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10.オークションに参加する影勝(5)

「さぁさぁさぁ、オークションも二日目です。皆さまおはようございます、司会の片桐です! 昨日は大盛況でしたが、今日も大・盛・況・間違いなしの出品ラインナップでございます! 皆様は財布のひもをゆーるゆるにしてお待ちください! では最初の商品からです!」


 いつの間にかステージに上がっていた司会の片桐がオークションの開始を宣言した。影勝はモニターに視線を移した。


「これは高知ダンジョンに出現する巨大蜘蛛キングスパイダーの蜘蛛の糸です! 鋼よりも硬く、しかし伸縮性も持ち合わせている、まさにダンジョンでしかありえない素材です! インナーにするもよし! 手袋にするもよし! 用途は無限大です! 今回は一〇〇メートルの糸巻が一〇本の出品です! 価格は一〇〇万からです!」


 視界が大袈裟に手を挙げるとモニターに映し出される金額があれよあれよと上がっていく。一〇秒で五〇〇万を超えた。


「この糸でインナーを作ると、防具とか要らなくなるかな」


 影勝は自分の持ち金を確認したが五〇〇万ちょっとしかない。妖精の秘薬の代金はこのオークションを参考に決まるため、まだ金は受け取っていない。悩む影勝をよそに金額は上がっていく。


「九〇〇万で円で落札と相成りました! 一品目から高額落札と、幸先良いスタートです! さぁお次は金沢ダンジョンにて討ち取られたアースドラゴンの素材になります! 」


 司会のドラゴンという言葉に会場はざわめいた。影勝の男の子心も揺り動かされる。

 ドラゴンと聞けば胸がときめくもの。影勝も例外ではない。だが。


「鱗だと、使い道が思い浮かばない……」


 ゴツイ防具は不要だ。むしろ邪魔になる。感知されない影勝にとって防具は動きを阻害しない物に限られる。


「七〇〇万円で落札です!! さぁお次は高知が誇る付与師【潮屋(うしおや)】からの出品です! この鑑定眼鏡は簡易鑑定が可能な眼鏡です! 簡易とはいえ、鑑定スキルがなくともある程度のものならば鑑定できてしまうという優れもの! 量産前提ではありますが、この品よりもデチューンされるとの噂です。購入するなら、いまです! 二〇〇万円からのスターとなります! 二五〇万円、おっと四五〇万円来ました!」

「あー、高いなぁ」


 まだ数品だが、すでに昨日よりも落札金額が高く、影勝の手持ちだとなかなか入札が難しい。


「影勝君は鑑定眼鏡が欲しいの?」

「いや、あれば役に立つかなって思ったんだけど、俺には早すぎるみたいだ」


 碧が窺ってくるので大丈夫だと返答する。欲しいと言えば彼女は買ってしまいそうで、それは避けたかった。


「他のダンジョンからの出品は見てるだけでも楽しいよね」

「ダンジョンによって出てくるものが違うのは情報としては知ってたけど、実際に見ると楽しいな」

「うん、旭川は薬とポーションばっかりだしね」


 影勝と碧は寄り添ってモニターを注視している。


「さぁお次は、旭川の椎名堂からの、医療用傷跡修復薬です! 手術などの傷跡を元の肌に治す薬となっております! 探索者さま方の古傷にも、効果は抜群です! なお、現状の傷や怪我などには傷薬ないしポーションを使用してくださいとのことです! 今回は一〇〇グラムの品が一〇個、一個一〇〇万円からです! おっと早い! 六〇〇万円、七〇〇万円!」


 椎名堂の傷薬のオークションは過熱していた。どうしても落札したいのか、一瞬で五〇〇万を超えたのだ。


「傷跡消しが出てくる機会はそうないんだ。絶対に落とすんだよ」

「社長、怒鳴らなくってもわかってるって。だけど、金額が上がるのが早すぎるぜ」

「最低でも三個は落とすんだよ!」


 クラン【三日月】の個室から怒鳴り声が聞こえた。影勝と碧は思わず見てしまう。


「八五〇万円! 八五〇万円です!」

「ち、これ以上だと二つが限度ですぜ」

「あぁまったくもう。これが出てくるとわかってりゃ他を控えたのに!」


 代表の相川が髪に手を入れぐしゃぐしゃとかき回している。どうしても傷跡消しが欲しいらしい。


「一〇〇〇万円で決定です!」


 落札金額が決まると、クラン【三日月】のふたりはがっくり肩を落とした。


「一個しか落とせなかったねぇ……」

「しゃーねぇですよ。あれは探索者ならだれでも欲しいもんだし」

「仕方ないか。一個でもあればあいつらの肌も少しは綺麗にしてやれると考えないとねぇ」


 三日月のふたりはなんとか自身を納得させたようだ。

 必要だけどものが足りない。それは、ダンジョン病患者にも言えた。手持ちの妖精の秘薬だけでは全然足りないのだ。

 影勝はそれを目の前にして、どうにかならないかと自問する。


「影勝くん、色々考えてるみたいだけど、できることできないことはあるの。やれることを全力でやることが大事だとお母さんは思うのよ」

「そうですよねぇ……俺にできることなんて限られてるし」


 影勝は葛藤する。彼は探索者として強いわけでもなく、ただ特殊なスキルで感知されないというだけの弓使いだ。できることはイングヴァルの知識を使っての採取だろう。いまもそれで自分の母親を助けたのだから。だが、それだけだ。


