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幕間.ある日の米迷宮軍の記録

 これは、およそ一〇年前の米迷宮軍のダンジョンでの戦いの記録だ。


 この日はコヨーテ小隊三十五人でコロラド川ダンジョンの十一階の威力偵察の任務だった。当時まだ三十六だったマイケル・デイモン准尉は分隊を率いる分隊長だった。率いるは第三分隊一〇名で通称コヨーテ三と呼ばれていた。

 コロラド川ダンジョンは旭川ダンジョンと同じく森ダンジョンで、米迷宮軍は一〇階の草原に前線基地(ベースキャンプ)を建設していた。そこからの出撃となる。

 兵たちは主に戦士職で構成され、衛生兵の白魔法使い、遠距離攻撃の黒魔法使いが混ざっている混合パーティだ。装備は剣などの近接武器が中心だが小銃や携帯ミサイルなども持っていた。武具は別のダンジョン産の鉄を使ったボディーアーマーで、強度と動きやすさを兼ね備えた米迷宮軍専用の防具だ。


「今日は威力偵察だ。戦闘は可能な限り避けるぞ」


 コヨーテ三指揮官マイケル・デイモン准尉は兵卒の前で説明をした。マイケルは二級の黒魔法使いだ。指揮官が前衛に出ると全体の士気が取れないからであり、ここが迷宮軍が一般の陸軍と違うところだ。

 指揮官マイケルのほかに黒魔法使いがふたり、戦士職が六人、衛生兵代わりの白魔法使いがひとりの一〇名で構成されていた。前線で六人の戦士を指揮するのは三級戦士のデイヴィッド曹長だ。


「でも隊長? そうは仰っても、あいつら(モンスター)は人間を殺すためにいるんだから、見つけたら即戦闘でしょう?」


 デイヴィッドがへらへら笑う。


「可能な限りだ。情報を持ち帰るのが最優先だってことは覚えとけ」

「イエッサー!」


 マイケルの返答にデイヴィッドはおざなりな敬礼をした。

 コロラド川ダンジョンの十一階は亜熱帯植物が生い茂る森だ。地面に這いずり回る木の根やクモの巣のように垂れ下がる蔦で視界も足元も悪い森だ。おまけに湿度も高く、不快極まる森だった。マイケル率いる第三分隊(コヨーテ三)は隊列を組み、剣で道を切り開きながら慎重に進む。


「気配察知に感あり、前方に五体。こっちに来ます!」


 斥候役の戦士が鋭く叫ぶ。


「遭遇するな。よし、まずは銃で牽制する。その後に前衛は突っ込め」

「「サー!」」

「衛生兵、録画しとけ」

「イエッサー!」


 マイケルが指示を飛ばすと戦士職が前に出て小銃M4カービンを構える。M4カービンは米陸軍で採用されているアサルトライフルと呼ばれるもので、某漫画(ゴルゴ)で有名なM16の銃身長を短くしたものだ。取り回しに優れ、森での行動にも適している。


「接敵!」


 斥候役が叫ぶと同時に木々の間に緑色の巨人が見えた。ひどく醜い顔で、体長は二メートルをゆうに超えている。ただ手にしているのは人の胴体ほどの木の棒だ。かなりの怪力と予想される。


「見たことがないな、新種か」


 マイケルが眉を顰めてつぶやく。彼はダンジョンのモンスターを記憶していたが、目の前に出てきたやつらはそのデータにはなかった。ひどく原始的ではあるが人型は警戒すべきモンスターだ。

 のちに鑑定によって知ることになるが、あれらは森オークというモンスターだ。

 森オークとは、緑色の肌の人型モンスターで硬い棍棒で武装している。体長は二メートル半で肥満体だが筋肉の上に脂肪がある。皮膚も厚く半端な剣では傷もつかない。鈍器な上に鉄と張り合う強度なので鎧の上からでもダメージが来る。知能は然程でもないが群れる社会性があり、統率するボスがいる。なかなか厄介なモンスターだ。


