「碧と仲良くしてやってね」

「碧っちはもう親友(マブダチ)ーっす!」

「こちらこそよろしくお願いします!」


 葵は女の子ふたりにも笑顔を向ける。抜かりなく有望株との交友関係を広げるのだ。

 午前中に鹿児島ギルドを出た一行は昼過ぎに熊本空港に到着。そのままビジネスジェットで旭川空港に向かい、旭川ギルドについたら夕刻になっていた。帰ってきた探索者もいるが混んではいない。まずは報告とカウンターに向かえば工藤が数人の若い女の子と話をしていた。新人だろうか。


「鹿児島から戻りました」


 代表として影勝が声をかけると工藤は「お疲れ様ー。鹿児島では大活躍だったみたいねー」と返される。そこにいた女の子の視線が影勝らに向けられる。驚きと羨望といろいろな感情が読み取れるほど目を大きく開いていた。


「これが依頼の完了書です」

「俺たちのはこれで」


 影勝と東風がカウンターに書類を載せた。麗奈からの依頼と椎名堂からの依頼だ。


「うんうん、確認取れました、ご苦労様。で、あなたたち全員、ギルド長が呼んでまーす」


 工藤の言葉に影勝は「またか」という顔をし、東風らは「なんで俺たちが?」と驚きを隠せないでいる。


「詳しいことは教えてもらってないけど、やらかしたかどうかは自分の胸に聞いてみなさーい」


 そばにいる若い女の子に「あーなっちゃだめですよー」と言い聞かせている感じだが影勝にその自覚はない。火龍とかリドとかやらかしてることは忘れている。


「本当に俺たちもですか?」

「そう聞いてるのよねー。だ・か・ら」


 と言いながら工藤は人差し指で上を示す。さっさと行けということだ。


「まぁ悪いことじゃないと思うぞ」


 釈然としない表情の東風らに声をかけた影勝は先導するために先にカウンターを離れた。

 さすがに覚えた影勝と碧が先頭で廊下を歩く。


「俺たち、怒られるのかな」


 東風が気弱だ。悪いことをした覚えは一切ないのに。


「それはないと思うぞ。俺たちだって怒られたことはない。呆れられたことはあるけど」

「うーん、近江と一緒にされても僕らは困ってしまいます」

「俺たちはいたって普通かそれ以下だしな」

「俺が普通じゃないって感じだけどそのい言い方は。ちょっとくらいは自覚してるけど」

「影勝君はすごいと思うよ!」


 小声で食っちゃべっていればギルド長室の前まで来た。軽くノックして「近江です」と言えば「どうぞ」と返答がある。扉を開ければ、相変わらずびしっと決めたスーツにもこもこマフラーの綾部がいた。


「疲れてるとこすまないな。すぐに終わらせるから少しだけが辛抱してくれ。まずは近江君と碧ちゃん。探索者カードを出してくれ」


 綾部に言われ、影勝と碧は鞄から取り出す。影勝も碧も三級だ。受け取った綾部はそれを机の上に置き、引き出しから真新しいカードを取り出す。


「先日の会議で、近江君と碧ちゃんを特級探索者に認定された。と同時に近江君はレベルが三十八になったので二級に。碧ちゃんもレベルが三十二とのことなので同じく二級にランクアップだ」


 綾部がふたりにカードを差し出す。表記が【(二)(特)】に変わっていた。押し付けるように差し出され、ふたりは受け取ってしまった。


「あの、特級って、なんです?」


 カードと綾部の顔を数回往復させた影勝はおずおずと問うた。


「うむ、探索者のランクとは別に国から特別認定されるものだ。認定された探索者の探索行為は阻害されることが許されない。つまり、ダンジョン内での行動に縛りがなくなるということだ」

「縛り?」


 影勝は意味がわからず首をひねる。


「例えば、新人の間は二階が推奨されるが、そのような苦言がなくなる。近江君のランクにかかわらず、望めばどこのダンジョンでも、どこまで深くと潜ろうともだれも止められない。もちろん暴力や違法行為は罰せられるが。それと緊急時にギルド及び国から要請が来る」

「えっと、好きに潜れるのはわかりましたが、緊急って今回みたいな時ですか?」

「うむ。聞いたかもしれないが、ポーションの原料のヒール草の採取もそれに該当する」


 影勝と碧は顔を見合い小さく頷く。今のところデメリットはそれくらいだ。緊急時に協力するのは義務だろう。問題はない。


「わかりました。ありがたく頂戴します」

「おお同じく、頂戴します」

「ふたりへの話はこれまでだ。あとはクランに関してだが、それは葵さんから聞いてくれたまえ」


 綾部からの話は終わりのようだ。影勝と碧は軽く会釈してギルド長室から退出した。

 残された四人の表情は硬い。さすがの片岡も静かで体もカチコチになっている。


「うむ、君たちにはだが、座ってくれたまえ」


 綾部が応接用のソファに手をやる。向かい合えば四人座れる。東風らが顔を見合わせ躊躇していると「あぁ、お茶もなくすまないな」と執務机からお盆とお茶菓子を取り出したので四人は慌ててソファに座った。話は長いぞまぁ座れということだ。


「桜島の噴火、いきなりで大変だったろう。君らの行動は旭川ギルドとして誇らしく思う。ありがとう」


 ローテーブルにお茶菓子を並べながら綾部が称える。


「微力ながら手伝いが出来て、良い経験でした」

「謙遜しなくてもいい。玄道から感謝状も来ている」


 綾部がテーブルに一枚の紙を乗せた。印刷ではあるが、鹿児島ギルド長の署名がある。


「旭川は薬草しかないダンジョンと言われ、探索者の数も一番少なくてな。それ故に侮られることもあるのだが、君らの行動で他ギルドとそん色ないことの証明となった。しかも探索者になってまだひと月の若者らの働きだ。ふふ、私も鼻が高いというものだ」

「しかし、近江と椎名さんがいてこそです。僕らができたのはほんの少しです」

「あのふたりはそもそもが特別だ。()()の手が届く存在ではない。玄道から、君らは自主的に手伝いを申し出たと聞いている。誰もができることではない。十分じゃないか」


 綾部が柔らかい笑みを浮かべ「よくやった」とそれぞれの頭をなでていく。


「ほ、ほめられたぁぁ」


 緊張から解き放たれ安堵したのか片岡の目からぽろぽろと涙が落ちていった。

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