14.新しい力とやっとこダンジョン探索(2)
災害時に不謹慎だが碧を元気付けるのが優先だ。救助は自衛隊、消防、被害確認は警察、噴石火山灰の除去は探索者と分担して当たっているために復旧は早いのではと影勝が予想したのもある。スキルで姿を消してしまえば見られることもない。そもそもあの魔法は碧が金にものを言わせて落札したものだし。
言い訳などいくらでも思いつく。
「え、あの魔法を使ったの?」
「火山が噴火して噴石とか溶岩が迫ってるとかでそこにともまってられなかったんだけど夜で見えない岩だらけの地面を走るわけにもいかなくって」
「麗奈さんはどうしたの? まさか走って戻ってきたの?」
「麗奈さんは俺がおんぶし――」
「ずるいー! わたしが一番にと思ってたのにー!」
しょげていた碧が眼鏡を震わせてぷりぷり怒っている。成人を過ぎているのに泣いたカラスがもう笑う碧だがそんな姿も可愛いと思う影勝も大概である。ダンジョンで初めて会った時のおどおどした態度からは考えられないほどの進歩だ。無意識に碧の頭に手をのせてしまうほどに。
「わたしはお姉さんなんだよ?」
そんなプンスカクレームも可愛い。影勝は撫でる手から碧成分を補給する。ダンジョンで頑張ってきたのだ、これくらい許されよう。
「むー、あそうだ! 精霊水の事なんだけど」
碧は頭にのせてられている影勝の手を両手でつかみ、外す。そのまま影勝の手は碧のももの上に逮捕され拘束された。服越しに熱と柔らかさを感じる。これはセクハラではない不可抗力だと影勝は心で叫ぶ。
そんな影勝の苦悩など知らない碧は上目遣いで影勝を見つめる。
「精霊水って、そのまま使うとハイポーション並みかそれ以上の効果があるけど、ある物と混ぜるとその物の効力を増幅させる力があると思うんだ」
「増幅か……」
「リニ草は効能を増価させる妖精の秘薬になったし、わたしが病院でハイポーションと合わせたらハイポーションプラスになったし。使える量も増えてるんだよね」
「そういえば傷薬に混ぜた時も薄めないと強すぎるって言われてたな」
影勝はオークションで八王子のクランが落札した傷薬の感を思い出す。あれは葵がいて鑑定したからこそ薄める判断に至ったがそのまま使っていたら治すどころか治しすぎて傷つけてしまったかも知れない。それはもう薬ではなく毒だ。
「やばいな、精霊水は余計に表に出せなくなった」
碧に若干分けたとはいえ精霊水はまだ一トン近くある。というか、一度に使う量が少ないためにほぼ減っていない。
正しく使えばこれ以上ないブースターになるが間違ってしまえば猛毒になってしまう。末恐ろしくなり影勝は体を震わせる。
「影勝君が持ってるから大丈夫だし、わたしも協力するから。正しく使って、たくさんの人を救おう。もちろん、霊薬も作ろうね。お母さんを、完治しよう」
碧は笑顔を向ける。
影勝を思ってなのか、その笑みに曇りはない。そこに、作れないかもしれないことが怖いと言っていた彼女の影はない。いつの間に強くなったのだろう。病院での出来事が彼女を強くしたのだろうか。
「俺もダンジョンで材料を探してくるから、碧さんに作ってほしい」
「うん、頑張ろうね!」
「ぐっ」
笑顔でじっと見つめてくる碧に影勝の情緒が崩壊した。握られた手を振りほどき、感情のまま碧の両のほっぺをつまむ。
この可愛い顔と口がむにむにむに。
「はへはふふんはひふふほー」
お返しとばかりに碧が影勝の頬をつまむ。
「はふへほへはへ」
「はっへふはふんはほん」
「ははひひのははふひふはー」
なぜか会話が成り立っているふたりだった。
朝のテレビでは桜島の噴火のニュースでもちきりだ。夜中だったためにダンジョンで噴火があったことは知られていない。そもそもダンジョンの火山を気にしている探索者はいないし今の探索者にそんな余裕はない。
今後はわからないが、鹿児島ギルドでは関連性の可能性を認めつつも、では過去の桜島の噴火の際に同時刻にダンジョンで噴火があったのかというと実はそんな記録すらない。仮に関連があったとして何ができるのか。自然災害は防げないのだ。
ただ、麗奈は自分が火山の麓に行ったからではと非常に気にしていた。仮設の建物を作り終えた麗奈は兄の芳樹と共に離れた場所で内装作業を眺めていた。
「麗奈が行きたいと言ったから」
「ダンジョンの火山と桜島が関連があるって考えることは簡単だけど、それを証明することはできないよ。後からならなんでも言えるし」
