10.オークションに参加する影勝(2)
「さあさあどんどん参りましょう! 次はこれだ!」
商品はモンスターの角だ。武器の素材らしいが木の枝の矢を使っている影勝はイマイチそそられない。
「初日は比較的安いものなんだよ。高くても一〇〇万いかないくらいの。うちも、普通の傷薬と妊娠促進薬くらいしか出してないんだ」
「一〇〇万以下で安いとか、感覚が違い過ぎる」
「影勝君も慣れちゃうよ」
「いやむり」
隣に座る碧から薬草茶をもらいながら説明を受ける。慣れるわけない。
「ここらかはポーションになります。各ギルドの錬金術師が丹精込めて作成したポーションは効き目も保証致しますぞ! まずはバフポーションから!」
司会の前の台に小瓶が載せられる。
「バフポーションとかあるんだ。知らなかった」
「一時的に力を強くするとか足を速くするとか、薬ではできない分野だね」
「棲み分けができてるってわけか」
影勝はモニターに映るパフポーションを見つめた。自分が使うことがあるのか。だとしたらどんな効果を望むのか。それに見合う金額なのか。
まだ新人探索者の影勝には相場観はない。今回のオークションで少しでも身につけねば。
「次は魔力ポーションです! 原料のエテルナ草を厳選した一品で、普通の魔力ポーションよりも回復量が多くなっております! ダンジョン奥へ挑む魔法使い様にはうってつけではないでしょうか! さぁ五万からです。六万、八万、九万!」
魔法使いを擁するパーティーやクランなどが入札しているのだろう。
「民間の企業とか研究機関も落札して成分を調べて自社製品に反映させるとかもあるのよ」
「厳選した製品も普通のも、ギルドは同じ価格で買い取るからね」
「それならオークションに出したほうが儲かるかー」
なんとなくギルドの闇を見た感じがする影勝だ。
出品もポーションが終わり、薬師の薬に変わっていた。椎名堂は二種類の薬を出品している。
「お次は、旭川椎名堂の妊娠促進薬です! 原料不足で供給が滞ってありましたが久々の出品となりました! 妊活に励む探索者さまや不妊治療で悩んでいるお客様に福音であります! 百発百中と評価が高い椎名堂の妊娠促進薬五錠一組が一〇〇セットあります! さあこの機会に! 一セット三万円からです!」
司会が煽るとモニターには入札金額が映し出され、すごい勢いで上がっていく。一〇〇セットあるので金額表示も一〇〇か所ある。
「うっわ、もう一〇万なんだけど」
「探索者も婚期を逃してる人が多いのよ。碧も逃さないようにね」
「わ、わたしはまだ二十二歳だもん!」
「そう考えてるといつの間にかアラサーになってるのよ」
葵がしみじみと語る。身に覚えがあるのだろうか。
オークションには個人だけでなく企業も参加しており、争奪戦になっていた。妊娠促進薬は他の薬師や製薬会社も作ってはいるが、椎名堂の薬の効果が頭二つほど抜けている。女性が服用すれば正常な卵子が、男性が服用すれば正常な精子の生成を後押しするのだ。
また不妊治療は高額になりがちであり、一〇万程度など格安といえた。入札価格が高い順に最低価格が二十四万円になっていた。手数料は引かれるもののおおよそ二五〇〇万円の売り上げである。影勝は開いた口を閉じられないでいる。
「うちはこれと傷薬ね。今日は影勝くんにオークションの空気を知ってほしくってね」
「ありがとうございます。司会の人がうまいので魅入っちゃいます」
「あの司会の人、オークションのためにタレントから引き抜きした人材みたいよ?」
「そこまでする!?」
影勝もびっくりである。
「さぁ盛り上がっておりますがそろそろお昼時となります! わたくしもしゃべりっぱなしでのどが渇いておりますので、ここで休憩といたしましょう! オークションの再開は十三時からになります! 午後のオークションもこうご期待です!」
ちょうど影勝の腹時計もお昼を告げていたころ、オークションも昼休みに入った。参加者が一斉に動き出すので通路は人人人の波だ。
「お昼は綾部ちゃんと一緒に食べる予定になってて、あ、来たわね」
「お疲れ様。初日だから面白そうな出品は少ないだろうが、楽しめてもらえたら僥倖だ」
会場はエアコンも効いていて快適なのだが綾部はマフラーをしている。どれだけ寒がりなのだろうか。
「昼は親睦もかねて他ギルド長との会食だ。高田くんも来てくれたまえ」
綾部がさらっと述べた内容に、影勝は「ん?」と首を傾げた。
他のギルド長と会食?
