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7.森デートする影勝(5)

 それから影勝と碧は東風ら四人と行動を共にし、夕方前にはギルドに帰ってこれた。


「あの薬やべーっ! 効き目やべーっ!」

「たたたいした薬じゃないから。わたしの薬なんて」

「あの薬がなかったらあたしの人生まっくらけっけのお化けさんこんにちはだったんだから感謝感激槍よふれーっすよ」

「あああめあられじゃないんだ」


 碧は片岡に振り回されながらも楽し気に会話をしており、彼女のように表裏がない人がもっといればいいのにな、と影勝は思わずにはいられなかった。


「近江君おかえりーってずいぶん増えたわね。森で拾ってきたの?って冗談だけど」


 依頼ではあるのでカウンターにいた工藤の元は向かえばこれである。東風らもびっくりな扱いようだ。


「東風君らとは森で遭遇して一緒に引き上げてきました」

「うんうん、探索者同士助け合いも必要だからね! で、新人(ルーキー)のみんなは成果ありかな?」


 工藤はすぐに引率者の顔になる。この切り替えができるので彼女が新人の相手に選ばれるのだろう。ギルド内にいる先輩探索者らの目もなんだか温かい。新入生を生暖かく見守る感じだ。


「イノシシ肉ゲットしたよー!」

「片岡さんはいつも元気ね」

「あたしが元気ないのはお腹が空いてる時くらいだもーん」

「お腹空いてると辛いもんねー」


 片岡の相手をしつつ工藤は東風に顔を向ける。パーティのリーダーにどうなの?と問うているのだ。


「初めて森に行きましたけど、思ってた以上にやりにくいですね。武器を振り回すと木の枝に当たって威力を削がれますし、なにより思った通りに当たらない」

「不意を突かれてばかりでした」

「でしょー? だ・か・ら、新人には二階を勧めるのよ」


 工藤は一瞬だけ影勝に視線をやる。ご指摘ごもっともだ。


「よくわかりました。さっきも近江君に助けてもらいましたし、明日からは二階に戻ろうかと思ってます」

「うんうん、探索者は素直が一番よー」


 こちらはまっとうな会話が成立している。男女で役割がきっちり分かれているようだ。


「で、近江君と碧ちゃんは」


 工藤が人差し指を立て上に数回突き出す仕草をする。綾部が呼んでいるという無言の圧力だ。影勝が碧をチラ見すれば、彼女も頷く。逃げられないようだ。


「俺たちは上に用事があるから、今日はここで」

「おう、近江君、椎名さん、今日はありがとうな。俺たちに森は早いようだから、また草原に戻るよ」

「近江君、椎名さん、恵美を助けていただき、本当にありがとうございます」

「じゃまた!」


 影勝が四人に軽く手を挙げ階段に向かうと碧もトトトと後をついていく。その場にいた探索者らは「新人が女神と同行?」「おい誰だあいつ」等の声が上がる。


「ふたりはギルド長の依頼で動いてるからねー。文句は()()()()()よろしくおねがいしまーす!」


 と工藤が強めの独り言を発すれば、それはそれで物議を醸しだす。


「ギルド長が新人に?」

「確か一階の森に行ったとか?」

「森デートかよ裏山」

「工藤ちゃんも経験してない森デートか」

「アオハルだな」

「なんですってぇ!」


 言葉を失った工藤の目からハイライトも消えた。影勝は聞こえなかったふりをして階段を登った。オレハワルクナイ。

 二度目となるギルド長の部屋だが、先導する碧に影勝はついていく。


「碧さんは何度も来てるの?」

「た、たまにね。お、おかあさんと一緒に呼ばれたりしてて」

「ギルド長に呼ばれるとか、椎名堂はすごいんだな」

「す、すごいのはおばあちゃんとおかあさんで」

「碧さんも呼ばれてるんだからその中にはいってるんだよ」

「そ、それはないなあ」


 緑は視線を足下に落とした。この自信のなさはなんでなんだろうと影勝は疑問だった。片岡の怪我は碧が渡した傷薬で治癒された。影勝の感覚では優れた傷薬だし、それを調合しているのは碧なのだから、ひいては彼女の優秀さを示している証拠にしか思えない。

 そうこうしているうちにギルド長の部屋の前についた。ノックをすれば中から応答がある。扉を開けて中に入ったふたりは暖房の効いた部屋で寒そうに手をこすっている綾部に出迎えられた。


