13.戦うふたり(2)
リドが警告をはしたすぐあと、迫りくるドラゴンの口から青い炎が洩れ、熱線が放出される。青い炎の光線は影勝らに当たる直前でなにかによって阻まれた。
『トカゲ如きの火で我は溶けぬぞ』
リドの発する結界のようなものでドラゴンのブレスを遮ったようだ。結界内部には熱も来ない。だが、周囲の溶岩には別だ。ブレスで熱せられた岩が赤く発光しだし、溶け始めた。
「周りの岩が溶けてる!」
周囲、そして影勝らの足元の岩まで赤光しだした。このままだと溶岩に囲まれることになる。
『ふむ、困ったのう』
「いや困ったじゃなくて!」
『我だけなら問題ないのだが』
「矢、できた」
慌てる影勝に麗奈が矢を差し出す。鏃に瓶を差し込む輪がついた鉄の矢。受け取ると重さで影勝の腕が沈む。
「おっも。でもこの重量を高速でぶち込んでやれば、ワンチャン!」
影勝はその輪にドカン茸の胞子が封入された瓶をはめ込む。この瓶ごと矢として認識してくれれば【貫通】でドラゴンの体内に直接ぶち込めるはずだ。最悪でも周囲に猛毒がまき散らされる。
青いブレスが止み、影勝らの真上を暴風が駆けぬける。巨大なドラゴンが通り過ぎ、大きく旋回してまたブレスを吐こうとしている。
「させるかよ!」
影勝は見当違いの向きに矢をつがえた。限界まで引き絞った弦がきしみ、矢が放たれる。外れると踏んだか、ドラゴンが笑った気がした。
「曲がれぇぇぇぇ!!」
光の筋となった矢は影勝のスキルで誘導され大きな曲線を描き、ドラゴンの側面から迫る。ドラゴンの咢が青く染まった瞬間、鉄の矢は瓶ごとその頭部に突き刺さった。
殴られたように頭を大きく横に振ったドラゴンは絶叫。青いブレスを吐き散らしながら激しく墜落、地面で数回バウンドしたのち岩を削って滑っていく。ちょうどその先に影勝らがいる。影勝の背中に冷たいものが流れた。
このままだとあいつにはねられる。今から逃げてもあの巨体を避けることは難しい。取れそうな手はひとつだけだ。
「麗奈さん掴まって!」
「了解」
影勝は右手を麗奈に差し出し、左手でリドのランプを掴む。
「階段がある階段がある階段がある絶対にある!」
自らに言い聞かせるように叫んで空中歩行の魔法を発動させ、見えない階段を駆け上がっていく。一般人の力を優に超えた影勝にとって一人分の重量が増えたところで支障はない。麗奈は手を引かれて宙ぶらりんだ。
「間に合えぇぇぇ!!」
必死に駆け上がる影勝の真下を、岩を砕きながら巨大なドラゴンが滑っていく。頭から尾の先までで二〇〇メートルはありそうな巨大なドラゴンだ。数百メートルほど転がってドラゴンは停止したが苦しみからか尾と頭を暴れさせている。頭の中が腐っていくのだ。痛みは想像を絶する。
「やっぱりしぶといな」
『生命の炎は消えかかっておる。じきだ』
リドの言う通り、もがきながらもドラゴンは立ち上がろうと咆哮するが地に伏せ動かなくなった。
ドラゴンを倒したことで影勝の体も熱くなる。レベルアップだがそれを喜んでいる状況でもない。
火山の噴火は続いているが爆発的なものではなく、噴煙が上がっている小康状態になっている。だが周囲はドラゴンの熱で岩が溶けかけたままだ。影勝はドラゴンが横たわっている場所で地面に降りた。
『見事なものだな』
「この巨体でも頭に毒を受けたらもたないですよ。腐敗の猛毒だし」
『よくもあのような毒を持っておったな』
「弓は威力が限られてるし、体力があるやつには毒が一番なんですよ。それよりも、どうしますか? ドームも壊れちゃったしまた噴火するかもしれないし」
影勝は麗奈を見る。彼女は黙ったまま巨大なドラゴンの頭を見つめている。
「ドラゴン、消えない」
吹き抜ける風が、麗奈のつぶやきを持ち去っていった。
車に乗せられた碧がついたのは総合病院だった。姶良で一番大きい県立姶良病院だ。噴石が電線を切断したり電柱を倒したりで停電が起きており、自家発電設備があり広大な敷地故に多くの怪我人が運び込まれていた。
病院は明かりがついているが周辺は真っ暗だ。駐車場も車で埋まっており、ここが避難場所にもなっていた。
