15. 鹿児島ダンジョントリプルデート(3)
火龍の扱いはいちギルド職員の手に余るどころの話ではない。
「麗奈が言うには、倒したのは近江君なので彼のものだ、と」
「……先ほど実物を見ましたが、鱗が非常に美しい。部屋に飾りたいほどです。彼がほとんど無傷で倒しているのは驚異的ですね」
「素材に無駄がなくていいと麗奈は喜んでいましたが。防衛省としてはアレをどうするつもりなんでしょうか」
無邪気に喜んでいた麗奈の姿を思い出し芳樹は苦笑いだ。
「報告がこれからだから何とも言えませんね。防衛省が管理するのが一番でしょうけど、省内にも不穏分子はいますからね」
「鱗一枚でも流出したら大問題ですね」
「それよりも、モンスターが消えない問題のほうが深刻です。あのドラゴンはダンジョン外で倒されたからこそ消えないのであればよいのですが、これがダンジョン内のモンスターに適用されると、非常にまずいことになります」
玄道は眉根を寄せる。
ダンジョンのモンスターは〈存在はするが生命体ではない〉という解釈になっている。これは、倒すと光となって消えること、魔石になることからそう結論付けられたものだ。
生命体ではないゆえにゲートをくぐれない。だからダンジョンがあってもゲートからモンスターが出てこない、と考えられてきた。
「モンスターが生命体であるとしたら、ダンジョン管理は根底から考え直さなければなりません。各ダンジョンの入り口に自衛隊を駐屯させ、常にモンスターの監視をする必要が出てきます」
「ダンジョンを危険視する勢力がまた騒ぎますね」
芳樹は魔石発電を思い浮かべた。人類は魔石に圧力をかけると莫大なエネルギーを放出する現象を発電や兵器に利用した。豊富な電力は工業の発展を後押ししたが、一方で大きすぎるエネルギーはその危険性も指摘された。
適正な管理が必要だが人間は完全ではなくミスをする生き物だ。ミスが事故につながると不安の声が上がるのは当然だった。
安心と安全。
車や、身近なところでは包丁もそうだが、その危険性は、結局は使う人の善性に依存する。悪意を持って使えば包丁でも殺人は容易い。
安全は装置や規制で担保できるが安心は感情なのでキリがない。一度不安を覚えてしまえばそこで方向転換は不可となる。
ダンジョンがエネルギーの供給源となって社会を支えているがそれに反発する人は一定数いる。人間の多様性というやつだ。
「どれだけ騒ごうとダンジョンは消えないんだけどなぁ。桜島と一緒で、そこにあるんだから」
「まったくです。いやなものを見なかったことにしても消えないのですがね。大人になって折合いをつけて欲しいものです」
芳樹と玄道は揃ってため息をついた。
影勝らが到達した七階は大渓谷となっており、清流を中心に幅一〇〇メートル長さ五キロの渓谷が続いている。水辺だからか空気が冷えていて首を抜けていく風が心地よい。
渓谷の両側は切り立った崖になっていて、その上には木々の茂りが見える。崖には地層も見え、地殻変動があることがわかる。堆積物から海が存在することも予想され、海外のダンジョンでは海があるフロアも見つかっている。だがダンジョンが何であるかはわかっていない。
清流の水は透明で、底を歩いていく爬虫類らしき姿も見えた。小さいがあれもれっきとしたモンスターだ。
影勝は崖の下に立ち、見上げていた。タブレットを見ている碧が寄り添う。
「高いなこの崖」
「すごいね、一〇〇メートル以上あるんだって」
「……それくらいなら魔法で上に行ける、かな」
「わたしも行きたい!」
「その前に、苔を採取しないと」
「あ、そうだった!」
碧がぺろっと舌を出す。植物オタクがそれをわきに置くくらいは、影勝の隣の居心地が良いのだ。
「近江、俺たちは警戒してればいい感じか?」
「恵美ちゃんにおまかせあれー!」
「わたしも採取してみようかな」
「僕は休憩場所を作ってますね」
「あー、みなそれで頼む」
「「「「了解」」」」
幌内の四人の行動も決まり、それぞれが動き出す。影勝、碧、陣内はナイフを取り出し、清流から顔をのぞかせている岩に歩いていく。岩には青い苔がびっしり生えていて、そんな岩が見える範囲でもごろごろしている。取り放題だとイングヴァルが大騒ぎしているがいいから落ち着け。
