10.オークションに参加する影勝(3)
「この方々は信用できるわよ」
にこりとした葵が許可を出したので、影勝も口を開く。
「自分が見つけたリニ草の群生地は、ダンジョン三階の範囲外、です。森に入って四時間ほど歩いた先で見つけました。ドカン茸の姿はありませんでした」
「ふむ、そうか」
綾部がギルド長らの顔を見るが、彼らは真贋つきかねる顔をしている。ダンジョンが発生してすでに一〇〇年以上たっていて、今更ダンジョン外などと言われて即信用することなどできない。
だが影勝は、そこで森が終わっていたことは黙っていた。この情報のほうがやばいと感じたからだ。
「ダンジョン外。それは、鹿児島でも、可能?」
真剣な顔の麗奈が影勝に問うた。
「旭川以外のダンジョンに行ったことがないので、その、わからないですね、すみません」
「そう……ありがとう」
麗奈は俯き、黙ってしまう。何かあるのだろうかと思うが、聞くのも違う。気になる影勝ではあるが、触れないようにした。
「あの映像に出てくる泉にカエルの姿の精霊がいたようですが、あれ以降会う機会はありましたか?」
次は玄道だ。なにやら査問会の様子を呈してきた。影勝は問題行動などはしていないのだが。
「ダンジョン一階の森の奥には何度か行ってますが、あの泉は彷徨う泉のようで、同じ場所にあるわけではないと精霊から聞きました」
「彷徨うのですか。判断に困りますね」
玄道は腕を組んで考え込んだ。鹿児島の二人は行動が似ている気がする。
「今回オークションに出す予定の新薬は、実のところどれだけ在庫があるのかしら」
坂本が扇子で口元を隠しながら聞く。口元を隠すあたりイヤらしい。
「それは椎名堂としてお答えします。妖精の秘薬に関しては現在二万人分程は確保できています。ダンジョン病への効果は現在経過観察中です」
「そう。昨日、意識を取り戻したってところまでの報告は受けたけど」
「本日朝、眠りから目が覚めたところを病院長が確認しております。会話も交わし、意識と記憶がはっきりしていることも確認できました。バイタルに異常はなく、寝たきりで筋肉が衰えているので座ることは難しいようですが、リハビリすれば社会復帰も可能ではないかとの報告がありました」
「わたしの未来視と同じね。効果は間違いないけど、どこまでかはこれからね」
坂本がピシっと扇子を閉じた。
母親の病状の報告がなされ影勝の腰が浮きかけるも、その手を碧が握る。
「影勝君、大丈夫」
「あ、あぁ……ごめん」
「おててはお姉さんが握ってましょうねー」
「いや俺幼稚園児じゃないし」
影勝の左手は碧のふとももの上に確保されてしまった。うかつに動かすとセクハラになってしまう、絶妙な位置だ。
「影勝くん、黙っててごめんね」
「いや、母さんの具合が知れてよかったです。話ができるまでになったんですね」
「影勝くんが持ち帰った薬草と精霊水のおかげでね」
葵のフォローも影勝の耳には入らなかった。オークションで東京にいる間にもう一度会いに行きたい。話がしたい。
「すげーなおい。すげえだけに影響がでかすぎてかじ取りを間違えっと戦争だぞこれ」
「金井、デリカシーは嗜みだぞ」
「わりーな、俺っちにそんなもんは搭載されてねーんだ」
綾部の指摘にも悪びれない金井だが目は真剣だ。
「真弓ちゃん、五年後はどーなってんよ?」
「貴方ねぇ、わたくしのことは坂本様と呼びなさいと言ってるでしょ。そうね、日本ではダンジョン病で寝込んでる人はいないわね。それが新薬の効果かまでは視えないけど」
「そりゃすげー。ノーベル賞を総なめにできそうだな」
影勝には理解できない会話が飛び交う。
「影勝くん、午後はここにいなくてもいいから、お母さんの所に行ってらっしゃい」
「え、いいんですか?」
「オークションよりも優先は肉親でしょ? 碧もおねえさんとしてついてってあげなさいね」
「うん、行ってくるね」
「影勝くんに東京を案内してもらいなさい。どこかにしけこまないでホテルには帰ってくるのよ?」
「わかってる!」
「あ、あのすみません、病院に向かいます」
影勝は一堂に深く頭を下げ、部屋を後にした。碧も後に続いて部屋を出て行った。
「まー、いま会場に戻るよりはいーだろーな。よっしゃ、うちの奴らに周囲をガードさせるわ」
金井が面倒くさそうにスマホを取り出し、どこかに連絡し始めた。
「おう俺だ。タゲが会場を出て電車で出かけっからお前ら周囲に散っとけー。邪魔しそうなやつを見かけたら足止めしとけなー。ギルドからの特別依頼扱いでいーぞー」
金井は指示を出すとスマホをしまう。
「東京のことは俺っちに任せとけ。いくら各地の腕利きだって土地勘がないときっついだろ?」
「チャラ男にしてはまともなことを言うわね」
「真弓ちゃんは容赦ねーなー。俺っちに惚れちゃった?」
「貴方、鏡は見たことあるのかしら?」
金井と坂本が言い合う。他のギルド長らは「またか」という顔だ。この二人は馬が合わないのだ。
「これで米軍の裏をかけましたかね」
「裏をかいて近江君も満足、我々の印象もよくなって一石三鳥くらいだろうか」
「そううまくいけばいいがのぅ」
玄道と綾部が楽観的にみているが、加賀は和服の既に腕を入れ、唸っていた。その頃の防衛省では、二瓶がアメリカ大使館に連絡を取っているところであった。
なるべく穏便に。各所がそれぞれ動いているのである。
丸の内のビルを出た影勝と碧は東京駅から中央線で小金井に向かう。電車で四〇分少々の旅だ。ゴールデンウィークだからか電車は若者がたくさん乗り込んでいたが、影勝と碧は運よくドアわきのシートに座っていた。
「やっぱり東京は人が多いね!」
「まぁ多いんだけど、今日は妙に多い気はする」
影勝はシートがすべて埋まり吊革につかまっている人も多くいる車内を見渡す。
ゴールデンウィークの電車って俺も乗ったことはなかったけど、こうだったっけ?
