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11.南へ飛ぶ影勝(4)

 麗奈は焦っているのかどうも先を急いでいる感が強い。ゲートをくぐって体育館のような部屋に戻ると、ゲートわきに芳樹が立っていた。


「おかえりなさい。ダンジョンはどうでした?」

「岩だらけで驚きました」

「森林ダンジョンの旭川から来られたらなおさらそう思われるでしょう」

「早く家に行く」

「麗奈。気が急くのはわかるけど、このようなときは少し待って会話に入れそうなタイミングを見つけるといいよ」

「う……わかった兄さん、麗奈落ち着く」


 兄に諭された麗奈はしゅんとした。しおらしい彼女を見るのは初めてで、こんな面もあるのだと意外に思う。


「麗奈さんはお兄さんのいうことは必ず聞くんだな」

「麗奈さん自慢のお兄さんなんだって」


 碧に説明され影勝も納得だ。

 落ち着いた麗奈に先導され駐車場に行けば先ほどのハイヤーがいた。皆で乗り込み麗奈が行き先を教えている。


「影勝君、火山に行くのにどれくらいかかりそう?」


 心配そうな碧が聞いてくる。向かう先の危険度が不明なので碧は留守番だ。その代わり鹿児島薬師会とう薬師の集まりで指導をすることになっている。


「見た感じ、火山のふもとまで一日かかりそう。向こうでの用事が不明だけど、往復で三日ってとこかな」

「そ、その間、麗奈さんとふたりっきり……わたしはダメなのに、ずるいー」


 碧が頬を膨らませてむくれてしまった。リスか!と突っ込みそうだった影勝だがこれはこれでかわいいので記憶に残さねばと脳内メモリーに記録した。

 車で走ること一〇分ほどで麗奈の自宅につく。麗奈の自宅は、見た感じ旅館だった。木造二階で広い駐車場もあり、エントランスから入れば年嵩の女将が出迎えそうな、そんな雰囲気抜群の旅館だ。


「旅館みたいだな」

「気に入ってた旅館が廃業すると聞いて買った」


 影勝がぼそりつぶやくと、さも当たり前のように麗奈が答える。部屋がたくさんあると言っていたが納得である。日々どうやって生活しているのだろう。


「大浴場は温泉。板前はいないから自炊。部屋割は任せる」

「じゃあ女子は同じ部屋で! 憧れの女子会ってやつー! もちろん麗奈さんも一緒だよ!」

「恵美! いきなり距離が近すぎます!」

「女子会……女子会……」


 片岡に女子会と言われ、麗奈が考え込んでいる。片岡のやらかしに堀内は額に汗をかきハラハラを隠せない。


「コイバナで盛り上がりましょー!」

「……うん、女子会。やる」


 片岡の勢いに麗奈が頷く。碧も嬉しそうにはにかんでいる。麗奈も碧もこんな機会がないのだ。男子チームは「頼むから失礼なことしないでくれよー」と天に祈りをささげるしかなかった。

 玄関は旅館当時のままで、軋むガラス戸を開ければ昔ながらの受付台がある旅館だ。土産屋こそないが形跡はある。そこは冷蔵庫が並び、各種飲料が冷やされている。すべて麗奈が飲むのだ。

 玄関で靴を脱いだ一行は麗奈に先導されて板張りの廊下を歩く。左右に木の引き戸があり、旅館当時は客室だ。


「廊下の先が風呂。部屋はこことここが使える」

「じゃあ、こっちが女部屋でそっちが男部屋で!」


 ちょうど廊下を挟んで向かい合う部屋だ。


「荷物をおいたら風呂。かけ流しだからいつでも入れる」

「おんせーん!」

「温泉楽しみ」

「影勝君、あとでね!」


 麗奈は自室に、女子組は部屋に入っていった。影勝ら男子組も部屋に入る。上がり(かまち)があり、下駄箱と洗面台がある。奥は十二畳ほどの畳の部屋でトイレはない。どうやら共同のようだ。


「ほんとに旅館だ」

「旅館なんて初めてだ」

「写真とかでしか見たことないですからね」


 影勝は幼いころに旅先の宿で泊まったことはあるが東風と堀内は孤児ゆえに初体験だ。畳の部屋には押入れがあり布団もある。糊のきいたシーツもあるので今日のために用意したのだろう。おそらく芳樹が。

