12.火山に向かう影勝(1)
我慢できずに先走った麗奈を影勝は追走する。麗奈は生産職ではあるが二級探索者だ。身体能力も三級探索者並みかそれ以上になっている。麗奈は足場の悪い岩場ではなくところどころにある大岩に乗っては大ジャンプで先の大岩に飛び移り疾走していく。影勝も全力で同じように追いかけるが差が縮まらない。
「マジかよ。へたすると俺が足手まといだな」
追いかける影勝の視界に口を大きく開けた岩トカゲの姿が入る。走りながら弓を構え射る。矢は銃弾並みの速度で岩トカゲの眉間に突き刺さり、倒せたかを確認する前に岩トカゲは視界から消えた。
「魔石がもったいないけど仕方ない」
先行している麗奈に置いていかれる方が問題だと自分に言い聞かせる影勝だ。
麗奈は岩トカゲを無視しているのか、ちょこちょこ出てくるのですべてに矢をお見舞いしていく。そのすべての結果はスルーだ。もったいないお化けが出かねない。
先行していた麗奈が立ち尽くしていた。まだまだ手前の山すら遠いがそこが境界らしい。
「ここから先、いけない」
彼女が空中をノックすると硬質な音が響く。影勝もそっと触れてみた。実は境界に触れるのは初めてである。
「金属みたいに固い。押してもびくともしないな」
「ミサイルでも壊れない」
「……自衛隊が試してないわけがないか。じゃあここからスキルで」
「わかった」
麗奈が影勝の右手を取る。
「あなたの左手は碧専用」
「専用というわけでは」
「専用。碧、怒る」
「ア、ハイ」
なんで俺が怒られるんだろうと疑問を抱えつつ影勝はスキルを発動させる。薄い膜につつまれる間隔になり、空気が遠くなる。
「うん、これ」
麗奈が境界だった場所に手を伸ばすと素通りする。影勝も触れようとするがそこには何も感じられない。
「急ぐ」
「え、ちょ麗奈さん!」
右手をぐいと引っ張られ影勝はバランスを崩しかけるが麗奈に負けない速度まで加速した。崩れやすい岩場を二人は駆けていく。が影勝はふと、境界を越えたから手を放しても大丈夫じゃ?と考えた。実際、影勝と碧は精霊の泉でスキルを解除した状態でいたのだ。
「麗奈さん、もうスキルを解除しても大丈夫です」
「ん。そう」
麗奈はあっさり手を放した。
「じゃあ、解除」
影勝がスキルを解除すると距離を感じた空気が戻ってくる。音もクリアーになり、やや肌寒ほどの空気に触れ影勝はぶるっと震える。
「寒いって程じゃないけど、気温が下がってる気がする」
「ミーシャがいた集落は寒かった」
麗奈が歩き始める。影勝も追いかけて横に並んだ。火山までには低い山がある。手前の山までは一〇キロほどだ。
「今日中に目的地には着きたいですね」
「……走らないと間に合わない」
麗奈は駆けていくが影勝も予想はしていたので遅れることなくついていく。ごつごつした石と岩が転がる下り斜面を二人は駆けていく。フルマラソンのランナーが走る速度程だ。
「山は迂回した方が良いと思うんですけど」
「山頂から向こうを見たい」
依頼主からの要望だ。影勝としては岩場の山道よりは平地の方がマシだと考えていたが。
「……登りますかー」
影勝はそっとため息をついた。
手前の山までは三〇分ほどでついた。低い山とはいえ三〇〇メートルはありそうに見えた。まともに登れば小一時間はかかるだろう。
「近道造る」
麗奈が両手を前に突き出し【製錬】とスキルを発動させると地鳴りと共に岩場からおびただしい数の大きな杭が飛びだす。その杭は連なってまっすぐ山頂に向かっていた。
「鉄の道」
「麗奈さん、これ道って言わない!」
「碧の彼氏、ともかく走る」
麗奈は飛びあがって一番手前の杭に降りると、跳躍して次の杭に飛び移る。置いていかれるわけにはいかない影勝は同じように杭に飛びあがり、次の杭めがけて飛んだ。大きな杭だが足より少し大きい程度で踏み外せば転落して岩にゴツンだ。慎重を期して動体視力に鞭打つ。
「くそッ! 麗奈さんスパルタすぎる!」
おかげで山頂までは三分で着いた。山頂は岩のみで雑草の影すらない。影勝は息も絶え絶えに山頂にある大きな岩に背を預けへたり込んでいた。
「近道、早い」
「麗奈さん、体力も、パネえっ、すね」
「鉄重い。錬金、体力使う」
「あー、納得、しました」
錬金するために鉄を持ったり作製した武器を振り回す麗奈は下手な前衛よりも体力があるのだ。
「あんな杭も作っちゃうなんて、錬金術師はすげえな」
「錬金術であれはできない。できるのは【鉄と遊ぶ女】の麗奈だけ」
「あ、麗奈さんもそれかー」
