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13.戦うふたり(4)

『昨夜遅くに起きた桜島の噴火に関してです――』


 ギルドの事務所に設置したテレビでは、噴火に関するニュースが繰り返し流されている。

 深夜に起きた大噴火から六時間余りが経過し、そろそろ夜明けという時分。鹿児島ギルドは避難してきた住民でごった返していた。

 ギルドにはポーションや傷薬などの備蓄があり、またギルドに設置されている小型魔石発電は非常用電源の役割も果たしていた。魔石はギルドに大量にあり、停電の恐れもないことは住民にも知られている。スマホの充電が可能なこともあり緊急避難場所としても指定されていた。

 そして無事な探索者の確認と救助の依頼のために探索者もギルドに集まっている。

 近隣の病院はすでに患者であふれており、そこからあぶれた怪我人が部屋という部屋、廊下などに寝かされている。ギルドは探索者の打ち合わせの声やケガ人のうめき声、子供の泣き声などで満ち、野戦病院めいていた。そんな中、カウンター裏で麗奈の兄芳樹がギルド長の玄道を話をしている。


「ギルド長、ポーションが底をつきます。残りは三本です。マジックバッグに備蓄してあった食糧と水で一週間以上はもちそうです」

「ポーションは大怪我の住民にはだいたい行き渡ったようで一安心ですね。病院は椎名さんのおかげで怪我人はほぼ治療できたと聞きました。災害は起きましたが、まだ運は良かったかもしれません」


 玄道は深く息を吐いた。彼女がいなかったら重傷の患者の大半は死んでいただろうと玄道は確信していた。碧が調合したハイポーションプラスは他の病院にも搬送され、重傷者に優先的に投与されており、そこでも多数の命を救っていた。


「ポーションは、明るくなって被害の全貌が判明してからも必要になりそうですね。手持ちが心細く不安です……」

「自衛隊の先発部隊が鹿児島入りしたとは聞いています。消防と警察も各地から応援が来るでしょうがそれは早くて明日以降でしょう。旭川の椎名堂が熊本空港に降りて陸路でこちらに向かうとは聞いています。他にも八王子から探索者と物資を載せたバスが出たと連絡がありました。金沢、高知ギルドも動いてくれているようです。現地にいる我々がふんばらないといけません。精神論は好きではありませんが、何とかしましょう」

「はい」


 玄道と話し終えた芳樹がギルド内を巡回をしようと通路に出たとき、ゲートがある部屋からどよめきが聞こえてきた。なにかあったのかと速足で向かう。


「高田じゃねえか」

「こんなときにダンジョンで活動してたのか?」

「なんか黒いぞ?」


 探索者の大きな声が聞こえてくる。麗奈が戻ってきたと感じた芳樹だが、予定よりも早いことに気が付く。


「麗奈に何か!?」


 速足から駆け足になった芳樹はゲートのある部屋に飛び込んだ。影勝と見慣れないランプを持った麗奈が探索者らに囲まれていた。


「ちょっとごめん通して!」


 声を荒げた芳樹が探索者の隙間を縫ってふたりに近づく。麗奈も気が付いたようで「兄さん」と手を挙げた。


「なんでふたりとも全身が黒いの?」


 芳樹が声を裏返した。影勝も麗奈も顔や服が黒く煤けていたのだ。麗奈のきれいな赤い髪も黒でまだらになってしまっている。それにダンジョンに入ったときはランプなど持っていなかった。あれはダンジョンで見つけたものなのか?

 予定よりも早く麗奈が帰ってきたことは喜ばしいが芳樹の疑問は増えるばかりだ。


「兄さんただいま。ダンジョンの火山が噴火した」

「ダンジョンの火山が噴火? 麗奈、それは本当に?」

「おいおい、ダンジョンでも噴火とか、どうなってんだよ」

「俺たちどうなっちまうんだ?」


 周囲にいる探索者がざわつく。探索者は荒っぽい人間もいるが、聞こえてくる言葉にはどこか焦りの色が濃い。


「なんかみなさん気が立ってるみたいですけど、なにかありました?」


 呑気な麗奈と影勝に対し「桜島が噴火して大災害になってんだよ」と周囲の探索者が怒鳴る。それを聞いた影勝が「桜島()噴火ですか!?」と素っ頓狂な声を上げる。影勝は慌ててスマホを取り出し碧にメールを送り安否を確認する。


