14.新しい力とやっとこダンジョン探索(1)
「俺にできることがあればやります」
「申し出はありがたいのですが、近江君は土地勘がないでしょうから予備戦力としてギルドで待機をお願いします」
「わかりました。何か手伝えることがあれば言ってください」
救助を手伝うと申し出た影勝だが、玄道にやんわりと断られ用意された部屋で待機となった。リドが入っているランプも一緒で、万が一の時は持って逃げろということだ。初めて来た鹿児島ギルドで不慣れな影勝が動き回るデメリットもある。影勝の相手でギルドの手が取られてしまうならじっとしといてもらった方がましという判断もあるだろう。もどかしさを感じつつも迷惑をかけるわけにはいかないと影勝はじっとしていた。
外が完全に明るくなったころ、碧がギルドに来た。手持ちの薬もなくなり、医師でもない碧が病院にいても役に立てないからというのが理由だが実際は影勝が心配だったからで、ギルドからの出迎えを待ちきれずと徒歩で来たのだ。もちろん東風ら四人も一緒だ。彼らは碧の護衛として来ているのだから当然だった。
「影勝君!」
案内された碧は部屋に入るなり駆け寄って影勝に飛び込んだ。影勝はしっかり受け止め「無事でよかった」と大きく息を吐く。
「どこも怪我はない? 痛くない? 薬は無くなっちゃったけど必要なら作るよ?」
「走って疲れたくらいで怪我はないよ。碧さんも怪我がなさそうでよかったよ」
「うん、うん」
本気で心配していた碧は背丈の関係で影勝のみぞおちあたりに顔をぐりぐり押し当てる。影勝は彼女の頭に手を載せ、念願の碧成分の補給を始めた。
髪が埃っぽい。けが人も多かったみたいだし、徹夜でばたばた動き回ってたんだろうな。でもこれからも薬は必要だから休めないだろうな。
碧の頭をなでながら影勝は彼女の働きっぷりに感心していた。と同時に良いように使われかねないと心配もした。それは影勝も同様だが彼の一番の関心は碧だ。葵にも碧を守ってと頼まれているが、それは影勝の心の誤魔化しでしかない。実のところ碧を守るためなら鹿児島を見捨てることも選択肢に入っていた。
「やっふー。碧さんだいたーん!」
「恵美、邪魔してはいけません」
「そうよ恵美。ここは静かにニヨニヨ見守るところでしょ?」
「……まぁ近江君も無事でよかった」
東風ら四人が部屋の入り口から顔だけのぞかせている。東風らの存在に気がついた影勝が碧を離そうとしたが磁石のように碧はくっついたままだ。
よし、碧さんのせいにしてこのまま碧さん成分を摂取しよう、と悪魔な影勝が囁いた。
「東風君らも無事でよかったよ」
「あたしも病院で頑張っちゃったZE!」
「恵美も頑張ってたけど香織だって頑張ったぞ」
「わたしなりに頑張ったよ!」
「僕を含めてみんな頑張りましたね」
自分たちの活躍を自慢しながら四人は部屋に入る。新人探索者なりに緊急事態で動いたのだ。しかも人命に係る働きなので自慢もしたくなる。
「そっか、みんなすごいな」
同期ともいえる四人の活躍は影勝も嬉しい。探索者になりたての若造でも役に立てるのだ。
「まぁ一番は碧っちだけどねー」
片岡がてへぺろした。
「近江君の方のダンジョンでの用事は済んだのかい?」
「あぁ、そこにあるランプがそうだ」
東風に問われ、影勝はリドのランプを指す。ランプの中のリドがゆらりと揺れる。
『ほう、それはカゲカツの番か? 精霊の残滓を感ずるな』
「あー、碧さんも一緒に精霊に会ってるからな」
『然もありなん』
影勝が示した炎がしゃべったことに碧は顔を向け東風らは口を開いたまま固まった。
「炎の精霊、さん?」
『うむ、我はリドという名もなき精霊だ。そこな名は何という』
「わわたしは、椎名碧です」
『シイナミドリか』
碧と会話するリドに、片岡は震える指を向ける。
「炎がしゃべったぁぁぁ!!」
部屋には片岡の絶叫がこだました。
ところ変わってギルド長室にいる玄道はニュースの中継を見ていた。おざなりにヘルメットをかぶった女性キャスターが姶良市内の壊れた家屋の前でマイクを掴んでしゃべっている。
「私はいま夜が明けた姶良市にいます。明るくなって被害が判明してきました。噴石による家屋の損傷及び損壊は三〇〇棟ほどにのぼり、これからまだ増えると見込まれます」
玄道はパソコンの画面に現れる鹿児島県からの被害状況報告に目を通している。
