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8.階下を目指す影勝(1)

 椎名家で夕食をいただいて碧と連絡先交換をした影勝は、翌朝、すでにダンジョンへのゲート前にいた。碧の祖母の日記にあった十三階を目指すための調査や下準備のためだ。十三階に何かがある。影勝の直感ではあったが唯一の手掛かりでもある。


「碧さんには連絡しておこう、念のため」


 影勝はスマホでSMSを使っての連絡を試みるのだが、高校時代には女友達はおらず、こんなことは初めてでどういった文章を送ればよいか悩みに悩んでいた。


「馴れ馴れしくてもなぁ。かといってよそよそしい文でもなぁ」


 あーだこーだ言いながらスマホをにらめっこしている姿はまさにアオハルである。

 

「おはよう。ちょっと三階以降を見てきます。よさげな薬草があればとってきますっと」


 納得のいく文が打てたのか、影勝はふーっと深く息を吐いた。額には汗も光っている。モンスターと戦うよりも疲労が強そうだ。

 すぐにピコンと返事が届く。


「影勝くんおはよう。気を付けてね。昨日渡した薬は持った?って過保護か」


 口では文句を言っている影勝だが頬は緩みっぱなしだった。工藤が見たら「キェェェ」と金切り声を上げるに違いない。行ってきますと打てばいってらっしゃいと返ってくる。影勝のやる気は天元突破だ。


「さて、気合を入れますか! 食料飲み水ヨシ。傷薬ヨシ。薬草を入れるビニール袋ヨシ。弓も矢もヨシ」


 ひとつひとつ呼称し、景気づけにパンと手を叩いた。意気揚々とホームにいるトロッコ電車に乗り込む。影勝の儀式を見ていた先輩探索者らの口からは「俺にもあんな時があったな」「若いっていいな」という郷愁めいたつぶやきが漏れていた。


「二階ゲート駅行、間もなく発車します」


 トロッコ電車がゆっくり加速していく。流れていく森を見ながら、影勝はまだ行ったことのない階に思いをはせていた。


「お、イノシシだぜ」


 列車前方の森から牙イノシシが飛び出してきた。トロッコ電車を目掛けて突進している。


「相手するのも面倒だな」


 先輩探索者らの顔にはうんざり感が見て取れる。トロッコ電車の速度が落ち始めた。走行中に横から突撃されると列車が倒される危険もある。列車を止めて乗り合わせた探索者が迎撃するのが決まりだ。

 影勝は無意識に弓を構え矢をつがえていた。矢の先にはまっすぐに伸びるラインが見え、それを駆けてくる牙イノシシの眉間に合わせ放つ。矢は吸い込まれるように牙イノシシの眉間に深く刺さる。牙イノシシはつんのめるように転倒し、ごろごろ転がったのちに光と消えた。


「おおお、一撃かよ」

「やるな新人!」

「おい車掌、あとであの魔石を拾ってギルドに届けといてやれよ」


 影勝が小さく息を吐くと、そんな声が聞こえた。

 列車は速度を回復して二階ゲート駅につく。


「助かったぜ」


 見知らぬ先輩探索者に肩を叩かれ、自分も探索者の仲間入りなんだと胸が熱くなる。

 ホームを歩いていく探索者の群れに紛れた影勝はゲートを潜った。


「草原も二回目か。流石に見通しがいいな」


 影勝は風がそよぐ二階の草原を歩く。遠くの方には探索者らの姿も見える。

 二階の草原は地図があるので次へのゲートはすぐに探せる。ちょうど地図の反対側に三階へのゲートがあった。


「急ぎじゃないし、慎重に行くか」


 途中、デビルホーンの群れを見つけたが今日は東風らとは別行動なのでスルーした。


「くそッ、カラスが邪魔だな」

「あれに魔法はもったいないんだよな」


 ブラッデイアカウ数頭と戦っているパーティがいた。やはり空を飛ぶモンスターは厄介なようだ。


「あのー、あれ、やってもいいですか?」

「あ? あー、やれるなら頼むわ」

「じゃあ、やりますね」


 影勝は短弓に持ち替え、枝の矢をつがえた。ツインクロウは三羽いる。矢のラインは大きく下に向かうものだ。影勝は弓をスライドさせそのラインとカラスの予測地点を重ね矢を放つ。

 矢は大きく曲線を描きツインクロウの二つの頭を貫いた。断末魔すらなくカラスは空中で光と消える。影勝はすぐに次を放ちカラスを撃ち落としていく。


「すげえな。あんなに曲がる矢で当てるのかよ」

「ありゃ貫通スキル持ちか?」


 影勝は一分もかからずツインクロウ三羽を撃墜した。前回の時よりも簡単に落とせたのはレベルがあがっているからだ。


「助かったぜ、あいつらしつこくてな」


 戦士らしき探索者がツインクロウの魔石を拾いながら近づいてくる。


「わかります。あいつら矢を見て避けるんですよ」

「すげー曲がる矢なんだな、それ。おっと、これがあいつらのだ」


 探索者から魔石三つを渡され影勝は素直に受け取る。横入いりは揉めることが多いが、今回は断りも入れた上に面倒ごとを引き受けたことから、感謝される形だ。


「ありがとうございます」

「こっちそこ助かったぜ。お前、弓を使う新人だろ? 大したもんだな」

「いえいえ、やっと慣れてきたところです」


 当たり障りなく対応した影勝だが、このようなことに何度か遭遇する。草原での空を飛ぶモンスターの厄介性を垣間見た感じだ。なぜか自慢げな記憶の主(イングヴァル)の気配は鼻につくが。

