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10.オークションに参加する影勝(4)

「慌てないで、のんびり歩こう」

「わわわわわかっちゃ」


 落ち着けないはずの影勝が落ち着いて、おねえさんのはずの碧が噛んだ。周りで「噛んだ」「可愛い」という囁きが聞こえたので敵ではないのだろう。影勝にとってはある意味敵かもしれないが。

 難病センターまで徒歩で一〇分ほどの道のりを、ふたりは探索者の集団に紛れ歩く。途中で言い争うような声が聞こえたが、影勝は無視して歩き無事にセンターに辿り着いた。探索者らはセンターに入ることはなく、周囲に屯っていたり近くのコンビニなどに分散している。影勝は受付に向かう。


「あの、アポはないんですけど」

「近江君ね。ちょっと待ってね」


 受付にいた医療事務員の女性がスマホを取り出しどこかに連絡をとり、手でOKマークを作ってくれた。ふたりはエレベータに乗り七階に上がる。


「緊張してきた」


 影勝は汗で濡れてしまった手をズボンで拭く。母親が意識を失ったのは影勝が高校に入ってからすぐだ。もう三年近く話ができていない。言いたいことはたくさんあるが、何から話をして良いか整理がつかない。


「顔を見るだけでも、いいんだから。お母さんも影勝君の顔を見たら安心するよ」


 碧はさっと影勝の手を取りキュッと握る。碧と手をつないでいるとホッとする自分に気がつき、影勝は握り返す。

 部屋の扉の前に立ち、軽くノックする。


「……空いてるわよ」


 聞き覚えのある母親の声に、目の奥が熱くなる。意を決して扉を開ける。部屋にはベッドで半身を起こしている母親と、その横で椅子に座っている病院長の瀬田の姿がある。点滴は受けているが、これは栄養補給だ。

 影勝の母千恵は痩せこけているが目に力があり、入室した息子をしっかり見ている。目をつむっている顔しか見ていなかった影勝は、記憶よりも老けてしまったような母親の顔に、過ぎてしまった時間を思う。