少し前の高校生活は自転車通学だった影勝は電車の混み具合はよく知らない。東京駅とはいえ連休の昼間にシートが埋まるほどの乗車は珍しい。
いまふたりの周囲にいるのは金井の指示のもと駆け付けた八王子ダンジョンの【三日月】という八王子で最大手のクランの探索者たちだ。首を後ろに向けて窓の外の景色を見ている碧を眺め「あれが椎名堂の」「めっちゃ可愛いんだけど」「八王子に来てくれないかな」などとひそひそ話をしていた。
「ビルばっかりだね」
「ずっとビルか家しか見えないかなぁ」
「都会だ!」
「ギルド周辺と比べればそりゃーねー」
「あ、お茶飲む?」
「電車の中でお茶を飲む習慣はないかな」
「ぐぅ、都会の洗礼」
「人が多くて飲み物とか持ってると人にかかっちゃうじゃん?」
碧が世話を焼きたがるもボックス席でもない電車内で飲食はナシだろう。影勝はなんとなしに【気配察知】スキルで周囲を窺った。
「ん……」
影勝が乗っている車両には、影勝に圧を感じさせる複数の探索者の気配を感じた。しかも隣の車両へつながる通路を阻むような場所にいる。周囲にいる人らをよく見ると、手の甲や頬などに切り傷が見られ、明らかに堅気の人種ではないとわかる。
探索者ばっかりか? 八王子にでも行くのか?
中央線の先には八王子ダンジョンがある。八王子ダンジョンは草原ダンジョンとも言われ、旭川と同じように動物型のモンスターが多い。旭川ダンジョン二階のように見通しも良いので新人探索者には向いているダンジョンであり、また東京という立地から全国から人が集まりやすいダンジョンでもあった。影勝も霊薬を求めないのであれば八王子に行っていただろう。
ちょうど連休でもあり、そこに行く探索者が多くいても不思議ではない。ただ、今から行っても二時間程度しかいられないだろうが。
「わ、お堀が見える! 江戸城だ!」
「いや皇居だから」
「石垣カッコイイね!」
「天守閣はないけどね」
碧のテンションが高い。だが碧の眼鏡の奥の瞳がきらきらと輝いているので、影勝もなんだか嬉しくなる。
四ツ谷駅で少し人が乗ってきた。車内はそれなりに混雑している。
また探索者か? 防衛省があるからかもだけど、レベル高すぎだろう。
影勝が圧を感じるほどの探索者が増えていた。実際は防衛省から急遽派遣されたレンジャー兼務の探索者である。影勝はまだ四級でしかない若造なのだ。
そんなことには気がつかない碧は車窓に夢中だが、あえて教えることはないと影勝は黙っている。
「どこまで行ってもビルだね」
「高架を走ってるからしょうがないっちゃしょうがない」
「電線も多くて街って感じがする」
「旭川は地中化されてるから空が広くていいじゃん」
「土地も広くって余っちゃってるけどね」
碧と影勝の受け取り方に土地柄が出てくる。隣の芝は青いのだ。
アナウンスが次の駅が武蔵小金井だと告げる。
「次で降りるから」
「あ、うん」
碧が白衣の袖や襟に手をやり整え始めた。
影勝は横目で見ているが、そもそも白衣なんで整えても、とは言えない。碧にとってあれが正装なのだ。少なくともあの白衣はそこらのブランド服よりも数十倍高価だ。なんならあの白衣で高級車が買える。
電車が減速すると影勝は立ち上がる。遅れて碧も立ち上がり影勝の左手を握る。別にスキルを使うわけじゃないんだけどと思うが万が一の場合を考えればこれが最適解かと影勝は考え直す。碧は影勝のために来てくれているのだ。彼女を護るのは自分の責務である。
影勝らが電車を降りれば、周囲の探索者らも降りる。武蔵小金井はターミナル駅ではないので大勢の人間がぞろぞろ歩くのは不自然ではある。しかも影勝らを取り囲むように歩いている。
「いっぱい人が降りるんだね」
「……みな探索者だ」
影勝は碧に小声で話す。
「えええどどどどしよう」
「ヤバそうなら逃げる。けど、いまのところ何かしてくる感じじゃないかな」
何かするなら閉鎖空間の電車の中の方がやりやすいはずだ、と影勝は判断している。探索者の人混みに紛れることも都合がいい。
「慌てないで、のんびり歩こう」