30.運命の日/高知防衛線(4)
影勝らは緊張感に欠けつつもゲートをくぐる。ゲートの先は少し高台になっており、砂浜につながっている。視線を上げると海と水平線が続いていた。空は雲で真っ黒だ。直下では豪雨だろうか。
海からの生ぬるい風が強く吹き、碧の髪もばっさばさと巻き上げられている。あまり潮の香りがしないのは、海の性質が異なるからだろうか。
波も高く白波で、海神が怒り狂っているようにも感じた。
「波が荒いわね。いつもはもっとさざ波でロマンチックなのよ」
坂本が荒れる海の向こうを見据える。泡立つ波隠れるように大きな何かが蠢いてた。まるでワニが目だけを水面上に出しているように。影勝にはそう見えた。
「何か来ますね。ワニみたいにも見えますけど」
「何が来るかは神のみぞ知るってところかしら。あなたたち、遠慮は無用よ。雷撃魔法の射程に入り次第撃ちなさい!」
「「「はいお姉さま!」」」
坂本の号令下、坂本親衛隊が横に展開し、長い杖を掲げる。おそろいの黒いローブが強風ではためくが、彼女らの顔に不安は見て取れない。坂本を信用しきっているようだ。
影勝はゴツイ双眼鏡を取り出す。自衛隊から借りっぱなしで返却を忘れていたレーザー測量機能付き双眼鏡だ。
「やっぱり目玉だ。距離は、一〇〇〇ちょっと」
「便利なものを持っているわね。五〇〇になったら教えて頂戴」
「イエスマム!」
「失礼ね! わたくしは独身よ!」
地雷を踏んだのか坂本が激怒する。影勝は「いやそうじゃない」と返したかったが不毛なのでやめた。坂本との喧嘩は金井に任せよう。
影勝は観測を続ける。視界に映る海面が黒い。水面下の何かの影だろう。恐ろしい数だった。
「すげえ数だ……」
「如何程?」
「一面真っ黒です」
「ふふ、いいわね。どこに魔法を撃っても効果がありそうね」
坂本が不敵な笑みを浮かべる。美魔女の笑みは凄まじい魅力と恐怖を醸し出す。
ギルド長ってのは全員好戦的なのかよと影勝は思わず首をすくめてしまった。
「距離五五〇!」
「あなたたち、準備はよくって?」
「「「はいお姉さま!」」」
「ともかく撃ちなさい。同じ場所に撃ってしまっても構わないわ」
「「「はいお姉さま!」」」
「魔力が切れたらポーションを。指示あるまで撃ち尽くしなさい」
「「「はいお姉さま!」」」
坂本と親衛隊が杖を掲げる。勇気ある探索者らは各々武器を構えた。
影勝も双眼鏡を覗きながら弓を取り出し、矢筒から一〇本の矢の束を取り出す。芳樹に付与してもらった雷撃の矢だ。
「こんなことなら芳樹さんに一〇〇〇本くらい付与してもらえばよかった」
「芳樹さんが倒れちゃうよ?」
「麗奈さんに怒られちゃうかー」
「妊婦さんを不安したらダメ!」
冗談を言う余裕はあった。
「距離五〇〇!」
「行くわよ!」
坂本が掲げた杖の先端が輝き、その光の塊が空に打ち上げられる。どす黒い空に向かった光は爆発するように膨張し空を白く覆った。
「サンダータイフーン!」
仕上げとばかりに坂本が叫ぶと、白く染まった空から幾筋もの稲妻が海に落ちていく。一秒ほど遅れてドドドドドド!と雷鳴の波が押し寄せた。影勝も体全体が押され、踏ん張らないと飛ばされそうだった。
雷が海に落ちるたびに爆発が起き、モンスターを吹き飛ばしてく。海からは蒸気が立ち上り、モンスターの体が水面に浮かび上がってきた。
これこそ本当のMAP兵器である。
「うわ、すげえ」
「ふふふ、雷系統の上級魔法ですもの。ギルド長たるわたくしがはこれくらい朝飯前よ」