「さぁお次は旭川の錬金術師、川田氏作製の魔力ポーションです! 濃度を高め効果を上げた試験的な一品です。条件として使用感などの情報のフィードバックがつけられております! まずは五〇万円から!」

「あ、旭川にも錬金術師がいるんだ。気が付かなかった」

「色々な薬草が取れるから薬師も多いけど錬金術師も多いんだよ」

「そうだよなあ。俺が無知なだけだよな」


 影勝は、自分はまだまだ新人で知らないことばかりだと思い知る。拠点としている旭川のことすら満足に知らないのだ。


「影勝くん、焦ることはないわよ。ゆっくり知っていけばいいの。わからないことは碧に聞いていいのよ?」

「はい、そうさせてもらいます」


 オークションは恙なく進み、午前中が終わろうとしていた。


「午前中最後の出品となります! これは八王子ダンジョンで発見された【弓】です! ご覧ください、木製ですが見事な彫の装飾が施され、一見して高価だとわかります! 大変珍しいものですが、この弓は弦を引くことができません」


 司会がテーブルの置かれた弓を取り、現に指をかけ引っ張るが一ミリも動かない。モニターで見る限り、その弦は植物の蔦にも見え、非常に柔らかそうに見える。

 影勝の視線はその弓にくぎ付けにされた。()()()()()のだ、その弓を。

 それは僕の弓だ。

 イングヴァルがそう叫んでいるのを感じる。


「しかもこの弓には見知らぬ文字が刻まれています。ダンジョンで発見される武具はありますが、文字が刻まれているの初めてではないでしょうか」


 モニターに映し出された文字を見た影勝は「わが主イングヴァル」と呟く。文字が読めるのだ。


「影勝君、読めるの!?」

「……エルヴィーラが餞別にくれた、世界樹の枝を削って作った弓だって。イングヴァルが騒いでる」


 植物を見た時くらいしか騒がない彼が、どうしようもないくらいに叫んでいるのを影勝は感じている。


「実用は無理でしょうが、芸術品、ダンジョン考古学的価値は高いと思われます! 一〇〇万円からとさせていただきます! 一二〇万、一五〇万、おっと二〇〇万円!」


 使用不可、しかも弓とあって反応は鈍いが徐々に金額は上がっていく。参加者の探り合いの様子を呈してきた。

 影勝は動いた。テンキーに五〇〇万と入力する。


「おっとぉ五〇〇万円がきました! 五五〇万、七〇〇万円!」


 影勝が入札するもあっさり更新されてしまう。影勝の入札が呼び水になって高額になってしまったのだ。


「くそっ!」


 影勝は小さくだがテーブルを叩いた。あれは絶対に手に入れなければならない。自分にできることを考える。手持ちには精霊水がある。が、これは出してはならない。出せば影勝自身、そして椎名堂にも悪影響が及ぶだろう。


「金になりそうなものは何かないか……」


 影勝がリュックを漁っていると、碧がテンキーを叩いた。モニターに表示された金額に会場がざわめく。


「一〇〇〇万円! 重ねて申し上げますが、使用はできない弓です! 一〇五〇万円! 一一〇〇万円!」


 碧の入札も小さく更新された。嫌がらせなのか、それとも高値で転売でいると判断した誰かがいるのか。

 再度碧がテンキーを叩く。「おおおおお!」と会場が揺れるようなため息の音で満たされた。


「二〇〇〇万円! 次はいませんか? いないようですので二〇〇〇万円で落札! 本日の最高額となりました!」

「よしっ! 影勝君、落札したよ!」


 満面の笑みの碧が振り向く。恐ろしく可愛く、恐ろしくお金に無沈着な笑顔だった。

 セレブこえぇ。

 影勝は心の中でそうこぼした。

 昼食をとる前に葵が商品お受け取りと支払いに向かうと、会場からは今日一番のどよめきの声が上がる。


「椎名堂!? なんであそこが?」

「入札してたのは女神()のほうだったぞ」

「弓……確かあそこに出入りしてる新人が弓使いだったな」

「いったい何が起きてるんだ」


 二〇〇〇万円を電子決済した葵が弓を抱え戻ってくる。会場は昼食などそっちのけで葵に視線をが集中していた。使えない弓を、他をぶっちぎる価格で落札したのが薬師なのだ。興味がわくのは仕方がない。


「はい、影勝くん」


 葵は二〇〇〇万円の弓を無造作に影勝に渡す。


「あ、ありがとうございます。代金は必ず払います」

「あら、いいのよ()()()()()。影勝くんから貰ったものはこれの何十倍何百倍なんだから」

「いやでも」

「それよりも、お昼にしましょう。食べるのは昨日と同じ場所ね」

「あ、はい」


 影勝の意見はぶった切られた。

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