11.南へ飛ぶ影勝(3)
「本日は高田の願いを聞いていただき、誠にありがとうございます」
「ありがとう」
六人に視線を送り深々と頭を下げる玄道と麗奈。フリーズする幌内レッズの四人。
「麗奈さんの依頼ですし、なんか理由がありそうな気もしましたし」
「麗奈さんのお願いだもんね」
オークションで教育された影勝と慣れている碧は平常運転だ。碧はポシェットから薬草茶と人数分の紙コップを取り出し注いでいくほどだ。「わ、私がやるから!」と慌てた陣内が代わりに配っていく。
「まずは高田君から説明を」
玄道から促された麗奈が小さく頷く。
「麗奈の中にいる【ミーシャ】が、ダンジョン一階の遠くに見える火山のふもとに行きたいと言ってる」
影勝は麗奈が言わんとしていることを理解した。これは自分にしかできないなと。ただ、これを東風らに知らせてよいのか判断がつかない。ダンジョンの境界を超えることが可能だという事実は、各ギルド長くらいしか知らない超機密だ。
「補足すると、【ミーシャ】は高田君の職業です。ダンジョンの一階から見える火山が彼女の記憶と一致するらしいのです」
玄道が引き継いだが内容がすでにやばいので影勝は手を挙げた。幌内の四人は話についていけずポカーンと口を開けている。
「内容は大体理解できました。で、期間はどれくらいを考えればよいですか?」
「ダンジョンに入って見て欲しい」
「実際にダンジョンで見てもらった方が早いかもしれませんね」
高田の説明が足りないので玄道が都度補足していく。
「それと報酬についてですけど、どうしたらいいですかね」
「欲しいものは、ある?」
「現金にしてもよいのですが――」
報酬について玄道が言いよどむ。影勝を呼びつけるということは影勝の価値への対価である。妖精の秘薬を考慮すると莫大な金額になってしまうのだ。影勝も察した。
「あー、鹿児島でしかとれなさそうな薬草とか鉱物とか採取してもいいですかね」
「それだとこちらに利がありすぎますね」
「碧の彼氏、欲しい武器はない?」
「武器、ですか」
麗奈が提案してきた。普通の探索者であればメイドバイ高田製作所の武器をもらえれば大満足だろうがあいにく影勝は相棒を得たばかりであり、他に武器を使っていない。
「ないんですよねぇ……強いて言えば金属製の矢、ですかね」
「ではそれを創る。材料はこちらで考える」
「それでお願いします」
あっさり決まってしまい、聞くだけだった東風などは「マジかもったいない」と嘆いていた。新人である彼らがメイドバイ高田製作所の武器をふるえる機会などまず来ないだろうから。
「宿泊先ですが――」
「うちに泊まればいい。部屋はいっぱい余ってる。ダンジョン近い。温泉もある」
「――それか市内のホテルかですが」
影勝に選択肢が突き付けられた。普通に考えれば若い女性の家に大勢で押し掛けるのは無しだけどと碧をチラ見すれば、嬉しそうな笑顔で迎えられてしまう。あと温泉があるというのはなぜだろうか。
「麗奈さんちがいいな!」
「……でお願いします」
影勝の行動に玄道は苦笑いだ。こんな時の決定権は影勝にはないのだ。
「早速ダンジョンに行く」
これで話は終わりとばかりに麗奈が立ち上がる。彼女の心はすでに次に行ってしまっていた。
「高田君、彼らは来たばかりです。少し休憩しても」
「いや、大丈夫ですよ。長く椅子に座ってたんで体がなまってしまってますし」
玄道が諫めるが影勝は横にいる東風らを見ながら無用と答える。様子見とはいえダンジョンに入るのは予定に入っている。
「やーーっと入れるー!」
片岡が両手を万歳してうーんと伸びをする。片岡はさぞかし待ちくたびれたろう。影勝も立ち上がる。
「片づけはギルドでやっておきますから、ダンジョンへどうぞ。高田君が待ちきれないようなので」
「ありがとうございます。ちょっと見てきますね」
ぺこりと頭を下げて会議室を出た。
先行する麗奈についていくと体育館ほどの大きな部屋に入った。そこにはゲートがあり、周囲には探索者の姿がある。待合場所でもあるようだ。
「みなここで準備をして中に入る」
「なるほど。じゃあここで準備をしよう」
麗奈に教えられ、影勝らは武具をつけ始める。影勝はいつものジーパンに黒のパーカー姿でもはや防具もつけずイングヴァルの弓と矢筒を出すだけで、碧は緑まみれの白衣姿だ。
東風らの装備品は碧が貸した小さめのマジックバッグに入れてあった。小さいといっても容量は五立米あり影勝のよりも高性能だ。買えば数百万はする。
「お前ら見ねえ顔だな」
「なんだ防具もなしに」
