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30.運命の日/高知防衛線(6)

「早くお逃げなさい! 早く!」


 ゲート近くでは坂本が叫んで生きている者たちを誘導している。陸自隊員も装備を捨ててゲートに駆け込んでいた。


「どうすんだよあんなもん!」


 影勝は叫んだ。さすがに絶望が過ぎる。


「AAAaaa!!」

「やべぇ!」


 巨大な亀の頭が影勝に向いた。口を開き、狙いを定めている。影勝は碧を抱えながら全力で空を駆けた。


「にげろぉぉぉ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」


 今しがた影勝がいたあたりを青い光線が通りすぎ、空を切り裂いていく。離れていても熱線の灼熱で背が焼けるように熱い。


「あっちぃぃぃ! 俺のまる焼けができちまう!」

「あつぃぃぃぃ!」

「AAAaaa! AAaaa!!」


 当たらなかったのが癪なのか、巨大なカメは地団駄を踏み咆哮した。明らかに影勝を狙っている。


「俺らが囮になってればみんな逃げられるかなぁ!」

「わたしは影勝君を信じてるからね!」

「嬉しいプレッシャー過ぎてちびりそうだぜ!」

「死ぬなら一緒がいいな!」

「碧さんと結婚するまでは死ねねーってば!」

「やったぁぁぁ!」

「やってやるぜ!」

「おー!」


 亀の咆哮が大気を揺らすのでふたりは叫ぶように会話している。冷汗が止まらず心臓もバクバクうるさい極度の緊張でややハイになっているようだが、ふたりの覚悟はガンギマリだ。

 すでに二桁以上の死者が出ている。ここでやらずにどこでやるというのだ。


「よっしゃ走るぜぇぇ!」

「わぁぁぁぃ!」


 影勝は亀の化け物の視界を横切るように全力疾走を始めた。青い光線が後を追いかけ、ダンジョンを蹂躙し、ワニのモンスターを駆逐していく。


「ねぇ影勝くん! あのモンスターって名前があるの? リコはあんなの知らないって!」

「んーーーどうだろう」


 影勝はイングヴァルに聞いてみた。タルカスという終末の魔物で新しい世界のために破壊を尽くすと言われている、らしいと返答がきた。さすがに見たことはないねーと続く。


「出てきたら終わりのマジもんのバケモンじゃねーかよ!」


 爆上げされた絶望感に影勝は叫んでしまった。

 ゲートわきには坂本がひとり立っている。影勝が時間稼ぎをしていると察した坂本は最後まで残っていたのだ。


「無茶は若さの特権ってことかしらね。もういいわよ!」


 坂本は影勝が気が付くように杖を大きく振る。タルカスのおかげでワニは全滅していた。現時点での脅威は、亀の化け物(タルカス)のみとなっている。他のモンスターが来なければだが、来たとしても暴れるタルカスの巻き添えを食うのが関の山だ。


「みんな逃げ終わったみたいだし、そろそろいくかー!」

「いっちゃえー!」

「うぇぇぇぇぃ!」


 テンションぶち上げな影勝は火龍の矢を手にした。左腕で碧を抱えているので弓が使えず、緊急措置だがMAP兵器に投射の仕方は関係ない。


「戦力の逐次投入は愚策だって言うし」


 影勝が手にしている矢は三本。三本の矢の逸話ではないが、一本でダメそうに感じた結果だ。大量破壊兵器の足し算を狙う。爆発の影響はスキルで無視できる影勝ならではの特攻作戦でもある。


「影勝いきまーす!」


 全力で空中を走りながら影勝は矢を放り投げた。すかさず【影のない男】で森羅万象から姿を消す。

 【誘導】でバラバラな挙動をする矢は【加速】で音速を超え、タルカスに殺到する。小さすぎる矢は視界に入らないのか、タルカスは影勝がいた方向に頭を向け口を開いた。


「いい的ができたぜ」


 影勝は矢の一本をタルカスの口に向かわせた。残りの二本は胴体の腹と甲羅に当ててサンドイッチするつもりだ。


「いっけぇぇ!」


 矢が口に吸い込まれると同時に腹と甲羅にも矢が突き刺さる。矢が爆発した瞬間、空間が真っ白に染まった。


「KYURAAaaaa!!」


 タルカスの咆哮は爆音にかき消された。

 荒れ狂う爆発が海を沸騰させ衝撃波が音を通り越して海上と地上にあるものを薙ぎ払っていく。ワニのモンスターの死骸も、死んだ探索者の遺体も粉々に砕かれ塵になっていった。

