10.オークションに参加する影勝(1)
いよいよオークションが始まる。開始が午前九時でまだ七時だが、丸の内にあるオークション会場には武器を携えた探索者や集団で屯するクラン、スーツ姿の企業関係者、迷彩服の自衛隊、そしてラフな格好でその鍛えられた筋肉を見せつける在日米軍が集まり始め、緊張感と熱気で空気が歪み始めていた。
「こんなにのんびりでいいんですか?」
椎名堂一行はまだホテルでハイヤーを待っていた。朝食は会場に着いてから食べるつもりのようで、影勝のお腹は悲鳴を上げている。
「初日だから、買いたいと思う商品も少ないんだよね」
「同意。本番は明日から」
碧に続き、なぜか一緒にいる麗奈にも諭されてしまう。どうせいく先は同じなのだからと麗奈も一緒にハイヤーに乗るのだ。合理的ではある。
「あ、来ましたね」
昨日と同じ車で運転手も同じ久能だ。サッと乗り込み丸の内へ向かう。ゴールデンウィークだからか都内も空いている。
「そういや、オークションの金のやり取りはどうやるんだろ」
「基本は探索者証の電子決済なんだよ。その場で決済、その場で持ち帰る、が暗黙の了解ってやつ?」
「マジックバックすら持たない段階ではオークションは早いってことでもあるよの」
「厳しい現実を見せられた!」
椎名母娘はそう語る。影勝には早すぎたのだ。
「コンビニがあるわね」
「朝ごはんを買おうよ!」
途中のコンビニに寄り朝食を買う。碧はショーケースの前で何にしようか迷っている。麗奈はサンドウィッチで迷っていた。
「コンビニでおにぎりを買うセレブ……」
影勝の中のセレブ觀が壊れていく。影勝は量を優先して6枚切りの食パンにした。ジャムも買う。
コンビニで朝食とおやつを確保した一行はすんなり丸の内に着いた。
「オークション終了時間にお迎えにあがります。ご予定が変わりましたら連絡をいただければすぐに参りますので、お気軽に教えていただければ」
久能はどこかで時間を調整するらしく申し訳なく思ってしまう。やっぱり庶民な影勝だった。
丸の内にあるオフィスビルの一角が会場になっており、大きさはコンサートホールほどもある。いくつかの入口があるが、オークションの安全確保のために出入り口は一つになっている。すでに列になっており、影勝らは最後尾に並ぶ。
「割とスーツ姿が多いような」
「企業の参加も多いのよ。ギルドも売る先を絞ってるから」
「取引できない会社はこの機会に買うしかないのか」
休みなのに大変だ。
そんなことを話していると、やたらと視線を感じる。葵も碧も緑まみれの白衣であり、麗奈は赤い髪に赤いつなぎだ。影勝はジーンズにパーカーという一般人代表な恰好だ。
「麗奈さんは綺麗だからね」
「碧こそ可愛い」
お互いに謙遜しているのだろうか。いやその服装だと思う、とは言えない影勝だ。
「おい、あれ、高田製作所の!」
「横にいるのって、椎名堂!?」
「武器を作って欲しいなあ」
「古傷が消える傷薬、売ってくれないかなぁ」
あちこちからそんな声が聞こえるので影勝はその辺に転がってる石になりきることにした。新人にはキツイ。
「なんだあの背の高いやつ」
「浮いてるな」
予想通り影勝に流れ弾が来た。
俺は一般ピーポーなんだから仕方ないだろ。俺は悪くない。
影勝は心で哭いた。
「影勝君の凄さはすぐに知れ渡っちゃうね」
「知れ渡らなくてもいいんだけど」
「それならわたしが独占できるね!」
ふふっと碧が笑うと周囲がどよめく。なお気まずい。早く列よ進め。
影勝の祈りが通じたのか、すぐに番が来た。番号札を渡された。椎名堂の番号札は百二十五番。順番にしては番号が若い。
「その番号は固定なんだよ。一〇〇番台は旭川で、二〇〇番台が八王子で三〇〇が金沢、四〇〇が高知で五〇〇が鹿児島になってるの」
「麗奈は五〇一番」
「なるほど。わかりやすい」
入口からホールに入る。そこは、ステージを正面に椅子席とパーテーションで個室的に区分けされており、中央にある通路を挟んで前方は椅子席で後方が個室という分け方だ。ちなみに個室はVIP席でもある。
「わたしたちは個室の方だよ」
個室は来場順で、ホテルから一緒な麗奈は隣になるようだ。その個室エリアへの入り口に、アマテラス製薬の天原が立っている。今日も細身のスーツ姿だ。見たことのあるお供が二人いるが、先日ほどの圧は感じられない。影勝も強くなったのだ。
天原を認識した葵が前に進む。
「アマテラス製薬さんも何か出品なさるの?」
「いえ、弊社だとオークションに出せるようなものもありませんので。それよりも椎名堂さんが出す物がだいぶ噂になっているようですが」
「あらそうなのかしら? 大したものは出せないのだけれど」
