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8.階下を目指す影勝(2)

 スキル【束射(そくしゃ)】を獲得しました。

 

 頭にそんな声がした。新しいスキルを覚えたようだ。


「あれか、三本連続で射ったから覚えたのか?」


 影勝はスキルの内容を確認する。

 【束射】は同時に複数の矢を射ることができ【必中】【貫通】【誘導】【延伸】【加速】と連動することも可能。


「複数って言っても俺の指は五本しかないんだけどな」


 と考えてたところ、記憶の主(イングヴァル)が「束で撃てばいいんだ」と騒いている、気がした。


「……そんな馬鹿な」


 と疑いつつも矢を五本ひとまとめにつがえてみる。弦にかかっていない矢にも張力がかかっている感触がある。影勝の目には矢のラインが五本見えた。


「ばらばらに飛ぶんじゃ意味ないぞ。まぁやってみるか」


 影勝はラインの一つに離れた木に狙いをつけ矢の束を放つ。矢は五本に分かれ、狙いをつけた矢は木に刺さったが他の四本は示してたライン通りにあちこちに飛んで行った。


「まとめて射れたけどさぁ。使いにくそうなスキルだなこれ」


 方々に散らばった矢を拾い集めながら影勝はこのスキルをどう活用したものかと考えた。正規の矢であれば的に集中するだろう。が影勝が使っている枝の矢だとまとめて射ったところで散り散りに飛んでいく。複数射れても的に当たらなければ意味はない。が、点でしか攻撃できない弓が面で攻撃することができそうだった。


「【誘導】ってスキル持ってないけど、名前からするとホーミングしそうなんだ。【必中】はどうなるんだって話だけど。【延伸】は飛距離が伸びそうだし、【加速】は矢の速度が上がるんだろうか。どれも欲しいな」


 まだ見ぬスキルに胸が熱くなっていく。


「いろいろ試せばスキルが増えるかもな。さて、もう少し探すか」


 影勝はぐるりと周囲を確認し「……俺、どっちから来たっけ」と不安げな声を漏らした。


「ダンジョンの中にもナビが欲しい」


 とりあえずまっすぐ進むことにした影勝は歩きながらぼやく。周囲の木々はどこを見ても同じだ。せめて木に何か印でもつけておけばと後悔するも先に立たないのが後悔だ。影勝はダンジョンの洗礼を受けつつある。

 そろそろ休憩にするかというタイミングで、巨大なキノコを見つけた。見かけはシイタケに似ているが高さも傘も一メートルほどある。


「……ドカン茸か」


 イングヴァルの記憶によれば、生物が接近すると傘から猛毒の胞子を爆発的に放出し、生物を殺すという物騒な茸だ。三階にはこのドカン茸の群生地があり、禁足地となっている。


「ただし、胞子を放出し終えた柄の部分は熟成された肉のような濃厚な味で幻の珍味とされる、と。まぁ、近寄ると猛毒の胞子でやられるから幻の珍味ってのはわかるなぁ」


 影勝は少し遠くからドカン茸を眺めている。記憶の主(イングヴァル)が「あれは絶品なんだ絶対に持ち帰れ」とうるさい。だまれ植物オタクめ。


「ただ、ドカン茸があるならリニ草もあるんだよな。碧さんが喜びそうだし、それは持ち帰りたい」


 影勝はドカン茸のそばに生えている小さな植物群を凝視していた。

 リニ草とは、ドカン茸の胞子の毒に耐えることができ、またその胞子で死んだ生物の一部を取り込むことで成長する植物だ。ドカン茸の猛毒の唯一の解毒作用のある植物で、ドカン茸以外の解毒も可能なほどの効能を持っている。

 欠点は、ドカン茸の胞子を浴びるとその解毒成分をすべて使ってしまい、また成分がたまるまでは何の変哲もない植物になってしまうことだった。つまり、ドカン茸を爆発させないでリニ草を採取しなければいけないという超貴重な植物だなのだ。


「ただ、俺なら可能なんだよなぁ」


 記憶の主(イングヴァル)も強く頷いている気配を感じる。影勝はスキルを発動させたままドカン茸に近づいていく。ドキドキしながらドカン茸の横を通り過ぎ、リニ草の前でしゃがんだ。


「下手に切ると解毒成分が流れるんだっけな」


 影勝はリュックからナイフを取り出し、リニ草の周囲を掘り始める。根っこごと回収するのだ。


「一〇株はあるな。全部持ち帰りだ」


 影勝は採取してはリュックに入れていく。慣れた手つきで、作業は五分ほどで終わった。立ち上がってドカン茸から距離をとる。


「できればドカン茸の柄も持ち帰りたいけど、都合よくモンスターは来ないよなぁ」


 普通の森ならウサギなどを放り込むのだがモンスターは倒してしまうと光になって消えてしまう。矢を射ることも考えたが、ドカン茸は生命体にしか反応しない。森では木が倒れることはよくあることで、いちいちそれに反応しないのだ。

 モンスターをドカン茸の近くにおびき寄せれば爆発して胞子をまき散らす。ダンジョンで珍味を求める人はそうやって手に入れていたのだ。

 どうしたものかと腕を組んで考えていると、上の枝のほうから低音の羽ばたく音が聞こえてきた。頭上を見れば、黄色に黒い線が目立つキラービーが飛んでいる。影勝を感知はできておらず、単に巣の周りを警戒しているのだろう。