影勝が感嘆すると坂本が自慢げに胸を張った。スレンダーながらも形の良い乳房が強調され、碧はすかさず影勝の脇をつねった。
「「「お姉さまをいやらしい目で見るな蛮族!」」」
「ええぇぇぇ……俺が悪いのかよ……」
浮かび上がったモンスターは体長は一〇メートルほどもあり、ワニのような長い口に鋭い牙が生えているが足が八本ある。影勝が見てきた壁の外のモンスターめいていた。死んでいるのだろうが消えない。
やっぱりこいつらはダンジョン外から来たな。
影勝は確信した。
「わたくしに続きなさい!」
「「「はいお姉さま! サンダーボルト!」」」
坂本親衛隊が唱えた魔法で十五本の稲妻が走る。威力は落ちるが、それでも海に落ちた雷撃は確実にモンスターの死骸を増やしていく。高知儀ギルドの魔法使いたちもそれに続いて電撃や氷系の魔法を撃っていく。
「俺も負けてらんねーな」
影勝は一〇本の矢をつがえ、即上空に放った。狙いはどうでもいいが最速で海面に突入させる。雷撃と衝撃のダブルで仕留める作戦だ。
高空に放たれた矢は【加速】で爆速になり、【誘導】でその勢いのまま海面に突き刺さる。海面を爆発させ電撃で感電させる。複数のモンスターの死骸が浮かび上がっては波に呑まれ沈んでいく。
「まだまだあるぜ!」
影勝は次の一〇本の矢をつがえていた。結果など見ない。撃ちまくるだけだ。
「さすがにやるわね! でも、勝つのはわたくしよ!」
坂本の対抗心が燃え盛ってしまったようだ。勝つのは影勝ではなくモンスターにしてほしい。
「サンダータイフーン!」
再び坂本の魔法が暴れまくる。稲妻が乱舞し海面を破壊していった。それでも海面を覆う黒い影は減らない。モンスターの大群は砂浜を目指して止まらない。
「くそ、きりがないな」
影勝は焦りを口にする。魔法の嵐を潜り突破したモンスターが浅瀬に到達した。
「き、きたぞ!」
「でけぇ!!」
「GURURURUAAAAAA!!」
巨大なワニのモンスターが吠えた。八本の足を素早く動かし砂浜に上陸を開始する。陣取っていた近接戦闘の探索者たちと衝突した。
「うぉぉぉぉぉl!!」
「俺の斧の錆になりやがれッ!」
「AGURUAAAAA!!」
「クソッ、かてぇなこいつ!」
「ぎゃぁぁぁぁ!」
探索者らが口を開いて襲い掛かるワニのモンスターに斬りかかる。モンスターは尻尾を振り回し探索者をなぎ倒していく。倒れた探索者が噛みつかれ食いちぎられた。
「ここを通すなぁ!」
「しねぇバケモノ!」
「AGURUAAAAA!!」
「くそぉ、多すぎる!」
海からは続々とワニのモンスターが上陸してくる。モンスターを倒してはいるが、浜辺にいる探索者の数を上回り始めた。モンスターは仲間の屍を乗り越えて津波のように押し寄せてくる。砂浜も血に染まっていた。
「これ、ハイポーションです! あ、あっちにも!」
碧が治療のために走り回っているが増え続ける負傷者に追いつかない。影勝からだいぶ離れてしまっていた。
「数が多すぎる!」
「た、たすけてくれぇ! くわれぎゃぁぁぁ!」
「逃げろォ!」
状況が悪化し絶望感が漂い始めた時だった。ゲート周辺からミサイルが飛び、上陸せんとしていたワニのモンスターの頭に命中し粉砕した。次々とミサイルが発射されワニのモンスターを破壊していく。
ゲート付近にはフル武装した迷彩服の集団が01式軽対戦車誘導弾を肩に載せ構えていた。碧も撃ったあれだ。
「陸上自衛隊第一師団普通科連隊所属柿崎三佐ただいま到着っす!」
拡声器から柿崎の声が響いた。