11.南へ飛ぶ影勝(2)
「つまり、ふたりっきりはまずいけど一緒に行くにしても椎名さんが知らない探索者は困るから顔は知っている俺たちについてきてほしい、と」
「東風君の言うとおりだ」
影勝の説明に東風ら四人は頷き「なるほど」と理解を示す。
「影、今日のおすすめは牛豚鳥の回鍋肉だ。ご飯はどんぶりにしといたぞ」
「ありがとうございます! みんなも追加があれば頼んでな」
「じゃあ俺は野菜炒めを」
「僕は珈琲がいいです」
「あたしはねー、かつ丼三人前」
「わたしも珈琲かな」
「おっし、ちょっと待っとけな!」
影勝の食事が来たので、もぐもぐタイムだ。いつもながらおいしい。
「俺としてはいい話だと思う。旭川以外も行ってみたいし」
「僕も賛成です。北海道から出たことがないですし」
「わたしも賛成かな。不謹慎だけど楽しみ!」
「あたしもいーよー。でもあたしらお金はないよ?」
四人の返答は是であるが不安もあるようだ。孤児出身の彼らに金銭的余裕はない。
「旅費はもちろん全額負担する。ギルド経由の正式な依頼だし。麗奈さんからの依頼がアバウトすぎて期間も不明なんだけど一週間くらいかなとは思ってる」
「近江君、それ、アバウト過ぎないか?」
「それなんだけどな」
と影勝は依頼の文章を四人に見せた。
「……これで依頼が通るんですね」
「詳細が全くないんだな」
「正直俺も困惑してる」
堀内と東風はあきれ顔だ。
「影、頼むならギルド経由の依頼にしておけ。そうすればそいつらの実績になる」
デザートのアイスを持ってきた儀一が話に入ってきた。
「そんなことができるんですか?」
「碧ちゃんが行くなら椎名堂からの依頼とするのが一番だろうな。生産職が護衛の依頼をするのは普通だし。椎名堂からなら実績としてもでかいぞ」
「あ、その手があったか。あとで葵さんと相談します。日程が決まったら皆に話すよ」
「おっけーまる! 儀一さーん、アイスおいしー!」
「おぉ。影のおごりなんだ、食っとけ食っとけ!」
「「「「いただきまーす」」」」
五人でたらふく食べたもののそもそも儀一の店が安いのでたいした金額にはならなかった。
翌日、椎名堂に向かい葵と碧と話し合った結果、東風らへの依頼はギルド経由での正式なものとなる。報酬も椎名堂が払うと言うのでそれは影勝が支払うと突っぱねる。影勝もお金はあるのだ。
麗奈の希望は即時だったが山岳地帯であまり薬草が取れない鹿児島ダンジョンに行くのでなるべく多くの薬草を持っていきたいという碧の要望もあって出発は五日後の五月十日になった。それまでの間に各自準備である。
影勝は他の薬師や錬金術師に素材を回すためにギルドに納品を開始した。と同時に三級探索者に昇格。
「またもた大幅に記録を破った近江君三級昇格おめでとー!」
「えと、ありがとうございます?」
夕方の込み合う時間に、カウンターで工藤によって盛大にぶちまけられた。妖精の秘薬の納品に絡んで売却金額はすでにカンスト状態であとはレベルだけとなっているのだ。
「今後も薬草の納品を、首をキリンにしてお待ちしておりまーす!」
「騒いですまないが門前町の薬師も錬金術師も期待している。よろしく頼む」
「あ、はい」
ギルド長の綾部からも一言あり、悪いことはしていないのに追い詰められている心境だった。その流れもあって、影勝はいまダンジョン四階の針葉樹林にいた。針葉樹林は亜寒帯に分布しているせいか寒く、探索者も少ない。旭川ダンジョンの探索者は主に草原地帯の二階とサバンナ地帯の五階、もしくはそれ以降にいる。
「この弓にもだいぶ慣れたけど、消費が激しくなったな」
影勝はオークションで手に入れたイングヴァルの相棒を使っているのだが、今ままでの弓とは勝手が違い、矢の速度が倍になっていた。
運動エネルギーは1/2mv2で表される。Mは質量でVは速度だ。速度が二倍ということはエネルギーは四倍になる。放った矢がモンスターに深く突き刺さってしまい、放てば矢が壊れるようになってしまっていた。
また使っているうちに【誘導】【延伸】【加速】のスキルも覚えた。影勝が覚えたというよりはイングヴァルが思い出したというべきだろうか。もしかしたらこの弓を扱ったからかもしれない。
【誘導】は字のごとく、影勝の視線で矢の経路を変えることが可能なスキルだ。【必中】と似ているがあちらは視線を必要としない。誘導中は意識が持っていかれるので使いどころが難しい。
【延伸】は飛距離が伸びるスキルでどこまで伸びるかは不明だ。
【加速】は放った矢だけでなく投げた石などの速度が倍になるスキルだ。イングヴァルの弓と合わせると威力は八倍になる。
ともかく、以前覚えた【束射】と連動させることも可能になった。段々人外じみてきた。