「銃で足止めしろ! 魔法をぶち込んでやれ!」


 マイケルは近接戦闘を避ける判断をする。遠距離から小銃M4カービンで牽制、マイケルも魔法を放つ。


「ヴァァァァァ!」


 森オークは顔の前に腕をやり、銃弾を防ぐ。銃弾では倒れないが鬱陶しいのか、足が止まる。


「アイスランス!」


 マイケルの氷魔法が無防備な森オークの腹に突き刺さる。別な魔法使いのアイスランスも突き刺さり、森オークは光に消えた。


「銃弾じゃ無理だが氷魔法は効くな。炎と電撃も試せ!」

「サー!」


 マイケルは有効な攻撃を見定めるために各種の魔法の使用を指示する。やはり魔法は有効で、部下とのダブル魔法でもう一体減らしたところで白兵戦を開始する。


「前衛突っ込め! ぶった斬ってやれ!」

「「「イエッサー!」」」


 ロングソードを構えた戦士が森オークに襲い掛かる。オーク一体に対して戦士二名で対応。数の優位で押す。


「こっちだこっち!」

「ヴアァァァ!!」

「背中ががら空きだぜ!」


 前衛の戦士らが森オークを切り捨てていく。知能はさほどではないようで、煽ってやるとすぐに注意が逸れるので戦闘は危なげなく進み、負傷者なく勝利した。

 マイケルは警戒しつつも兵を集める。部下は木の根に腰掛けるなどして体を休めていた。


「怪我した奴はいるか」

「大変です隊長。足が滑って強かにケツをうって半分に割れちまいました」


 とぼけ口調の黒人軍曹が笑う。


「よーし俺が縫ってやるからケツだせぇ!」

「うひー、縫われたらクソが出なくなっちまいまさぁ!」

「「「HAHAHA!」」」


 軽口で笑いが起きる。けが人もなく、マイケルも安堵の笑みを浮かべた。道のモンスターとの戦闘で勝利し、データも取れた。幸先がいいが油断は禁物だ。


「五分後に出発。装備の確認をしろ!」


 部下に指示を出したマイケルもまた装備を確認した。

 亜熱帯の森を慎重に進むコヨーテ三。そろそろ昼時という気が緩んだ瞬間、斥候が声を発した。


「モンスターを感知、接近してくる!」

「方向!」

「三時!」


 マイケルは右を向き銃を構えた。静寂しか聞こえない。


「本当に気配がしたのか?」

「間違いありません、まだ近づいてます!」


 マイケルはモンスターがいると思われる方向を凝視しているが近づいてくるが姿は見えない。ふと見上げた頭上に、巨大な蜘蛛の群れ見た。黄色に黒のストライプのボディが本能的がエマージェンシーをかき鳴らす。

 マイケルの顔から血の気が引いた。


「頭上! 撃て!」


 マイケルが構えていたM4カービンが火を噴く。


「クソ、上からかよ!」

「ノックもなしに失礼な奴だ!」


 一瞬遅れて部下が銃撃を開始する。巨大蜘蛛の足や体に銃弾が突き刺さる。先ほどの森オークよりは柔らかい。だが森が蜘蛛に味方した。数体を撃墜したが樹を伝って降りてきた巨大蜘蛛に兵が捕まれ、攫われた。


「た、助けてくれぇ!」

「いやだぁぁ、死にたくねぇぇぇ!」


 耳をふさぎたくなる絶叫を残して、蜘蛛の姿は森の中に消えた。


「くそ、剣で応戦しろ! 魔法もぶち込め!」

「ジョンを返せゴルァ!」


 蜘蛛が背後からも襲い掛かり、兵を連れ去っていく。


「撃つな! 味方に当たる!」

「クソッタレめ!」


 満足したのか、巨大な蜘蛛の姿は消えた。マイケルは魔法で攻撃を試みたが撃てず、森に消える様を見ているしかできなかった。


「誰が連れていかれた」

「アビガー、ジョン、ロバート、ドーソンの四名です」

「斥候と衛兵がやられたか……これ以上は無理だな、撤退する」


 マイケルは苦虫をかんだ顔で決断した。アビガーは斥候役で、ロバートは衛生兵の白魔法使いだ。目と薬を失っては威力偵察はできない。

 連れ去られたものは戦死扱いで、四名死亡、残り六名。戦力の三割減となりコヨーテ三は撤退を開始する。


「急ぐぞ!」


 手負いのコヨーテ三は一〇階へのゲートを目指す。誰も口を開かない重い空気の中、マイケルだけが声を出していた。

 ゲートまであと少しの地点で、今度は巨大ムカデと遭遇した。未知のモンスターだ。

 体長はおよそ一〇メートル。黒光りする体とうごめく足が嫌悪感を覚える。


「あと少しで! 撃て!」


 マイケルが銃撃すれば部下も続く。ムカデのボディは固そうに見えるが大部分は柔らかい。M4カービンの銃弾は苦も無く突き刺さり貫通していく。だが倒れない。勢いが衰えることなく突っ込んできた。


「俺かよ!」


 軽口をたたいたデイヴィッドが体をひねりムカデの突進を避けるも足でひっかかれた。大きく跳ね飛ばされたデイヴィッドが動かない。


「クソ、体、が!」

「デイヴ!」

「足に、麻痺毒!」


 デイヴィッドが叫ぶ。麻痺毒だが口は利けるようだ。巨大ムカデはデイヴィッドに覆いかぶさり彼を持ち去ろうとする。


「やらせるかッ!」


 マイケルがアイスランスで攻撃、ムカデの頭に直撃させるが動きは止まらない。


ATM(対戦車ミサイル)撃てぇ!」

「これでもくらえ!」


 兵が放った携帯ミサイルがムカデの頭を吹き飛ばす、爆風でデイヴィッド転がるが毒で動けず。警戒しつつマイケルが駆け寄る。デイヴィッドの顔が白い。


「解毒だ、飲めるか?」


 マイケルがデイヴィッドの口に解毒ポーションを突っ込む。デイヴィッドは嚥下するが麻痺は解けない。


「くそったれ! 錬金術師どもが、手を抜きやがったな!」


 マイケルが怒鳴る。実のところ錬金術師が手を抜いたわけではなく、ムカデの毒のサンプルがあまりなかった目に解毒ポーションが作れていないのだ。


「生きて戻るぞ!」


 マイケルはデイヴィッドを背負い、ゲートに向かう。残った部下も精神も身体も疲労困憊(ひろうこんぱい)だ。這う這うの体で一〇階のベースキャンプまで帰還できたが残っているのはマイケル、毒で動けないデイヴィッド曹長、軍曹四人だった。


「隊長、俺、ダメっぽい、すわ」


 救護ベッドに寝かされたデイヴィッドが弱音を吐く。すでに顔には生気が感じられない。


「寂しいことを言うな。元気になって酒を飲むんだよ」

「俺の体に、あいつの毒が、あるはず、なんで」

「しゃべるな」

「血清を、頼みます」


 そしてデイヴィッドは意識を失い、そのまま目覚めることはなかった。

 分隊の半数にあたる五名死亡の成果は、森オーク、毒蜘蛛、巨大ムカデとの遭遇と未知の毒の発見。それだけだった。

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