10.オークションに参加する影勝(7)
朝のホテルのロビーで「今日は自重すること」と念書まで書かされた影勝と碧は借りてきて猫のようにおとなしくしていた。昨日のお説教の成果である。
「オークションの最終日は午前中で終わるから、そのあとに観光でもと思ってたけど中止にして旭川に帰るからね?」
「えぇぇぇぇぇ東京都薬用植物園に行きたいよぅ」
「碧。あなた、昨日何をしちゃったのか忘れたのかしら?」
「ふえぇぇぇぇぇ」
半泣きの碧が葵に縋り付いている。なんだそれと影勝が検索をかける。
うん、イングヴァルが騒いでる気配がする。碧さんが行きたがるのもわかるな。
「今のあなたたちが行ったら護衛も大変なのよ?」
「うぅぅ、だったら貸切ろうよぅ」
「薬草のことになると小学生になっちゃうの、直しなさい」
葵の意思は不変のようで、碧の泣き落としにも動じない。影勝ならすぐに応じているだろう。
「影勝くんも覚えておいてね。この子は薬草のことになると子供になるから」
「あ、はい」
人のことは言えなさそうだが返事をした影勝だった。そういえばあのカエルに会った帰りにもこんなことがあったなぁと思い出してふふっと笑った。
落ち込む碧を引きずりつつ、オークション最終日の会場に入る。最終日だからか人が多い。参加者の列には並んでおらず、傍聴する人たちのようだ。
「最終日は各ギルドのとっておきが出されるから、それを見たいって人が多く来るのよ」
「麗奈も出品する」
人垣から麗奈がひょっこり顔を出した。麗奈は先に会場入りしており別行動だった。
「麗奈さんも出すんだ」
「うん、麗奈が商品」
「えぇ!?」
「あとでわかる。じゃあ」
麗奈は言いたいことを言うて人垣に消えた。
「麗奈さんが商品? なんで?」
「すごく高くなりそうな」
影勝は自分が出たらいくらの値が付くだろうと、ふと考えた。
新人だし五万円とかかな。買い手がつけば、だけど。
「今の聞いたか?」
「高田製作所が身売りでもするのか?」
そこかしこでそんな声が聞こえる。開始前から盛り上がりそうな予感がした。
「さぁさぁさぁさぁさぁ! 三日間のオークションも本日が最終日! 初日はジャブ、二日目はフック、最終日はトルネードアッパーと称されますが、とうとうその最終日となってしまいました!」
ステージには金ぴかスーツに加え背中に羽まで生えた司会がワイヤーケーブルに吊るされ、振り子のようにアチコチに揺れていた。
「すげえな、あの司会の人の根性は」
「毎年やってると感覚がマヒしてきてもっともっとってなるんだって。月間探索者のインタビューで答えてたよ」
「あーあの雑誌ね。高校の時、探索者になる勉強として読んでた」
月間探索者は広く探索者を集めるべくギルドが主体となって雑誌を発刊している内の一つだ。創刊からすでに三十五年経過し、ネタに困った編集部がいろいろな人にインタビューもしている。
「おかあさんも雑誌に載ったことがあるんだ。まだ私が生まれる前なんだけどね」
碧がポシェットから雑誌を取り出す。表紙は女性の写真で、椎名葵特集と書かれていた。
「うわ、若いってか碧さんそっくり!」
「ちょっと碧! しまいなさい! 影勝くんも中をのぞかない! さもないと碧に来てる雑誌の依頼を全部受けるわよ!」
「そそそれやだぁ」
母娘による争いは、やはり母親の勝ちで終わる。保有する弱点の量が違いすぎるのだ。
「さぁ、最初の商品は、これです!」
いつの間にか司会の口上も終わり、オークションが始まっていた。ちなみに司会はずっとワイヤーで吊られたままだ。
「高知ダンジョンの付与師【潮屋】の鑑定眼鏡 甲です! いわずと知れた潮屋の鑑定眼鏡の最高グレード品です! 五〇〇万円からのスタートです!」
