29.訓練するふたり(4)
一分もしないうちに生き残っていた死肉ウサギとパレムは逃げて行った。現場には屍が累々である。
「ねぇ影勝くん、これは、有効だってことでいいのかなぁ」
「その辺は自衛隊さんが判断するんじゃないかな」
「できればモンスターの死骸を回収してほしいって聞いてるけど」
「うぅ、でもグロイなぁ」
「もー、影勝くんは男の子でしょー?」
「そ、それを言われると」
「鹿児島の時はもっとひどかったんだから」
碧にこういわれては影勝はしゃんとしなければならない。行きたくない気持ちに蓋をして、惨劇の現場に向かう。
「うわ……」
車に轢かれた動物のような死骸が散乱している。細かい肉が飛び散り、草原を赤く染めていた。影勝は胃の中をぶちまけそうになったが、何とかこらえた。
M2機関銃の弾丸は、人間にあたれば粉砕する破壊力がある。モンスターと言えどもその威力は変わらなかった。
「比較的原形をとどめてるのがあれば助かるって言ってたんだよね」
影勝の腰が引ける中でも碧は平然とした顔でモンスターの死骸の状況を見ている。頼もしくもちょっと怖い。
「あ、これはほとんど残ってる。」
死肉ウサギが、肩の一部が失われているがその他はほぼ原形をとどめていた。碧はそれを重火器を入れていたマジックバッグにしまった。
「あ。こっちの猫も割とまとも」
碧は実況見分よろしく死骸を調べてはマジックバッグに確保していた。血なまぐささにくらくらしていた影勝だが、草むらに見慣れた緑色の球体を見つけた。近くにはバラバラになった死肉ウサギの死骸があるのでそいつのものだろう。
「これって、魔石?」
影勝は魔石を拾い上げた。緑色なので小になる。
「モンスターの大きさからしたら小でも納得だけど、凶暴さからしたら青でもいいよなぁ」
「でも、ダンジョン外のモンスターでも魔石を持ってるんだね」
「そうすると、ダンジョン内のモンスターとの差は何だろう。こいつらってモンスターの資料にはないからダンジョンの中にはいないっぽいし」
「うーん、そのあたりは偉い人に考えてもらおうよ。わたしたちは私たちのできることをすればいいと思うよ」
碧はボロボロの死骸もマジックバッグに入れている。ダメージ判定のサンプルのようだ。もちろん魔石もだ。ダンジョン外のモンスターも魔石を持っていた重要な証拠だ。
その後、ふたりは場所を変えて同じようなことを繰り返した。そこで分かったのは、死肉ウサギがまずきて、次に六本足の猫バレムがくるのだ。お互いは仲が悪いようで、遭遇すると必ず戦闘になる。
ダンジョン内ではモンスター同士の戦闘はなかったが、ここでは違うようだった。
弾薬も一万発あったがすべて使い切ってしまった。碧は熊本で鍛えられたのもあって見た目は平然としているが、影勝は血を見すぎてグロッキー気味だ。
一度ダンジョンに戻って休憩をすることにした。ダンジョンは安全なのだ。
「これが地上で起きたら、大騒動になるよなぁ」
「ならないようにしたいね」
椅子とテーブルを出してお茶を飲みながらクッキーをつまむ。影勝はお茶だけだ。しばらくは肉を見たくない。
「次はロケットランチャーだね」
碧はやる気だ。すごいなと思う影勝だがそのやる気はどこから?と思わくもない。
「違うモンスターがいれば試したいね」
「あー、ラ・ルゥとか? 飛ぶモンスターも脅威だな。でもあれって戦車に向ける奴じゃなかったっけ?」
「物は試しだって言うし、いけるよ!」
ふたりとも兵器についてはド素人なのでやればできると思っている。
