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10.オークションに参加する影勝(8)

 会場外周の通路沿いに歩く葵に「椎名堂も行ったぞ?」「何が起きてるんだ?」と困惑の声が上がり始める。ステージに出品者がでるなどまずないのだ。それが麗奈とそして椎名堂と連続でだった。


「さぁさぁ、本日最後の出品は、知らない探索者がいたらそれは潜り判定二五〇%の椎名堂さまです! 」


 葵はステージに上がり、運営からマイクを渡された。


「お世話になっております、旭川の椎名堂でございます。今回は最後ということで緊張でいっぱいです」


 葵は深々と一礼。どのあたりが緊張しているのだという落ち着きっぷりだ。


「椎名堂さまからは二点! まずはこれ、万能毒消し五個セットが一〇セット。前回この品が出たのはおよそ二〇年前。わたくしがまだはなたれ小僧であった頃でございます。猛毒の胞子をまき散らすドカン茸のわきにしか生息しない、幻の薬草と言われて久しいリニ草。そのリニ草から調合しました万能毒消し! ありとあらゆる毒素を中和し、かつ人体への副作用はゼロという、夢の解毒剤です! 解毒ポーションは強力ゆえにどうしても副作用がありました。毒が強ければ強いほど副作用も強い。幾日も体が動かない、などということすらあります。しかしこの万能毒消しは、副作用がありません。猛毒のドカン茸の腐敗毒ですら中和いたします。これは、椎名葵さま及びギルドの鑑定員一〇名が鑑定した結果でありまして、その効果はギルドが保証いたします。ダンジョン奥深くで未知の猛毒の犯され身動きができない。そんな時にこの万能毒消しがあれば、どれほどの命が救えましょう」


 司会は興奮と抑揚を抑えながら発言する。葵がいなくなった椎名堂の個室に向かおうとしていたマイケルすら、司会の言葉に聞き入っていた。「あの時これがあればデイヴィッドも、あいつらだって」とつぶやいた。マイケルの脳裏には死を迎えた彼の顔が思い浮かぶ。


「命を金で買うのはおこがましい? 仲間の命が金で買えるなら安いじゃありませんか。今回はなるべく多くのクランに行くようにと、五個を一セットといたしております。では入札を開始いたします。五〇万円から!」


 静まり返った会場だが、入札が始めるとあっという間に四〇〇万を超えた。今すぐ使うわけではない品にかける金額ではないが、万が一の時には持っておきたい。ランクの高い探索者を育てるのには金も時間もかかる。持っておくべきだと考えたクランが多かったのだ。


「五〇〇万円で決定いたしました!」


 落札が決まると葵はまた一礼する。


「とうとう今回のオークションのオーラスであります。先日、椎名堂さまからギルドに相談がございました。『こんなものができてしまいました』と。」


 宙ぶらりんな司会に代わり、裏方だろうスーツ姿の男性がステージ上のテーブルに小さな瓶を置いた。会場がにわかにざわつく。


「薬品名【妖精の秘薬】。世界を変える完全新規の薬でございます。ほぼ全ての状態異常から副作用なしに回復させ、石化、呪い、アルコール麻薬など各種中毒や依存症、アルツハイマー症からも回復させると鑑定では出ております。まだ検証中ではありますが、五〇年前に調合された霊薬(ソーマ)以外で、ダンジョン病に効果のある薬となっております!」


 ざわつく会場で、立ち上がって挙手する男性が出た。初老のスーツ姿の男性だ。探索者ではなく企業関係者だろう。司会が気が付き「そこの男性どうぞ」と水を向ける。


「何点か質問があります。ダンジョン病に効果があるということですが、データなどはあるのでしょうか」

「現在、厚生労働省と共同で投薬後の経過観察を行っております。先日、国立難病センターにおいてダンジョン病ステージ四で意識がない状態の患者に点滴で投与後三〇分ほどで意識を取り戻しました。翌朝は意識の混濁も無く、医師と会話を交わしております。昨日は肉親と面会もし、リハビリ計画を策定中で、バイタルチェックなどをしております。一回の投与で完治すればよいのですが、おそらくは複数回、もしくは定期接種が必要かもしれません」


