30.運命の日/高知防衛線(2)
ハイマンらが防衛省から怒りに任せて出たと同時刻。
東京港区にある、赤い鉄塔―正式名称は日本電波塔―いわずと知れた東京タワーの麓に、手足の欠損をした男性が車いすに乗ったそのタワーを見上げていた。
「東京の墓標には、ちょうどいいなぁ」
いまだ傷がいえていない西向が京タワーを見上げて目を細めた。仲間だろう幾人かの人影と主に、観光客に混ざりこんでいる。平日にもかかわらず、東京タワーには多くの人が訪れていた。
東京スカイツリーができたが、あちらが地味な色合いだけに、派手な赤い鉄塔の東京タワーに人気が落ちないのだ。もちろん運営会社の努力があってこそだが。
「映画では何度も壊されてっけど、現実にはまだ未経験だもんなぁ」
西向は嬉しそうに頬を緩める。東京タワー観光ができて喜んでいる体が不自由な人に見えることだろう。内実は全く違うが。
「シェルターはばっちりか?」
「厚さ一メートルのコンクリートの内側に五〇センチの鋼鉄を張り付けてます」
「上出来だ。よし、派手にやるぞ」
西向は、一粒の種を取り出す。影勝の弓から取った、あの種田だ。それをぽとりと地面に落とす。
「さーて、俺らは逃げるぞー」
西向がパチンと指を鳴らすと、地面に大きな穴が開いた。そしてその穴に四角い構造物が出現する。これは西向が収納していたものだ。
突然出現した大きな穴に周囲の人間が驚いている隙に、車いすに乗った西向は介添えの男性と主に穴に入る。すぐさま四角いコンクリートの塊へと消えた。
シェルターの中は部屋になっており、絨毯も敷かれている。西向の車いすは床に備え付けられている鎖で固定された。
「おい、車いすが落ちたぞ!」
「救急車呼べ!」
「穴の周りは危ないから離れろ!
心配する声がある中、コンクリートのシェルターに入った西向は我慢しきれない子供の用に笑みを浮かべている。おもむろに服のポケットからスマホを取り出しどこかに電話を掛けた。
「さぁお前ら、今日から新しい世界が始まる。俺たちが暴れまわる世界がな! 準備はいいか? いくぞ!? クハハハハ!!」
西向は笑いながら、自身が大けが負うことになった、収納していた大爆発を解放した。
東京タワーの直下で発生した大爆発はタワーをしたからカチあげ、中ほどにあるメインデッキを粉々にし、上階にあるトップデッキを爆炎で吹き飛ばした。まき散らされた人々は爆炎で焦がされ、灰になっていった。タワー自体は熱で飴細工のように折れ曲がってしまった。
影勝がMAP兵器と称する爆風は周囲のビル群を襲い、近くの増上寺を吹き飛ばし、だいぶ離れたJR浜松町駅に停車していた電車をなぎ倒した。車は木の葉のように舞い、歩行者は悲鳴を上げる暇もなくその場で砕け散った。
近くを通る首都高速の高架道路は爆風で横倒しになり、下を走行していた車両を破壊炎上させた。周囲の建物のガラスはすべて割れ、舞い上がり凶器となって生物を切り刻む。
爆風は、たまたま羽田空港から離陸し上空に差しかかかっていた旅客機をしたから吹上げた。浮力を失った旅客機は機首を下に向けたまま、新宿のビル群に衝突炎上。満載していた燃料に引火、大爆発を起こす。
爆風は地下鉄に襲い掛かった。地下へ向かう階段から押し込まれた爆風は改札口、ホームへと押し寄せ、地下線路内に駆けてゆく。
爆風は駅にいた乗客を悲鳴で包み込み、車両を壁で圧し潰し、走行中だった電車を脱線横転させた。
「クハハハハハ! これなら一万人くらいは殺せただろ。俺を殺すための爆発で無辜の人間が巻き添えをくうんだぜ! ざまあねえぜギャハハハハハ!!」
暴風で揺れるシェルターの中で、西向は高らかに笑っていた。
阿鼻叫喚の地獄絵図の中、爆風にもびくともしなかった世界樹の種から根が生え、アスファルトの地面を突き刺し、ゆっくりその姿を消していった。
機上の人である影勝と碧は高知についた後の予定を詰めていた。
「まずはギルドに行ってギルド長と相談か。宿はそのあとだな。なければダンジョン内でもいいし」
「そうだね。高知ダンジョンって、海とか川が多くって珍しい素材系のダンジョンなんだよね。生産職が多くて、戦闘職が、旭川よりちょっと多いくらいしかいないんだって」