椎名母娘は理解できる。綾部とも仲が良く、薬師としても一流だ。だが自分もなのかと疑問に思う。
「あの、それって俺もなんですか?」
「当然だ。むしろ君が主賓だ」
「な、なんで俺が主賓なんです?」
「行けばわかる。近江君すまないがスキルを使ってくれないか? あまり行動を見られたくないのでね」
当たり前のように言う綾部に「それってよからぬ行動じゃないですかー」とは言えず、影勝は「ア、ハイ」と従うしかなかった。長いものには巻かれるべきだ。
碧が影勝と手をつなぎ、碧は葵と。麗奈は影勝の右手を確保し、綾部は影勝の肩に手を置いた。
「こうして殿下に触れるのも久しぶりだ」
「……いやその殿下って」
「気にしないでくれたまえ」
意味深な綾部にジト目で返事した影勝はスキルを発動させた。
「不思議な、膜?」
「麗奈さん、影勝君のスキルだよ」
「碧が言ってた……境界を超えるスキル」
麗奈と碧がひそひそ話をしている。
「懐かしいな、この感覚は……」
綾部が遠い目でどこかを見ている。
ギルド長は知っている風だけど、どこで知ったんだ?
影勝の疑問は増すばかりだ。答えがないのは非常につらい。
「感傷に浸っている場合ではないな。近江君、人波が収まったら出て右のほうへ向かってほしい」
「右、ですか」
個室を出て右だと、入ってきた方角とは真逆だ。
疑問はあるが従っておいたほうが無難と考えた影勝は、五分ほど待って通路が空いたタイミングで個室を出た。
椅子席の参加者はほぼすべてで払っていて、個室にいる参加者はめいめい持ち込んだ昼食をとっていた。服装はまちまちだが高級そうに見える。
「突き当りを右で、その通路を行くと階段がある。そこを上に行く」
一行は綾部の指示通りに歩いていく。立ち入り禁止の看板の近くで警備している探索社風の男性がいるが、影勝らはその目の前を通り過ぎていく。麗奈はあたりをきょろきょろ見て人を発見しては声を出し、何の反応もないのを楽しんでいる。
「うん、楽しい」
麗奈はニコニコである。
階段を上った先には、中年の男女四人が談笑をしている。玄道、金井、加賀、坂本の各ギルド長だった。影勝は彼らに言い知れぬ圧を感じた。ただものではないと。
「彼らの目の前に行ってスキルを解除してほしい」
「わかりました」
どんな意図があるかは不明だが、ともかく綾部の指示に従った。彼らから一メートルほど離れた場所で止まり、影勝はスキルを解除した。途端に四人が振り向く。
「綾部、いつの間に来てたのよ!」
「少々遅れた。許せ」
「……ふむ、これが彼のスキル、ですか」
「お、おおお!? 俺っちの風が感知できなかった、だと!?」
「ほほぅ、まっこと面妖だのぅ」
彼らは不躾にも影勝を見定めるように凝視している。まさかな、と思ったとき。
「近江君、わたしを合わせたこの五人が、現在のダンジョンギルドを仕切っているギルド長だ」
綾部にそういわれ「やっぱりかー」と叫びだしそうになったがぐっと口を止めて遮った。頑張った。
「腹も減ったしよー、早く部屋にいこーぜー」
長髪でちゃらそうな金井がだるそうに親指で奥にある部屋を指す。見た目通りだなこの人、と影勝は感じる。人の見た目は、ある程度その人なりを現わしているのだ。