「ふたりともお疲れ様。そこにかけて」


 影勝と碧が並んでソファにかけると執務机からお茶菓子のしっとり煎餅を取り出した綾部が向かいに座る。


「疲れてるだろうから報告だけしてもらって、カメラの中身はこちらで確認する」


 ずいと煎餅を押し出す綾部。報告と言われてもアレを信じてもらえるか不安な影勝。影勝を上目でチラ見しつつも彼にお任せの碧。圧が強い。

 エルフの森を焼く覚悟で影勝は口をひらく。


「森の奥でカエルの姿の精霊がいる泉を見つけました」

「………………なんと?」


 綾部は自分の耳がおかしくなったのかとトントンとこめかみを叩いてみたがおかしくはない。

 綾部は碧を見るも強く頷かれ、影勝に視線を移しもう一度「なんと?」と問うた。


「カエルの姿の精霊がいる泉を見つけました」

「……証拠は、あぁ映像か」

「碧さんがばっちり録画してました」


 碧がハンディカムの液晶でデータを再生し、影勝がカエルと会話をしている場面を綾部に見せた。


「これは……どう判断して良いのか。森の中で映像データの改竄など不可能だし、事実と見るしかないのか」

「この泉の水は精霊水と言ってました。サンプルとしてこのリュックに持ち帰ってます」


 影勝がリュックに手をかけると「今出せるのか?」と綾部が問う。


「たくさん持ち帰ってしまって」

「たくさんか……して効果のほどは?」


 綾部は碧を見る。碧は深呼吸をして心を整えた。


「しし私見ですが、ハ、ハイポーション並みの治癒力があります」

「ハイポーション!? ハイポーションがたくさん!? 近江君、たくさんとは具体的にどれほどかね」

「えっと、たぶん、一トンくらい?」

「一トンだと!?」

「かか影勝君そそそそそんなに持って帰って来たの!?」

「いや、リュックに入るだけ入れようと思って」


 綾部と碧が叫ぶのを聞いた影勝は、やっちまったかと冷や汗だ。

 ハイポーションはポーションの上級にあたり、ポーションの治癒力を十とするとハイポーションは百ほどだ。ポーションだと重症な怪我は完治しないがハイポーションなら完治する。ダンジョンの奥を目指す探索者なら是が非でも持っておきたいものだ。

 ちなみにポーションが一本五万円。ハイポーションは五〇万円だ。闇値だと一〇〇万を超える。上級探索者にとっては安いものだがそもそもハイポーションのモノが出てこない。

 ポーションは錬金術の範疇で、その材料は薬師が作る傷薬と同じだ。製法と効果に差があり、薬師が作る薬は主に病気に、錬金術師が作るポーションは怪我などの肉体の損傷に効果がある。

 ポーションとハイポーションの差は主に液中の再生要素の濃度と作製の難易度だ。

 生産職の錬金術師はポーションなどの作製でレベルを上げていく。レベルが高いほどより良いポーションの作製が可能であり、ハイポーションはレベル二〇はないと不可能だった。

 話はズレるがダンジョン病はダンジョンに充満する魔素な中毒やアレルギーに近く、罹患するしないは体質に左右される。影勝の母は魔素中毒になりやすかったのだ。

 錬金術の極致としてエリクサーがあるが、ポーションの系統なので病は治せず、ダンジョン病には効果がない。ダンジョン病は霊薬でしか治せないのだ。


「とりあえず、報告はわかった。映像はギルドで解析させてもらうが他言無用で頼む」

「勿論です」

「もももちろんです!」

「今日はこれで終わりだ。その精霊水とやらは預かっていて欲しい。今このギルドにはそれを保管できる設備がない。ギルドのマジックバッグはあるが、物が物だけに職員に話をするのも憚られる」


 綾部は指で眉間をぐりぐりほぐしている。心中察しますがこんな依頼をしたのはあなたなんでそこはご配慮を、と影勝は責任の所在を放り投げた。

 精霊水は表に出さなければ誰にも知られない。今は自分が預かっているのが一番安全だろうとの考えもある。襲われたらスキルで逃げてしまえば良い。


「近江君、すまないが碧ちゃんを送ってくれないか?」

「勿論、送り届けます」


 この話を聞いて不安そうな顔をしている碧をひとりで帰すなどできないし母親の葵に処されてしまう。あの人怖いし。

 カウンターで中年探索者と話をしている工藤に会釈だけしたふたりはギルドを後にする。ゲートを潜れば椎名堂までは一〇分ほどだ。すっかり暗くなった門前町を歩いていく。


「そ、そう言えば、ソマリカの実はなかったね」


 碧は影勝を見上げた。今回の目的は森の奥のソマリカの実の証拠の撮影ではあったがそれどころではなくなってしまっていた。碧としては影勝の疑いを晴らせなかったのが心残りだった。


「いや、泉の周りにたくさんあったから拾ってきた。映像にもあると思うし、俺のリュックに現物がある。そうだ、獲れた薬草を確認して欲しい」

「そ、そうなの? や、薬草確認楽しみだなー!」


 羽が生えたかのように碧が早足になる。薬草マニアはイングヴァルだけではないようだ。

 影勝は背後からつけてくる気配を感じつつも椎名堂に向けて歩く。偶然かもしれないが念の為、浮かれた碧とは手を繋いでいる。なお、浮いてしまうからではなく、万が一の場合は即逃げるためだ。それが故にすれ違う探索者らの視線が刺さるのだが。


「あのカエルがいた泉はダンジョンのどこなんだろう」

「あああのね、おばあちゃんの日記にね、手がかりになるような事が書いてあるかも知れない」

「おばあちゃんの日記?」

「そそそう。おばあちゃんは、ダンジョンに潜ってた時は、いつも日記として記録をしてて、もももしかしたら影勝君が読んだらわかることがあるかも」

「そんな貴重な物を俺が見ていいの?」

「影勝くんなら、大丈夫だよ!」


 話題逸らしに泉のことを口にした影勝は、かなり余計なことをしたようだ。送り届けて儀一の店で夕飯にする予定がかなり遅くなりそうだった。ただ、つけてくる不審者がいるのならば影勝が一緒にいたほうが安全ではある。椎名堂までの足を、少しだけ早めた。

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