 その爆風はゲートを破壊し、地上にも爆風をもたらした。ギルドは木っ端みじんに吹き飛び、遠くまで避難していた探索者、ギルド職員、陸上自衛隊員すらもなぎ倒していった。


「なんにもみえねぇぇぇ!!」

「きゃぁぁぁぁ!!」


 水蒸気なのか空間が真っ白な煙と真っ黒な爆炎のグラデーションで満たされ、視界がゼロになった。爆音ですでに耳は聞こえなくなっている。スキルで爆発の影響は全くないが音は聞こえてしまう。碧はフリーハンドなので耳を押さえることができたが彼女を抱えている影勝は全くの無防備だ。


「耳がいてぇ!」


 影勝はともかく爆心から逃げることにして陸の方角に走った。その真下を巨大な甲羅が転がっていく。クレーターを大量生産しながら砂浜を削りゲートがあった場所にまで到達した甲羅は、そのまま地上に消えていった。

 影勝と碧は空中にとどまったまま、視界がクリアーになるまで待った。


「……まだ何も聞こえねえ」


 数分後、ようやく見えてきた視界には、直径が数キロはありそうな巨大なクレータが海水を吸い込んでいる映像があった。あまりの深さに底が闇になっている。海水に混ざって大きな魚や爬虫類に見えるモンスターもクレーターに落ちていく。ふたりは呆然とそのさまを眺めていた。

 仕方ないとはいえ、やっちまったか。

 先に立たないから後悔というのだ、をこれ以上なく実感していた影勝だがあることに気が付いた。


「……あの亀がいねえ!」


 影勝が慌てて周囲を見渡すのを見て碧もそれに気が付いた。

 爆発の熱で蒸発したのか海の水位が下がっており、またクレーターにはいまだ海水が流れ込んでいる。地上にあったものは爆風で飛ばされたのかぼこぼこになった地面が煙を吐いている。陽炎が見えるのでまだ相当な熱を持っているようだ。


「亀がいねぇ。そんなわけねーんだけど」


 あの巨大なタルカスは隠れられるような大きさではない。だがその姿を見つけることができない。

 どういうこと?と首を捻っている影勝の首筋がぽむぽむと叩かれた。碧があっちあっちと指をさしている。


「影勝くん、ゲートがなくなってる!」

「ゲート? まさかぁーってマジかよ!」

「向こうの景色が見えちゃってるよ?」

「え……マジ? 行ってみよう」


 影勝はスキルは発動させたまま碧を抱えてゲートがあった場所に向かう。地面からはまだ煙が出ており、危険そうなので空中からだ。

 ゲートがあった部分は景色が大きくくりぬかれており、鉱山ダンプも通過できそうなくらいだ。しかもその穴には青い海が見えた。地上の途中に、そこだけ海が見えるという奇妙な空間。そして遠くに浮かぶ島のような()()も、同時に見えた。


「あそこがゲートだったとしたらギルドのロビーが見えてるはずなんだよな。海が見えるってのは……」

「あれって、さっきのタルカスって大きな亀なのかなぁ」

「嫌な予感がする。急ごう」

「うん」


 ふたりは空中でその空間に突入する。ゲートがあった場所だし、そもそもゲートという存在が解析できていないので慎重になるのも今更だ。

 えいやっと空間に飛び込んだふたりは、目の前に広がる砂浜と海と、タルカスを見た。ざぱーんと押し寄せる波は穏やかで、遠くに見えるタルカスの甲羅とのミスマッチで頭がバグりそうだ。

 タルカスの甲羅はただそこにあり、首があったと思われる個所には大きな穴が開いている。よく見ると甲羅にも大きな穴が開いており、見えないが腹のほうにも同じく穴が開いていると推測された。


「やっつけた、っぽい?」

「かな?」


 ふたりは「ふぇー」っ安堵の息を吐いた時、体が熱くなった。こんな時だがレベルが上がったようだ。


「あんけでかいのを倒せば、レベルも上がるかー」

「あなたたち、無事なのね?」


 背後から坂本の声がした。振り返れば、額から血を流し、魔女ドレスもボロボロになった坂本がふらつきながら歩いている。魔女帽子はなくなり、髪も乱れてぼさぼさだ。その背後には更地になったギルド跡があり、人々が残骸に座り込んだり倒れている。


「ギルド長!」


 碧が駆ける。ポシェットに手を突っ込みポーションを取り出した。


「ポーションです! あぁ、あっちの人たちにも!」


 碧は坂本にポーションを押し付けると、けが人が屯する場所に走り出した。ギルドが吹き飛んでしまえば備蓄していた物資もなくなっている可能性が高い。


「ポーションは沢山あります! 歩ける人はけがした人に配るのを手伝って!」


 必死な顔で叫んだ碧は地面に座り込み、ポシェットから取り出したポーションをそこら中に置いていく。置かれるポーションの数が一〇〇を超えても探索者らの動きは鈍かった。呆然として動けないのだろう。しかし、陸自の柿崎は早かった。