「最終日は開始金額も高いな。俺じゃ手が出ない」
「影勝君、欲しいのがあるの?」
「いや、俺も頑張ってこれくらいは余裕で買えるくらいまで稼がないとなーって」
霊薬を手に入れることが第一な影勝だが、そのためには自身の装備も整える必要があると、今回のオークションを通じて感じていた。薬草だけでなく、モンスターも倒していかねばならない。
「影勝くん、アレの売り上げだけでもう働かなくていい金額になっちゃうけど?」
「実感がないんでその、考えないようにしてるんですよ」
「ふふ、真面目ねぇ」
「八〇〇万、九〇〇万。九〇〇万円で落札となりました!」
だべっているうちに最初の商品が終わってしまった。緊張感が足りない椎名堂である。
「お次は八王子ダンジョンで発見された、なんと魔法のスクロールです! このスクロールは使い捨てではなく、魔力がある限りスキルのように何度でも使用可能となっております!」
「魔法のスクロール!?」
「あら、珍しいわね。一〇年ぶりくらいかしら」
「男子的に魔法は興味ありますね。どんなのが出てくるんですかね」
影勝は身を乗り出してモニターを見る。魔法はスキルの一種で自身にある魔力を消費して行使する。魔法を行使できる職業は限られ、後天的に取得することは不可能とされている。
このスクロールはその法則を破り、例えば魔法の使えない影勝でも行使が可能となるのだ。
「まずはこれ、魔力障壁です! 物理及び魔法の影響を軽減し、障壁の強度によっては完全シャットアウトも可能です! 五〇〇万円からです! 六〇〇、七五〇万!」
「魔力障壁……俺、自分の魔力とか知らないんだけど」
「そうね、魔法職でもなければ測定しないものね。以前碧が測定したことがあったけど、数値は一五〇だったわね」
「普通の探索者よりちょっと多めだねって言われたよ。魔法職の人たちは一〇〇〇とかざらだって」
「なるほど。堀内もそれくらいあるのかな。俺も今度測定してみよう」
影勝の知り合いで魔法使いは同期の堀内賢一と陣内香織しかおらず、思い浮かべるのはやはり彼らだった。
「一二〇〇、一四〇〇、一五〇〇! 一五〇〇万円で落札です!」
「結構高いのな」
影勝は自分の財布では無理だなと諦めモードだ。
「次のスクロールは、空中歩行です! なんと空中を歩けるんです! 男の子だったら黙っていられないでしょう! ダンジョンの環境に影響を受けない探索は、きっと皆様を一ランク上に導いてくれることでしょう! これも五〇〇万円からです!」
煽られては、やはり男の子の影勝も黙ってはいられない。
「空を散歩とか、最高じゃん!」
「ふふ、影勝くんはそっちなのね」
「快晴の空を歩くとか、めっちゃ気持ちよさそうじゃないですか!」
「そうね、碧との空中デートもいいかもね」
葵が意味深にほほ笑む。その脇では碧がテンキーを叩いていた。
「おーーーっといきなりの二〇〇〇万円。二二〇〇、二五〇〇! なんと四〇〇〇万円! 四二〇〇、五〇〇〇万円!!」
司会が絶叫する。影勝の横に座る碧はニッコリ笑顔だ。またやったな、と影勝はジト目だ。セレブ怖い。
「五〇〇〇万円で落札ぅぅぅ!!」
「「おぉぉぉぉお!!」」
会場も大きくどよめき、いい感じで司会のボルテージも上がってきた。
「盛り上がってまいりました! お次は金沢ダンジョン錬金術師【加賀百万石】からマジックバッグの出品です! 容量も各種取り揃え、なんと一〇種類!! 今年も金沢は、やる気です!」
「マジックバッグか。父さんの形見があるけど、半分はアレが占めちゃってるんだよな」
「そのリュックはお父さんのなんだ」