 そしてそれに難なく対処する影勝に、背が高くて弓を使う架空の種族(エルフ)のあだ名が静かに広がっていくのだがそれは本人のあずかり知らぬことだ。


「割と矢の消費は抑えられてるな」


 三階へのゲート前に来た影勝はそう独りごちる。ツインクロイウの頭を貫通させたが矢の先はまだ使えそうだった。牙イノシシでは使い物にならなかっただろう。やはり原因は皮の硬さか。


「さて、三階か……」


 ここからはスキルを使用する予定だが、来たことがない森の中を探索する緊張感が押し寄せてくる。片岡のけがの映像もフラッシュバックし、影勝は唾をのんだ。


「ヨシ、行くぞ」


 意を決してゲートに入った。

 三階のゲートは、森の中にあった。むわっとした湿気が影勝の体にまとわりつく。

 森といっても杉のような針葉樹ではなく熱帯にあるような樹木の森だ。大樹はなく細い木ばかりだが枝の張りは大きく、見上げる高さではある。木々には蔦がはい回り、蜘蛛の巣のようだ。

 初めて見る影勝はしげしげと周囲を見回していた。


「森って言っても、全然違うんだな。おっとスキルだ」


 影勝はスキルを発動させた。まとわりつく湿気が消え、張り付く感じがしていた服もさらっとしてきた。

 影勝は端末を取り出し、地図を出す。


「四階へのゲートは、近いな。ということは、ここには探索者が少なそうだ」


 一階の森でも探索者がすくないのだ。不快指数が高い熱帯雨林な三階はより少ないだろう。端末を取り出したついでに影勝は出現するモンスターも調べた。


「体毛が鉄並みに固いアームドベアー、禍々しい角に猛毒を持った毒鹿、バスケットボールほどの大きさで集団で襲ってくるキラービー、地中から突然襲ってくるワームなどの虫類モンスターそして社会性を持つ人型のモンスターコボルト。ドロップも肉ではなくモンスターの体の一部に変わる、と」


 三階からはヒト型のコボルトが出現する。その事実に影勝の眉根が寄る。


「人型か……正直、怖いな」


 三階は、探索者にとって最初の壁になる。社会性を持った人型のコボルトに対して攻撃する精神力が要求されるのだ。いままでは動物型のモンスターで、忌諱感もあったが職業を得た影響もあって攻撃はできた。ここからは人型のモンスターも相手にしなければならないため脱落する探索者も多い。

 今日の主な目的は三階、可能ならば四階の探索だ。影勝は目についた薬草を採取しながら森を行く。


「確かにソマリカの木があるけど、一階の奥で見た木よりも低いし、どんぐりも小さめだ」


 影勝は落ちているソマリカの実を拾い、リュックの中にある一階でとったソマリカの実と大きさを比べていた。


「あそこがダンジョン外だってのが関係してるのか?」


 影勝は条件を比較したが、気候のほかにはそのくらいしか思いつかない。影勝が考え事をしていると、背後の茂みが激しく動く。素早く近くの木の陰に隠れると、のそりと巨大な黒い熊が現れた。立ち上がれば四メートルほどにはなるだろう。太い体毛をハリネズミのように寝かせているアームドベアだ。

 斬撃系の攻撃は通用しにくく、攻撃を受けると太い体毛を立たせてハリネズミになるが、その姿のまま攻撃してくる。魔法で倒すのがセオリーになっているが耐久力も大きく、倒しにくいモンスターだ。

 これでも魔石は小型でリスクの割には実入りが少なく、探索者も戦いを避けるものが多い。

 アームドベアーは近くの木に体をこすりつけマーキングをしているが、擦りつけられた木は表皮が剥けてしまっている。


「やれるか?」


 影勝は短弓を構え問答する。貫通スキルで矢は刺さるだろうがあの体躯では体力も相当だと予想できる。毒を体内に打ち込んでもすぐに死ぬかはわからない。麻痺させたところでとどめを刺すような武器もない。


「……試してみるか」


 影勝はリュックからラスト(腐れ)草と三本の矢を取り出す。近くにある大き目の葉をもぎ、それをまな板にして矢じりでラスト(腐れ)草の根をつぶす。にじみ出てくる液で矢じりを白くすると立ち上がり矢を構える。親指と人差し指で矢をつがえ、中指薬指小指の三本で残りの二本の矢を持った。

 矢のラインで弓を調整し、息を止め矢を放つ。大きな弧を描いて矢はアームドベアの肩に深く刺さった。


『ゴァァァ!』


 体内で腐敗する痛みにアームドベアは立ち上がり咆哮する。影勝は素早く矢をつがえて二本目を放つ。立ち上がりがら空きになった腹に刺さった。


『ゴ、ゴファァァァ!!』


 赤く染まったよだれをまき散らしながらアームドベアが絶叫する。影勝はすでに三本目の矢をつがえており、すぐに射る。矢はちょうど心臓あたりに突き刺さった。


「これで倒れてくれよ」


 影勝は祈るようにつぶやく。


『ゴ、ゴゥ……』


 ドドンと音を立ててアームドベアが地に伏せた。影勝は距離をとり警戒を続ける。体力があるモンスターほど腐敗毒にも耐える が、内部からの腐敗を止めるすべはなく、アームドベアは光に消えた。

 

「……倒せたけど矢が三本ダメになった。時間を作って矢を作っていかないと、矢不足で先に進めなくなりそうだな」


 あとに残された青い魔石を拾いながら影勝は渋い顔をする。

 枝を削って作った矢はまっすぐに飛ばないが、それゆえに意表を突くことができる。短弓の矢を作らせることはできるが、それよりも自分で作ったほうが優秀な武器だった。

 

 スキル【束射(そくしゃ)】を獲得しました。

 

 頭にそんな声がした。


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