「動けるものは彼女の補佐をするっす! お前らが守るのはここにいる人らっすよ!」


 柿崎の命令に、けがの度合いが少ない迷彩服の隊員が動き始め、ポーション掴んで倒れている人のもとに走る。柿崎も碧の元に駆けた。その柿崎も服は煤け頭を切ったのか血で顔が汚れている。


「おふたりが無事でよかったっす。あれっすか、あの化け物を倒したのは彼氏すか?」

「影勝くんがぼかーんとやっつけました! 自慢の彼氏ですよー。柿崎さんもケガがひどいですね、はいこれ」

「あざっす。とんでもねー彼氏っすね」


 ポーショーンを押し付けられた柿崎が苦笑した。

 陸自が動き始めたあたりで探索者も正気に戻ったらしく、緩慢だが行動を始めた。ポーションを配りながら知り合いやパーティ、クランの人員の安否を確認している。

 近くではサイレンが鳴り響き、周囲にも爆風の被害が及んでいるようだった。

 坂本は受け取ったポーションを飲み切ると影勝に話しかけた。


「近江君、倒してくれてありがとう。あんなのがこっち側にきてたら町はおろか四国が全滅してたわ」

「でも、坂本ギルド長が見た予知では首長竜だったんですよね」

「そうね。高知ダンジョン()()、違ったわね。もしかしたらまだ先のことなのかもしれないわ」

「そういえば、他のダンジョンでも巨大なモンスターが出たって!」


 影勝はダンジョンへ行く直前のアナウンスを思い出した。旭川では竜型のモンスターだと言っていた。


「旭川ッ!」

「旭川は無事に倒したみたいね。あなたと同じ新人が大活躍したって、ついちょっと前に聞いたわ」

「あの、ちょっと電話します!」


 影勝はスマホを取り出し綾部にかけた。ワンコールもしないうちに繋がった。


「近江君無事か!?」

「近江です、とりあえず無事です。何人も亡くなって、高知ギルドは無くなっちゃいましたけど。そっちはどうなんですか?」

「探索者と自衛隊合同で当たったから旭川は無事だ、と言いたいがトロッコ電車がレールごと破壊されてしまった。まぁ、二階へ行くゲートも消えてしまったので用をなさなくなったのでプラマイゼロだな」

「トロッコ電車が?ってか二階へのゲートが消えたって!」

「現れたヒュージグリーンドラゴンとその眷属を撃退した後に調査に行ったところ、ゲートがなくなっていた。代わりにダンジョンの壁も無くなっていたがな。あぁ、ゲートも意味がなくなって、全く素通りができるようになってしまった」

「はい? 素通り!?」

「む、すまんが呼び出された。こっちは大丈夫だ。もちろん葵さんもだ。くれぐれも無茶と無理はしてくれるな。殿下にもそう伝えてくれ」

「え、あ、ちょ……切れちゃったよ」


 通話は切れた。旭川が無事なことでほっとしたが、じゃあ母はと連絡を取る。こちらもワンコールで繋がった。


「影! 無事? 」

「何とか無事。碧さんもね。母さんは大丈夫?」

「こっちは無事だけど、東京タワーが爆発で壊れちゃって。でもそれどころじゃないんだよ。世界中のダンジョンで巨大モンスターが現れて地上に出てきちゃってるんだよ!」

「はあ? 世界中のダンジョンで!?」

「テレビの緊急ニュースじゃその話しかしてないよ! 八王子は無事なんだね?」

「今ギルド長と話をしたら無事だって聞いた。あ、俺、いま高知にいるんだ」

「高知ぃ!? なんでまた!」

「色々あってさ、ってちょっと碧さんに呼ばれた。俺は大丈夫だから。母さんは気を付けて! 帰れたら帰る!」


 影勝は通話を切った。ちょうど碧が走ってきたところだ。顔が暗い。


「ケガしている人にポーションは引き渡ったよ。亡くなってる人も多いけど……」

「それは仕方ないわね。ギルド長たるわたくしが責任を取るからあなたたちは背負いすぎないようにね」


 坂本が優しい口調で語りかける。だが碧の顔はすぐれない。


「あなたたちが撃退してなかったら、犠牲者は桁が違ったはずよ。胸を張れとは言わないけれど、背筋は伸ばしなさい」

「で、でも」

「モンスターを撃退しただけで、まだ被害のほども把握できていないのよ。ダンジョンもどうなっているか調査しないといけないし。悲しんでいる暇はないわよ」


 坂本は言いたいだけ言うと探索者が固まっている場所へ歩を進めた。坂本親衛隊の魔女たちが指示を飛ばしているがその数も減っている。彼女らにも犠牲が出たのだ。

 比較的穏便に済んだ高知がこれだ。世界はどうなっているのだろう。どうしようもない胸騒ぎが不安感を増幅させる。


「これからどうしよう」


 タルカスが鎮座する海を見つめながら影勝はそうこぼした。

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