「父さんと母さんが一緒に探索者してた頃、これにふたり分の荷物を詰め込んでたって聞いた」
「思い出のバッグなんだね」
「大事に使うつもり。大きいのは欲しいけど、俺はこれで十分かな」
「一二〇〇万円で落札です!」
マジックバッグも高額で次々と落札されていった。とここでステージ脇から赤い髪と赤いつなぎ姿の麗奈が歩いてきた。体系もモデルなら歩き方もモデルだった。
「あれ高田の!」
「麗奈さまじゃん!」
「相変わらず美人だぜ」
会場のどよめきがすごい。
「さぁさぁさぁ! お次は皆様ご存じの鹿児島の高田製作所からです! なななんと、鹿児島ダンジョンから採掘された金属を使用しての武器オーダーメイドです! 高田麗奈さまご自身から発表されます!」
「オーダーメイド!?」
「まじ!?」
「なんでも? なんでも作ってくれるの?」
「皆様、お静かに願います! お静かに!」
会場がざわめきすぎて司会の言葉が聞こえないようだ。司会も宙ぶらりんなので麗奈に声をかけられないでいる。
うん、と呟いた麗奈がつなぎのポケットから巨大な金属の塊を取り出しステージに落とした。ドゴンと会場が揺れるほどの音と振動で観衆のざわめきが消えた。
「昨日ダンジョンからとってきた鉄。これと昨日落札したアースドラゴンの鱗を混ぜた竜鉄で造る」
「ドラゴンスチール!! あの、折れない、曲がらないと言われる!」
「防具でもいい。ドラゴンスチール三〇キロで造れるなら」
「なんでも! 三〇キロで造れるものならな・ん・で・も・! 皆さんお聞きになりましたでしょうか! なんという太っ腹でしょうか!」
「付与もできるようにしておく。付与はそっちでお願い」
「なんと付与まで!」
「おおおお!」
「まじか! 付与可能なオーダーメイド武具セットかよ!」
「付与師とデザイナー確保しとけぇ!」
「クランの口座にいくらある!?」
おそらくはクランだろう探索者らがバタバタと動いている。
「鉄かぁ。鉄の矢も欲しいところだけど数がないと結局はマジックバッグの肥やしにしかならなさそうだ」
どう考えても高級すぎでオーバースペックになりそうだと判断した影勝は見物に徹することにした。
「まずは一〇〇〇万円から! 二〇〇〇万、三〇〇〇万円! さぁ、こんな機会はもうないかもしれませんよぉ! 四〇〇〇万円!」
モニターに映る金額は一〇〇〇万きざみだった。
「上がり方もえげつないな」
「武器職人さんは結構頑固で変わり者さんが多くて、武器武具のオーダーはやらないんだ」
「なるほどねー」
「麗奈さん、先週あたりから気分がいいって言ってたから、急遽出品したのかも」
椅子を寄せ合ってくっついて座る影勝と碧がモニターに映る麗奈を見ている。ステージの麗奈は片手に鉄の塊を持ち、小さくVサインを出していた。煽っているのだろう。
「六〇〇〇万円、おっと七〇〇〇万円! 七〇〇〇万円で落札です! 本日の最高金額です!!」
「「おおおお!!」」
予想以上の高額落札に会場は大盛り上がりだ。影勝と碧もモニター越しにパチパチと拍手をしている。
「すっげ、七〇〇〇万だって」
「さすが麗奈さんだね」
「あれを買う人ってどんな探索者なんだろ。強いんだろうなぁ」
「金沢のクラン【煉獄】だって。SNSで発表しちゃってる」
「うわ、ほんとだ。よほどうれしかったか自慢したいのか」
オークション結果は基本的に非公開だが落札者がSNSで公開してしまうこともある。また、椎名堂のような有名どころだと参加者づてに勝手に広まってしまうことも多い。
「おふたりさん、次はオーラスで、うちよ。ちょっと行ってくるわね」
葵は立ちあがると、個室を出てステージに向かった。