31.After.世界(3)
第一部最終話です。
ちょっと長いです。
ギルド長の坂本は仮事務所であるホテルの一室にいた。シングルの部屋からベッドを撤去し執務机を入れた急ごしらえだがないよりはよい。モニター前で手を組んで静かに見つめていた。
モニターの向こうでは迷宮探索庁長官の二瓶が開催したギルド長ネット会議が開催されている。モニター越しだが場の空気は重い。各ギルド長の顔にも疲労が見える。もちろん坂本も疲れてはいるがメイクは手を抜かない。人を導く女は常に美しくあれ、という坂本の矜持である。
「して二瓶さん、件の爆発の続報は?」
鹿児島の玄道が口火を切った。件とは東京タワーの件だ
「いまだ手掛かりは見つかっておりません。東京タワー周辺は、爆発は収まったあとも地面が熱く近寄れない有様でした。三日前から東京タワーの直下まで行くことができました」
二瓶が語る。
防衛省にいた二瓶はすぐさま現地に向かった。危険とか、それを考える余裕はなかった。逃げる人波に逆らって増上寺跡まで行ったところで周囲の気温が五〇度を超えた。いまだ炎がくすぶり、戦場のような東京を見て二瓶は言葉をなくした。
人々が行きかう通りは、がれきに埋もれその通り自体が分からなくなっている。悲鳴もうめき声すらなく、生命は存在しないと本能で分かってしまった。目からは涙がこぼれた。
「あれだけの規模の爆発は魔石圧縮を用いた爆弾でもないと起こりえんじゃろ」
「日本には魔石圧縮爆弾のような大量破壊兵器はなかったはずだ」
「えぇありません。在日米軍はわかりかねますがね」
加賀の疑問に綾部が答え二瓶が補足する。
「そういえば在日米軍はどうするのじゃ? 仮想敵国家である中国は侵略どころではなかろう」
加賀がさらに質問する。今の中国は強引に鎮圧したい北京と穏便に対処したい地域軍閥の不協和音が目立っていた。
中国は共産党と人民解放軍は一体ではなく、不満があれば暴走しかねないのが人民解放軍だ。また人民解放軍は軍区ごとの軍閥に分かれており、それぞれが他を出し抜こうとしているのが現実だった。
いつの時代も領土拡大を隠さない中国ではあったが、今はそんな場合ではない。
「帰国するか本国と協議中とのことです。本土ではダンジョンを抑えたとはいえ被害も大きいようで派兵している余裕なしと。ところが、地中海艦隊がモンスターに襲撃されて沈没する船が出ているそうで、太平洋を渡れるのかの判断に苦しんでいるようです」
「大型モンスターがメカジキ並みの速度で泳いでおったら潜水艦でもどうしようもないわなぁ」
加賀が大げさに肩を落とす。メカジキが泳ぐ速度は最速で毎時百二十kmにもなる。攻撃型潜水艦の倍の速度だ。体がかすめただけでも撃沈するだろう。ただし、それは自衛隊の潜水艦にも言えることだ。
「……数少ない友好国なので政府は自衛隊の応援も考えているようです」
「綾部だ。世界で連絡がついてる国はどれくらいあるのか」
「おおよその国は外務省が各大使館と連絡をとれたようですが、諸島や小国は残念ながら……」
「そうか……予想以上に大変なことになっているな」
「情報を精査して政府が方針を決定する予定なので、我々はダンジョンからモンスターが出ないようにするのが当面の役割となります。ただし、ヒール草栽培は引き続き継続していただきたい」
「了解した。旭川は引き続きヒール草及びリニ草野栽培を継続する」
綾部が区切ったところで「いいかー?」と金井が口をはさむ。モニターの向こうではやはり夏男感満載の金井がビールジョッキを片手にしていた。
「あの爆発に話を戻すぞ。あれ、あいつがやったんじゃねえかと睨んでんだけどよ」
「金井、何をもってその結論にたどり着いたのだ?」
「八王子で近江が西向にぶっ放したアレだ。おかげで俺っちもあいつも半殺しされたんだけどよー、アイツが生き残ったのは、あの爆発を収納したからじゃねえかって思ってな」
