16.北に帰る影勝(2)
ギルド長という生き物は割と力で解決する傾向がある。ストッパーがいないと暴走するので二瓶が止めるのだ。
「今回は偶然椎名堂さんがいてくれたので被害もかなり抑えられましたのは行幸以外の何物でもありませんでした。精霊水でハイポーションを増やせたのが大きいのですが、あれがなければ犠牲者は倍以上だったでしょう」
「うちにもだけどよ、すべてのギルドに椎名堂が欲しいーなー」
「なので、今回は鹿児島に来ている椎名葵さんにも参加していただいているわけですが」
紹介された葵は玄道の横で頭を下げた。
では、と二瓶が手を挙げる。
「初めまして、ではありませんが防衛省迷宮探索庁長官二瓶です。椎名堂様にご参加いただいた理由ですが、今回の災害を教訓として各ギルドの備蓄を検討しなおそうと思っております。もちろん自衛隊の駐屯地の備蓄も同時に検討します。今回はハイポーションの必要性を痛感いたしました。ですが簡単に増やせるものでもないことも分かっております。つきましては、精霊水での増産を検討願えないかというご相談です」
二瓶は単刀直入に話をぶつけた。
増産の難しいハイポーションだが精霊水という抜け道を知ってしまった。本来であれば薬草の入手量の拡大及び錬金術師の強化があってしかるべきだが間に合わせでも配備が必要だった。災害は何も火山だけではなく、むしろ火山の被害は滅多にない。水害と、地震対策が主だ。
「綾部だ。念のために発言するが、精霊水を表にだしたくはない。あれは近江君しか取りに行けない、極めて貴重かつイレギュラーなものだと考える。もちろんハイポーション類の備蓄の緊急性は理解している。あれを公表すると彼の身が危うい」
「そうですね。鹿児島で彼を見ていましたが、人が好いので搦手で来られると拒否が難しそうではありますね」
「椎名堂です。娘を人質に取られると私も危ういです」
「あの薬を作れる椎名堂を何とかしとかしようってーのは、世界を敵にするってわかっててやるんだろうしなー」
「欧州の馬鹿どもならやりかねないわね。あそこの旧貴族たちはいまだに特権を持ってるし」
「坂本ちゃんの未來視でも滅んでねーの?」
「忌々しいことに、五年先では生きてるわね」
「そいつらぶっころそーぜー」
議題そっちのけで雑談になりそうな空気を読み、二瓶が挙手した。
「話が脱線しそうなので戻しますが。備蓄の当たって精霊水の使用はマストです。そこはご理解いただきたく」
「椎名堂です。精霊水に関しては了承しております。影勝君の身の安全が条件ですけれども。彼、娘婿予定なので」
葵は手を口で隠しオホホホと笑う。争奪戦への予防線だ。
「ふたりはうちの相川を助けてくれたからな。俺っちでできることがあればなんでも言ってくれ。八王子は全面的に協力するぞー」
「鹿児島も協力は惜しみません」
「綾部だ。それに関しては案があるのだがよろしいか」
「ほう、してどのような?」
「椎名堂をクランにして、葵さん、緑ちゃん、近江君を所属させる。椎名堂の名を使えば勧誘を断る良い理由にもなるだろう。それと、彼と碧ちゃんのランクを特級にしてギルドと国をバックにしておく。探索者としての活動を縛るつもりはないし、縛っては薬草類の納入が滞ってしまう。ただし、今回のような災害時には現地に飛んでもらうことになるだろうが」
「特級か。ふーむ。国内はそれでよいかもしれんが、それくらいで外国からの手を払いのけられるかのぅ」
綾部の案に加賀は顎に手を当て疑問視する。探索者はランク付けされ、それは一級から五級に分類される。
特級とは、探索者としてのランクとは別にそのスキルや能力を保護する意味で設定される。特級とみなされると基本的にその人物の行動を縛れなくなる。いわゆるアンタッチャブルとなるのだ。
