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12.火山に向かう影勝(2)

「この速度だと小一時間も走れば着きそうですね」


 影勝の予想よりも早くきそうだった。足場の悪い奇岩帯を人外な速度で走っているからこそである。

 そこからは会話もなく、無言で走った。ドーム型に膨らんだそこには七〇分ほどでついた。二〇キロ以上は離れているだろうから歩けば五時間ほどはかかっていただろう。


「かなりデカイ」


 それは遠めでもわかるほど大きく、おおよそ木造アパートがすっぽり入ってしまうほどだ。だが、完全に覆われていて中は窺えない。


「……間違いない。ここにある」

「入るとこがありませんね」


 麗奈がその岩肌に手を触れた。麗奈の探し物はこの中にあるようだが隙間のような穴は見当たらない。


「麗奈の力では開けられない……ここまで来た、中を見たい」


 麗奈が影勝に顔を向ける。その表情は期待と懇願が化学反応を起こしたようなものだった。


「穴があれば、ということか」


 影勝は自身のスキルを頭に羅列する。


「そうか、【束射】と【貫通】と【加速】を使えばいけるかもしれない」


 影勝はリュックからイングヴァルの弓と大量の矢を取り出した。


「彼氏、なにする?」

「穴をあけようかと」

「鉄の矢なら作れる」


 麗奈はつなぎの後ろポケットからユニットバスくらいの大きさの鉄の塊を取り出す。ドシンと地面に置いた。


「麗奈さんのそのつなぎって、マジックバッグも兼ねてるんですか?」

「そう。たくさん入る」

「お高そう」


 金持ちコワイ。


「矢の長さは」

「あっと、見本が。これくらいで」

「わかった、これと同じに。【錬成】」


 麗奈が鉄の塊に手を触れスキルを発動すると、短弓用の矢が形作られゴトゴトと地面に落ちていく。矢羽根すらも鉄なので影勝は苦笑いだ。三〇本ほどできたところで錬成をストップした。

 鉄の矢を手に取った影勝は木の枝とは全く違う重量を感じたが、それがイングヴァルの弓で射ることが可能と判断した。あの弓の張力は桁が違うため鉄の矢くらいでは誤差にしかならない。