「まさか、火龍の矢をか?」
綾部はありえないという顔をする。八王子で西向に対して火龍の矢を使って爆殺しようとしたのは影勝からも聞いているしその場にいた金井が身をもって証明したのでみな知っていた。
「爆発のかなりの部分だろう。残った威力でもすごかったぜ。さすがの俺っちでも死を覚悟したぞ。大やけどで済んでラッキーだったくらいだ」
真面目な顔の金井はジョッキをグイっとあおる。そこで坂本は無言で手を挙げた。
「高知ダンジョンでの被害状況を見たけど、東京タワーで起きた爆発に匹敵するかそれ以上の地形的変化を見たわ」
火龍の矢の爆発はゲートから地上へ吹き出し周辺の建物を粉砕した。その爆風の大半は海方向へ逃げたがそれたものは浦戸湾を抜け離れた市街まで到達して建物に被害を出している。
また、高知ダンジョンの海に空いた穴は海水で埋まった。どれほどの量が流れ込んだかは不明だが、水面が若干下がった気がする、というレベルだ。
「あれの一部だと言われても納得できるわ」
坂本は当時の威力を思い出しぶるっと体を震わせた。あんなものが地上で爆発したら高知市街が灰になっていたかもしれない。
「……であるならば、近江君に西向と対峙させるのは危険だ。あいつにえさを与えかねん」
「でも、収穫はあったぜ。アイツの収納にも限界があったってことが分かった。でかすぎる現象だと収納が間に合わねえんだ」
「仕留めそこなえばまたどこかが壊滅するのだぞ。無辜の人々が犠牲になるのだぞ」
「問題ねーって、次は仕留める」
綾部は危惧したが金井は楽観的だ。「まぁまぁ」と二瓶が間に入る。ここで仲違いされても困る。ダンジョンは抑えたが国難に変わりはない。無事であるがゆえに他国からの救援要請が殺到していた。
「西向の居場所は不明なままです。組織も無事なのだと考えてよいでしょう。多数の探索者が協力していると思われます。ダンジョン探索を再開すれば彼らもまたダンジョンに入ることになります。この区切りに属性調査をする予定です」
「二瓶長官よ、属性調査をするのはよいが、どうやるのじゃ?」
「そうね、探索者たちがすんなり受けるとは思えないわね」
「魔素が地上にあふれた関係で探索者が増えた。いずれ国民全員が職業を得て探索者化するだろう。属性調査するにしても数が多すぎる」
二瓶の提案に対して加賀、坂本、綾部が疑問を呈した。鹿児島の玄道も渋い顔で頷いている。探索者の管理をしている組織の長ゆえに実現は難しいと感じているのだ。
「実は迷宮探索庁の職員で職業を得て錬金術師になった者がいるのですが、面白いものを錬金してしまいまして」
二瓶が眉尻を下げて困った顔をする。眼光は鋭いので困ってはいないだろう。むしろやる気にさえ感じる。
「【真実の水晶】なる嘘発見器を創り出してしまいました」
「「「「「はぁ?」」」」」
ギルド長らの顔が、一斉に呆けた。
ホテルの一室でごろごろしていた碧のスマホが鳴る。葵からだ。部屋の机に置いて通話を始める。影勝はベッドで寝転んで話を聞くつもりだ。
「もしもーし」
「お疲れさまね碧。そっちはどう?」
「やれることがなくって手持ち豚さん」
「手持無沙汰、ね。急なんだけどこっちに帰ってきてくれる? 大量の妖精の秘薬が必要になりそうだって」
「妖精の秘薬を?」
「なんで?」と碧が首をかしげる。
「地上に魔素はあふれたとしたら、魔素中毒が発生する可能性が高いからだって」
「ダンジョン病!」
影勝がガバっと起き上がる。母親と同じ病気で、ニュースで流れていたが高校生以上が職業を得たこととつながった。ダンジョンに潜る探索者が鳴る病気だが原因となる魔素が地上にあふれたならすべての人間がかかる可能性が出る。
「ダンジョン病になるかは体質だけどおおよその割合は〇.一%で……仮に日本の人口を一億としても……一〇万人!? 一〇万人分の薬!?」