『……ふむ、浸透が進んでいるようだな』


 麗奈が手に持つランプの中のリドがつぶやく。麗奈がランプを顔の位置まで上げた。


「リド、浸透とは」

『時機にわかることだ』

「む、秘密はよくない」

『レナよ、知らぬほうが良いこともある』


 麗奈がランプと会話している様子を芳樹をはじめ部屋にいる探索者は口を半開きで眺めている。スマホで録画している者もいた。


「麗奈、その、ランプというか、()()は何だい?」

「これはリド」

『ふむ、お主がレナの兄か。我はリドという、名もなき精霊だ』

「精霊!?」


 芳樹のあげた叫びに部屋が騒がしくなる


「火がしゃべった!?」

「なんだよ精霊って」

「あれ、作りもんじゃないのか?」


 明らかに信じられないという声が多数のようだ。それはそうだろう。そんな雰囲気の中、影勝は芳樹ににじり寄る。


「芳樹さん、碧さんは無事ですか?」

「えぇ、病院で大怪我の患者に薬を作ってもらってました。まだ病院にいると思います」


 芳樹が答えたタイミングで影勝のスマホにビデオ通話着信がある。相手は碧だ。影勝が送ったメールで帰還を知ったからだろう。画面には疲れが見える碧の顔が映る。


「影勝君、無事? なんか顔が黒いけど」

「碧さんも怪我はない? ダンジョンの火山が噴火してさ。それより桜島が噴火したって」

「噴石とかで大怪我の人が多くて、でもアレで怪我した人は減らせたよ」


 影勝の無事を知れたからだろう、碧の顔にも少し安堵が見える。


「大怪我って、そんなにすごい噴火が?」

「市内は停電で真っ暗だし、病院に来れない人もたくさんいると思う」

「それは、やばいな……」

「病院にもポーション類はなくなっちゃった。あればなんとかなるんだけど」

「俺の手持ちは傷薬だけだし」


 影勝がリュックを漁り始めた時芳樹から声がかかる。


「近江君、ちょっといいかな、ギルド長が話を聞きたいって」

「え、わかりました。電話切るね」


 影勝は芳樹に誘導されるまま、麗奈と一緒にギルド長の部屋に向かった。ギルド長の部屋は旭川と同じような印象だが違うのは金属製の鎧一式が飾られていることだ。玄道の装備品で、彼はギルド長だがいまだ現役の探索者でもあった。

 その玄道も焦燥した顔で影勝らを迎えた。スーツ姿だがどこかくたびれても見える。彼はちらとランプに視線をやったがすぐにふたりに戻す。


「予定より早い帰還ですが、幸いでした。この事態だとダンジョンにいる君たちを気にしている余裕はなかったでしょう。ダンジョンで噴火があった知らせは芳樹君から受けましたが、実際は何がありましたか?」


 時間が惜しいのか、玄道は麗奈の顔を見て単刀直入に切り出す。


「龍が住んでる火山が噴火した」

「龍……それはドラゴンという意味でしょうか?」

「たぶん……リド説明お願い」


 説明に困った麗奈がランプを持ち上げて見せると炎が揺らめいた。


『我はリドという。かつては鉄の民と呼ばれた者たちの末裔と共に暮らしていた精霊だ』

「……精霊、ですか」


 玄道が影勝の顔を見る。玄道は精霊と邂逅しているのを知っているおり、真実なのかを確認のためだ。影勝は小さく頷く。まさか、という顔の玄道がリドに視線を向ける。


『近くの火山には赤の龍の住みかとなっておった。ヤツが暴れるたびに山が火を噴いておったがそこのカゲカツという若者が仕留めた』

「仕留めた? 近江君、それは本当ですか?」

「ドラゴンに襲われたので倒しました。ですが、消えないので遺体は麗奈さんが持ち帰ってきてます」

「消えない? ダンジョンのモンスターは消え……そうかダンジョン外だから、ということかもしれませんが確証はありませんね。というか持ち帰ったことは内密にお願いします。あぁ、ダンジョンで噴火があったことも口外はしないでください。芳樹君もですよ」


 玄道は額に手を当て天井を仰ぐ。噴火の被害が多くその対処で大変なところに別な問題が運び込まれてしまった。しかも飛び切りでかい爆弾だ。巴さんの気持ちがよくわかりました、と玄道はボソッとつぶやいた。


「夜が明ければ探索者も市内に出て自衛隊、消防と協力して救助活動をすることになっています。麗奈さんも手伝いをお願いします。近江君は、また話があるのでちょっと残ってください」

「わかった。リドはどうする?」

「リド氏が表に出てしまうとそれはそれで騒ぎになってしまうでしょうからとりあえずここにいてください」

『了承する』

「じゃあ行ってくる。兄さんも行く」

「わかった。ギルド長、失礼します」


 麗奈と芳樹が出ていった。さて自分はどうなるのやら、と影勝は落ち着かない。初対面ではないが面識があるだけというギルド長からのお話だ。普通ではないだろうと予測はできた。怒られなければいいな。


「疲れているところ申し訳ありませんが、ダンジョンで何があったのかをお聞きしたくて。麗奈さんに聞いても要領を得ないでしょうから。ギルドとして管轄する防衛省に報告できる内容かも含めて判断しないといけない立場でしてね」


 玄道は目尻にしわを寄せて苦笑する。隈が目立つのは寝ていないからだが。


「そうですね……俺のスキルでダンジョン外に出て、火山の麓に行ってミーシャさんが住んでいた集落跡についたらリドさんがいました。そこにはミーシャさんが使っていた金づちもあって持ち帰ってます。陽のあるうちに帰れそうもないので夜を明かそうとした時に龍が暴れて火山が噴火してました。そのあと龍に襲われたので撃退して戻ってきました」

「それは、ご苦労様でした……つまり、ミーシャはダンジョンで、いや、あの()()で生きていた、ということでしょうか」

「俺も同じことを思いました」


 玄道は影勝と同じ疑問を持ち、同じ回答を得ていた。


「私の中にいるザックも、ダンジョンのどこかで生きていたのかもしれませんね」


 玄道はどこか感傷的な顔になり、そう言葉をこぼす。影勝の中にいるイングヴァルもそうだが、玄道の中にいるザックという存在もただの記憶ではなく、どこか生きていると感じているのだ。


「ギルド長も、やはり職業が特殊なんですね」

「えぇ、君も椎名さんもそうでしょうが、私の中にいるザックという男性が鹿児島ダンジョンに詳しく、若輩だった私は色々教えてもらいました。この命も何度救われたことか。彼の知識とスキル【岩を砕く男】があるからこそ私は生きているのです」

「……同じように俺の中にいるイングヴァルの知識とスキルでダンジョン病で幾ばくも無い母が命を取り留めました」

「どうして職業が特殊な人とそうでない人がいるのか。ダンジョンには不明な点ばかりですが、近江君が紐解くような気がしてなりません」


 玄道のその一言が、影勝の耳から離れなかった。

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