芳樹に優しく諭された。例えば、大地震が起きると知っていてもそれを止めるすべはない。警告はできるが人々がそれを信じるかは別だ。今回も、仮に関連性があってそれを事前に知ることができたとして、誰がその言葉を信じることができるのか。情報が氾濫している現代において他者の言葉を信じることが難しくなっている状況下でだ。
「申し訳ない気持ちを封じなくてもいい。その気持ちを仮設の避難所をつくるとかに切り替えてほしい」
「……うん、そうする」
麗奈は隣に立つ芳樹を見つめる。実は麗奈の方が背が高いのでやや見下ろす感じにはなるのだが。
「兄さんは麗奈に必要。ずっと麗奈と一緒にいて」
「あはは、俺は麗奈の兄だからね、いつだって麗奈の味方だよ」
「むぅ」
違うそうじゃない。麗奈の想いが通じるのはまだまだ先のようだ。
探索者による火山灰の回収が功を奏して電気が復活し、また家屋に被害がない住民は帰宅を始めた。地震や洪水ではなく噴火による影響は、家屋にさほどのダメージを与えていない。もちろん噴石が直撃した家屋の住民は避難所としてギルドや近隣の公民館などに身を寄せている。
上下水道などのインフラも火山灰による影響がなければ断水などもない。日が沈むころには普段の生活が戻りつつあった。
旭川から熊本空港経由で自衛隊の車両に便乗して鹿児島に向かった葵は、昼過ぎにギルドに到着するや碧と影勝の元に走ったが、そこで彼女が見たのは疲労から椅子にもたれたまま肩を寄せ合って寝ているふたりの姿だった。思わず笑みがこぼれる。疲れも吹き飛ぶというものだ。
「まぁ仲がいいわねぇ。起こす前に写真だけ取っておこうかしら」
葵はスマホを取り出し角度を変えつつ何枚も写真を撮る。あとで見せつけてやろうとの魂胆だ。目論み通り、その写真を見せられたふたりはニマつく葵の顔から逃れるように視線を泳がすのだった。
その夜は早々にギルドを離れ、皆で麗奈の家に向かい、倒れるように寝てしまった。
翌朝、葵と香織がある食材で朝食を済ませたあと、そのまま打ち合わせに入る、今後の動きのためである。
メンバーは、旭川組が影勝に椎名母娘に幌内レッズで、鹿児島組が高田兄妹にリドだ。葵はリドについてはあえて触れなかった。手に余りすぎるのだ。
碧がお茶を配っていく中、葵がゴホンと咳をする。
「旭川から持てるポーションと薬を持ってきちゃったから今度はギルドの在庫がやばいの。申し訳ないけど影勝君は旭川に戻ってちょうだい。綾部ちゃんからも指示が来てるでしょ?」
「ギルド長からは昨日の夕方くらいにメールが来てました。こっちは大丈夫なんですか?」
葵の言葉に影勝は芳樹を見る。この面子の中で一番現状を把握しているのが彼だ。
「大丈夫だよ。町の被害は想定してたよりも少ないし、インフラもほぼ元に戻ってる。なーに、鹿児島ギルドの探索者は薩摩隼人だからね。この程度じゃ負けないのさ」
芳樹は和かに微笑む。そうかサツマか、と影勝は頬を引き攣らせた。
「そうすると、俺は早いとこ旭川に戻った方がいいのか。碧さんはどうする?」
「わ、わたしは」
「碧もよ。あと、あなた達もね」
葵が幌内の四人に顔を向ける。彼らは碧の護衛なので彼女が動けばついていくのだ。
「えー、まだ豚さん食べてないー」
「恵美。また機会はあります」
「楽しみにしてたのにーがっくし」
項垂れる片岡の肩を堀内が撫でて宥める。東風は冷静を装っているが少しだけ肩を落としていた。食いしん坊ばかりだ。
そんな様子を見た葵は苦笑いだ。
「とはいえ、帰りのチャーターの手配がつかなくってね。帰るのは早くて明後日かしらね」
「では、今日明日は自由行動ということにしませんか? せっかく鹿児島に来ていただいたのに何も見ずに戻られるのはこちらとしても悲しいものがあります」
葵の言葉に芳樹がパンと手を叩いて反応する。ついた翌日に桜島が噴火して、そしてすぐに戻るのは切なすぎる。片岡の言う黒豚肉も食べていない。
「じゃあ、ダンジョンの苔を採りたいな! 七階に渓谷があって、そこに岩苔が沢山生えてるんだって!」
碧が「ハイハイ」と手を挙げながら影勝を見る。碧ひとりでは行けないのでもちろん影勝もセットだ。影勝の中のイングヴァルももろ手を挙げているので行かないという選択肢はない状態だ。
ただ心配もある。
「日帰りできる階なのかなぁ」
影勝はそうこぼした。