ちなみに現在の影勝の探索者カードだと表記は【(三)(特)】となる。
「武力行使となれば国際問題にもなろうが、彼のスキルを使えばどこへでも逃げ切れるだろうし、間違いなく碧ちゃんを連れて逃げると確信している。スキルを使用して逃げてしまえば彼の勝ちだ。殿下を捕捉できるのは世界でも私しかいないのだから」
「まー、ダンジョン外に逃げ込まれたらもう手出しはできねーし、とりま打てる手の中じゃ一番だろーな」
「その線で大臣と話を進めます。さて次は火龍に関してですが」
二瓶が画面に映る各ギルド長の顔を見ていく。玄道が渋い顔をしているが、それは所属する麗奈が先走ったことで火龍を見られてしまったからだ。
「うちの所属探索者が申し訳ないことをした」
「まー、いずれ別な形で事が露見しただろーと思うぜー、俺っちは」
「そうね。あの炎の精霊はリドと言ったかしら。二体目だし、しかもダンジョンの外に出てきてしまってるのだし」
「あぁ、リド氏もネットに画像が流出してしまってますね。重ね重ね申し訳ない」
「いやー、突然あれを持ってこられたら俺っちだって手の打ちよーがねーぜ。玄道の旦那は悪くねえぞ」
「両方とも近江君がらみだがな。殿下にはもう少し自重をしてほしいのだが、無理だろうな」
「ということは、火龍を公開して世間の耳鼻を集めることで彼を隠すことも可能ではないのかのぅ?」
「そうとも言えますが……火龍がどこにいて誰が倒したのかを調べれば彼の存在に行きつきませんか?」
「その可能性はあるがのぅ、どうしてモンスターが光にならずに残ったのか、と騒ぎ立てればその声も小さくなろう」
「木を隠すなら森の中ってわけね。話題が多すぎれば注目も分散するわね」
「その辺は高田君も一枚かませましょう。火龍を素材に武具を作ると触れを出せばそちらに目が行く人も多いでしょう」
「その火龍ですが、倒したのは近江君なので所有権は近江君にある、と高田が主張しておりまして」
「あいつは何でもできやがるなー」
「ですが、彼は使い道がないので麗奈にあげると主張しているそうで」
「欲がないのねぇ。わたくしなら全部もらうけど」
「では、火龍はギルドで買い取る方向で防衛省と話をまとめます。問題は金額ですが」
「影勝くんはお金に困ってないので、モノか何かの権利のほうが交渉しやすいかと」
「うむ、近江君ならランクによるダンジョンの階層を制限しない権利なら喜ぶかもしれんな」
「そんなんでいーのか? アレの金額は何十億じゃ足りないだろーよ」
「影勝くんが探索者になった目的は母親を治療するための霊薬です。妖精の秘薬でダンジョン病の改善はしていますが完治はしておりません。お金で霊薬は買えませんので、やはりダンジョンに霊薬を求めるかと思われます」
「……彼がその霊薬を見つけてきたらまた大騒ぎだのぅ、ガッハッハ!」
「なんだよそれ、元の木阿弥じゃねーかよ!」
夜遅くまで続いた会議では次のようにまとまった。
・火龍を素材にした武具は高田製作所がかかわるという条件の下で公開する。ただし、すでに作成してしまった四つに関しては非公開とし黙認する。
・火龍はギルドが所有保管することとし、所有権のあった三級探索者近江影勝にはダンジョンにおける権利を認めることとする。
・上記とは別に近江影勝と椎名碧を特級探索者と認定する。
・火龍は素材という形であって全身は公開しない。ただし、倒した後も物質として残ったことは公開する。
・流出した映像に関しては公式なコメントはしない。
・精霊だと主張するリドの存在は公開するが詳細はギルドでも不明とする。
・桜島の噴火とダンジョン内の火山の噴火の関連性については調査中としてコメントしない。
「これ以上厄介ごとが増えねーといーんだけどなー」
金井がぼやいたが、それはここにいる面々の総意だった。