 男性の質問に葵が答える。


「そのデータは公開していただけるのでしょうか」

「そのあたりは厚生労働省に聞いていただきたいのですが、椎名堂として公開を要請しておきます」

「アルツハイマー病にも効果があるとおっしゃっていましたが、その治験データなどはあるのでしょうか」

「私どもは薬師であり、またこの薬に効果があると鑑定できただけで治験の実績はございません。ダンジョン病に関しては近しい方にり患されている親族がいらっしゃいましたので治験をさせていただいております。今回この薬を出品したのは、落札した企業様に治験をお願いしたいということでもあります。もちろん厚生労働省も絡んでおりますので、国と共同治験ということになると思われます。また成分を分析していただき、類似の薬の開発にもつなげていただきたいと思っております」

「その場合、椎名堂さんの収入が減る可能性が高いのですが」

「問題ございません。病気で苦しむ方々が減るのであれば、薬師としてこれ以上なく喜ばしいことでございます」

「……ありがとうございます」


 男性は満足したのか着席した。マイケルもステージを見つめたまま動けないでいる。規模のでかさが軍人の許容範囲を超えてた。たかが軍人が、ここで椎名堂の人間を拉致するなどという大問題を起こすと米国(ステイツ)の不利益になる。それよりも外交的にうまく日本を言いくるめて協力体制にもぐりこんだほうが、圧倒的に利益が大きかった。一昨日昨日と企みが失敗してよかったのである。


「妖精の秘薬は二五〇回分を一セットとして四セット用意してございます。また治験の結果次第では国から追加購入も可能とのことです! 入札の条件は治験が可能なこと! 探索者様向けには緊急用として各ギルドにも配備予定ではあります! 入札は一〇〇〇万円からです!!」


 静まり返った会場に司会の声だけが響く。


「七〇〇〇万円、九〇〇〇万円」


 モニターに映し出された金額が跳ね上がっていく。各社算盤を弾いた結果利益が出ると判断したからだろう。

 個室にいたアマテラス製薬の天原もその一人だ。護衛のふたりと共にモニターを凝視している。


「効果が多岐にわたりすぎていて開発が絞り切れませんが、ここで入り込んでおかないと二度と門戸が開かない予感がしますね」


 彼がテンキーを叩いた数字は九〇〇〇万円。それでもライバルは軽く上を行く。


「当然、皆さん突っ込みますよね。ま、うちも負けてられないんで」

「おぉぉっと来ました一億五〇〇〇万円!! とうとう大台に乗ってしまいました!」

「創薬は()()()一億じゃできませんからね。安いのは()()()()()も見ろってことなんでしょうけど。さて、三〇億くらいで済めばバーゲンセールですが」


 薬を製造する製薬と違い薬を開発する創薬には莫大な金がかかる。五〇〇憶を超えることも珍しくない。


「一〇憶! にに二〇憶! ま、まだあがるのぉ!?」


 ギルドオークションの常識的な金額がぶっ飛んでもなおまだ入札が続いている。

 

「ににに二五憶で落札ぅぅl!! 合計で一〇〇億ですッッツ! わたくし、こんな金額初めて見ました……」


 宙に浮いていた司会がステージに墜落した。葵は深く頭を下げたまま動かない。治験をよろしくお願いします、という表れだ。

 落札結果は、二五億の指値が四社いた。そのうちのひとつがアマテラス製薬である。


「二五億で椎名堂の技術がいただけたと考えれば安いものです。ですが、やはり碧さんは欲しいですね。さて、明日にでも銀行に融資の相談に行かないといけないのが厄介ですが」


 天原の眉は困った風に下がっていたが口元には満足そうな笑みを浮かべていた。

 椎名堂の個室では影勝が大の字で床に転がっていた。二五億が四つで一〇〇億の売り上げである。手数料を引かれたとしても九〇憶にはなる。これでも一〇〇〇人分であり、初回に調合した分の半分でしかない。そして、在庫としてその量の九倍を抱えているのだ。


「もうわかんない」


 影勝は泣きそうだった。

 葵に言われているのは売り上げの九割が影勝の取り分だということ。ざっくり八〇憶だ。ギルドと国に売った分を含めれば倍になる。そして在庫を足せば一六〇〇憶である。そんなお金知らない。


「影勝君の価値はこんなもんじゃないよ」


 なぜか影勝と一緒に寝転がっている碧が「ほらいったじゃん」的に言う。

 二万人が病気で亡くなるまでの医療費と比較したとき、回復した彼らが健康でいることによる将来を含めた影響をも考えれば一六〇〇億円などペイできてしまうだろう。また妖精の秘薬を分析した結果投与量が少なくても効果が同等であったり治療法すらない難病に応用が可能であればさらに上乗せされる。そう考えればこれでも格安なのだ。


「これにて、これにて今回の三日間にわたるオークションを終了させていただきます!!」


 司会の絶叫でオークションは終わった。

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