7.森デートする影勝(7)
区切りの関係で超短いですすみません。
「それがあれば……」
霊薬が作れる。
その言葉を、影勝は飲み込んだ。碧の前では言えない。言いたくなかった。
「……大丈夫。俺は霊薬を探すよ」
「あああのね、原料が、揃ったら、わわわたし、作っても、いいよ?」
碧が口を震わせている。どもりが復活している。目じりには涙も見える。
胸がきしむ。影勝は碧の手を取った。
「俺は、君を追い詰めたいわけじゃないんだ。大丈夫。原料があると分かっただけでも希望が持てる。たぶん、どこかに霊薬はある」
「でででも」
「気持ちはうれしい。でも大丈夫。俺にはあのスキルがある。どこまででも潜ってやる。大丈夫、探せるって」
影勝がそういうと、碧は顔を伏せてしまった。
「ごごごごごめんね。わわわたし、失敗するのが、こここ怖くって。わわわたし、おおおばあちゃんみたいに、優秀じゃないから、ごめんね、ごめんねぇぇ」
途中からは嗚咽交じりだった。本当は勇気を振り絞って自分を手伝ってくれようとしていたのだと。知りもしない自分のために。
その気持ちだけでありがたかった。
影勝は肩を震わせている碧を抱き寄せる。胸の中にいる彼女は震える子犬のように小さい。
この体にどれだけの期待を背負わされてきたのか。祖母の職業と同じだからという理由で。
――そう、よかったわ、碧を守ってくれる人がいて。
先ほどの葵の言葉が胸に刺さる。期待するだけして、彼女を祭り上げ、陰ではどんな言い方をしたのだろう。先日待ち伏せしていたアマテラス製薬のあの男のように、すべきだという言葉で縛ろうとしたのだろうか。職業だけ見て彼女を見ていない人間が多かったのだろうか。
技術は人が持つものだが、それは人があってこそだ。
ダンジョンで得た職業がもつスキルという不可思議なものは、現代化学では再現ができない。どれだけ発達した化学でも特別な技術を持った人には敵わない。ダンジョンがある故のダンジョン病はダンジョン由来の薬師の技術がないと治療できないのが現状だ。
「俺は怒ってるわけでも失望したわけでもないから。碧さんは俺に道を示してくれたよ。ありがとう」
「ごべんねごべんねごべんね」
「大丈夫大丈夫」
泣きながら謝っている碧の背をさすることしかできない自分に腹が立つ。
まずは十三階に行く。そこで何があるのかを見てくる。日記にあった植物があれば持ち帰る。そのためには強くならなければ。スキルで隠れているだけではなく、それでもなおの強さを。
階下の台所でお茶菓子の準備をしていた葵は、碧の部屋の方を見上げていた。スキル【見通す女】を持つ葵は、離れた場所でも視認することが可能だ。そして人の本質も見通す。
「おじいちゃんみたいな人だといいなって思ったけど、本当にそうなるかも。なんにせよ、あの子のそばにいてほしいわね。ちょっと綾部ちゃんと相談かしら」
お盆に薬草茶とせんべいを乗せ、葵は静かに階段を登る。碧の部屋からは静かな嗚咽と影勝の大丈夫という声が聞こえてくる。小さくノックをして扉を開ける。
「あらあらあらあら」
わざと大袈裟に驚く葵の前には、驚きと気まずさがせめぎ合う表情の影勝がいた。その腕の中には碧がいて、母親の登場にびくと肩を跳ね上げている。
「こここれはその」
「あら、碧のくせが移っちゃったかしら?」
「あいやその」
影勝は気まずさウルトラ級だが碧を離すこともできず、その場でフリーズしている。
「お茶とおせんべい、置いとくから。あと、碧をよろしくね」
「あ…………はい!」
にっこり微笑む葵に、影勝は声量で返答した。満足げな顔で葵は部屋を出て階段を下りながらスマホを取り出した。
「あ、綾部ちゃん? 葵だけど。影勝くんなんだけど、え? そんなにやばいとこに行ってたの? そうね、碧には口外しないように言っておくわ」
会話を終え台所に戻った葵はふぅと小さく息を吐く。
「名持だから何かあるだろうとは思ってたけど、ちょっと想像以上にやばい人が職業になっちゃったみたいね。碧よりも影勝くんの方が身の危険が多いかもしれないわねぇ」
急激に変化していく環境に、さすがの葵も戸惑いを隠せなかった。