15. 鹿児島ダンジョントリプルデート(1)
火龍の素材で武具を強化した一行はすぐに鹿児島ダンジョンに潜った。鹿児島の探索者のほとんどは災害対応のためにダンジョンにはいない。また深層にいる上級探索者は長期間にわたるので連絡のつけようもない。よって今のダンジョンはほぼ貸し切り状態だ。それもあってモンスター倒しながらも一時間かからず四階まで到達していた。
四階は盆地になっており、周囲を囲む山以外は草原となっている。そのためこの階は休憩する探索者が多く、数日ダンジョンに潜るパーティらの宿泊フロアにもなっていた。
見晴らしが良くモンスターに気が付きやすいので、一階で拾ってきた岩を椅子代わりにして休憩をしていた。場所は五階へのゲートそばだ。
休憩のお供はお茶と茶請けのせんべいだ。お茶は碧特性の薬草茶で、ゆっくりだが疲労回復効果があるものだ。せんべいはギルドでうまいと評判の店で大量購入したもので、かなり固めでバリバリ音を立てて食べている。当然おいしい。
「この剣だけど、すご過ぎて俺の技量不足が浮き彫りにされてしまって反省ばかりだ」
東風がロングソードを掲げながら渋い顔をする。横に座る陣内が心配そうな顔だ。
「狙った個所を外してもモンスターを倒せてしまう。これじゃあ俺は腕も上がらずにいつか大けがをするか死ぬ。魔力を通して強化するのはとっておきにしとくつもりだ」
「それは僕も同じですね。魔法は使えば使うほ技量が上がって威力も増すんですが、この杖に頼りっきりになっては同じように僕も死んでしまいそうです」
ため息をこぼす東風に続いて、杖を手にしイケイケモードの堀内は隣に座る片岡の腰に手を回しながらそんなことを言う。
「いまの賢一がそう言っても説得力が足りないぞ」
「仕方ないですよ。この杖にはイケイケモードなんてついてるんですから」
東風に指摘され堀内はそううそぶきながらも片岡に回した腕は外さない。むっつりめ。
いつもは塩が多い堀内がべったりくっついてくるので片岡はニコニコと終始ご機嫌だ。
「あたしはこいつと暴れるだけだから深く考えないもんねー」
笑顔の片岡はそういうと御茶請けのせんべいをかじる。モンスターに襲われれば即応できるようにハンマーの柄を地面に刺して直立させてある。立ち上がればすぐに掴めるようにだ。
「おかげでここまで来るのに俺は何もしてないな」
「わ、わたしもついてきただけだね」
影勝はずずっとお茶をすすり、碧は膝の上に置いたヌンチャクに触れる。四人が全戦闘をこなしていたためにふたりは本当について歩いただけだった。
「近江には悪いけど、強くなった武器と自分のすり合わせをしたかったんだ」
「そもそも僕らは椎名さんの護衛ですし」
「モンスターはあたしらに任せて、碧っちは影っちといちゃいちゃしてればおっけーまる!」
「うんうん」
東風ら四人に言われ、影勝と碧は反論できずお茶をすするのみだ。隣に座る碧の耳が赤くなっていることに気が付くも影勝は平静を装う。内心は碧と同じである。影勝だっていろいろ自覚はあるし、そこまで鈍感ではない。
「空を飛ぶモンスター以外は東風たちに任せるよ」
「まぁ、空のモンスターにも攻撃できるようになってしまったのですがね」
影勝が弓に触れながら言ったことに堀内が陣内を見ながらそう反応する。もっとも堀内もサンダーアローなどの魔法を対空で使用すれば攻撃は可能だが射程距離の問題がある。
「香織のそれは威力がありすぎてやたらには使えないぞ」
「そうだよ。それにこの楯の力を使うと眩しくて目の前が真っ白になっちゃうんだよ?」
「サングラスでも買いましょうか」
「残念、わたしにサングラスは似合わないんだよね」
堀内の嫌味に陣内が肩をすくめる。
ダンジョンに入ってすぐの一階でそれぞれの武具の力を確認した際、香織の逆鱗小楯も試した。周辺に探索者がいないこと確認した後にモンスター向けて青いブレスを放射したが、ブレスはモンスターを消滅、その先にある大岩を爆発させても止まらず、ダンジョン境界の不可視の壁に激突した。衝撃と轟音でダンジョンを振動させたのだ。
あまりの威力に陣内がその場にへたり込んでしまい、葵が一番やばいと言ったのを証明していた。