休憩を終え、ちょっとは回復したので再びダンジョン外へ向かう。お目当てのモンスターを求めて、ダンジョンから離れる方向に移動する。草原をしばらく歩く。日差しは柔らかく、ここがダンジョンでなければ昼寝でもしたいところだ。
「いい天気だね。空も快晴だしって、いた! あれじゃない?」
空を見上げていた碧が指さした。その先には、遠くなのに小鳥くらいの大きさに見える猛禽類が飛んでいる。影活はリュックから厳つい双眼鏡を取り出す。自衛隊で使用されるレーザー距離計付き双眼鏡だ。
「アイツまでの距離が、約二五〇〇メートル。射程距離内ではあるけど」
「やってみようよ!」
碧がやる気である。機関銃で味を占めたっぽい。少々トリガーハッピーの毛があるのかもしれない。
今度も碧がやると01式を担ぐ。背が低い碧が担ぐと01式がより大きく見える。変な性癖がつかなければいいなと心配な影勝だ。
「照準よし! 後ろに影勝くんはいない、よし! はっしゃー!」
碧の掛け声でミサイルが発射される。ポンと吐き出された弾頭に火が付き、急加速急上昇していく。熱線感知なので誘導の必要はない。見つかると面倒なので影勝のスキルで隠れた。
「一直線に向かってるなぁ」
ラ・ルゥは迫るミサイルに気がついたのか旋回をして避けようとしているが無情にもミサイルは追いかける。速度もミサイルのほうが速いようで、追いつきそして下から胴体に着弾、爆発した。
「当たった!」
「ギィェェェェ」
意識を失ったか絶命したか、錐もみしながらラ・ルゥが墜落していく。
「影勝くん、あっちに行かないと!」
碧は影勝の腕をぐいぐい引っ張る。どうしてこうなったという顔の影勝だ。仕方がないので墜ちてくるラ・ルゥ目がけて走り出す。もちろん手をつないでスキルで隠れたままだ。
「うわ、ウサギが隠れてる」
駆けていく最中、草むらに潜んでいる死肉ウサギを見つけた。もしかしたらラ・ルゥの死骸に気がついて群がってくるのではと影勝は戦々恐々だ。ちなみにこれも撮影はされている。いまカメラを持っているのは碧だ。
ドドーンと地響きがしてラ・ルゥが地面に墜落した。碧に撃墜マークがひとつついてしまった。
「急いだ方が良い。死肉ウサギに嗅ぎつかれそうだし」
「うん、急ごう!」
走ること数分、地面に横たわる巨大なラ・ルゥの元に着いた。
「……デッッッッ!!」
「ふわぁぁ、おっきーねー」
ジャンボジェット並みの大きさの鳥を目の前にして、言葉がでない。鹿児島の火龍が全長二〇〇メートルだったが、ラ・ルゥも負けていない。
錐もみで落下したせいか翼が損傷して曲がってしまっているが、広げたら一〇〇メートルは越すだろう大きさだ。くちばしの先から尾羽までは一〇〇メートルを超えそうだ。
具体的に例えると、小学校の校庭では収まらない大きさだ。
「こんなのが空を飛んでたら、飛行機なんて飛べないんじゃ?」
「旅行に行けなくなっちゃうね」
「海にデカイモンスターが溢れたら船もダメなんじゃない?」
「輸入してるワインとかチョコレートが入ってこなくなっちゃう!? 困る―!」
「そもそもその産地が無事な補償もないけど」
ラ・ルゥが地上に解き放たれた場合だけでも相当にヤバいことが察せられた。
「これも持って帰りたいけど、入るかなぁ」
碧がマジックバッグを見つめている。戦車が入る容量はあるがこれが入るとは思えない。
その時、周囲でガサという音がした。
「死肉ウサギが来たかも」
「えぇぇぇ。じゃしまっちゃおう!」
碧が自分のポシェットにラ・ルゥをしまった瞬間、死肉ウサギの顔が草の上に出た。それも二桁の数の。
「逃げるが勝ち!」
影勝は碧の身体を抱え、空に駆けた。
「地雷は試せなかったけど、このままロビーに戻ろう」
生きて帰るまでがお使いである。