16.北に帰る影勝(1)
帰り道でモンスターを蹂躙した一行はダンジョンからでて麗奈の家に向かった。待望の麗奈の家で黒豚パーティーである。
災害なのに不謹慎だと言われそうだが、病院で碧そして陣内に助けられた肉親がいる探索者らから「楽しんで帰ってほしい」と申し出があった。せっかく鹿児島に来たのに災害の思い出だけで帰ってほしくなかったのだ。
お目付け役である葵はギルドに用事があるとのことで不在だ。ほっといてよいとは思えないが。
庭にBBQセットを広げ、三つ並んだコンロの横には大量の黒豚肉と野菜が山になっている。
鹿児島といえば黒豚であり、影勝も食べたかった肉だ。クロサツマ2015系統とのことだが言われても「おいしい!」という感想しかない。
成人済みの芳樹、麗奈、碧はアルコールを手にしている。未成年組はジュースとお茶だ。
「黒豚肉は玄道ギルド長からの差し入れでね。遠慮くなく食べてほしい」
「麗奈も買った」
「あ、麗奈も買ったんだね、ありがとう」
芳樹が麗奈に笑顔を向けると「麗奈は役に立つ」とすすっと彼の横に陣取る。腕が触れる距離だ。
「麗奈、近くない?」
「兄さんの横は麗奈のもの」
「……まあいいけど。じゃあ始めようか。音頭は椎名さんにお願いしたい」
芳樹が碧に振ると「わわわたし!?」と叫んだ。すり合わせなしの無茶ぶりだ。
「影勝つくんどうしよう」
「俺に聞かれても、俺もわからないって」
「ふぇぇぇぇ」
と碧は項垂れていたが影勝に「頑張って」と言われムゥと口を尖らせた。後で甘えてやるーというつぶやきが漏れていたがみなスルーした。
「ええええっとおちかれさまでしゅ。ああの、いろいろあったけど、みんな頑張ったから、貢献できたかなて思いましゅ。かかかかんぱーい」
「「「「かんぱーい!」」」」
盛大に噛んだが宴の始まりだ。
「お肉おいしー! 幸せ係数爆あげー!」
「肉汁がうますぎる! 御飯が欲しい!」
「鹿児島黒豚は自慢のブランド肉だからね。おいしいって言われるとうれしいね」
食い気がまさる片岡と影勝が叫ぶと芳樹がうれしそうに語る。ただ、影勝の皿には碧がせっせと野菜を載せているが。
「今日の納品額はすごかったな。あんな額、俺、初めてだよ!」
「ほかの探索者がいなくてモンスターとのエンカウントも多かったですしね。その分疲れましたがいい疲労感です」
「総額三百六十一万円! 六人で割っても六〇万円すごーい! 恵美ちゃん大感激!」
「ドロップ品もたくさんあったしね!」
東風、堀内、片岡、陣内が鼻息荒く語る。珍しく東風も興奮気味だ。
「さっきも言ったけど、わたしたちはいらないからね?」
「俺はほぼ役に立ってないし、採取した苔で作った薬をを売ればいいから」
「だから四人で分けてね」
影勝と碧は断った。ふたりはお金が欲しいわけではなく素材が欲しいのだ。
今回は四人が一緒に潜ってくれたので心置きなく採取デートを楽しめた。ダンジョンでデートを楽しむのはどうかと思うが薬草オタクと薬草オタクを内包しているふたりなのでこれでヨシ。
「強化してもらった武器だって値がつけられない程なのに、近江、それはちょっと」
「いいじゃん勇吾、もらっておこうよ。今後のためにプールしとけばいいじゃない」
「香織なー、そうは言うけども」
「わたしたちは普通の新人探索者なんだから、稼げるときに稼いでおかないと」
「それはそうだけど」
理想を語る東風に対し現実を見る陣内が押し切った。将来的にかかあ天下になりそうなふたりだ。
「これでお肉たくさん食べられるー!」
「遠慮なくありがたくいただきます。このお金で生活環境を整えてもいいかなとは思うんですよ」
「賢一には何か案があるのか?」
