表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/141

11.南へ飛ぶ影勝(1)

 旭川に帰った翌日、影勝は昼間なのにホテルで寝っ転がっていた。いまだふわついた気持ちを落ち着けられていなかったのだ。

 約束の売り上げが探索者証の電子マネーに振り込まれていた。八〇憶を軽く振り込むなと言いたかったが銀行でもこの額の()()は扱いかねると言われた結果と聞いて黙るしかなかった。チクセウ。

 

「気晴らしに門前町をぶらつくかな」


 リュックを担いだ影勝はまず佐原武具店に向かった。


「おやいらっしゃい。オークションはすごいことになったねぇ。旭川の名が売れるのは嬉しいことさ」


 店主のおばちゃんにそう迎えられた。あのオークションは会員登録が必要だがネットでも見れるようになっているらしく、椎名堂の一連の騒ぎは門前町中に知れ渡っているのだ。


「おい、あれ」


 店にいる探索者らの視線も刺さる。嫌な言い方をすれば、いまだ新人の影勝は歩く金庫でもあるのだ。悪意を持つ者に襲われても不思議ではない。もっとも、逃げるなり撃退するなり可能ではあるが。


「実感ゼロなんで。で、今日は矢を頼みたくて来ました」

「はいはい、承りますよ」


 影勝は笑顔のおばちゃんに誘われて店の奥のテーブルがあるスぺースに連れていかれる。


「どんな矢がご希望だい?」

「先月買った長い弓用の矢が五〇〇本くらい。短弓の矢も同じ数だけ欲しいです。それとは別に鉄製の矢も欲しいですね」

「矢がそれぞれ五〇〇本と、鉄の矢かい。嬉しい悲鳴だね。木の矢は、ちょっと時間がかかるけど問題ない。鉄の矢は工房に聞いてみるけど、どれくらい必要なんだい?」

「あればあるだけと言いたいところですけど、とりあえず五〇本ですね」

「長弓用かい?」

「あ、そっか、両方欲しいな」

「長短で五〇本ずつ、と。在庫と納期確認できたら見積の連絡するけど、葵ちゃんとこに伝えればいいかね」

「ダンジョンに行ってるかもしれないから、それでお願いします。葵さんにはあとで話をしておきます」


 影勝は大きな体を縮ませて礼をして店を出た。防具はあれから購入していない。採取で屈むことが多く、生地が厚めの作業服的な恰好のほうが動きやすいのだ。むしろホームセンターで探索者向け売り場のほうが望むものがある。


「さて、行きたくないけどギルドに行くかぁ」


 影勝は旭川に帰ってきてからギルドに行っていない。一緒にいた綾部はともかく工藤にはどういじられるか不安だったし、先輩探索者の目も怖かった。

 自分はまだ新人(ペーペー)なのに。

 影勝は影を引きずるようにギルドに向かった。昼間ゆえにギルドに探索者の姿は少ないが、一番奥の三番カウンターにいる工藤のそばに初々しい探索者らの姿がある。五月初頭に探索者になりたての新人(ニューカマー)四人だ。珍しく女の子だけのパーティだ。


「近江君、出頭ご苦労様」

「出頭て。俺、何かやらかしました?」

「オークションであれだけやらかしていまさら?」

「やらかしたのは椎名堂ですよ?」

「近江君は椎名堂専属でしょ?」

「ちょっとそれ初耳なんですけど?」


 疑問符の応酬をしていると新人探索者(女の子)らの目が自分に向いていることに気が付く。長身を見られる奇異の視線とは違い、どこか憧れの感情が籠っていた。影勝はなんとなく恥ずかしくなってしまう。


「あ、そうそう、鹿児島ダンジョンの高田製作所から依頼が来てるのよ。近江君、オークションでなにしたの?」

「麗奈さんから?」


 高田製作所という単語が出ると周囲がざわついた。が 影勝は首をひねる。仲の良い碧ならわかるが、知り合っただけの影勝には用件がまったく思いつかない。


「内容は、いま転送するねっと。ヨシ! 端末に送ったから! 請けるって返事しといてね」

「ちょっと工藤さん、勝手に進めないでくださいよ!」


 影勝は慌ててリュックから端末を取り出し立ち上げる。数回フリックして届いたメールを確認した。

 『鹿児島ダンジョン一階の探索一緒によろしく』

 麗奈から依頼はたったこれだけである。期日も報酬も記載なしだ。極端に口数が少ない麗奈は文面も数が少なかった。

 あの人らしいといえばらしいな。

 影勝は断る理由もないしと受けることに決める。ただ椎名堂のふたりに話はすべきだが、碧の場合は行きたがるだろう。間違いなく。


「あ、影っちじゃーん!」


 ギルド入り口から聞き覚えのある声がした。そしてでかいハンマーを肩に担いだ恵美が駆けてくる。その後ろから焦った顔の堀内が追いかけていた。相変わらず仲の良いふたりだ。