影勝はこちらも納得した。やはり自分と同類の名持ちだった。ただ、思ったよりも名持ちと遭遇する機会が多い。日本に、世界にはどれだけいるのか。どうしてそんなにいるのか。
「やっぱり……」
影勝が思考に沈んでいる間に麗奈が火山を見つめつぶやいた。影勝は麗奈の横顔を見て、そして火山に顔を向けた。今いる山の裾野あたりから様相が変わっていた。
今いるのは岩場だ。大岩から小石まで様々な石で形成されているが、見ているのは奇岩しかない荒野だ。
群馬県に鬼押出しという土地がある。溶岩流が冷えて固まった地形だ。影勝の目に映るのはまさにそれだった。生命の気配すらない死の荒野が火山まで続いているのだ。
「溶岩が固まったあとか……寒々しい」
植物オタクのイングヴァルでなくとも眉を顰めたくなる光景だった。
「あの中で、ミーシャは死んだ」
「死んだ!?」
「だから、行きたい」
麗奈は山を降り始めた。
「死んだ……ここで? ダンジョンで!?」
影勝は困惑に立ち尽くした。
「どういう事だよ……」
麗奈の記憶の主がそういうのならば、麗奈ならば信じるだろう。陰勝も、イングヴァルが知っているダンジョン内の植物を事実であると疑わなかったように。
なぜそれが事実だと信じたのだろうか。おかしいと勘付けなかったのか。
だが、彼の記憶にある植物は、確かにその効能があった。ラスト草は牙イノシシに有効であり、レニ草は万能毒消しになった。
「ダンジョンと記憶の主は、同じ世界に存在したのか? でもどうして」
思考の深淵に沈む影勝だが視界に赤いツナギが入り我に帰る。「やっべ、置いていかれる」と影勝も走り始めた。小石が転がる不安定な地面は避け大岩を選んで跳躍していくが麗奈の背中は遠くなるばかり。
「しゃーない、ここは魔法で」
魔法とはオークションで得た【空中歩行】の魔法だ。影勝は岩の上に立ち止まる。
「道がある、道がある、道がある」
影勝は御経のように唱えながら今いる岩から火山に向かう真っ直ぐに伸びる道を想像した。魔法職でもない影勝は走っていては魔法の行使ができない。深呼吸で息を整え意識を空に集中させると影勝にはうっすらと幅二メートルほどの道が見えた。
慎重にゆっくりその道に足を乗せる。足裏に硬い確かな感触を認めた。
【空中歩行】の魔法は何もない空間に道を意識することでその上を歩くことができる魔法だ。もちろん走ることもできる。ただし、意識し続ける必要があるので他の動作ができないという欠点もある。魔法職なら可能だろうが影勝はそうではないしまた魔法に慣れてもいない。
「道、ある、大丈夫、走れ、る!」
自分に暗示をかけながら影勝は走り始める。求められる集中力は大岩を八艘飛びしていくのとどっこいだが速度はこちらが断然上だ一分ほど追いかければ麗奈に追いつく。影勝は麗奈と並走し始めた。
「む、彼氏、それなに」
「ま、ほう、です」
影勝に気がついた麗奈が胡乱な目を向けてくるが集中しなければいけない彼には余裕がない。
「面白そう。落札すればよかった」
「みどり、さんが、おとし、ました」
「……そう。彼氏のため。麗奈わかる」
低山を駆け降りるのはあっという間だった。一分もかかっていない。ふたりは岩場と溶岩の境目に立っている。ごつごつとした奇岩と風化した砂礫で足元は最悪だ。遠くに見える煙を吐く火山も相まって地獄に見えた。
「山が火を噴く前、大地が大きく揺れた」
麗奈が火山を見つめながらつぶやいた。
爆発地震である。爆発的に噴火する際に起こる地震だ。火山の周囲を埋め尽くすほどの溶岩を吹き出した大爆発が起きたのだろう。
「それに呑まれたってことですか?」
「たぶん。ミーシャの記憶はそこで終わってる」
麗奈の言葉に、影勝も思い当たるものがあった。イングヴァルの死の記憶は、麻痺していた時にモンスターに襲われた場面だった。
ミーシャが死んだのは鹿児島ダンジョンあらば、イングヴァルは旭川ダンジョンで死んだのだろうか。それは、どこだ?
影勝の疑問は増していくばかりだ。
「ともかく、行く」
「ですね」
考えているだけでは解決しない。解決しない方が良いとも思いつつふたりは駆けだした。時間は有限だし、帰還が遅れれば碧が心配するのだ。
奇岩を足場に一〇〇メートルを一〇秒ほどの速度で疾走していく。モンスターの姿はなく、襲われることもない。影勝は上空に気を配りながら火山に向かい走る。
「景色が変わらないと感覚がバグるな」
「もう少し。あそこの盛り上がってるところ」
走る麗奈が指さす。そこは火山の麓から少し離れた場所で、不自然に丸く盛り上がっている岩山があった。もちろん奇岩ではあるが明らかに何かを覆っている形だ。