葵は眉尻を下げ困った顔をする。大嘘である。
「二年ぶりですもの、オークションを楽しみますわ」
碧が会釈して天原の脇を抜けるので後をついていく。天原の視線が刺さる感触はあるが、影勝は無視した。葵がスルーしているのに影勝が蒸し返してはならない。
「米軍には気をつけてくださいね」
影勝の背後から声がかかる。影勝は振り返るが、見えたのは天原の背中だった。
「うーん、だいぶ情報が漏れてるみたいね。ギルド経由でしょうけど。まあ、いずれバレるのだから、気にしても仕方ないわね」
葵は気にしない風だ。どことなく王者の風格を感じる。
「えっと、うちの個室はここだね」
碧が空いている個室を確認する。六畳ほどの空間がある個室とは言え正面はガラ空きで、側面や後方から見られないようにしているだけだ。
「麗奈は隣」
一緒に入った麗奈は隣の個室だ。ひとりでのびのび使うのだろうか。
個室には柔らかそうなソファとテーブルがあり、その上にモニターとテンキーが置かれている。テンキーで数字を入力できるようになっており、これで入札するのだ。番号札を読み込むカメラもあり、入札するのが誰なのかがわかるシステムになっている。
「ギルド長は別のところにいるんですかね。あ、外人もいる」
影勝がなんとなしに会場を眺めているとマッチョな白人を見つけた。椅子席の一角を筋肉が独占している。鋭い目つきで周囲を窺っていて少し怖い。あれが米軍だろうか。
「さて、始まる前に食べちゃいましょ。麗奈ちゃんもこっちにいらっしゃい」
葵さんの音頭で朝食が始まる。麗奈もそそっとこちらに入ってきた。着席していただきます、だ。
「影勝君、パンにジャムをぬってあげる」
「影勝君、薬草茶を入れたよ。熱いから気を付けてね」
「影勝君、サラダもあるよ」
碧がかいがいしく影勝の世話を焼く。もはやオカンだ。
個室とはいえオープンブースなので通路からはよく見える。通行する参加者が驚いた顔になっていく。
「おいあれ椎名堂の」
「誰あいつ?」
「麗奈さまもいる!?」
恥ずかしいと思う影勝だが碧が眼鏡の奥の瞳をキラキラさせているので黙って世話を受けている。大きな弟の世話をしている気分なのかもしれない。
葵はニヨニヨしており、麗奈も最初こそ驚いていたが慣れたのか温かく見守っていた。
開始時刻の九時が迫り、会場内の人の動きも慌ただしくなる。
「そろそろ始まるわね」
「麗奈は戻る」
「おやつの時間にはいらっしゃいね」
麗奈が戻り、個室には三人になった。個室のモニターにはステージの様子が映し出される。ステージには入札金額を表示する巨大なモニターと商品を置くと思われる台があり、その台をいろいろな角度から映し出すようなカメラも多数ある。
影勝は緊張し始める。
ステージには派手なマイクを持った金ぴかのスーツを着た男性が現れ、会場に深々と一礼した。
「さぁ、今年も始まりました、ギルド主催のオークション! 司会を務めさせていただきます、迷宮探索庁広報部所属の片桐と申します。若輩ではございますが、何卒よろしく申し上げる次第でございます!」
司会の片桐が開会のあいさつをするとまばらに拍手が起きる。影勝もぱちぱちと適当な拍手で合わせた。
「本日から三日間開催されるオークションではどんなドラマがあるのでしょうか? 今年は鹿児島から高田製作所さまや二年ぶりとなる旭川の椎名堂さまも出品されます! 漏れ聞くところによると、とんでもないものを出されたとか! さぁ準備ができたようですので、オークション初日を開催したいます! まず最初は、各ダンジョンのモンスターのドロップ品からです!」
司会の男性が盛り上げるよう、テンション高めに進行してゆく。最初の掴みなので身振りも大きく、影勝も思わず見入ってしまう。
「鹿児島ダンジョンに出現するオークファイターがドロップする豚肉です! 国産黒豚以上の柔らかさで豚トロとも言われる、鹿児島ダンジョンでしか味わえない絶品の出品です! まずは五万円から!」
絶品と聞いた影勝は思わずモニターを凝視してしまう。強い赤みの肉のブロックが台に置かれている。照明の当たり方なのかとてつもなく旨そうに見え、影勝の喉が鳴った。
「鹿児島ダンジョンでしか食えないのか」
「通販でも買えるけど、鮮度が落ちるのよね」
「オークションは違うんですか?」
「オークションに出すような肉は熟成させた肉なのよ。豚シャブにすると口の中で肉が蕩けるわよ」
「くっ、食いたい!」
「まあ落ち着きなさいな。食べる機会なんてこれからいくらでもあるわよ」
葵にふふっと笑われ、影勝は正気に戻った。最初の出品からすでに空気に呑まれていた。