東風が堀内をにらむ。賛同者がいないのでさみしいのだろう。
「今は宿で四人暮らしですが、アパートを借りてもいいかなとは思ってます」
「四人で住むとなると大きい部屋になるから家賃もかかりそうだな」
「二部屋借りようかと思ってます。武具が強化されたので家賃くらいは賄えそうですし」
「なるほど、人目をはばからずに恵美とイチャイチャしたいのか」
「否定はしません」
「やた、賢ちゃんと愛の巣だよ! 子供は何人ほしい?」
「恵美、まだステイです」
「わーい、否定されなかったぞー!」
「勇吾とふたり暮らし……いいじゃないそれ」
「香織まで……まだ決定じゃないからな?」
わちゃわちゃしつつも先に進もうとしている同期を見る影勝の目は優しい。この四人ならゆっくりでも着実にダンジョンを攻略していくだろう。仲間がいてうらやましいと思う心もあるが、やはり自分の目的は霊薬の入手で母の病気の完全治療だ。
「そういえば葵さんがギルドで会議だって話だけど」
「おかあさんは、まだ旭川に帰らないで鹿児島にいるって言ってた」
「え、そうなの?」
てっきり一緒に帰ると思っていた影勝もびっくりである。
「各ダンジョンの備蓄を考え直すのに参加して欲しいってお願いされたみたい。でね……」
碧が上目遣いで影勝を見る。
「その間わたしひとりになっちゃうから、お泊りでお店の留守番してほしいかなって」
「ふぁっ!?」
碧渾身のお願いに影勝の箸から肉が落ちた。
焼肉パーティが開催されている裏で、鹿児島ギルドではテレビ会議が開催されていた。ギルド長室には玄道と葵がいる。その前にはモニターがあり、各ギルド長の姿がそこにあった。
「ガッハッハ! いやはや、彼が行くところ話題しかないのぅ。金沢にも来てくれんかの! ハッハッハ!」
金沢ギルド長の加賀が膝を叩いて大げさに笑う。実際に楽しそうであはある。
「彼が来てくれたおかげで椎名堂さんもいらっしゃったので、災害の被害も少なくて助かっています」
疲れ気味顔だがびしっとスーツで決めている玄道。
「なんかプラマイゼロって気もするけど?」
口元をセンスで隠している坂本。とりあえず嫌味を言わないと気が済まないのだ。
「火山の噴火は個人じゃどーしよーもねーだろ。こじつけはいくらでもできるだろーけどよー」
ビールジョッキ片手に会議に出る、アロハシャツ姿の八王子ギルド長の金井。さすがである。
「噂ではダンジョンの火山も噴火したと聞いたが」
旭川の綾部はそんな金井を華麗にスルーした。マフラーは手放せないらしく、首もとはもこもこだ。
「えぇ、高田君が向かった火山が噴火しましたが、そこにいたのが火龍でした」
「そうすると、全くの無関係と言い張るのも難しそうですね。国民に説明する予定ではあるのですが、メディアがでたらめをいう口実を作るようなものになってしまいそうです」
玄道の返事に防衛省迷宮探索庁長官 二瓶が続く。先を考えているのだろう、ちょっと憂鬱そうである。
「ダンジョンができたのが一〇〇年前。で、桜島はどんだけ昔だぁ?」
「大きな噴火は文明、安永、大正の三回です。大正時代の噴火だけはダンジョンがありますが、それ以外はダンジョン発生以前ですね」
「こじつけてくる奴に聞いてみたいもんだなー」
金井は空になったジョッキにビールを注ぐ。
この辺の認識は二瓶含め共有されている。
「ダンジョン内の火山なら八王子にもあるけどよ、付近に活火山はねーなー。箱根の山でも火を噴くのかぁってとこだな。くっだらねー」
手をひらひらと振り、金井が切り捨てた。ついでに肴だろうスルメイカをかじる。
「ダンジョン内の噴火についてはあまり触れないようにしておきましょう」
二瓶が穏便にまとめた。