「世界ではその八〇倍だけど、発症するまでには時間がかかるからその半分以下になってるかもね」
影勝が試算して驚いていると、葵はもっと驚くことを口にした。
「そ、それって、モンスターに殺されてしまう人がそれだけいるってことですか」
「それもあるけど、主な原因はインフラが途絶えることで悪化する生活環境に耐えられなくなるからね。ちょっとした傷も治せなくなるし、病気で亡くなる人も増えるでしょうし」
「職業で回復魔法が使える人だって増えるし、なんとかなるんじゃ……」
「……水と食料の奪い合いで殺し合いが発生するのよ。自国の食料をすべて自給できる国はそう多くないし、その国だって物流が途絶えてしまえば国内でも飢饉になるわ」
「……考えもしなかった。いや、できなかったか……」
世界は影勝が考えるよりも、もっと深刻だった。社会を知らない自分は子供なんだと、再認識された。
探索者で食っていけているので思い上がっていたのだ。
「今朝がた、二瓶さんから説明を受けたわ。国内で七万人分の確保が急務だって」
「が、外国の分は?」
「そもそも輸送手段が確立できないと送ることもできないの。現状で国際線はすべて欠航。国内だって自衛隊の戦闘機の護衛の下でしか運航できてないのよ。それも燃料が切れたら飛べなくなる」
「じゃ、じゃあダンジョン病になっちゃった人は……」
「現地で影勝くんと碧みたいな探索者が現れることを祈るしかないわね」
「そ、そんな……」
影勝は絶句した。碧は思考に潜ってしまったのか黙ったままだ。
「いまは、やれることをやるしかないの。見捨てるみたいでいやなのはわたしも同じだけど、まずは救えそうな、国内で発生すると予測される患者に対処しないと」
「そのために、いったん旭川に?」
「妖精の秘薬には精霊水が必須だけど、あの泉は旭川ダンジョンでしか見つかっていないの。だからまずは旭川を探すのよ」
「あの泉を……やります。どこまでも逃げられる俺ならできるし、俺にしかできないでしょ」
影勝はこぶしを握り締めた。
探すといっても雲をつかむような話だ。道しるべもなく、どこに行けばよいのかは自分で決めなければならない。闇雲に探しても見つからないかもしれないが、ともかく探さないと見つけられない。
そしてダンジョンがどうなっているのか。凶暴なダンジョン外のモンスターしかいないのか、それとももともといたダンジョンのモンスターもいるのか。
わからないことだらけで不安しかないのに、不思議にやる気がわいてくる。自惚れかもしれないが、自分にしかできないという使命感に胸の奥が熱い。
「わ、わたしもついていくからね!」
「碧は薬の調薬をお願いしたいのだけど」
「おいていかれたら創らないもん! どのみちわたしがいないと妖精の秘薬は創れないんだから!」
碧はコアラのように影勝の腕に抱き着きじっと見上げる。碧の意思は鋼よりも固いようだ。
「碧さんも一緒だって」
「当然だよね!」
にっこり笑顔の碧。影勝が断れないと信じ切っての暴挙ではあるが。
「本当はお母さんもついていきたいんだけども」
「おかあさんはお留守番! これは新婚旅行だから!」
「新婚旅行じゃないし、そもそも行くのはダンジョンだし」
「もう海外にいけないんだからいーの!」
碧の謎理論によるとそうらしい。そんな気楽なもんじゃないんだけどと思う影勝だが気軽に旅行にも行けなくなってしまった世なのでこれはこれで、とも思う。
「まぁ、何とかなりますよ。何とかなりそうなら碧さん抱えて逃げますんで」
影勝は不安を払しょくするように笑った。
ともかく、本当の意味でダンジョン探索が始まったのである。
ここでいったんお話は閉じます。
実際はこれからは本編という感じなのですが他に書きたいものもあるもので。
お付き合いいただきありがとうございました!