「旭川と同じくらいで麗奈さんの武具なしか。キツイな」
「麗奈さんも頑張って作ってるけど妊娠初期で体調が良くないから進みが悪いんだって」
「妊娠!? やっぱりそうだったのか」
鹿児島に帰るときの芳樹の疲労具合はそれが判明したからだったのか、まさか碧さんは、と隣にいる彼女を見るとにっこり微笑まれた。どんな意味だろうと影勝はちょっと身震いした。
そんなまったりとしていただったが、その空気を破るように機長からのアナウンスが入った。
「羽田空港から連絡が入りました。午前十二時くらいに東京タワーで爆発があり、周囲に甚大な被害が起きているとのことです。当機はこのまま高知まで飛行を続けますが、現在羽田空港は離発着を禁止しております。当機のこの後羽田に向かう便となる予定でしたが高知空港で待機となります」
搭乗員も聞いて知らなかったのか、アナウンスを聞いた姿勢のまま固まってしまっている。
「爆発!? うわっ、ニュースで中継されてんじゃん」
「東京タワーが折れちゃってる!」
「つーかビルとか無くなってね? 焼野原じゃねえかよ……」
「新宿に飛行機が墜落だって! 都庁が燃えてる!」
「なんなんだよ! わけわかんねーよ!」
スマホで情報を得たのか乗客が騒ぎ出した。この飛行機は大丈夫なのかと大声で叫ぶ中年男性もいる。
「落ち着いてください! 席を立たないでください!」
搭乗員が声を張り上げるが騒ぎにかき消されてしまう。
「爆発?」
影勝は胸騒ぎが止まらない。原因はわからないが被害は甚大だということは理解できた。
なにかとてつもなくやばいことが起きてやしないか?
蝉が肺で啼いているような、名状しがたい悪寒が影勝の体をめぐっている。今すぐ動いて何かしたいが飛行機の中では何もできない。もどかしさで拳を握りしめる。
「当機はあと三十分ほどで高知空港に着陸いたします。座席のシートベルトの着用をお願いします」
シートベルトのランプが光り、機内アナウンスがかかる。
「こんな一大事に何をしているんだ! 早く羽田に戻るんだ!」
「着陸しますので、着席してください」
「うるさい! 俺には家族がいるんだ! お前らのいうことなど聞けるか!」
先ほどの中年男性が取り乱している。搭乗員がふたりがかりで説得しているが全く耳を傾けないようだ。
「気持ちはわかるけど迷惑だな。ほかの客はおとなしく従ってるのに」
影勝は静かに席を立つと、ゆっくりとその騒いでいる男性の席に歩いていく。手には爪楊枝を隠して。
「おっとっと」
その男性の近くでわざと姿勢を崩して、男性に覆いかぶさるように倒れこむ。そのタイミングで爪楊枝を手首に浅く突き刺した。
「イタッ! なにす……る……ぐぅ……」
男は座席に崩れ落ち寝てしまった。
「わぁすみません、ってあれ、寝ちゃいました? あ、俺も席につかないとだめですねサーセン」
影勝はペコペコしつつ席に戻った。搭乗員はおとなしくなった男性を見ていたがすすっとシートベルトを締め、自らの仕事に戻っていく。
「影勝くんお疲れ様」
「俺だって母さんが心配だよ。でもここで騒いでも何にもならないことくらいはわかってるよ」
「そうだよね、影勝くんだって心配だよね」
家族を心配しているのだろうが、それは他の乗客も同じだろう。落ち着かないと、と影勝は自分をなだめた。
無事に高知空港に着いたふたりは、すぐに高知ダンジョンへ向かった。羽田便が欠航になっている関係で非常に混雑していたがなんとかタクシーを捕まえられた。
高知ダンジョンは瀬戸湾入り口の半島の桂浜にある。桂浜公園に溶け込むような緑色の建物。別名、第二桂浜水族館。理由は、近くにある桂浜水族館に建物が似ているから、とのこと。
近くに坂本龍馬像があるが、自ら道を切り開く探索者はあまり関心がないようだ。
「車が多いな」
「さっきの東京の爆発が関係してるのかな」
「すごい胸騒ぎがするんだ。急ごう」
ギルド専用の駐車場は満杯で、人が集まっているのだとわかる。影勝の嫌な予感が止まらない。
「ありがとうございました!」
タクシーを降りたふたりはギルドに急いだ。