13.戦うふたり(1)
ドームの中で夜を明かす予定だが、影勝は胸騒ぎがして寝付けずにいた。ドームの入り口は麗奈のスキルで鉄の扉ができてお、万が一モンスターは襲ってきたとしても時間は稼げるだろう。その間に迎撃態勢、もしくは影勝のスキルで逃げてしまえばよい。麗奈の目的は達成されているので戦わなくてもよいのだ。
「二十二時すぎか。疲れてると寝ちゃうけど、今日は走っただけだから疲れてないんだよな」
影勝もレベルが上がり体力も普通の人の倍以上になっているのでこれくらいでは疲れなくなっている。探索者の悪い影響ともいえるが、それは強靭な肉体とのバーターなので受け入れるしかない。
「ちょっと外の空気でも吸って落ち着いてくるかな」
影勝は布団ですやすや寝ている麗奈をちらっと確認し、スキルを発動させ鉄の扉明け外にでた。ドームの外は星明かりがやけに眩しく感じるほどの闇だった。
「どこを見ても真っ暗だ。文明のかけらもないな」
影勝は全周囲を見渡したが僅かな明かりも見られなかった。唯一は火山の噴火口が赤く染まっているくらいだ。
「あそこが明るいってのは、溶岩があるってことだよなぁ」
火口が明るいのは溶岩が高温発光しているからである。高温発光とは高温の物体からその温度によって可視光を含む電磁波が放射される現象だ。鉄が熱せられると赤く発光するのもこの原理である。
「いつ噴火してもおかしくないところのすぐ近くにいるのに胸騒ぎだけで済んでるのって、人間辞めてる実感があるな。でもこの体がないと霊薬は探せないんだ。納得しないと」
高校生の時分だったら近寄ることもしなかっただろう。噴火があっても逃げれば何とかなりそうだとぼんやり考えてしまうほどに、変わってしまったのだなと。
影勝の目的はあくまで霊薬だ。麗奈の依頼が終われば旭川に戻ってダンジョンの奥を目指す生活になる。
そんなことを考えていると地鳴りが聞こえ足元が揺れだした。
「地震?」
地震大国日本にいれば揺れたくらいでは慌てないがここはダンジョンでしかも範囲外である。影勝も腰を落としすぐに動けるように態勢をとる。地面からは強い縦の振動を感じる。
「地面にいてこれだけ揺れるってのはやばいな」
表は危ういと判断した影勝はドームの中に入る。こっちのほうが危険と思われるが実際は麗奈がスキル【錬成】で内部に鉄の半球をつくっているので断然安全だった。現に麗奈はこの地震でも寝ている。
『龍が暴れだしたな』
ランプに収まっているリドが言う。
「それはリドが抑えているんじゃ?」
『あの火山にいるのは龍の中でも力がある赤龍だ。本気で暴れだす奴は止められぬ』
止められていればミーシャが溶岩に呑まれることもなかったと。影勝は寝ている麗奈をゆすって起こす。
「んん、もう朝?」
「龍が暴れだしたとリドが言ってる」
「龍!」
麗奈ががばっと起き上がり、ささっと布団をつなぎの後ろポケットにしまい込む。その時、腹に響く爆発音と激しい横揺れが起こった。鉄のドームからガコゴツンと多数の岩が当たる音がする。
『龍が起きたぞ』
「こんな時に!」
見通しのきかない夜中に!と影勝は毒づく。ゴァァアアアアア!と怪獣映画で聴いた咆哮が鉄のドームを振動させた。
同時刻、桜島の近くにある鹿児島ギルドでは、当直職員が桜島の噴火の音を聞いた。奇しくも麗奈の兄芳樹だった。
「桜島が噴火した?」
芳樹はバタバタとギルドの入り口に走り、外に出る。ダンジョンがある姶良市は桜島のすぐそばにあり、外にいればその威容を見ることができた。桜島の火口が激しく赤光しており、噴火の空振が芳樹を吹き飛ばす。ギルドの入り口に叩きつけられた芳樹は這いつくばりながら建物内に避難する。
「イテテテ、桜島が大噴火したのか」
芳樹はスマホを取り出しギルド長の玄道に連絡を取った。
さらに同時刻、麗奈の家に宿泊している碧も大きな爆発音に気がついて外に出ていた。東風らも一緒だ。夜空が赤く染まっている。
「なにが起きた!?」
「……桜島が大噴火したそうです!」
スマホで緊急ニュースを見ている堀内が叫ぶ。
「噴火って、桜島はいつも噴火してなーい?」
「恵美、今回は大噴火です。姶良市内に噴石が降り注いでかなりの被害が出ているっぽいです」
「えぇ!? それまずいじゃん! ギルドもヤバいんじゃなーい?」
「か、影勝君……」
どうしようと思いつつ身体が動かないでいる碧のスマホが鳴った。