「……か、かあさん、久しぶり」


 影勝はなんとか声を絞り出した。千恵は碧に視線をやってから口を開く。


「元気そうね。よかったわ」


 千恵は穏やかな笑みを浮かべた。


「いま、旭川で探索者をやってるんだ。先月初めに探索者になったばかりだけど」

「……ごめんね、あたしが倒れちゃったから進学もできなくて」

「そんなことは」


 ふたりは言葉に詰まってしまった。誰のせいでもないのに、誰かのせいにしなければけない。強いて言えば、ダンジョンか。


「ああああの、はは初めまして、椎名碧と、言います! ああ旭川で薬師をやってます」


 沈黙を破るように、碧はどもりながらも声を張り上げた。影勝は自分のことで精いっぱいで碧の紹介を忘れていたことに気がつく。


「こんな恰好ですみません、影勝の母の千恵と申します。息子がお世話になりまして」

「いいいえいえいえ、たたた助けてもらってるのは私の方で、そそその、影勝君には助けてもらってばかりで、わたしなんて、ぜんぜん」


 ぺこぺこする碧に何もできずにおろおろする影勝。


「……影勝。フォローも入れられないの? 手をつなぐほど仲のいい娘なんでしょ?」


 あきれ顔の千恵がため息を漏らす。いまだ手を繋ぎっぱなしだったことに気がつき慌てて離すふたり。


「大まかには先生から話を聞いてるから。椎名さん、本当にありがとう」

「あああの、たた体調は如何ですか」

「お腹がすいたけどまだ固形をたべちゃだめって先生に言われるのが辛いところね」


 千恵がふふっと小さく笑うと、瀬田も笑顔になる。


「千恵さん、三年も寝ていたのに、起きてすぐに食べたら胃が驚いてしまいますよ」

「そうは言っても」


 千恵が胃のあたりを押さえるとグーとお腹が鳴る。


「胃は動き始めているようですね。普通のリハビリよりも早めても大丈夫かもしれません」

「味噌汁が恋しいわ」


 千恵が穏やかに微笑む。まだ大きな表情はできないのかもしれない。


「椎名さんの薬のおかげね」

「わわたしは調薬しただけで、そその薬は材料が特殊で、影勝君でないと、見つけられないものなんです。だから、すごいのは影勝君です。わわたしは何度も助けられてます」


 力説する碧に、千恵は微笑んだ。


「そうなのね、ありがとう影勝」


 その一言で、影勝は俯いてしまった。

 高校は頑張って通ったよ。バイトで金貯めて探索者になったよ。父さんの墓は綺麗にしてるよ。

 言いたいことがあるのに口から出ていかない。出ていくのは涙とこの一言だけだ。


「おかえり、母さん」


 落ち着いた影勝は椅子に座らされ、隣に座った碧に左手を腿の上に確保されていた。


「碧さん、もう大丈夫だって」

「こーゆー時はね、おねーさんに任せてればいいの」

「母親の前でスッゲーはずいんだけど」

「お母さんに写メ送っちゃおうかな」

「やめてー」


 母親の前でわちゃわちゃするふたりだ。千恵のまなざしは温かい。


「そっか、オークションで東京に来てるのね」

「はははい、母と一緒に来てます」

「昨日、わざわざいらしてくださったって。昨日は意識もはっきりしなくて、申し訳ないわ。よろしくお伝えください」

「いいいえいえい、目覚めたばかりですし、その、実際効果があるのかが気になりますし。そそその、実は、薬は、霊薬ではないので、完治の保証は、ないんです」

「先生からもそう聞いてるけど、その薬がなかったらこの目で影勝の顔を見ることはできなかったのだし、感謝しかないわ。他に苦しんでいる方がいるのだから、人柱くらいどうってことはないわよ」

「あああの、おかあさま、人柱ではなく、その経過を、その」

「ふふ、椎名さんは優しいのね。影、ちゃんと碧ちゃんを守るのよ?」


 そんな母に影勝は「わかってる」とぶっきらぼうに答えてしまう。


「まったくこの子は……ご迷惑をおかけしますが、息子をよろしくお願いします」


 千恵は深々を頭を下げた。

 検査の時間なので影勝と碧は退室し、難病センターを後にした。時刻は十六時近い。そろそろ戻らねばならないが、着いてきた探索者らはまだ周辺にいた。ふたりが武蔵小金井の駅に向かうとまた周りに集まってくる。


「この人たちはなんなんだろう?」

「えっと、あ、お母さんから返信が来てた。この人たちは八王子ダンジョンのクラン【三日月】の人たちで、周辺警護だって」

「俺たちの? それにしたって人数が多すぎな気がするけど」


 影勝がそっと周囲に視線をやると、彼らはふっと顔を背ける。なんで自分がと思ったが結構やらかしていることも思い出す。霊薬を見つけるためだったんだと言い訳したいが、それがためにこうなってしまっているのも事実だ。迷惑をかけている範囲が大きくなってしまっている。


「何かお礼をしないとまずいかなぁ」

「うーん、ホテルに着いたらお母さんと相談しよう」


 ふたりは周囲を探索者らに固められながら文京区にあるホテルに辿り着いた。オークションは終わっているものの葵はまだ帰ってきていない。外をぶらつくとまた探索者に迷惑をかけそうなのでふたりはホテルの部屋で待っていることにした。


「そういえば明日のオークションは、何を出すの?」


 高級なリビングで落ち着かない影勝はしっかりとした座り心地のソファに浅く腰かけ、碧が淹れてくれた薬草茶を飲みながら問う。東京に来た一番の目的を達した今、やるべきことはオークションだ。


「うーんと、うちはED対策薬の元気君と不感症解消薬の元気ちゃんと傷跡消し専用の傷薬、かな」

「EDに不感症……」

「そんな顔しなくても……大人はストレスに囲まれてて精神的な疲労が肉体に影響を与えちゃうから、それの解消する薬って需要が多いんだって。他の薬師も同じような薬を作ってるし、医療用媚薬みたいな興奮剤を作ってる人もいるんだ」