「ありがとうございます。これでやってみます」

「礼は不要。すべては麗奈のわがまま」

「それでも、です」


 影勝は束になりかなりの重量になった矢の束を右手でつかみ弓につがえる。とても不格好ではあるが。


「開いてくれよ!」


 影勝は息を止め、矢の束を射る。イングヴァルの弓とスキル【加速】で爆速された鉄の矢の束は【束射】により円形に拡散し、スキル【貫通】で岩を爆砕した。力技である。

 内側に吹き飛ぶように岩に穴が空く。身をかがめば入れるほどの大きさだ。そこから薄いオレンジ色の光が漏れてくる。


「さすが碧の彼氏。開いた、入る」

「麗奈さんちょっと待って!」


 麗奈がすぐに穴に入ろうとするが影勝が肩を掴んで止める。空気が音を立てて穴に吸い込まれている。内部の空気が薄かったようだ。空気の流入はすぐに止む。


「外気が入ったから酸素も大丈夫だと思います」

「じゃあ入る」


 待ちきれない麗奈は身をかがめて穴を潜る。麗奈の影でオレンジの明かりが弱くなった。中はそれほど広くはないようだ。影勝も麗奈の後に続く。

 ドームの中には何かの建物があったのか柱石が規則的に置かれており、その中心には石の炉がある。それ以外は何もない。

 その炉には小さな火がともされ、麗奈はその前に膝をついて屈んでいた。


『ヒトがなぜここにいるのだ。とうの昔に滅んだはずだが』


 麗奈が向かい合う(ともしび)から低い声が聞こえた。


「リド、無事だった」

『我の名を知るお前は……その()、ミーシャか』

「そう。いまは麗奈」

『なるほど、()()()()()()ようだな』


 麗奈と(ともしび)が会話をしている。森の中の泉で精霊のカエルと会話をした影勝でもぎょっとする光景だ。


『そこにもヒトがいるのか。番か?』

「あれは他の女の番」

『他にもヒトがいるのか』

「彼は森から来た」


 麗奈が手招きするので影勝はおっかなびっくりその灯に近づく。灯は炎そのもので、どこから声が出ているのは全くわからない。


「リドは精霊。悪意にしか牙をむかない」

『我に名などないが、こ奴らは我をリドと呼ぶ。お前もそう呼ぶがよい』

「えっと、近江影勝といいます。リドさんよろしくです」

『お主からは他の精霊の残滓を感ずる。何かに逢ったであろう』

「泉にいるカエルに会いましたけど」

『森から来たと言ったか、然もありなん』


 灯は揺らめいた。影勝にはそれが感情に思えたが、何を示しているかはわからない。あちらもこちらも精霊というならば、なにか(えにし)があるのだろう。


「リド、皆は」

『龍の怒りに呑まれた。ここしか残っておるまい』

「……そう」


 麗奈が悲痛な顔になる。


『ミーシャよ、炉の裏を見よ』


 リドが言うとおりに麗奈は炉の後ろに回る。柱石に寄り添うように、金鎚が置かれていた。麗奈は息をのむ。


「これ、()()()()()。これが呼んでた」


 麗奈はそっと金鎚を持ち上げ、胸に抱いた。

 その声は麗奈のものだったが、影勝は麗奈ではない何かの言葉と認識した。彼の中にいるイングヴァルのような、なにかだ。


『道具は持ち主が持ってこそであろう。持って行くがよい』

「……リドはこのまま?」

『我が龍を抑えておる。我が離れればまた龍が暴れるであろう』

「ここは誰もいない。龍が暴れても問題ない」


 麗奈はそう言うとつなぎの後ろポケットに金鎚をしまい、代わりに手のひら程度の鉄を取り出した。


「【錬成】」


 スキルを使用し、手のひらほどのランタンを作り上げた。形は無骨で意匠もガラスもないが、それは麗奈自身を現しているようにも見えた。


「リド、ここに入って。連れていく」

『ミーシャよ、我の話を聞いておったか』

「聞いた」

『……まっこと、ミーシャであるな』


 麗奈はリドを見つめている。灯が小さく揺らめいた。なんとなくため息をついたんだと影勝にはわかった。それと、麗奈の中にいるミーシャもまた人の話を聞かないことも。


『……まあよい、外に行くのもよかろう』


 灯が宙に浮き、ランタンの中に納まった。


『ここにあるものは持っていくとよかろうが、みな熱でやられた』

「リドが無事だった。僥倖」

『ミーシャも難しい言葉をつかえるようになったのだな。感慨深いぞ』

「教えてくれたのは兄さん」

『ほう、根気強い男なのだな』

「む、麗奈、バカにされた?」

『おぬしの兄を褒めただけだ』


 交わされる会話からリドという精霊はミーシャのことをよく知っていると感じるが、弄っているようにも思える。あのカエルもそうだったがなぜ人間臭いのだろうか。

 知性があるからこそのユーモアだろうが、では彼らはその知識をどこから得たのか。


「ダンジョンに戻る」


 麗奈が立ち上がったので影勝はスマホで時間を確認する。現在時刻は十四時を回っていた。いつの間にか昼も過ぎている。予定よりは早いものの日帰りは無理だと影勝は判断した。ダンジョンで夜があるのならばダンジョン外でも夜はあるのだ。


「麗奈さん、今から出ると戻るまでに暗くなってるかも。正直、暗闇であの岩は厳しいかと」

「む。仕方ない、ここで野営」

『ミーシャよ、この中なら雨も入らぬ』

「そうする。それとミーシャはいるけど麗奈は麗奈」

『レナ、だな。今後はそう呼ぼうぞ。そこなヒトのオスはオウミカゲカツと言うたか』

「あ、影勝と読んでもらえれば」

『カゲカツ。あい分かった』


 ランタンの中のリドは満足そうにうむうむとつぶやいている。何が満足なのだろうと影勝は思うが、自分ではわからないことだと早々に思考を放棄した。ここで住んでいたふたりにしかわからないことなのだろう。

 溶岩ドームの中で夜を明かすことになった影勝はリュックに入れておいたブルーシートとマットレスを取り出し邪魔にならない場所に置く。麗奈はつなぎの後ろポケットから布団を取り出した。


「麗奈は布団がないと寝られない」

「ブルーシート出すんで下に敷いてください。布団が汚れちゃいます」

「ありがとう、たすかる」


 麗奈がほほ笑んだ。どこか憑きものが落ちたかのような表情だった。

 影勝がリュックからテーブルなどを出していると、麗奈がドームから出ていくのが見えた。そういえばトイレがないと気が付き尋ねるのは無粋かと思ったが何かあっても困るので影勝は外を覗く。夕日に赤く染まった奇岩が広がる荒野に強い風が駆け抜けていた。

 そんな中に赤い髪を風にそよがせている麗奈がぽつんと立ち尽くしていた。


「麗奈さん、なにを?」

「花を、手向ける」

「俺も行きます」

『我も連れて行け』

「あ、はい」


 ドーム内からリドの声が聞こえたので影勝は中に戻りランタンを持って外に出る。いつの間にか麗奈の手にはひと房の銀杏の花があった。東京育ちの影勝はよく見た花だが普通に見ることは少ないだろう、白く小さな花だ。


「【錬成】」


 麗奈がスキルで小さな鉄の献花台を作る。麗奈は屈み、その花をそっと載せた。安らかにと手を合わせた。


「ここは鉄の民の末裔が住んでた。ミーシャはここで鍛冶をやっていた」

『我をよく使っておったな』

「リドの炎で溶かした鉄はよく言うことを聞いてくれる」

『その話も久しいな』

「あれからどれくらいたった?」

『さぁて。三度(みたび)龍が暴れた』

「それまでひとりぼっち、ごめん」

『気に病むことはない』


 強い風が銀杏の花を吹き飛ばし、空中でバラバラになり、奇岩の荒野に散っていく。


『見たことがない花だ』

「銀杏の花。鎮魂の意味がある」

『そうか』


 それっきり言葉が消えた。影勝は奇岩の荒野の奥にある火山を見つめていた。

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