14.新しい力とやっとこダンジョン探索(3)
旭川だったら五階ともなれば数時間かかる。先へ行くほど時間がかかり、上級探索者は泊りがけでダンジョンに潜るのだ。
「鹿児島はどういうわけか各階へのゲートが割と近くて、五階迄なら一時間ちょっとで行けるはずだよ。七階迄の地図や出てくるモンスターデータもあるから端末にダウンロードしておくといいよ」
「さすが現役ギルド職員、助かります。そういや鹿児島は何階迄踏破されてるんです?」
「公式には十五階迄だね。何階まで行けてるのかはクランで秘密にしているところが多くって正直把握はできてないんだ」
芳樹が肩をすくめる。ダンジョンの情報はパーティやクランの財産でもある。納入される魔石でおおよそどこまで行っているのかの見当はつくが確実ではない。実際に碧の祖父母は旭川の十三階に到達していたが、公式には十階まで踏破とされていた。ギルド長の綾部は知っている可能性があるが訂正しないことから何らかの思惑があるのだろう。
「七階だと、俺たちのレベルだときついかな。まだ四級だし」
「そうですね。昨日は三階迄は行きましたが、知らないダンジョンでそこから先は不安もあります」
東風に続き堀内も不安を露にする。
「そっか、君らは四級だったね。だとすると七階はきついかもしれないね」
「ですよねー」
芳樹に言われた東風が困った顔をしている。護衛ではあるが行きたい階に比べるとレベルが足りないのだ。碧と影勝は三級であるのとスキルがあるので問題はない。
「それなら、お礼も兼ねて、麗奈が何とかする。彼氏。あれを使ってもいい?」
麗奈が影勝を見る。影勝は「アレとは何だ?」と考えるが思い浮かばない。芳樹も首を傾げている。
「倒したドラゴン。鱗が良さげに見えた。先日、土竜のを使った」
「あーオークションのやつかー」
「ちょ、ちょっとふたりとも!」
麗奈と影勝が納得していると葵が割って入る。かなり焦った顔をしている。
「ちょっと、ドラゴンてなに? 聞いてないんだけど?」
「あー、ダンジョンの火山を噴火させたドラゴンで、倒して持ち帰ってます」
「倒した? 持ち帰った?」
「ダンジョン外でモンスターを倒すと消えないで残るんです」
「消えないで残る!?」
葵がとっぴな声で叫ぶ。
「ギルド職員として聞き逃せない話だね。ドラゴンもそうだけど消えないというのはどういうこと?」
「表の駐車場なら出せる、と思う」
麗奈はそう言うと先を立っていってしまう。
「まったく麗奈は……すみません、あんな性格なんで。麗奈、ちょっと待ちなさい!」
ぺこぺこと謝る芳樹だがすぐに麗奈の後を追う。あんなもんをどかーと出したら混乱すると心配した影勝も後に続いた。
影勝が駐車場に着いた時にはすでに巨大なドラゴンが横たわっていた。
メタリックに輝く真紅の鱗。翼の端から端までと頭から尾の先までが二〇〇メートルを越える、学校の体育館の如き体躯を縮こませたドラゴンがあった。人ほどもあるその瞳はドカン茸の毒でぐずぐずに崩れている。
「真っ暗だったから色はわからなかったけど、こんなに綺麗だったんだな」
火に煌めく赤い鱗は金属的であり、また生物的でもあった。死体ではあるが、美しい。
既に見ている、そして倒した本人である影勝はその程度の感想で済んだが他のものはそうではない。
「ド、ドラゴン! デッカ! デッカ!」
「なななななんですかこれは!」
「マジかよ……」
「ふえええええ」
片岡、堀内、東風、陣内の反応だ。四人とも呆然とドラゴンの亡骸を見上げている。碧は「おおおおきいいい」と驚き立ち尽くしているが葵は口を結んで見つめていた。
「どうしようこれ。どうやって報告すればいんだ僕。何したって大騒ぎにしかならないって」
芳樹は蹲って頭を抱えていた。土竜のような恐竜型のドラゴンは存在が確認されているし狩られて素材を落としているが、物語に出てくる姿のドラゴンは記録になかった。かつこの巨体だ。世の常識が覆るのは間違いない。
そんな中、葵は冷静にそのドラゴンを見つめて、いや見通している。
「……火龍。ゴロガ火山に住まい超高温のブレスで全てを焼き尽くす」
「おかあさん、視えたの?」
「視えただけで何もわからないけどね」