「佐原さんに頼んだ矢が間に合えばいいな」
影勝が零す。落ちている枝を見つけてはナイフで削って矢にしているのだが消費に追いつかない。矢を削ってばかりいられないのだ。
各階で薬草や木の実などを集めつつ遭遇したモンスターを狩っていればもう五月十日だ。早朝に門前町で集合した一行はハイヤーで旭川空港に向かう。
空港についたハイヤーはそのままプライベートジェットの真横に止まった。
「ちょ影っち、これに乗るの!?」
「石油王は実在したんですね」
「チャーターって……まじかよ」
「さすが椎名堂って感じね」
東風らの反応が数日前の影勝と同じだ。影勝も「お前らもこっち側にこい」と呪っている。ちなみに旭川ー鹿児島は直行便がないので急ぎだとこうなるのだ。
当然のごとく影勝と碧は隣同士で、片岡堀内ペアと東風陣内ペアに分かれる。ゆったりしたシートに縮こまっている東風ら四人はチャーター以前に飛行機自体が初めてで緊張を隠せないでいる。
「ドキドキして心臓が分身しちゃうよー」
などと言っていたが離陸後五分で片岡は寝た。もたれかかられた堀内も動けないのでやっぱり寝てしまう。頭をくっつけあって寝ているところを東風に激写されていた。
「近江君、今日のスケジュールってどんな感じなんだい?」
「まずはギルドに行って挨拶と麗奈さんと打ち合わせだね。様子見でダンジョンに入ってはみたいけど」
東風に尋ねられ、影勝は予定を確認する。ギルド到着は午後なので大したことはできないがダンジョンの様子見くらいはしたいところだ。
「鹿児島ダンジョンは、たしか山岳ダンジョンなんだよね。わたしの体力もつかなー」
「香織は体力不足だし、鍛えるいい機会じゃないか?」
「疲れたら勇吾におんぶしてもらうからね?」
「任せとけと言いたいけどほどほどでお願いするよ」
仲良く話し込む東風陣内ペアをよそに碧は影勝作成の薬草辞典を見ている。
「鹿児島で取れそうなのは、これとこれかな。苔もありそう」
「高山植物系ならありそうだ。採取したいなぁ」
「その時はわたしも連れてってね?」
あまり色気のない話だった。
三時間余りの飛行の末鹿児島空港に着陸したのは十三時を回ったころ。チャーター機そばに停められているハイヤーに乗り、影勝らは鹿児島ダンジョンに向かった。
鹿児島ダンジョンは鹿児島湾から見て桜島の裏側の湾沿いの都市、姶良市にある。鹿児島空港から車で三〇分もあればつく、別府川近くだ。
川沿いに体育館のような平屋のコンクリート製の建物があり、その中にゲートがある。鹿児島ダンジョンはダンジョン内部ゲート付近に広い平地がなく、ギルドは地上にある。
駐車場で降りた一行はまずギルドの受付に向かう。自動ドアをくぐればそこは一見役所なギルド受付カウンターがある。昼にしては探索者の姿もちらほらあり、旭川よりも探索者が多いことが窺えた。影勝は一番近い受付にいる男性に声をかける。
「あの、旭川からきた近江といいます。今日こちらに到着する旨を伝えてはあるんだけど」
「あ、椎名ど…………少々お待ちください」
彼は含みがある沈黙後に受話器を取りどこかに連絡をしている。
「鹿児島ギルドは広いんだな」
「魔石ATMもカウンターわきにありますね」
「休憩スペースもあるのか」
「広々してていいですね」
東風と堀内がギルド内を見渡しながら囁きあっている。鹿児島ギルドは平屋で広いのが特徴だ。
「もしかして椎名堂?」
「あのでかいやつって、まさか」
「あの若い四人はだれだろ」
ギルド職員とギルド内にいる探索者から視線を感じつつも、影勝は気が付いていない風で待っている。
「ごめん、遅刻」
入口の自動ドアが開き、赤い髪と赤いつなぎの麗奈が小走りでかけてきた。
「麗奈さんおひさ!」
「碧もおひさ」
麗奈と碧がハイタッチをする。おひさというが数日前にあっているはずだし電話もしているはずだ。
「遠路はるばるご苦労様ですね」
カウンターの奥から鹿児島ギルド長の玄道が歩いてきた。初老ダンディがびしっとスーツを決め、隙がない。
「近江君、椎名さん、それと幌内レッズのみなさん、会議室へどうぞ。高田君もね」
渋い笑みを浮かべた玄道が親指で指す。指はカウンターの端の更に奥へ続く通路を指している。勝手知ったる麗奈が向かったのでその後に続く。通路を歩いた先にある会議室Bと書かれた扉を開け中に入る。
会議室らしく大きなモニターに向かって長テーブルと椅子が並んでいる。
「こじんまりとしましょうか」と言った玄道が長テーブルをくっつけ始める。偉い人だけを動かすわけにはいかないので影勝らも手伝った。
玄道と麗奈、影勝ら六人が相対する位置で着席した。