「……いけるか?」


 影勝は短弓を構える。矢はドカン茸をかすめてキラービーに向かうようなラインに定めた。


「これで引っかかってくれればいいんだけどっと」


 影勝が放った矢はキラービーの体すれすれを通り枝に刺さった。突然襲われたキラービーはホバリングしながら目を警戒職の赤に染め、キーキーと鳴き始めた。


「もう一発撃っとくか」


 影勝が次の矢を放つと、森の奥からうるさいほどの羽音が聞こえてくる。キラービーの増援だ。複眼を血の色に染めたキラービーの大群が姿を見せると同時にドカン茸が爆発した。轟音とともに胞子がばらまかれ、周囲五メートルほどの空間が真っ白になる。


『ギィー』


 ガラスを軋ませたような悲鳴が森に響く。影勝は念のため後ずさり、胞子の範囲から逃げておく。大量の何かが地面に落ちる音が聞こえる。影勝は固唾をのんで観察し続けた。

 一〇分ほどすると胞子の雲も晴れ、そこにはすっかり傘がやせてしまったドカン茸と地面に大量の青い魔石があるだけだ。周囲の樹木も影響を受けたのか枝が折れ始めていて、草に至っては溶けて緑のスライムになっていた。


「自分でやったことだけどさ、ドン引きだなこれ」


 頬を引きつらせた影勝だが、惨状の場所に足を踏み入れた。ドカン茸の脇に膝をつけ、ナイフで突っついて無害化したかを確認する。何も起きないのでナイフを根元に差し入れ、傘ごとすべてを採取しリュックに詰め込んだ。

 周囲に落ちていたのは赤い極小の魔石だが数は三〇を超えていた。


「魔石だけで一〇万くらいいくのか。恐ろしいな。ドカン茸は、売らないで儀一さんとこで料理してもらおうかな。あ、碧さんと葵さんも誘おうか」


 とらぬ狸のなんとやらだ。影勝に森で迷っている実感はないらしい。


「おい、ドカン茸が爆発した音がしたぞ」

「こんなとこに探索者は来ねえよ」

「モンスターだろ?」


 男性三人の声が聞こえてきた。影勝はすっと立ち上がり、手近な木の背後に回り様子をうかがう。ドカン茸の爆発音を聞いて来たのだろう。がさがさと茂みを掻き分けてきたのは、アラフォーくらいの男四人だった。みな金属製の鎧を纏い、手にはハンマー、腰にはショートソードを佩いている。気配としては、椎名堂の前で合った中年探索者に近いものを感じた。おそらくだが、影勝よりもレベルは上だ。


「お、ドカン茸が消えてるぞ」

「……誰か来たな」

「見つかるとまずい。大麻畑に戻るぞ」


 四人は周囲を見渡すと、すぐに来た茂みに戻っていく。


「……大麻畑? ダンジョン大麻か?」


 影勝の顔が険しくなる。

 ダンジョン大麻とは、ダンジョンに自生する大麻のことで、魔素を含んでいるからか中毒性は地上の大麻よりも強い。

 地上で違法栽培するよりも見つかりにくく、ゲートウェイドラッグとして問題になっていた。ダンジョンには自生もしているので取り締まりもできず、摘発のためにダンジョン大麻畑を焼いても違う場所に大麻畑ができるというイタチごっこになっているのが現状だった。

 影勝はどうするか迷った挙句、彼らの後をつけることにした。スマホを取り出し、録画を開始する。


「ここがばれたからまた場所を変えるのか。面倒だな」

「稼がせてもらってんだ、文句言うな」


 影勝は声を頼りに後をつける。数分歩くと、森が開けた場所に出た。おそらく伐採して作ったのだろう空間は、ざっと三〇〇平米ほどあった。そこには紅葉のようだが葉がギザギザの大麻草が群生している。


「とっとと回収するぞ」

「しゃーねーな」


 四人のうちの一番背が低い男が号令をかける。彼がリーダーだろう。四人は大型ナイフで大麻草を刈り取っていく。その慣れた動きに、かなり長い間この大麻関係に携わっているのだとわかってしまう。

 影勝はその様子を録画していく。探索者が良い人間ばかりではないのは理解しているが、目の前で悪事を見てしまうと今朝二階ゲート駅で声をかけてくれた先輩探索者も本当は悪い人なのではないかと疑心暗鬼になってしまう。


「ここでこいつらを麻痺させて捕まえても、まだ仲間がいるだろうし」


 影勝は麻痺の効果がある毒草で彼らの捕縛も考えたがそれだけでは解決しないと考え直す。またそうすることで影勝自身にも危険が及ぶ可能性もある。君子危うきには近寄らずだ。

 だが映像を残すことで彼らとその仲間を捕まえることはできるかもしれない。ギルドに帰ったらギルド長と相談だ。

 だが、記憶の主(イングヴァル)は許すなと騒ぎたてているようだ。彼の身の回りでも麻薬で身を壊した知り合いがいたのかもしれない。そう考えると目の前の採取行動を止めなければと思い始めるが人を傷つけたくはない。悪人だろうが、まずは法の裁きを受けるべきだ。

 そう考えた影勝は近くにある木の皮をはがし、ナイフで文字を刻む。


「森を荒らす者は許さない」


 影勝はその皮を探索者リーダーの頭に向かってフリスビーのように投げつけた。


「ん? くっ!」


 リーダーは間一髪で飛んできた皮を掴んだ。そしてそこに刻まれた文字を読んで奥歯をかんだ。


「どこだ! 誰だ! 出てこい!」


 声を荒げ周囲を睨みつけた。


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