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29.訓練するふたり(5)

 ギルドのロビーに戻ったふたりは、すぐに金井に連絡した。が、スマホで番号を探している最中に金井がやってきた。水島も一緒で迷宮探索庁の二瓶もいた。水島は敬礼しているが二瓶は直立のままだ。自衛官の制服組と官僚の背広組の差である。


「おーおつかれさーん。無事で何よりだぜ。ふたりに何かあったら俺っちは葵ちゃんにぶっ殺されっちゃうからよー」

「スキルで隠れてましたから大丈夫ですよ。あ、これ、撮影データです」

「ぶ、武器と、モモモンスターの死骸も入ってます」


 影勝はカメラから記録媒体を取り出し二瓶に渡した。碧はマジクバッグを水島に渡す。


「ああの、大きな鳥のモンスターの死骸も持ち帰ってます。それには入らなそうなのでわたしのポシェットにいれました」


 碧がポシェットに手を当てた。


「どれくらいの大きさですか?」

「えっと、二〇〇メートル四方、かな」

「それだと、このマジックバッグでは厳しいですね」


 水島が難しい顔をする。マジックバッグに入っているモンスターの死骸は機密だ。碧のポシェットに入っているラ・ルゥの死骸はなおのこと。


「……お時間よろしければ、一緒に防衛省へおいでいただけると幸いなのですが」


 二瓶がおずおずと申し出る。水島は「いいんですか?」という顔をしたがすぐに素面に戻った。防衛省は機密の塊だ。一般人が入ってよい場所ではない。

 碧は影勝に顔を向ける。困ったときは影勝に丸投げなのだ。


「……行きます。その方が、現地での説明もできますし」

「協力ありがとうございます。非常に助かります。早速防衛省で検分しますので行きましょう。ということで、我々は失礼させていただきます」


 二瓶は金井に頭を下げ、水島は敬礼した。


「俺たちも行きますので」

「わりーな。でもたのまぁ」


 二瓶と水島が早足でロビーから出ていくのでふたりもついていく。忙しないが、時間が無いせいである。

 八王子ダンジョンからでると、見慣れないごつい車両が待機していた。大きなオフロードタイヤにトラック並みのボディ。影勝と碧はその異容に「ほへー」と見上げてしまう。


「輸送防護車です。オーストラリアのブッシュマスターを輸入したものです」


 水島が説明する。国産でないからかちょっと複雑な顔をしていた。


「軍用車なので乗り心地はご容赦ください」


 二瓶と水島は後部から乗り込み、ふたりもそれに続く。中は、向かい合わせのベンチシートになっていた。二瓶と水島が並んで座り、影勝と緑はその向かいに座る。ほぼトラックな輸送防護車のエンジンが吠え、ゆっくり動き始めた。


「市ヶ谷の防衛省へ向かいます」


 輸送防護車は首都高速に乗り、都心へ走った。渋滞もあり数時間かかってしまったが無事に防衛省に到着した。正門を通り抜け、とある建物に車ごと入る。そこで車から降り、大型のエレベータで地下に。それまでにすれ違う人がいない。

 未知のエリアなので興味津々な影勝だがいたるところに監視カメラがあり緊張に腹が痛い。

 迷路のような廊下を歩くこと五分。倉庫のような大空間に出た。奥行きも幅も三〇〇メートルはある。壁はすべてコンクリート製で鉄骨で補強もされている。

 木箱や段ボール箱が散見されるが、壁に大スクリーンが設置されており、それが異様な違和感を醸し出している。まるで映画館のようだ。

 すでに大勢の迷彩服の人やスーツ姿の人が待っていた。みな年嵩で、偉い人たちなのだろうと予想できた。迷彩服の人たちが一斉に敬礼をするので影勝と碧はびくっとしてしまう。


「ここなら、出せますかね」


 二瓶が振り向いて尋ねる。ラ・ルゥが出せますか、という問いかけだ。


「行けると思います」

「よかった。であれば、スクリーンのこっち側ですかね、出してもらえれば」

「わかりました。碧さん、あっちだって」


 影勝と碧が指示された場所に歩いていく。興味と不躾な視線が注がれるが、もう慣れた。


「このへんかな。えーーーい」


 腰が抜けそうな碧の掛け声とともに、ラ・ルゥの巨体がドドドーンと出現した。尾羽がやや壁に当たっているが、ぎりぎり収まっていた。


「おぉぉぉ」

「な、なんと……」

「作り話かと思っていたが……」

「なんだこれは……」


 大空間がざわめきで埋め尽くされる。水島がマジックバッグからモンスターの死骸を出すたびにどよめきが起きた。

 血の匂いが充満しだす。影勝は不快さに眉根を寄せた。


「迷宮探索庁の二瓶です。ただいま八王子ダンジョンから戻りました。予定外ですが、巨大すぎるモンスターを持ち帰ったとのことで椎名堂のおふたりにも参加していただきました」

「部外者を入れるなどありえないだろう」


 どこからか怒声が飛んだ。影勝はその方向を睨んだ。無意識に殺気が載ってしまったがそんなことはどうでもいい。


「今回の重火器によるダンジョン外モンスターに対する強度判定においてふたりの協力なくして実施はあり得ません。我々は協力していただいている立場だと、再三、申し上げたつもりですが、もうお忘れですか? 国家の危機だという自覚がない愚か者は出て行っていただいていただいて構いません。邪魔です。あ、言い忘れましたが、彼は、その気になればここにいる我々を皆殺し可能な力を持っておりますことは覚えておいてください」