 影勝はリュックから着替えなどを取り出すしていると、ドンドンと戸が叩かれる。


「賢ちゃーん、着替え返してー」

「あ、かばんはこっちにあるんでしたね」


 堀内がマジックバックをもって玄関に行った。


「俺たち遠出なんて初めてでさ」


 東風が苦笑いをした。


「賢ちゃん見てこれ、ブラとパンツがお揃いでかわいいでしょー」

「恵美、下着は見せなくっていいですから」

「賢ちゃんに見せる用なんだけどなー。そうはいっても賢ちゃんはむっつりだしー」

「ちちちがいますよ!」


 片岡と堀内が騒いでいる。陣内はすんなり自分の荷物を取ったようだ。顔を赤くした堀内が帰ってきた。


「まったく、恵美は恥じらいというものがありません」


 怒っているが口もとのにやけを隠せていない。むっつりめ。


「俺らも風呂にいこう」

「ちょっと楽しみなんだよな」

「僕もです」


 三人は着替えとタオルを片手に廊下に出た。女子組ともばったり会ったので一緒に風呂へ。


「賢ちゃん、覗いちゃダメねだからねー」

「覗きません」

「か、影勝君もね?」

「俺も温泉にゆっくりつかりたいから覗きはしないって」

「勇吾もだよ?」

「わかってるって」


 男子組の信用はないらしい。廊下を行った先に赤と青の暖簾が見える。近くには湯上り休憩の和室もある。赤いつなぎの麗奈もいた。男女に分かれて暖簾をくぐった。

 板張りの脱衣所には木棚と籠がある。影勝はぽぽいと服を脱ぐ。長身細マッチョな裸体を惜しげもなく見せつける。


「近江君の体は引き締まってますね」

「賢一は鍛えたほうがいいぞ。恵美は筋肉が好きなんだろ?」

「考えておきます」


 三人はタオルを持って浴場に入る。浴場は洗い場が五つに一〇人ほどが入れる湯舟があった。かけ流しのお湯がトポポと注がれており、湯気がほのかに立ち上がる。

 ただ女湯との壁は上部で筒抜けになっており、向こうの声も聞こえていた。


「うわ、麗奈さんのおっぱいでかすぎー」

「あなたも大きい」

「むむむ胸だけが魅力じゃないもん」

「そういう碧さんもおっぱい大きいじゃーん。影っちも大満足!」

「そそそうかなあ」

「……ほどほどがいいのよ、ほどほどが」

「カオリンは勇吾にもんでもらえばいーじゃん!」


 男三人は聞き入ってしまった。もしかしたら()()()()()()のかもしれないが。

 影勝は思わず碧を想像してしまいそうになるが素数を数えることで回避した。男三人は黙って体を洗い、速攻で湯船につかる。男子は色々大変なのだ。


「あぁぁぁ温泉が体にしみるぅぅぅぅl」

「はぁ、広いお風呂はいいですねぇ」

「あーなんかもう出たくないな」


 湯船のへりに後頭部を預けた格好のあざらし(男子)三匹がわめいている。声を上げていないと壁の向こうから姦しい会話が聞こえてしまうのだ。

 のぼせる前に上がった男子三人は休憩所で大の字になっていた。髪を乾かすなど女性のほうが時間がかかるのだが、部屋が違うのに残っているのは湯上り女子を見たいからだ。


「いい湯だったー」

「ねー、気持ちよかったねー」

「もももっと入っていたかった」

「碧の長風呂。寝てるから」

「おおおきてるもん!」


 のれんをくぐって四人が出てくると男子三人はぴくっと反応する。むっくり起き上がり目当ての女子の姿に視線を向ける。

 まだしっとりしている髪を下ろしたままで、しかも浴衣だった。閉まる前の旅館のものだろうが、不意打ちには強すぎた。碧と麗奈はいつもの恰好だが。ちなみに、風呂上がりであればオークションの時に同じ部屋(寝室は別)だったので影勝の脳内メモリーには限界まで録画されている。


「あれ、恵美がおしとやかに見えますね。僕のメガネが壊れたかもしれません」

「浴衣の香織なんて初めて見た」

「碧さんはいつもの碧さんだな」


 そんな男どもの欲望など知らぬ風で女子は部屋に戻っていった。

 夕食を食べ、探索者による超越卓球でひとしきり遊んだ後、明日も早いので男女分かれて部屋に戻る。もちろんこれで寝るなんてことはない。片岡希望の女子会だ。頭を突き合わせるように二列に布団を並べ、枕を抱きながらの駄弁りである。

 碧と麗奈は若干アルコールが入っている。もちろん、部屋飲みであり影勝にはその姿を見せていない。なお成人は十八歳からであるが金がない片岡と陣内に飲酒の経験はない。


「女子会だー」


 片岡が布団の上をゴロゴロ転がり開始の狼煙を上げる(プレイボール)。碧がパチパチと拍手をすると麗奈も続く。


「恵美、女子会っていうけどなにするの?」

「カオリンはわかってないなー。気になる男性の話に決まってるじゃーん」

「なによー、恵美は賢一ってわかりきってるから話も何もないじゃない」

「あたしは賢ちゃん一筋だもーん。五歳の時にファーストちゅーは奪ったもんねー。それを言うならカオリンは勇吾じゃーん」

「わたしはじっくり攻め落としてるからいいの!」


 女子会は開始から躓いた。初球ボークというところだ。


「じゃあ碧さんからでー」

「わわわたし?」


 片岡から牽制球がドストレートで投げ込まれた。


「近江君とはどこまでいってるんです?」


 陣内もドストレートに聞いた。


「どどどどどこまでって、うううちで夕飯食べたり、いいい一緒に森に行ったり調合したり、かかか影勝君のおかあさんの病院にいったり」

「両家公認だー」

「お互いに呼び方も名前呼びだし、がっちり逃さないって感じ」

「碧の彼氏、碧が好き。わかる」

「そそそそそそんなことは。まままだ彼氏じゃないし」


 真っ赤になった碧は防戦一方だ。


「もう彼氏同然」

「でででも今回はふたりじゃダメって」

「婚前旅行は()()ダメってことでしょー」

「昨日ギルドにいた探索者になりたての女の子も近江君を見てたし。早く確保したほうがいいと思いますよー」

「えぇぇぇぇえ! ほほほんとに!?」


 陣内に煽られ明らかに狼狽する碧は塁と塁の間に挟まれたらランナーだった。タッチアウト寸前である。


「でも、煽るなら影っちのほうじゃーん」

「だよね。やっぱり男子から来てほしいよね」

「そそそそうだよね。影勝君から言ってほしいな」


 そして丸め込まれ既成事実化していた。ゆであがった碧を仕留めたので次は麗奈の番だ。


「麗奈っちさんのお気にな男性はー?」

「………………兄さん」


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