チャラそうな男ふたりが寄ってきた。影勝は碧を背に隠す。チャラそうだが防具はきっちり装備しているあたり、まじめな探索者ではあるのだろう。軽装すぎる影勝が気にいらないのかもしれない。東風たちが気が付き武器を手に寄って来る。
「はいはいちょっと待ってねそこ待ってください!」
ギルドの制服を着た男性が影勝とチャラ男の間に割り込んできた。男性にしては背が低く、前に立って壁になっているようだが影勝の顔は丸見えだ。
「ギルド内でのもめごとはご法度です。知ってますよね?」
「俺らはこいつらが防具もつけないでダンジョンを嘗め腐ってるから指摘しただけだぞ?」
影勝と碧は顔を見合わせた。まったくその通りなので反論できない。舐めているわけではないのだがこの恰好が最適解なのだ。
「まぁまぁ落ち着いて、ね?」
「すまない、今日ついたばかりで、一階を見るだけなんだ」
「ダンジョン自体が危険地帯だっつーの」
ギルド職員が宥めるも正論で反論され、影勝はどうしたものかと考える。
「ふたりは生産職。見るだけだし問題ない。護衛に彼らもいる」
麗奈が割って入る。完全武装の東風らを指さして。
「なんだ、生産職か」
「一階でも気を抜くなよ」
正論な捨て台詞を吐いてチャラ男は部屋から出ていく。彼らも辛酸をなめているのだろう。正論なだけに影勝も胸が痛い。
「すみません。彼ら口は悪いんですが、探索には真摯なんですよ」
ギルド職員の男性が影勝を見上げている。眼鏡の優男で気弱そうな印象だがもめ事になりそうな場面で割り込む勇気はあるようだ。
「いえ、ありがとうございます。さっきここに来たばかりでルールとかよく知らなくてすみません」
「いえいえこちらこそすみません。椎名堂さんに何かあったら僕の首だけじゃすまないので」
眼鏡のギルド職員は額に汗をかいていた。
「兄さん、お疲れ」
「あぁ麗奈もお疲れ様だね」
すっと麗奈が入ってきた。しかも彼を兄と呼んだ。影勝は二人の顔を見比べたが、似ていない。髪の色は染めれば変わるだろうが顔の作りに共通な部分が見られない。彼の顔はふつうレベルだ。
「あ、麗奈の兄で高田芳樹といいます。ここの職員です」
「兄は付与師」
「付与師をやってました。あ、お邪魔してすみません、ダンジョンにどうぞ!」
彼、芳樹はにこやかにゲートを指し示す。片岡は待ちきれないのかゲート前にいた。大雪時の犬である。
「とりあえず行こうか」
「やったー!」
片岡がゲートに飛び込み影勝と碧が続く。ゲートの先は、岩場だった。緩やかな斜面にごつごつした大きな岩がそこらに転がっている。植物の姿はなく、全方位が山で囲まれておりその山もすべて岩山だ。空も曇天で寒々しい景色だった。
「旭川と全然違う」
「うわー、でっかい岩! あたしの何倍ある?」
「この階のモンスターは、岩猿と岩トカゲみたいです。五級でも倒せるので、まぁ大丈夫でしょう」
「荒涼としてるわね」
幌内の四人は感想を口にする。影勝もおおよそ同じだ。岩に隠れられるので影勝としてはやりやすい環境だ。薬草どころか植物もないので碧は寂しそうな顔をしている。
「あの山」
麗奈が指し示す先には細長い煙を吐き出す火山があった。孤高の富士山のように単体の山だがその手前には低い山がある。歩いていくしかないが、日帰りは無理と思われた。
麗奈はその火山をじっと見つめている。
「トカゲです、三匹!」
「らっしゃー!」
影勝は堀内と片岡の叫びで我に返った。一〇メートルほど先に体中に岩を張り付けたような大きなトカゲがいた。大きな口を開け威嚇している。
片岡はすでに突撃しており、東風は陣内と堀内をかばう位置にいた。影勝も碧を背後に隠し矢をつがえる。
「どっせーぃ!」
片岡がフルスイングしたハンマーが岩トカゲの腹にあたり、岩トカゲを吹き飛ばす。影勝は一番遠くにいる岩トカゲに矢を放ち、目に突き刺した。
「サンダーアロー!」
堀内が放つ魔法が影勝の放った矢に当たり、内部から感電させ、岩トカゲの口から煙が立ち上る。岩トカゲはそのまま倒れ光と消えた。残りの二匹も片岡のハンマーと東風のスキルによって倒され光と消える。
「硬いけど、それだけかなー」
濁った赤い魔石を拾い上げた片岡がぼやく。不完全燃焼のようで不満が口に出ている。彼らも強くなったものだ。
「一階ですからね。油断しなければ負けないでしょう」
「でも足場が悪いのは厳しいかもな」
「後ろに下がってる時も足元に気を付けなくっちゃ」
幌内の四人は気が付いたことを述べあう。旭川ダンジョン一階の森で牙イノシシにあたふたしていたのが嘘のようだ。彼らもすでに四級なので、当然といえば当然だ。
「俺もおおよそ分かったよ」
「では戻る。早く麗奈の家に行って休もう」
麗奈が先にゲートをくぐってしまうので影勝らも続いた。