「恵美、ギルド内は歩いてください!」

「えー、賢ちゃんは優等生すぎだよー」

「そのハンマーがあらぬところに当たったら困るでしょう?」

「あ、そっか!」

「急に止まらないで!」


 ぴたっと止まる片岡の背中に止まり切れない堀内がぶつかる。堀内が片岡に後ろから抱き着いた格好だ。


「賢ちゃん、まだ明るいよ?」

「恵美、勘違いを誘発するような発言は控えてください」

「ふたりとも走るなって」

「は、はしるのはやすぎ……」


 東風と陣内が息を切らせてギルドに入ってきた。東風よりも早くギルドに入ってきた堀内は足が速いのかもしれない。影勝と同期の東風勇吾、堀内賢一、片岡恵美、陣内香織の四人が揃った。


「四人とも元気そうだな」

「あたしはいつもげーんき!」

「近江君、久しぶりだね」

「オークション見ましたよ」

「すごいよねー」


 影勝が挨拶をすると四人はそれぞれの反応で返す。元気そうな様子に影勝もほっとした。

 少し立ち話をした後、連絡先を交換して影勝はギルドを後にした。椎名堂に相談にいかねばならない。

 椎名堂に着いた影勝は混んでいる店内に入ることができず、表で客が減るのを待っていた。どうやら二日酔い防止の薬を求める夜の仕事の人らがこぞって買い求めに来たらしい。椎名母娘がオークションでいなかったのだから仕方がない。客足が途切れたタイミングで店内に入ると、疲れた顔の葵がカウンターでぐったりしていた。


「あら、いらっしゃい。碧はいま調合室にこもりっきりよ」

「忙しそうですね。ちょっと連絡だけして帰りますね」

「それって麗奈ちゃんの件かしら? 碧が行きたいって駄々こねてたわ」

「あーーーですよねー、碧さんにも話は行ってますよねー」


 影勝を呼ぶなら友達の碧も呼ぶだろうと想定はしていたがその通りだった。


「さすがにふたりっきりの旅行は許可できないわよ。()()ね」

「そりゃそうですよねってか、まだって」

「でも影勝くんひとりで行かせたらあの子()も怒るだろうし。わたしは店番があるからいけないしね。他に誰かいないかしら?」


 疲れた顔の葵がふぅとため息をつく。かなりお疲れのようだ。

 ひとりでもダメ。ふたりっきりもダメ。でも麗奈の依頼はこなしたい。

 ではどうするか。


「他に一緒に行く人たちがいればいいですか?」

「そうねぇ。女の子がいるといいわねぇ」

「それなら心当たりがあります。ちょっと連絡をとってみます」


 影勝はリュックからスマホを取り出し、ついさっき会ったばかりの東風に電話をかけた。


「ちょっと相談があるんだけど、あ、そうなんだ。おごるからお願い。じゃ今から行くわ」


 ちょうど儀一の店で食事をしている東風を捕まえた。四人揃っていてちょうどいい。葵に断って儀一の店に急ぐ。

 時間が時間だけに儀一の店は大繁盛中だ。テーブル席はもちろんカウンターも埋まっている。東風たちはテーブル席にいた。


「らっしゃい、お、影じゃねえか。ちょっといま混んでてなー」


 スキンヘッドの儀一に見つけられた。足しげく通ったおかげで影勝は「影」と呼ばれる常連になっていた。ちょっとうれしい影勝である。


「東風君らに用事があって」

「じゃあ奥にある予備の丸椅子を使ってくれ。おーい、奥にいるやつ、椅子を取ってやってくれー」

「了解っすよ。ほれ()()()殿」

「ありがとうございます」


 儀一は客でも使う。この店で無作法を行う輩は出入り禁止なので客はよく()()されているのだ。もっとも飯がうまいからであるが。

 東風らは椅子の間隔を狭くして影勝の場所を作る。


「急に悪い」

「いやいや、おごりと聞けばぜんぜん」


 さわやか男東風がいい笑顔だ。それ以上に片岡が満面の笑みなのだが。


「あ、儀一さん、今日のおすすめ一つ!」

「あいよ、ちょっと待っとけ!」

「で、お願いというかどうすればいいかも含めてなんだけど、ちょっと俺と一緒に鹿児島ダンジョンに行ってくれないか?」

「「「「鹿児島!?」」」」


 東風ら四人が箸を持ったまま固まった。あまりにも突然な話題すぎだった。


「高田製作所からの依頼で、一緒にダンジョンに潜てくれって来たんだけど、同時に碧さんにも話が行っちゃってて。あ、麗奈さんと碧さんは友達でさ、俺がひとりで行くとなると碧さんが拗ねるわけなんだけど。かといって碧さんとふたりだと葵さんの許可が出ないんだ」

「近江君、高田製作所ってまさか」

「オークションで知り合って、なんでか俺に依頼が来たわけよ」

「あたしわかっちゃった。婚前旅行にはまだ早いからグループ交際にしろってことでしょ?」

「恵美、直球すぎです」


 まったく外れではないのだ。片岡はたまに真理を突く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