葵の【見通す女】は視て知ることはできるが理解できるわけではない。未知の薬が鑑定できてもどの程度有効かは不明なのと同じで、ドラゴンの素性を知ったに過ぎない。
『うむ、その通りだ』
「…………あえて見なかったことにしたかったのだけど、リドさんはご存じなのかしら?」
葵は恨めしい目でリドを見る。リドを認めるということはまた問題を抱えることになる。あのカエルだけではなく。
目を付けた男の子がこうも問題を拾ってくるとは思っておらず、かなりの誤算ではあった。が、ひとり娘の心の安寧や巨大な売り上げなど得るもののほうがはるかに大きいのでさらに頭が痛いのだ。
『まだ若い龍で感情に流されるまま力を振るっておった。強かったが故に此奴に滅ぼされた種も多かろう』
「そんな悪いドラゴンなら退治されて当然だし!」
フリーズから復帰した片岡が火龍に歩み、その鱗をべしーんと叩いた。
「痛ッ! ちょ、ドラゴン硬すぎー」
怪力で叩いたがために手が血だらけで、相当痛かったのか片岡は手にふーふー息をかけている。慌てて陣内が駆け寄り回復魔法をかけ、堀内はあきれのため息をついていた。
「硬いなら、武器にぴったり。きっといい子ができる」
火龍の鱗に触れていた麗奈がそうつぶやき東風らに顔を向ける。
「あなたたちが持ってる子を見せて」
「お、俺たちの!?」
「そう。碧の彼氏は矢しか必要としない。はやく」
「あ、はい」
ぶれない麗奈の迫力に圧された東風は慌ててマジックバッグから自分のロングソードを取り出す。これといった特徴もない数打ちの剣だ。
「先輩から譲ってもらった相当古い剣でその……手入れはしてるんだけど、金がなくって……」
東風は少し躊躇しながら麗奈に渡す。麗奈はまっすぐ腕を伸ばし剣を眺めた。東風のロングソードは相当使い込まれて柄がすり減り、刃にも欠けが目立っている。
麗奈は剣の刃に優して手を添わせた。
≪彼はきちんと手入れしてくれてるんだ。でも僕が弱くってすぐに欠けちゃうんだ≫
「そう。君は頑張ってる。彼もわかってる」
≪彼がすごい奴を手にしたら僕はまた売られちゃうのかな≫
「望むなら、彼といられるようにできる」
≪ほんとう?≫
「麗奈ならできる」
麗奈は剣と会話をしているが、影勝などからは彼女がひとりで話をしているようにしか見えない。東風らは怪訝な顔をしている。
≪もっと僕を使ってほしいから、やって!≫
「わかった」
麗奈は言い切った後に火龍の鱗に触れ【剥離】スキルを使うと、畳一枚ほどもある真紅の鱗がガランと大きな音を立てて地面に落ちた。
麗奈は左手で軽々と拾い上げ【錬成】スキルを行使する。大きな鱗は巻かれるように変形し一本の赤銅色の棒になった。剣の長さよりは短く、太さは持ち手ほどだ。
「今から融合させる。痛くはない。【錬結】」
右手に持っている剣に左手の鱗の棒をめり込ませた。棒はロングソードに音もなく沈み込む。棒がすべて剣にのまれた瞬間、剣全体が青く輝いた。
「リド」
麗奈がリドに振り向けば炎は揺らめいて答える。リドがランプから浮かび上がり麗奈のもとに漂う。
『我にかざせ』
「うん」
麗奈が剣の刃をリドの真上にかざすと、炎は柱となり剣を包んだ。神聖な儀式を見ているようで、影勝らは息をのんで見守っている。
『よかろう』
「うん、できた。強くなったね」
≪力が湧いてくるよ! ありがとう≫
「どういたしまして。はい、返す」
麗奈が東風に歩み無造作に剣を差し出す。東風は「え?え?」と困惑しながらも受け取り自分のロングソードを見つめた。
見かけは何も変わっていない数打ちの剣だ。刃こぼれはすべて直っている。重さは増しており、レベルが上がった東風の膂力にはちょうど良い感じだ。
「……ちょっと魔力を流してみなさい」
剣を見つめていた葵が東風に言葉をかける。彼女にはこう視えているのだ。
スレイヤー:東風勇吾専用武器。あらゆるモンスターに対して特攻。おおよそダメージ一〇倍。対ドラゴンは一〇〇倍。捨てようとすると泣き叫ぶ。
「あ、はい、魔力……」
東風が剣を握る手に力を籠めると刃が青く光る。
「その状態でモンスターを攻撃するとダメージが増えるようね」
「ほ、本当ですか!?」
「魔力切れには気をつけなさいね」
「は、はい!」
東風が剣を頭上に掲げる。青く輝く剣が彼を強者に感じさせるものだった。