「むやみやたらには使えない。使う場面は考えよう」
皆が頷き同意した。
なお、この機会に影勝は東風らを呼ぶ際に「君」と「さん」を省くことにした。知り合いからお友達に格上げになった感じだ。影勝も「近江」ないし「影」と呼ばれている。碧は年上なのと依頼主なので「さん」づけは致し方ない。
「さて、時間ももったいないし、そろそろ五階に行こう」
東風の言葉にみな立ち上がる。そしてマジックバッグから防寒着を取り出しゲートをくぐる。
ゲートを出た五階は、雪が降り積もった斜面だった。鹿児島ダンジョン五階は雪山となっており、基本的には晴れだが非常に寒い。五階全体が日の光を反射してキラキラ輝く斜面の雪原となっている。山の麓に四階へのゲートがあり、頂上方面に六階へのゲートがある。雪に慣れていないとかなりの体力を消耗する。
鹿児島は日本でも南方にあり、また降雪が少ないこともあって五階の雪山は探索者的には難易度が高い。だが北海道生まれの彼らは違う。
「ひゃっほーゆっきーだ!」
ハンマーを振り回しながら片岡が雪原を走り回っている。まったくもって犬である。
「雪なんて見飽きましたよ」
堀内はうんざり顔だ。北海道に住んでれば嫌いになるほど雪は見る。それは東風も陣内も一緒だ。
「おお! 雪だ!」
影勝は足元の雪を手ですくっては頭上に放り投げて嬉しそうだ。何なら泳ぎかねない。
生まれも育ちも東京で、都内も降雪こそあるが雪山のように積もることは少ない。かまくらを作るなど夢また夢だ。
「内地の人はなまら雪が好きだよね」
碧がぼそっとつぶやいた。
「あんまり雪を投げてるとモンスターが寄ってきますよって言ってるそばから!」
堀内が警告を発する。視線の先には真っ白な山羊の群れがいた。おおよそ軽トラほどの体躯と後ろに湾曲した巨大な角。体毛は多いがその下にある筋肉を隠せずにいる。マッチョなでかい山羊、というのが影勝の感想だ。
そんなのが二〇〇メートル先に一〇頭いてこちらを睨んでいた。
「あのモンスターはホーンゴートだって。魔石は青。攻撃方法は頭突きと体当たりと蹴り。頑強な筋肉で雪を蹴散らしながら突進してくるって!」
タブレットでモンスター情報を確認した陣内が叫ぶ。ホーンゴートの群れは雪煙をまき散らしながら突撃してきた。
すかさず東風と片岡が前に出る。影勝は弓を左手に持ち、鉄の矢を一〇本つがえた。この鉄の矢は麗奈が押し付けてきたもので、一〇〇本以上ある。
「近寄らせなけりゃいいわけか」
「近江は下がってくれてていいんだけど」
「たまには戦闘に参加しないと腕が鈍るし、今回はやらせてもらうよ」
影勝は【束射】スキルと【誘導】スキルと【加速】スキルを使い、一〇本の矢を射った。レーザーのように直線に飛ぶ一〇本の矢は【誘導】スキルのよってミサイルのように自在に向きを変え、それぞれがホーンゴートの眉間に突き刺さる。山羊らしくない野太い断末魔を上げたホーンゴートはすべて光と消え、雪原に青い魔石とモンスター自慢の角がドロップした。
「流石としか言いようがないな」
「ほとんど人間ミサイルランチャーですね」
東風と堀内が感嘆のため息をつく。
スキルを使ったとはいえ二〇〇メートル先の一〇体のモンスターを一度に仕留める弓使いなどありえない。大規模魔法なら可能だろうが今の堀内クラスでは不可能だ。
しかも矢は普通の鉄製で特別ではない。実は火龍の鱗から作り出した極めて危険な矢もあるのだがこんなところで使えない。一階のダンジョン外のさらに遠くで試射したときは的の周辺に直径五〇メートルほどのクレーターができてしまった。影勝は顔を背け見なかったことにしたほどだ。シラナイシラナイオレシラナイ。
「あ、ホーンゴートの角が落ちてる。あの角を粉にして飲むと腸の働きがよくなって、肌も綺麗になるんだ」
「マ?」
「肌も綺麗に!? 碧さん、それってマジもの?」
片岡と陣内の目が妖しく光る。探索者ではなく狩人の目だ。
「もっとたくさん狩らないと!」
「レッツパーリー!」
陣内と片岡が吠える。その後、ゲートに達するまでにホーンゴートの群れ三つを蹂躙した。角を手にした女性陣はほくほく顔だ。マッチョ山羊は女性陣の犠牲になったのだ。