「鹿児島ギルド長の玄道です。お休みのところ申し訳ありません。市内の病院に大怪我の患者が多数運び込まれておりまして、お力を貸していただきたく」
「わ、わかりました。どどどこへいけば」
「芳樹君を迎えに行かせました。ギルド及び市内の病院にはポーションや傷薬の備蓄はあるのですが数百しかなく足りそうもありません」
「あああ旭川から多少の薬を持ってきてますけど」
碧はいつものポシェットを探したが部屋に置きっぱなしだ。あの中には影勝から分けてもらっていたアレがある。影勝が麗奈を連れてダンジョン外へ向かう際に念のために渡されていた。
傷薬は即効性がないけど、ギルドにハイポーションがあれば、何とかなるかも。
「ギギギルド長さん、あの、ギルドにハイポーションはありますか?」
「備蓄として五〇本ありましたが、すでに半数以上を使用しております」
「すすす数本あればなんとかできるかもしれません。ただわたしは医者ではないので治療はどなたかにお願いします」
「心強いお言葉ありがとうございます。ハイポーションは五本確保しておきます。他に必要なものはありますか?」
玄道の言葉に碧は数瞬思考する。
「おおおお大きなポリバケツと、鑑定できる方が欲しいです」
「鑑定?……承知いたしました。ギルドの二級鑑定師を呼んでおきます」
「よよよろしくお願いします」
通話を終えたと同時に駐車場にライトが走る。迎えの車だろう。止まったワンボックス車の運転席から芳樹が出てくる。焦っているのか額に汗が目立つ。
「椎名さん、申し訳ありませんが、助けてください」
ほぼ直角に腰を曲げ頭を下げる芳樹。
「碧さん、必要なものってある?」
「あああの香織さん、わたしのポシェットを持ってきてください」
「わかった! 勇吾も準備よ!」
「心得た。碧さんの護衛が俺たちが受けた依頼だ。皆行くぞ」
「おっけーーまぁぁぁぁる! 恵美さんは頑張っちゃうぞー!」
碧らは各自の荷物をもって車に乗り込んだ。
崩れた溶岩ドームから這い出た影勝は、噴火する山とそこから流れだす灼熱の溶岩流を見た。そして火山雷に照らされた異形の怪物のシルエットを見つけた。火口の大きさの約半分ほどの巨大なドラゴンだ。
「あれが龍ってやつか? ここから見えちゃうくらいバカデケーんだけど!?」
『完全に目覚めたようだな』
「ちょっと、のんきなこと言わないで逃げましょう!」
『無理だな。我がいる。抑えつけていた鬱憤でもあろう』
「どーすんだよ!」
ランプに収まっているリドに影勝がかみつく。麗奈は仇敵たるドラゴンを睨みつけている。あれが集落を、ミーシャを殺したのだ。
「あいつをやっつける」
『それしかあるまいな』
「皆の死、償ってもらう」
「ちょ、ちょっと麗奈さん!」
『あやつは知性もないデカいだけのトカゲだ』
「リドさんも!」
影勝が叫んだ瞬間、火口にいたドラゴンが長大な翼を羽ばたかせ舞い上がった。まっすぐこちらに向かってくる。
「やるしかないのか!」
影勝はリュックからイングヴァルの弓と矢を取り出す。麗奈はつなぎのポケットから巨大な鉄の塊を取り出し厚い板にした。
『レナよ、そんなものは溶けてしまうぞ』
「む、それは困る」
「そんな軽ーく言わないで!」
影勝は滑空するように迫りくる巨大なドラゴンに狙いをつける。彼我の距離は一キロほどだ。
「イングヴァルの記憶にもこんな場面があったなそういや」
不思議と恐怖はない。まずは様子見とスキル全載せで矢を射る。
イングヴァルの弓とスキル【加速】で極限まで速度を上げた矢は一条の光となった。スキル【誘導】によって避けようとしたドラゴンの首の根元に曲線を描き、スキル【貫通】で苦も無く突き刺さる。
多少よろめいたもののドラゴンは羽ばたいて体勢を整え、矢を射った影勝に向かってくる。ゴァァァと怒りの咆哮が大気を揺らす。
「やっぱ矢だけじゃ弱いか」
影勝はリュックの中を漁り、小瓶を取り出す。森のモンスターを生け捕りにしてドカン茸を爆発させ猛毒の胞子を詰め込んだ瓶だ。おかげでリニ草はダメになったが猛毒をゲットできた。
「彼氏、それはなに?」
「超猛毒です。こいつをあのトカゲにぶち込んでやれば多少は。矢に塗る程度では少ないかもしれないですけど」
「その瓶全部が入る矢があればいい?」
麗奈は手に持っていた鉄の板を地面に落としスキル【錬成】を行使する。ちょうどイングヴァルの弓に合いそうな短く太い鉄の矢が出来上がる。矢羽根すら鉄で、影勝も苦笑いだ。
「麗奈さん。この瓶を鏃に組み込めるように改造できますか?」
「簡単」
『来るぞ』