「現在のところ死者は十三名。噴石が直撃もしくは噴石による家屋被害に巻き込まれたようですね。まだ増えそうですが」
噴火の被害としては大きなものだろう。玄道は心を痛め深く息を吐く。碧が病院で大怪我の被災者を助けていたが病院に行くことすらかなわなかった者たちもいたのだ。碧がいなかったら重傷者の命は奪われ、どれだけの犠牲者が出ただろうか。
「一番被害が酷いのはやはりここ姶良市の様ですが……ふむ、救助は消防と自衛隊だけでなんとかなると。まぁどちらも元探索者だらけですから当然でしょう。ではギルドとしては県との協定通り火山灰の回収作業を進めましょう。そうすれ電気の復旧も早いでしょうし」
自衛隊はもちろん消防警察には探索者だった者が多数いる。色々な理由で探索者を辞めた人外の力を持つものは即戦力であり、また素行が悪いものはそもそも法律で処罰されており、人材として考えた時、需要は高い。また探索者ではなくともダンジョンに潜って職業を得た上で就職するもの者もいる。その多くは警察に自衛隊だ。
そして鹿児島ダンジョンにはおおよそ二千人の現役探索者がいる。そのうち半数が生産職としても戦闘職だけで千人はいることになる。これだけの数の人外を組織するギルドは、災害などの有事には県と協力する協定を結んでいた。
災害の初動は、ともかく人手が必要だ。千人の組織だった人外の者たちが救助活動などをすることによって被害を最小限にとどめるのだ。
玄道は机の中の隠してある小さなマイクを取り出し握りについている小さなボタンを押した。
「鹿児島ギルドの皆さんお疲れ様です、ギルド長の玄道です。救助活動は消防と自衛隊が担当することになりました。動けるすべての探索者に通達。これよりマジックバッグを持って市内に進出、電線や道路など見える火山灰、噴石など邪魔になるすべてを回収すること。これは鹿児島県との協定でありギルドの特別依頼となります。報酬は後程通達いたします。マジックバッグを持っている探索者はそれを、ない者は仮設の避難所設置のサポートに回ってください。風魔法を使える魔法使いは送電線や建物の屋根に積もった火山灰を落としてください。ここは皆さんも住まう姶良市です。きれいに片づけて住みやすい環境に戻しましょう。やられっぱなしのターンは終わりです。こっちから打って出ましょう」
玄道がマイクをしまうと「よっしゃいくぞおらぁ!」「送電線の火山灰を真っ先に落とせ!」「おーし駐車場に仮設の避難所を作るぞ! 錬金術師やらの生産職も呼べ!」などの頼もしい叫びが聞こえる。玄道はありがたいとしみじみ感じながらギルド長室から出てカウンターがある事務スペースに向かった。
玄道のアナウンスは影勝がいる部屋でも聞こえた。皆スピーカーから聞こえる言葉に注目している。
「俺たちも行った方が良いんだろうな」
「そうですね、ここにいるのも仕事ですが近江君がいるなら大丈夫でしょう。覚えたばかりの風魔法にも慣れたいですし」
「借りてるマジッグバッグもあるから火山灰の回収くらいはできるしね!」
「よーし、火山灰なんてぐわぁぁっと吸い込んでやるし!」
東風をはじめ幌内レッズはそう言うと立ち上がった。
「ということで近江君、俺たちはちょっと行ってくるよ」
「悪いな東風君、俺はちょっとここを離れられない。頼んだ」
「任せてくれ。若輩だけど旭川の探索者を代表するつもりでいってくるよ」
「恵美ちゃんが鹿児島を救ってくるYO!」
四人とも徹夜をしているが疲れも見せず部屋を出ていった。
「皆すごいな」
「すごいよね。わたしは薬を作ることしかできないもん」
碧の声は自信がないのか囁くほどだ。碧は求められて薬やポーションを増やしたがそれは精霊水なくして不可能であり、また調合は他の薬師でも可能だった。自分でなくてもという思いがある。
「それで大怪我の人の命を救えたんだから碧さんはすごいって。俺なんて何もできてないし」
影勝は自嘲的にハハハと肩を落とした。
麗奈は錬成スキルで鉄の仮設避難所をつくっていた。恐ろしいほどの量の鉄を自在に変形させ、三階建てのアパートを作っていたのが窓から見えていた。
自分よりも余程活躍している碧が凹んでいるのは忍びない。なんとか元気付けられないかとあれこれ考える。
「そうだ、ダンジョンで空を歩く魔法を使って走ってきたんだ。碧さん、一休みしたら空の散歩にいかない?」