「……薬師コワイ」

「怖いのはその状態にしちゃう社会だと思うよ」

「そうかもしれないけどさー」


 薬は、影勝が想像をしているより違うものを求められているのだと知った。病気を治すものだけではなく、いろいろな悩みを解消する薬は、必要なんだと。足が悪い人のために杖があるように、支えになるものは必要なんだと。それが倫理的に問題だと思われてしまいそうなものでも。


「薬師もね、ダンジョンなんかが発生するずぅぅぅっと昔から、それと戦ってきたんだよ」


 碧の顔は真剣だ。薬師としての矜持か、それとも()()()の想いか。その言葉は重く感じた。


 翌朝、やはり朝食は会場で食べる予定の一行は、コンビニによりめいめいが好きなものを購入した。昨日購入したジャムが余っていることもあって影勝はまた食パンだ。

 オークションも二日目となり、参加者層にも変化があった。明らかに個室が増え、椅子席が減っていた。半々だったバランスが椅子席三に対して個室が七程になっていた。


「今日はなんか人が少なくなった気がする」

「二日目からは商品が高額になってくるからね。個人の探索者も減って、クランと企業くらいになってるわ」


 影勝の疑問には葵が答えた。富裕層の参加者が増えたために影勝らの個室はだいぶステージから離れた場所に宛がわれていた。麗奈は用事があるのかオークション会場には来ていない。


「モニターで見れるから問題はないけど、ステージが見にくいと臨場感というか参加してる雰囲気が減るなぁ」

「そこは会場の大きさの問題もあって解決が難しいところね。会場を広げると警備も大変なのよ」

「あー、そうですよねぇ」


 葵に教えられ、影勝は理解した。昨日、知らないクランに護衛されていたのだから。

 ふたりが出歩いただけであの数だ、目立たないが会場警備はかなりの人数になるはずだ。参加者を装って中にいるものも多いのだろう。


「相変わらず外人もいるし、あ、昨日見かけた人だ」


 影勝は近くの個室にいるふたりに見覚えがあった。影勝の母親より年嵩の女性と、中年男性だ。女性は背が低くラフな恰好で小さなおばあちゃんという風だ。男性は紺のスーツ姿でビジネスマンに見える。


「八王子のクラン【三日月】の相川代表と家永副代表ね。八王子の最大手クランで、所属する探索者は三〇〇人くらいいたはずね」

「そんな大きいんですか? でかい会社並みの人数じゃないですか」

「企業からの依頼とかは量も多いし、人数が必要な場面が多いのよ」

「そうなんですね。あ、旭川にもあるんですよね、クランて」


 旭川はそもそもの人数が少なく、クランも大きくない。そもそもソロでやっていく影勝は見向きもしなかったので知らないのだ。


「そうねぇ。採取クランの【花冠】と狩猟クランの【明王】がツートップって感じね。あとはソロ探索者の寄り合い的な【月光】ってのもあるわ」

「ソロでもクランなんですか?」

「個人事業主の集まりみたいな感じかしらね。ボッチ連合とか陰で言われてるけど、集団に属していないと情報が得られないのよ」

「あー、それわかります。俺、何も知らないです。その、俺も【月光】ってとこに入った方が良いですかね」

「あら、影勝くんはうち(椎名堂)専属になってくれれば問題は解決よ? むしろ全国の情報も得られるし、メリットは大きいわよ?」


 これ幸いと葵は影勝を勧誘する。影勝はちらっと碧を見ると、彼女と目が合った。


「影勝君がうちに来てくれれば、嬉しいな」


 控えめにはにかむ碧に、影勝は吐血しそうだった。

 なんだこの可愛い生物は。国で保護すべきだ。いやむしろ俺が保護する。と暴論と唱える。

 実のところ、ギルドで碧と一緒にいるところを複数回見られている影勝は椎名堂に出入りしていると認識されてるのだが本人はそれを知らない。

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