「あれは岩苔って苔なんだけど、乾燥させて粉にすると、苦いんだけど痛み止めになるんだ。特に生理痛によく効いて、鹿児島の特産でもあるんだよ」
碧の説明に、イングヴァルが大きくうなづいている気配がある。イングヴァルはこれを常に所持していてば、痛みに耐えかねている女性を見かければ譲って、いろいろ情報を得ていたらしい。もとではタダだからね、とドヤ顔がうっとうしい。
「個人的にはぜひ欲しい痛み止めね」
陣内の顔が覚悟完了に変わった。彼女も苦労しているのだろう。
「採取方法だけど、ナイフを差し込んで岩に沿ってゆっくり動かしていけば綺麗に剥がれる、はず」
手本とばかりに影勝は手近な岩にナイフを当てる。ゆっくり、あまり力を入れないようにナイフを滑らせ、岩苔を剥がしていくと鉋掛けのように採れた。持ってきたビニール袋にやさしく入れる。
「「おおーー!」」
影勝の手際の良さに碧と陣内が拍手をする。
「岩苔は崩れやすくって、乱暴に扱うとばらけちゃうんだ」
影勝は知っているように語るがすべてイングヴァルの知識と経験である。ヤツのドヤ顔が止まらない。
「川の中にある岩だとモンスターが出てくるかもしれないから警戒しながらだね」
緊張した面持ちの陣内は左腕に逆鱗小楯をはめた。もしもの時はぶっ放すつもりだろうか。崖にでもあたって崩壊したら皆が危うい。そう考えた影勝が東風に視線をやれば彼が無言で駆けてくる。
「香織の近くで警戒してるよ」
「勇吾ありがとう! それなら安心~」
陣内もほっとしたのか笑顔が見える。あっちはどうしているかと片岡と堀内を見れば、ふたりは岩を椅子代わりにしてもぐもぐタイムに突入していた。よし、放置でいいな。
影勝は碧と一緒に採取することにした。
「よーし、やるぞー!」
腕まくりする仕草をした碧がは岩苔に向かってナイフを構えた。へっぴり腰だがそれがイイそれが可愛いと影勝の脳内記憶回路がフル作動する。もちろん気配察知で周囲と川底の警戒は怠らない。
碧がナイフを岩にあて、むむむむと唸りながらナイフを滑らせ岩苔をはぎ取っていく。シュッと岩とナイフがこすれる音がして岩苔が剥けた。長さは十五センチほどだ。
「やった、影勝くんできたよ!」
眼鏡の奥の瞳をキラキラ輝かせて喜色満面の碧が採ったばかりの岩苔を見せてくる。心の中では「とったどー!」と叫んでいるに違いない。影勝はサムズアップで応える。この笑顔はプライスレスでご飯なら三杯はいける。
「こうやってとるんだねー。でもこの量だと五粒くらいかな」
碧はビニール袋に岩苔を入れながらも調薬の結果をシミュレートしていた。ただ少し浮かない顔をしているので大量に欲しいのだろう。
ここは男を見せねばならない。男子にはやらねばらならぬときがあるのだ。
影勝とイングヴァルのハートに火がともる。
「時間はあるから、採れるだけ採ろうか」
影勝は警戒しながらも素早くかつ優しく岩苔を剥がしていく。一つに岩を丸裸にする勢いでそげ落とし、次の岩に移っていく。イングヴァルの記憶をトレースしている感覚だった。
「わ、はやい! さすが影勝くんだね! わたしもがんばろっと!」
碧は影勝の右後ろ当たりの岩で作業を開始したがちょうどそのあたりにモンスターの気配がある。碧は作業に夢中で気が付いていない。影勝はマジックバッグから鉄の矢を取り出し指二本で挟み、【加速】スキルと【誘導】スキルを使って軽く前方に投げた。スキルで加速された矢は大きな曲線を描いて背後に回り込み、碧から少し離れた清流に静かに落ちた。川面が一瞬光る。モンスター退治完了だ。
「……弓を使わなくてもスキルは有効なのか」
ナイフ等でも同じことができるのでは、と影勝は背中に冷たい何かを感じた。やろうと思えば暗殺も可能だろう。絶対にやらないが。
作業開始から三〇分たったころ、あたりの岩からは岩苔の姿が消えた。乱獲犯は影勝だ。
「ふう。碧さん、そろそろ休憩しよう」
「ふぅふぅ、わかったー」
返事をした碧が白衣の袖で額の汗をぬぐった。