「横暴すぎるだろう」

「これだから探索者はダメなんだ」

「そもそもダンジョンのモンスターが地上に出てくるのかね」

「手間暇かけて空振りでしたは許されんぞ」


 二瓶が声を張ると場が騒ぎ出す。ダンジョン外のモンスターがあふれ出すなど眉唾な話ととらえるものもあるが、それは至極当然なことだ。影勝だって信じられないのだから。


「二瓶長官。まぁそこまでにしてやってくれんか」


 スーツ姿の老齢に差し掛かっている男性が前に出てきた。影勝も何となく見たことがある、防衛大臣の南荒敏(あらとし)だ。

 中年太りだろう体躯だが元自衛隊員でレンジャーでもあった、筋金入りの軍属だ。自衛隊員の待遇改善で声を上げているうちに気が付いたら国会議員になって大臣になっていたという経歴の持ち主で、他国の陸軍に伝手もある、なかなかのやり手だ。


「早速内容の確認と行きたいが、まずはふたりの紹介からだろう。二瓶君よろしく」

「は。ではおふたりさんこちらへ」


 二瓶に手招きされ、影勝と碧は顔を見合わせるが拒否権はないようなのでおとなしく従う。


「こちらの男性は、旭川ダンジョンから来ていただいた近江君で、特殊なスキルをもつ二級(特)の探索者です。鹿児島ダンジョンにおいて火龍を倒したのも彼です。隣の女性は旭川の椎名堂のご息女で碧さんです。先般のオークションで万能毒消しや妖精の秘薬を創り出したのも彼女です。ふたりは本日八王子ダンジョン一階の()において重火器を使用したモンスターへの強度判定をしていただきました」


 特に挨拶はせず、頭を下げる程度でとどめた。招かざる客でもあるのだ。


「まずは映像からにしましょう」


 二瓶の合図でスクリーンに映像が投射される。八王子ダンジョンのロビーからだ。ゲートをくぐり、ダンジョンの壁を越えたところでざわめきが起きた。


「ダンジョン外、か」


 南大臣がぼそりと零した。

 罠の肉を仕掛け、死肉ウサギが出てきた場面に差し掛かる。


「でかいな」

「群れで動くのか」

「あれは猫か。足が多いな」

「ライオンよりも凶暴だ」

「あのくらいの重さでは地雷は起爆しないぞ」


 死骸と映像を比較したのだろう声が上がる。碧が機関銃を撃っている場面では静まり返った。みな映像に集中している。


「標的との距離は」

「約五〇〇です」

「単発でも当たり所ではいけそうか」

「熊並の生命力はありそうだ」

M80普通弾(7.65㎜弾)では厳しそうだな」

「惨状だな。戦場慣れしてない隊が訓練通り動けるかが問われるな」

「血糊を使用した訓練を組み入れたほうがいいかもしれん」


 あちこちから声がする。メモのためにペンを走らせる音も聞こえた。場面はラ・ルゥ発見から01式発射に移る。


「距離二五〇〇であの大きさか」

「あんなのが空を飛んでいるのか」

「あれが群れでいると、赤外線誘導だと迷走するな」

「近接対空装備の充実が必要か」

87式自走高射機関砲(ガンタンク)の後継機の開発が急務だ」

「戦闘ヘリでは食われるかもしれん」

「戦闘機のドッグファイトが復活しそうだな」

「速度的にはプロペラ機の方が適しているかもしれん」


 遠目からでもわかるラ・ルゥの巨体に、唸り声も出る。今回はラ・ルゥ単体だったがあれは群れでもいる。問題点もあるようだ。

 録画した映像が終わると皆がめいめい話し出す。


「モンスターに有効なのは理解したが、そもそもそんな事態が起きるのか?」

「隊を動かすだけでも金がかかるぞ」

「ばかばかしい。ダンジョンなんかに現を抜かすから」


 嘲るような言葉で空間が騒がしくなる中、南防衛大臣がマイクを持って話を始めた。


「いま見た映像は特撮やCGではない。迷宮探索庁によれば、早ければ今後一週間以内にこのモンスターがダンジョンから出てくるという話だ。個人的見解を言わせてもらえば、眉唾だと思う。だがな、小心者のわたしは念のためにこの話を交友のある米陸軍将軍に聞いた。一笑に付されてしまったよ。しかしその数分後に訂正の電話があった。気になったのでアメリカ陸軍所属の【夢見の女】に未来視をさせたら、なんとホワイトハウスが燃えていたそうだ。地中海の第六艦隊の強襲揚陸艦が海に沈んだ場面もあったと」


 南の話に場が鎮まる。南は静かに続けた。


「聞けば、わが国でも東京タワーが破壊されている未来視があるというじゃないか。少し離れた場所には何がある? 国会か? 違うだろう、()()()


 その単語に場の空気が締まった。


「入国管理局によると、米国はじめ英、中、印、豪、露、韓のギルド国防関係者が空港に来たそうだ。アメリカから情報が漏れたのだろうがね。ヨーロッパから来ないのは彼らのプライドが許さないからかな。もちろん、この事態の情報の入手ではないかもしれないが、なぜ一堂に会するのか。さて諸君らはここで騒いでいる場合ではないと思うのだが、どうかね?」


 南大臣が影勝に視線をやった。なんで俺、という顔の影勝だ。思惑が見えない。


「近江君。申し訳ないのですが高知ダンジョンに飛んでいただけないでしょうか」


 困っていると二瓶が声をかけてきた。

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