建物に近い場所に車が止まり、碧は急ぎ降りた。そこには玄道がいた。
「玄道です、ご協力感謝いたします」
緊急時だからか、いつもはスーツで決まっている玄道はスラックスとシャツのラフな恰好だった。
「わわわたしはどこに行けばいいですか?」
「椎名様には医師の手が間に合わない患者を治療して頂ければと。こちらです」
玄道が案内する後を碧と東風らが追う。
通路にも患者があふれており、寝かされているものもいた。みなどこか怪我をしていて服が赤く染まっている。
「こここの人たちは」
「トリアージで緑ないし黄色の患者です。椎名さんになんとかお願いしたいのは、この奥にいる赤と黒の方々です」
災害時には多くの負傷者が発生することが予想されるため、負傷者の人数に対して医師の人員が不足する。現に今も殺到する患者に医療が追いついていない。生命にかかわる重症者から優先的に診る必要があり、これをトリアージという。
トリアージは色で判別され怪我の度合いが軽い順に緑、黄色、赤、黒となる。歩ければ緑、意識があるなら黄色、直ちに治療が必要なのが赤、治療をしても救命できないのが黒だ。
「……トリアージ赤は薬師の仕事ではないと思います。医療の手が回らないのは理解できますが」
「賢ちゃんの言う通りじゃん。碧っちは薬師で薬を作るのが仕事じゃん」
堀内と片岡が疑問の声を上げる。だが碧の頭には母葵の言葉が繰り返されていた。
やれることをやればいい。
自分がやれることは。持っている薬でできることは。碧はポシェットから緑に染まった白衣を取り出し、袖に腕を通す。パンと頬を叩き気合を入れた。
「わわわたしは医者ではないけど、やれることは、やります」
碧が案内されたのは奥にある広い講堂だった。普段は会議などで使われるだろう部屋は、床にシートを敷いただけの場所に寝かされている血だらけの人であふれていた。
「おかあさん死んじゃやだー」
「ううぅ。誰か、この子を助けて……」
耳をふさぎたくなる声しか聞こえない。
片腕がないなどは良い方で、足が無くなっているなど噴石が当たったと考えられる者ばかりだった。
鉄の臭いと嗚咽で充満する空間。足が震え、碧は顔を背けたくなったがその目で見ないといけないと奥歯をかむ。背後では東風たちの息をのむ音が聞こえた。
「ポポポリバケツはありますか」
「ここに。未使用です」
玄道が緑の横に青いポリバケツを置く。蓋つきの九〇リットルサイズのものだ。碧は中を確認して大きく深呼吸をする。
これからやることは初めてやることだ。だがこうすればいい、と頭に浮かぶ。碧はその直感にも似たそれに従う。
「【滅菌】」
スキルでポリバケツを滅菌する。
「ハ、ハイポーションは?」
「ここにあります」
玄道が彼のマジックバッグから取り出すので、それをポリバケツに注いでいく。もったいないという声が聞こえたが、碧は聞かなかったことにした。出来上がったものは比べ物にならないはずだから。
ハイポーションはたしか三〇mlくらいだったはず。それが五本だから一五〇mlだからこれも同じくらいに抑えないと濃すぎちゃう。
碧はポシェットに手を入れ、透明な液体の入った瓶を取り出す。
「それはもしや――」
「た、他言無用でお願いします」
玄道を遮った碧がその液体をポリバケツに注ぐと一瞬まばゆく輝いた。碧はそれを確認するとポシェットから水のペットボトルを何本も出し始める。碧が十五本三〇リットル分をポリバケツの横に並べると玄道がスマホでどこかに連絡を取った。
「碧っち、これを入れるの?」
「恵美ちゃん、お願いしていい?」
「もちろん。賢ちゃんもほら。男なんだからしっかりするし」
片岡はどうしてよいかうろうろしている堀内のお尻をベシっと叩く。普段は能天気だが、その分このような状況でも立ち直りが早かった。片岡は水のペットボトルのキャップを緩め、ポリバケツに入れていく。遅れて堀内も、東風も陣内も後に続く。
「入れ終わった。次は何するし」
「このハイポーションの瓶の分だけこの紙コップに入れていってほしいの」
碧はポシェットから使い捨ての紙コップの取り出す。ちょうどそのタイミングで玄道が「鑑定師が着ました」と告げる。