「そうね。目立っていいことはないわね」
「今日はわが鹿児島のうまいものを詰め込んだ自慢の料理です。熱いうちに食べてください。明日に出品する予定の豚肉ですので」
サラリーマン然とした玄道が影勝にそうささやく。「ぐー」と影勝の腹が返答をすると碧が「おなかすいたよね」と彼の手を取り部屋に向かう。それを合図に一行は部屋に入った。
そのころ会場内の椎名堂の個室の前では、屈強な白人三人が無人の室内を見ていた。マイケル・デイモン少佐とその部下だ。
「日本陸軍に足止め食らってるうちに逃げられたな」
「顔は見た。なぁに、チャンスは三日間ある」
「日本には果報は寝て待てということわざがあるそうじゃないか」
「いないもんは仕方がない、飯にするぞ」
「イエッサ」
影勝の知らぬところで事態は動いていた。その影勝はというと。
「やべぇ。ダンジョン産豚肉やばすぎる。なんで豚肉が口でとろけるんだ!?」
その当事者は、つれられた部屋で鹿児島ダンジョンのドロップ品である高級熟成豚肉を口にしては叫んでいた。熟成豚肉をトンテキ、から揚げ、冷しゃぶと豚三昧の料理が皆の前に並んでいるのだ。
「それだけおいしそうに食べていただけると、持ってきた甲斐があるというものです」
玄道は目を細め、嬉しそうに微笑む。
「くやしーけど、マジでうめーな」
「クッ、こんなことならとっておきのカツオを持ってくるべきだったわ」
「ジンギスカンではこの柔らかさは出せないな」
「米もうまいとは。米どころ北陸としては、負けておれんなぁ」
「おいしいー」
「いつ食べても、うまい」
「んー役得ねぇ。おいしいわ」
「んまー!」
皆も堪能しているので影勝も遠慮なくはじけていた。いろいろあるが影勝はまだ十八歳である。遊びたい盛りでもあるのだ。
あっという間に平らげた影勝に、碧が薬草茶を淹れる。
「おいしかったね」
「ありがとう。これだけうまい豚肉は初めて食った。あぁ、薬草茶がいい感じで身体にしみる」
「これ、乾燥リニ草をいれてあるの」
「は? 超高級薬草茶なんだけど!? いつの間に作ったの?」
「み、みなさんもどうぞ。体にたまった老廃物質とかを解毒してくれるので、疲労を減らしてくれます」
碧は紙コップに入れたリニ薬草茶を配っていく。幻ともいえるリニ草入りのお茶に、ギルド長らですら目を見開いた。
「……これ一杯でおいくらになるのかしら。体にしみこむ感じが道後温泉につかってるようで、気持ちがいいわ」
「値段はつけらんねーなー。まーじうめえ、指先まであったかくなってくなこれ」
「ほっほっほ。これを飲んでいれば百までは余裕で生きられそうだの」
「地元の薬師会から「ずるい」と突き上げがきそうで怖いですね。黙っておきましょう」
リニ草茶を飲んだ各ギルド長らの感想だ。おおむね好感触である。そんな中、綾部が影勝に向く。
「……近江君、リニ草の在庫はあるのかい?」
「えっと……そうですね、群生地は抑えてます。リニ草は鮮度が大切なので保管ができないんです」
「それは、ダンジョン内かね?」
「えっとそれは……」
綾部の問い詰めに、影勝は葵に助けを求めた。各ギルド長らも影勝の発言を待っている。自分が呼ばれた理由が分かった気がした。